留萌本線に乗ってローカル線問題を考える2

留萌からは増えた乗客は2人。いずれも地元客ではないようだ。他のホームにいた人は列車撮影をするだけだったようだ。
発車時刻が近づくと助役が大きな輪のついたスタフを抱えてやってきて運転士に渡す。

筆者含め7人となった1両の列車は留萌駅を後にする。
全員が18きっぷなどのフリーパス客か鉄道ファンの試乗客とすると、この列車の日常的な乗客はゼロということになる。

この4921Dは留萌から各駅停車になることと増毛着の時刻から、増毛への通学列車と時刻表からは読み取ることができる。しかし増毛町にあった北海道増毛高校は2011年に閉校になっており、現在留萌からの増毛への通学者はいない。
通学生の乗らなくなった列車は、普段は回送列車同様で増毛まで走っているのだろう。

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 助役が赤旗を持って立つ。道内ではすっかり珍しくなった光景。

列車は留萌駅を出ると副港に架かるトラス橋(第10留萌川橋梁)を渡る。隣にも線路は剥がされているが同じトラス橋が架かっている。これは石炭輸送があった頃まで使われていた貨物線で、港まで伸びていた。
黄金岬の付け根の高台を掘割で抜けると右手に日本海が開ける。

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 第10留萌川橋梁を渡る。

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 黄金岬の付け根の高台を掘割で抜ける。

ここから増毛までは海岸段丘に沿うように線路が敷かれている。留萌から増毛まで鉄道が開通したのは大正10年。浜にはニシンの大群が押し寄せて、どの漁村も活気に満ちていた時代である。新たな線路は、漁村と段丘の間の崖下を通すしかなかったのだろう。
このことが今になって土砂崩れや雪崩が幾度も発生する災害線区になる原因にもなってしまった。

瀬越の手前では最初の徐行箇所があって、25km/hの徐行信号機が見えた。線路脇の斜面には土のうが積んである。雪崩の危険個所で、留萌〜増毛間には同様の徐行箇所が3か所という厄介な区間になっている。これによってダイヤも修正されて、同区間の所要時間は26分から30分に増えている。

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 線路わきに積んである土のう。

瀬越は国鉄時代は臨時乗降場だったところ。大正15年設置とかなり古い。当初は海水浴客のための季節営業だったが、利用者が多くなったために通年営業となった。本社設定の乗降場のため、全国版時刻表にも掲載されていたが営業キロも持たず、実態は他の仮乗降場と変わらなかった。
駅周囲は侘しい海岸といった感じだが、坂を登って行けば留萌市の住宅街で、税務署や裁判所、かつては留萌支庁もあった官庁街でもあるが、利用者は少ないようだ。

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 瀬越は簡素な待合室の無人駅。

瀬越からは海の見える区間が多くなる。波打ち際を走ることは無いが、日本海の向こうに暑寒別の山々や増毛の町が見える風光明媚なところで、並行する国道には「オロロンライン」の名称がつけられている。留萌本線の車窓では一番の見どころであろう。
この区間が廃止されると、道内で日本海に沿って走る線路は函館本線の小樽築港〜銭函間だけになる。車窓だけ見ていると廃止されるのが惜しいとも思う。

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 留萌〜増毛間は風光明媚な海岸沿いを走る。

瀬越と礼受の間には海水浴シーズンだけ営業の浜中海水浴場駅が設けられていたことがあった。ホームは無く、列車が着くと係員が乗降扉に飛行機のタラップのような階段を取り付けて乗り降りしていたという。1995年を最後に営業はしていない。

礼受駅の駅舎はいわゆる「貨車駅」と呼ばれる不要になった車掌車を改造して待合室としたもので、国鉄末期に老朽化した木造駅舎から置き換えられた駅が多い。設置から30年近くが経ち、貨車駅自体も老朽化している。
この礼受駅の貨車駅も錆びや亀裂が浮き出てボロボロだ。瀬越駅のは潮風に当たりさらに酷い状態だったようで、かなり前に建て替えられている。
貨車駅を撤去して新たに待合室を建設した駅や、貨車駅自体に大修繕工事を施した駅も他線区では見られるようになった。

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 礼受駅は大正10年の開業と古い駅。

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 木造駅舎から置き換えられた貨車駅も最近は老朽化が目立ってきた。

次の阿分からは増毛町の駅になる。
阿分、信砂はもと仮乗降場だった。板張りの、1両分にも満たない短いホーム、それに物置小屋のような待合室とどこも同じような造りをしている。
仮乗降場とは国鉄時代の昭和30年代に設けられたものがほとんどで、本社を通さず管理局の判断で設置されたものである。本社による設置のものは臨時乗降場と呼ばれた。主に地元の要請等で設けられたもので、駅として設置するまでもないが、仮設のホームを設けて便宜的に列車を停めるというものであった。

人口が少なくて駅間が長い北海道に多く、特に旧旭川鉄道管理局管内が多かった。これは同局が当時営業施策として積極的に仮乗降場を設置していたためだ。
仮乗降場は営業キロは設定されなかったので、1つ先の駅までの営業キロで運賃を計算していたが、JRになってから正式に駅に昇格し、営業キロも設定されている。

それにしても留萌〜増毛間は特に多い。この区間は7駅あるが、もと乗降場だった駅がうち5駅もある。平均駅間距離は約2.1kmと短くスピードも上がらない。駅が多いのは地元住人の利用機会を増やすことにはなるが、同時に所要時間の増加というデメリットも伴い、競合交通機関との競争力が低下してしまう。

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 もと仮乗降場だった信砂駅。

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 舎熊駅は礼受と同じく大正10年開業。

舎熊駅は礼受駅と同じく貨車駅だが、リフォームされたらしくて壁が真新しい。
礼受、舎熊は留萌線増毛開通と同時に開業した駅で、貨車駅に置き換えられる前は木造駅舎があった。戦前は大量のニシンを駅から積み出したのだろうが、ニシンがさっぱりになってからは貨物扱いが激減したのかこれらの駅の合理化は早く、昭和30年代には貨物営業の廃止、棒線化が行われたようである。

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 朱文別駅も仮乗降場だった。前のドアしかホームにかからない。

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 箸別駅も仮乗降場からの格上げ。駅というより停留所という感じ。

箸別〜増毛間で斜面から流れ出した土砂が線路を覆い、列車が乗り上げて脱線するという事故が起こったのは記憶に新しい2012年のことだった。
おそらくその現場だろう、斜面の土がむき出しになっている箇所があった。とりあえず応急処置という感じで、大雨や融雪時期はまた崩れないとも限らない。前後は25km/hの徐行区間になっていて、列車は警戒するようにゆっくりと進む。

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 2012年の土砂崩壊箇所。25km/hの徐行で通過する。

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 増毛港が見えてくると終点は近い。

瀬越から箸別までの各駅は予想通り乗降ゼロだった。
終点増毛着7:20では増毛への用務客や観光客が利用するには朝早すぎる。。もと通学列車として考えてもかなり早いが、この列車はまだ増毛高校のあった2010年の時刻表を見ると7:31着だった。時刻が繰り上がったのは災害による徐行で所要時間が伸びたことによる措置だろう。

増毛駅は下車客はほとんど(全員?)フリーパスを見せていた。筆者も北東パスで乗っていた。
駅舎のまわりには折り返しの4924Dの乗客だろうか、数人の姿があった。明らかに鉄道ファンとわかる人や旅行鞄やキャリアバッグを持った旅行者ばかりで、あとは地元の用務客らしき人がちらほら。高校生の姿は無かった。

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 増毛に到着。

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 増毛は留萌本線の終着駅。線路も駅舎の手前で終わる。


さっき乗ってきた列車の折り返し停車中に、7:23発の沿岸バスが駅前のバス停に着いた。留萌駅には7:55に着く路線バスで、沿岸バスの留萌別苅線として運行している。
乗客は高校生が多いが、私服の一般客も乗っていた。外から見た目分量で座席が半分くらい埋まっている感じ。20人程だろうか。ここから留萌まで各停留所からの乗客があるので、留萌市内では立ち客も出るほどになるのだろう。

そう思っていたらまた留萌行のバスがやってきた。7:23発の便は2台続行で運転されていることになる。2代目のバスも1台目より少なめだったが、似たような乗車率だった。

増毛高校が閉校になった現在、増毛町に在住する中学生のほとんどは卒業後は留萌市内の高校へ通学することになったが、JR利用にはならず全員がバス通学になったことになる。

実際に数字を拾ってみると、留萌千望高校のHPに載っていた「生徒の概要」(2015.5.1現在)によると、生徒のうち増毛町出身が21名、通学方法のうちJR利用は0となっていた。

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 増毛駅バス停の沿岸バス時刻表。1日12本が留萌へ行く。

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 JR増毛駅の時刻表。午前中の空白時間帯が目立つ。

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 増毛駅7:23発留萌市立病院前行沿岸バス。

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 上と同じ便の続行便。


ここで、通学客がすべてバスに流れた理由を考えてみる。

JR線と並行して走るバス路線はほかにいくらでもあるが、そういう場合通学輸送に関しては圧倒的にJR利用が多い。
その一番の理由は、JRの通学定期の運賃が圧倒的に安いからである。

たとえば増毛〜留萌間を例にとって比較したのが以下の表である。

区間片道運賃通学1か月
JR 増毛〜留萌350円7,670円
沿岸バス 増毛駅〜留萌高校500円21,000円

普通運賃でもJRとバスでは150円の開きがあるが、これが通学1か月定期になると約2.7倍もの開きがある。
ではなぜわざわざ高いバスを選択するのだろうか。

最大の理由はJRのダイヤと学校の始業時刻とのアンマッチということだろう。
留萌市内には高校が留萌高校、留萌千望高校の2つあるが、いずれも留萌駅から歩くとなると20〜30分はかかる距離で、留萌着8:05の4924Dではとても始業時間に間に合わないか間に合ってもギリギリというところである。バスならば2つの高校付近のバス停を経由して、終点の留萌市立病院には8:10着となる。
1本前の4922Dならば留萌着6:41となり余裕で間に合うが、いくらなんでもこれでは早すぎるだろう。

駅からバス利用でということも考えられるが、高校までバス1本で、しかも通し運賃で利用できていることを考えるとかえって高いものになる。また、JRのダイヤと留萌市内のバスも接続を考慮したダイヤではない。
本数はJRが上下合わせて13本に対しバスは22本と運転頻度が高く、学年や部活動の有無で帰宅時間が分かれる下校時には本数の少ないJRは余計敬遠されるだろう。
ここ数年は冬期間の運休も多くなった。2015年では2/23から4/28まで2か月以上もの間雪崩や土砂崩壊の危険から長期運休となっていた。この区間に限ると鉄道は既に信頼できる交通機関ではなくなってしまった。

もう一つ、増毛町では「高等学校生徒通学費等補助事業」という制度がある。これは留萌市内の高校へ通学している高校生は通学定期の50%を町が補助するというもので、これを利用すると1か月の定期代が10,500円となり家計への負担もかなり軽くなる。

JRの留萌着時刻があと20〜30分早めれば少しはJRにも通学利用が回ってくるのかもしれないが、全線単線で交換駅を最小限まで減らした留萌本線では深川口の通学列車の時刻も変わってしまうし、特急の接続などにも影響してくるので非常に難しいのが現状である。第一、割引率の高い通学定期券客が少しくらい増えたところで、経営改善の足しにはならないだろう。


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 木造駅舎が残る増毛駅。中にテナントが入居するなどかなり改造されている。

増毛駅は映画「駅STATION」をはじめ、数々の映画の舞台となったところである。ニシンで栄えた頃の面影を残す木造駅舎や、行止りの線路といった終着駅の風情がスクリーンを通じて旅情をかき立てたのだろう。

駅前から国道231号線にかけての通りも、昔の繁栄の面影を残す古い建物が残り、歴史的な街並みを形成している。ここ数年前からは車でやって来て駅に立ち寄る観光客も多くなったようだ。

廃止報道があってからは列車で増毛駅まで来る乗客が増えているようで、以下の記事も見つけた。
”駅に隣接する町観光協会の観光案内所の7〜8月の来所者数は、1日約200〜300人と、例年の2倍以上という。”

廃止が決定してから利用客が増えるのはここに限った話ではない。江差線のときもそうだったし、古くは「青函連絡船フィーバー」なんてのもあった。

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 いかにも終点らしい増毛駅。

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 駅内に入居のテナント。

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 パイプ椅子が置かれるなどあまり駅らしくない待合室。

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 観光案内所となった駅前の旧多田商店。映画「駅STATION」のロケでも使用された。

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 上は前日の日曜日の画像。列車は4932D。廃止報道以来、休日ともなると名残乗車客が増加している。この列車は座席は満席、立ち客も乗せて増毛駅を発車して行った。客層も女性や家族連れが目立った。以前ならば見られなかった光景だ。

3へつづく
posted by pupupukaya at 15/11/03 | Comment(0) | 北海道ローカル線考
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