定山渓鉄道跡を歩く2015年 9回目

前回から1週間、また続きを歩くためにやってきた。今度は定山渓の公共駐車場に車を置いてバスに乗り、簾舞で降りた。
先週は石山から簾舞駅跡まで歩いてきて終了となった。今日はここからリスタートする。

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定山渓鉄道の廃線跡地図 簾舞・豊滝間(地理院地図から作成)

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再びやってきた簾舞駅跡の敷地。(1から南西方向)

だだっ広い簾舞駅構内の跡地は立入禁止の表示こそないものの、私企業の所有地になっていて勝手に入るのをためらうような感じがする。
「防犯カメラ」の札もあったが、ここを通らないと廃線跡へは行けないのでちょっと通り抜けさせてもらう。敷地の一番奥まで行くと、林の中にそれらしくなっている空間が続いていたので、これが線路跡だとすぐにわかった。

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敷地の奥の方は新しい畑とか四阿(あずまや)がつくられていた。(2から北東方向)

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敷地の一番奥まで行くと、線路跡とわかる路盤が続いている。(2から南西方向)

人里はここでおしまい。ここから線路は豊平川に沿う山肌の中腹を通っていた。
国道はここから一段高いところを通っているが、深い谷がいくつもあって旧道はヘアピンカーブで谷を下って沢を渡り、また登ってという悪路で、「七曲り」と呼ばれていた。いまでこそ高い橋が架けられて直線に近くなっているが、定鉄建設当時はそんな技術も予算もあるはずもなく、豊平川沿いの中腹を通すしかなかったのだ。

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しばらく進むと四角い土台を見つけた。(3から北東方向)
レールが埋まっていないので架線柱ではないようだ。簾舞駅の場内信号機の土台か?

しばらく行くと石組みの土留めが現れた。河原の丸石を積んだだけで、おそらく大正7年の開業時から使われて今まで残っていたものだろう。
石山からずっと歩いていてきて思ったが、定鉄の線路は極力コンクリートを使わずに建設されたことがわかる。
定鉄の発足は大正2年に「軽便鉄道敷設免許申請」の提出に始まった。その後建設が始まるも、ただでさえ資金難なところに山岳地帯で地形が複雑なため工事費がかかり過ぎた。結局、急勾配や急曲線だらけの軽便鉄道並みの路線になってしまったようだ。

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雪は無くなったが、笹や倒木が多くて歩きにくい。(4から南西方向)

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河原の丸石を積んだだけの石垣。(4付近)
それにしても100年近く崩れもせずよくぞ持ちこたえてきたものだ。

豊滝付近ではいくつもの沢を渡ることになるが、このあたりの路線では橋を架けずに盛土で谷を埋めて線路を通していた。下に土管を通して川を流していた。
そのひとつ空沢川の沢にさしかかったところで、築堤が大きく崩れてえぐられたようになっていた。まだ3分の1ほどは残っていて渡るのには問題は無いが、崩れた土はむき出しになっていて、今でも少しずつ崩れているようだ。あと何年かしたら完全に崩れて無くなっているかもしれない。

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空沢川上の築堤は3分の2ほど崩れてえぐられていた。(5から南西方向)

沢を越えたら倒木のほかに笹ヤブも加わった。
覚悟はしていたが、倒木を避けたり跨いだりしながら進んでいくと何でこんなことしているんだろうという気持ちがわいてきた。

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ひたすら笹やぶと倒木との戦い。もう嫌になってきた。(6から南西方向)

それでも今さら引き返すわけにもいかず進んでいくと、架線柱の土台を見つけた。線路跡の遺物を見つけると嬉しい。ヤブをかき分けてきた甲斐があったというものだ。

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架線柱跡。このほかにもいくつか見つけた。(6と7の間)

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これはなぜか根元から20cmほど残したタイプ。(6と7の間)

谷側は断崖になっていて、まだ冬芽の木々の隙間から豊平川が眼下に見え隠れしている。定鉄が走っていた頃はこんなに木は生い茂っていなかっただろうから、眼下に豊平川を見てその向こうは八剣山がそびえるという景勝だったに違いない。

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林が途切れて豊平川と八剣山が見えた。(6と7の間)

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谷側にあった丸石とセメントで作った土留め。(6と7の間)

線路跡が右に大きくカーブして国道に近づく箇所があるが、新しくできた国道230号の擁壁が立ちはだかっていた。線路跡は道路の法面に取り込まれてしまっていた。壁伝いに行けないこともなさそうだが、ヤブ漕ぎもうんざりしていた。脇に上へ通じる作業用の通路があったのでそこから国道に出ることにした。

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国道230号線の擁壁に塞がれてしまった線路跡。(7から南西方向)

国道へ出るとなんと気持ちが良いことか。歩きやすいし、また高いところを通っているので橋の上からの眺めは何と良いことか。
橋の上からは線路跡の築堤がはっきりとわかる。国道の擁壁が終わったところにある沢の線路跡築堤は完全に崩れてしまっていた。もし国道に上がらずにあのまま進んでいても引き返さざるを得なかっただろう。

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国道の橋から見た板割沢。(8から北方向)
線路跡は完全に崩れて無くなってしまっている。

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これも国道の中の沢橋からの眺め。(9から北東方向)
断崖の中腹に沿って走る線路跡が一望できる。

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中の沢の暗渠はまだ残っていた。この上を定鉄の電車が通っていた。

豊滝除雪ステーションはトイレや自販機もあるので、ここで少し休憩する。

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立派な建物の豊滝除雪ステーション。以前は「道路情報館」として展示室もあったがいつの間にか無くなった。今はトイレと自販機だけ稼働している。

ちょうど豊滝除雪ステーションの下あたりに豊滝駅があったようだ。
豊滝の人家は昔から国道沿いの高台にあり、定鉄の線路は段丘の下で、ここよりだいぶ低いところを通っていた。昭和36年撮影の空中写真を見るとわかるが、国道から豊滝駅までは細い道が駅方向へ向かってあり、途中からは沢沿いに駅まで下っていたようだ。

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豊滝駅付近の重ね図(国土地理院昭和36年空中写真と現在地形図)
丸囲み箇所が豊滝駅ホーム。

除雪ステーションの斜面の下に小さな沢がある。この沢に沿って駅への道があったようなのだが。
ちょっと行ってみたくなった。ここまで来て豊滝駅だけ行かずに通り過ぎるのも勿体ない気がした。

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豊滝の集落と豊滝駅をつなぐ道があったと思われる沢。(10から北東方向)

道と行っても、けもの道のようなものだったと思われる。沢の右岸は道としては残っていないが歩けないこともない。
途中からだんだん歩き辛くなってきた。この先に堰堤もいくつかできていて道は無くなったのだろう。
しょうがないので沢の上へよじ登る。山の斜面はヤブもなく下まで歩いて行けそうだ。
しばらく歩いて行くと、どうも道路跡のような感じになってきた。途中でヘアピンカーブ状になっている所があって、木が生い茂っているが道路跡で間違いない。これが豊滝駅に通じていた道路なのだろうか?

道なりに下って行くとどうもここが線路跡らしい。一面笹で覆われていて、駅跡と分かるものは何もなかった。

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なんとなく道跡らしき路盤が現れた。ずっと線路跡へ下っている。

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豊滝駅のホームだったと思われる場所。(11から東方向)
奥の一段低いところが線路だったと思われる。

さっき歩いたの沢があった。当時はこの沢を跨いでホームがあったようだ。ここの路盤も崩れてしまっていて、地中に埋まっていた土管があらわになっている。ここが駅跡で間違いないようだ。

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ホームはこの沢を跨ぐように設けられていたようだ。(11から北西方向)

豊滝駅は正式には豊滝停留所といって、ホームと待合所だけの無人駅だった。
開業は昭和23年。地元の人たちの要望で設けられた。当時は定鉄のほかには「七曲り」の国道230号しかなく交通が不便だったところだ。しかし国道が整備され定鉄バスが運行されると、集落からかなり離れた駅は利用者がほとんどいなくなったようで、晩年は朝2本、夜2本計4本しか電車が停まらなくなっていた。
今ならば「秘境駅」のひとつになっていたに違いない。

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ホームだったとおぼしき場所に立ってみる。正面には八剣山がそびえ立つ。カーブの向こうから電車が走ってくる姿を想像した。

ここから滝の沢駅跡まで線路跡を歩こうか、また山を登って国道に戻ろうか考えたが、前後は笹がびっしりと生えている。また、行く先は除雪ステーションから投げ捨てられた雪が山のようになっていた。あきらめて国道に戻ることにした。

10へつづく

posted by pupupukaya at 15/05/06 | Comment(0) | 廃線跡を行く
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