定山渓鉄道跡を歩く2015年 12回目


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定山渓鉄道の廃線跡地図 錦橋・定山渓間(地理院地図から作成)

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上図とほぼ同じ錦橋・定山渓間の空中写真(国土地理院昭和22年空中写真)

錦橋駅を出ると線路は左に大きくカーブして定山渓温泉街へと向かう。豊羽鉱山の専用線は直進して、錦橋と並行して豊平川を渡っていた。その橋台は今でも残っている。

途中に山を崩したような切通しがあって、ここも線路と国道が並んで通っていた。

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錦橋と国道を結ぶ道路にある切通し。(1から南西方向)

国道の旧道は、今はまっすぐ行って現国道へ合流しているが、右へ別れる脇道の方が旧国道で、道沿いに並ぶ民家の裏手を線路が通っていた。そのすぐ山側を現在の国道が通っている。

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国道の旧道が右に分かれる。(2から南西方向)

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国道下の線路跡。(3から北東方向)

短い区間だが、この辺りも線路跡らしい雰囲気が残っている。国道は錦トンネル開通時に現在の道路に移ったようだ。
昭和43年発行の旧版地形図を見ると、新道に切り替えられた国道と一緒に定鉄の線路も描かれている。定鉄と新道が短い間だけど共存していたことがあったようだ。
国道の土留めが線路跡にかからないようにずいぶんと垂直になっているのもこのためか。
民家と国道に挟まれた狭いところを電車がすり抜けるようにして走っていた姿を想像した。

旧道は公園に突き当たるが、アスファルトの舗装はそのまま国道まで続いていて歩道につながっている。新道に合流する手前のところに踏切があってここで線路と国道が再びクロスしていた。石山陸橋と合わせて国道230号線は3回定鉄の線路を渡ったことになる。

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旧道は230号線に合流する。(4から南西方向)
ここに踏切があった。

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定山渓発電所の水管。ここに鉄橋があった。(5の東側)

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バスの白糸の滝停留所。

白糸の滝駅は白糸の滝停留場といって、ホームと木造駅舎があった。線路1本だけの棒線駅だったが、駅員がいて乗車券も売っていたようだ。
ここは定山渓温泉街の入口で商店街が近く、寮や保養所へのお客も多かった。また、終点の定山渓駅で降りては目立つので、お忍びの温泉客からは重宝がられたりしたとか。
駅名は裏手の崖にある滝名からつけられた。今でもバス停名に受け継がれている。

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白糸の滝駅の跡。(5から西方向)
ここに北海道秘宝館があったが、廃業してからは廃墟と化していた。最近取り壊されたようで新しい更地になっていた。平らに整地されていたが何か建つんだろうか?

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定山渓発電所の余水川を跨ぐ土手は線路跡とわかる。(5の西側)
この右手が白糸の滝になっている。

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駅名の由来となった白糸の滝。目立たない場所とあって訪れる人も少ない。

白糸の滝から定山渓までの区間も大型ホテルの敷地などに変わっていて、廃線跡も断片的にしか残っていなかった。地図上でも現地でも廃線跡を辿るのは難かしい。
もう線路跡を歩くことはできず、既存の道路を迂回して線路跡を探すことになった。

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アパートの石垣の横が線路跡。(6から東方向)

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線路跡はホテルの駐車場になっていた。(6から西方向)

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定山渓ビューホテルと定山渓大橋、どちらも定鉄廃止後にできた。(7から北東方向)
ここが線路跡だと分かるものは消えてしまった。

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線路は石垣の上を通っていたと思われる。(定山渓大橋から南方向)

平岸や真駒内付近は地主の反対により線路は迂回させられ、豊滝付近では地形の複雑さから断崖の中腹を縫って走り、ここまでくれば定山渓まで一直線に行ってもいいような気がするが、線路はここも町の端っこと豊平川の崖っぷちの間を縫うように通っていた。
逆に国道は温泉街をほぼ一直線に通り抜けている。

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上画像の石垣の上から。(8から南西方向)
電車の車窓からも豊平川と温泉街が良く見えただろう。

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土産物屋のすぐ裏手を線路は通っていた。(9から北東方向)

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章月グランドホテル前の交差点。(9から北東方向)
正面の土産物屋は定鉄があった当時からあって、その横を線路が通っていた。その手前の道路には踏切があった。

章月グランドホテル前の交差点を過ぎるとほんの少しだけ線路跡の路盤が残っていた。ここに線路が通っていたと知っているからわかったので、そうでなかったら国道脇のただの芝生だ。

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交差点から万世閣ホテルミリオーネまで僅かに残る線路跡。(10から南西方向)

線路跡はすぐに途切れ、大型ホテルの前を通り過ぎるとやっと定山渓のバス停があった。じょうてつバス案内所があって、ここに定山渓駅があった。
案内所の裏は駐車場になっていて、この場所に駅舎とホームがあった。

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国道にあるじょうてつバス案内所。この裏手が定山渓駅だった。

ここが定山渓駅前で、道内屈指の温泉観光地である定山渓の玄関口であったが、定鉄が廃止されてからは玄関口としての機能は失って久しく、今では温泉街はずれの一角に過ぎない。路線バスも現在は全便湯の町経由になったので、このバス停を利用する温泉客もあまりいなくなったようだ。

バス停に立つと、今でも残っている国道に面して並んだ店や、黄色い日本通運の建物があって、ここに駅があって栄えていた頃を偲ぶことができる。

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じょうてつバス案内所の向かいには日本通運の建物が今でも残っている。

駅があったあたりの裏手はスポーツ公園と公共駐車場になっている。その一角にポツンと「定山渓鉄道」と書かれたモニュメントがあった。その横には駅舎の礎石だったという軟石の角石が3個置いてあった。

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定山渓駅だったところ。(11から北方向)
今は定山渓スポーツ公園の一角。

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ここに駅があったことを示す「さっぽろ・ふるさと文化百選」のモニュメント。

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駅舎の礎石だったという3個の角石だけが駅の遺品。(11から南西方向)

駅構内奥の電車庫や転車台があったと思われる場所はテニスコートになっている。駅構内の終端は今のじょうてつバス定山渓車庫のあたりで、そこから定山渓小学校の北側を通って定山渓営林署(現在は石狩森林事務所)まで引込線が伸びていた。さらにそこから森林鉄道が豊平峡の奥まであった。

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実際の駅舎は定山渓まちづくりセンターと駐車場のあたりにあったようだが。

ホテルミリオーネ横の道路の突き当りに「北海道三景之碑」が立っていて、月見橋へ下る坂道がある。定山渓駅を降りた温泉客は当時あった踏切を渡ってここを通って温泉街へと向かっていた。
急坂で階段もあり登り下りは大変そうだが、電車を降りて坂道から豊平川や温泉街を見下ろした景色はどのようなものであったろうか。

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駅横の踏切を渡った坂道が定山渓温泉の入口だった。

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駅から温泉街に下っていた「見返り坂」と呼ばれた坂道。
電車があった頃は大勢の人が行き交っただろうが、今は公共駐車場と温泉街を行き来する人が利用するのみ。

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月見橋から見た豊平川。この時期は空にたくさんの鯉のぼりが泳いでいた。

訪問日:2015/4/25

旧東札幌駅跡地から定山渓まで3日間に分割してですが歩いてきました。当時定鉄の営業キロでは27.2kmですが、途中迂回したところもあるので30km近くは歩いたと思います。
想像はしていましたが、線路跡の消滅は思った以上に進んでいて、現在の地図に旧版地図を重ねたものでも持って行かないと正確な線路跡は分からないところばかりです。その点、地理院地図(電子国土Web)の地形図と空中写真を重ねる機能は大変役に立ちました。

最後に定鉄復活の可能性について。
まあ、無理ですね。真駒内〜藤ノ沢ならば一部を除いて市の管理地のままになっていますが、それ以外は線路跡とはわからないほど変わって、線路跡にも住宅が建ち並んでいます。もし復活するとなると鉄道用地などもう残っていないので、道路地下を通すしかないでしょう。
また、豊滝付近は路盤が崩壊している箇所もいくつかあり、余程しっかりした路盤を作り直すか別ルートで新たに作る必要があります。

せめて藤ノ沢まで地下鉄をというのはあり得なくはありませんが、市の財政や乗客数を考えると難しいのではないでしょうか。地下鉄用地とはいえ、あの辺りは静かな住宅街の中を通っており、実際あんなところにシェルター付き地下鉄の高架が建設されるとなると沿線からは大反対されるような気がします。

それでは最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。

おわり

参考文献
さっぽろ文庫11 札幌の駅
HTBまめほん定山渓鉄道
郷土史澄川ものがたり
鉄道ピクトリアルアーカイブセレクション11



posted by pupupukaya at 20:47 | Comment(0) | 廃線跡を行く
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