2017年インド旅行記3 アグラへその2

◆マターブバーグ(タージマハル)編

ダディ「次はマターブに行くぞ、いいか?」
私「オーケー」
と言ってリクシャーはイティマド・ウッダウラー廟を後にして走り出す。
このあともダディは出発するごとに次の行先を確認するのだった。

いかにも下町といった、町工場や商店が並ぶ道を行く。
ゴミだらけの道端は、軒先に座り込んで駄弁っている男たち、しゃがんで洗い物をする主婦、子供達がチョロチョロ。あと、色んなものが混じりあった鼻を突くような匂い。
吹きさらしの車窓(窓はないけど)からは普段着の暮らしぶりが見える。

エアコン付きチャーター車でも通る道は同じだろうけど、同じ風景に見えただろうか。リクシャーに乗って良かったと思った。

DSCN0309-001.JPG
 生活感のあるストリート。

DSCN0314.JPG
 野良犬をやたらと見かけた。

街中を抜け、道の両側に畑が広がるようになる。郊外まできたようだ。
道の突き当りがお土産を並べた売店が並んで観光地らしくなっていた。

せっかくアグラまで来たのだが、タージマハルは今日は金曜日のため休み。
せめて裏側から見ようとこのマターブバーグまで来たわけである。

DSCN0344.JPG
 マターブバーグの駐車場から。

タージマハルは、17世紀、ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが皇妃ムムターズ・マハルのために建てた白大理石の巨大な墓である。
自身の墓は、ヤムナー河を隔てた対岸にタージと対照となるように黒大理石で建てる計画だったが、息子である第3皇子のアウラングゼーブによってアグラ城に幽閉され、叶わぬ夢となる。

白大理石を使用した広大な建物はユネスコの世界遺産に登録され、今では年間700万人の観光客が訪れるというインド観光のシンボル的存在になっている。

今着いたのはタージマハルのちょうど対岸。世が世なら『黒タージ』が建てられるはずだった場所。
現在は『マターブバーグ』と呼ばれ、英国式の庭園となっている。

DSCN0335.JPG
 広々としたマターブバーグ。

車を降りてダディと入口へ。
お土産の小物を持った子供が何人も寄ってくる。ダディはガン無視。自分もそれに倣って無視を決め込む。
入場料は200ルピー、チケット売り場で買う。
中は庭園というか普通の公園のような感じ。

おおー、あれがタージマハルか。

来る途中で何回か見かけた姿だが、遠くからなのでスモッグで霞んでいた。ここからははっきり見える。
ダディは木陰のベンチに腰かけて、「ここで待っているから」と言った。

DSCN0317.JPG
 ヤムナー河対岸から見るタージマハル。

今は広い河原だが、雨季ならば川幅も広がって、川面に映るタージが見られたのかもしれない。
もっと時間があれば、腰かけて夕日に染まって暮れゆくタージを眺めてみたいものだ。

あちこちに朱色の花をつけている木があって、白い大理石のタージマハルと好対照に見える。
あとでダディに聞くとグルモールと教えてくれた。

調べたらグルモールはインドでは真夏の花。日本では『鳳凰(ほうおう)木』といい、なるほど燃えるような朱色の火の鳥が飛び立つようにも見える。

DSCN0324.JPG
 朱色のグルモールの花とタージマハル。

DSCN0323.JPG
 朱色の火の鳥が羽ばたくグルモール。

金曜でなければ中に入って美しい壁面も見られたのだろうが、タージマハルの実物を見られただけでも満足だ。
一部に改修中の足場が組まれていたのは少々残念だった。2017年の5月から2か月間本格的な改修工事に入るようなので、行かれる方はご注意を。

庭園には石積みの土台や瓦礫が転がっている場所があって気になったが、これは『黒タージ』ではなく、ムガル帝国時代にあったレクリェーション施設の跡で、当時はプールや噴水があったがヤムナー河の頻繁な洪水で破壊されたあとはすっかり忘れ去られたものの、1990年代に発掘されて日の目を見ることとなった。

DSCN0315.JPG
 ここに黒タージが建つはずだった。ムガル時代の遺跡が夢の後。

ここマターブバーグは人も少なく静かで、のどかな公園といったムードだった。
タージマハルは見たいが、人混みと高い入場料(1000ルピー)は嫌だと言う人はこちらをおすすめします。

長いこと居たような気がするが、20分くらいしか経っていない。
見るものと言えば対岸のタージマハルくらい、いくら美しくても20分もすれば飽きる。

ベンチで待っていたダディとリクシャーに戻る。
「次はアグラジョウへ行くがいいか?」
アグラジョウってどこだ?
英語で「アグラフォート?」と聞くと、そうだと言った。

ダディはアグラ城を『アグラジョウ』と言う。英語なら『Agra Fort』、ヒンディー語では『アグラキラー』である。
やっぱり日本人慣れしている。普段は日本からのツアー客を相手にしているのか、毎朝駅前で日本人客を待ち構えているのか知らないが、まあ悪いようにはされないと思うが。

基本は英会話でのやり取りだが、時どき日本語を混ぜるのでこちらを混乱させる。

そのアグラ城はインサイドとアウトサイドがあって、インサイドは入場料500ルピー、アウトサイドはフリー(無料)だと言う。どっちにするか聞かれて、フリーの方にしようと思いかけたが、せっかく来たんだからお金払ってもちゃんとしたのを見ておこうとインサイドの方をお願いした。

DSCN0345.JPG
 再びリクシャで出発。

DSCN0346.JPG
 道路を歩く牛の群れ。

DSCN0350.JPG
 また街中のストリートを通る。

DSCN0354.JPG
 南国らしいのんびりとしたムードも。

DSCN0308.JPG
 鼻を突く匂いも。画像でお伝えできないのが残念。


◆アグラ城塞編

リクシャーはアグラ城入口に行くのかと思ったら、少し離れた駐車場に入った。
ダディは「マイパーキング」と言った。
「30分で戻ってきてくれ、ここで待っているから」

駐車場からアグラ城の入口であるアマルスィン門へは広い道路を渡る必要があるのだが、車がビュンビュン通る道路は信号など無く、一応横断歩道はあるのだが、止まる車などあるはずも無い。

車の切れ目をねらって走って向こう側へ渡った。怖いなあ。

DSCN0383.JPG
 アグラ城入口。右がチケット売り場。

500ルピーのチケットを買って行こうとすると、ガイドと称する男たちが寄ってきた。
ノーノ―と言ってもしつこくついてくる。
英語でガイドされてもこっちは分からんのよ。それに30分で戻らねばならないし。

あんまりうるさいので、振り向いて
「オー、ミスター ノーサンキュー」
と言ったがそれでもついてきた。あとはひたすら無視。もぎりの所でいなくなった。

DSCN0381.JPG
 赤砂岩で築かれた要塞壁。

DSCN0379.JPG
 そそり立つ城壁。高さは21.4mある。

アグラ城は正式には『アグラ城塞(Agra Fort)』という。城壁の色から、別名『ラールキラー(赤い城)』とも呼ばれている。
完成は1573年。ムガル帝国第3代のアクバル大帝がデリーからアグラに遷都する際に築かれた、ムガル帝国最盛期の象徴でもある。
第4代、第5代の時代にさらに増築されている。
その後、タージマハルを造った5代皇帝シャー・ジャーハンがアグラ城に幽閉され、第3皇子のアウラングセーブが6代皇帝に就くと再びデリーに遷都となった。

以上はネットで仕入れた知識だが、ムガル帝国の歴史は複雑で、私の頭が痛くなってきたのでこのくらいにしたい。

DSCN0377.JPG
 内側から見たアマル・スィン門。

坂道を登っていくつかの門をくぐると広い中庭に出た。
ここも綺麗に整っていて、街中の喧噪とは正反対に静かで落ち着いている。

中庭の一番奥まで行くと、門があって鉄扉が閉まっている。この先はまだ続いているが、この先は行けないようだ。
高い入場料を取る割には見るものはこれだけか。

DSCN0361.JPG
 アグラ城の広い中庭。

しかし暑い。今は10時を少し過ぎたところ。だんだん気温が上がってきた。
日なたを歩いていると倒れてしまいそうだ。

中庭にある大きな建物に人が集まっている。
行って見るとここは日陰で、風が通り抜けて涼しい。しばらくここで休憩する。

ずっとバッグの中に入れていた車内サービスのペットボトルの水はすっかりお湯になっていた。それでも喉が渇いているので、飲むとうまい。

DSCN0363.JPG
 一般謁見の間(Diwan-i-Am)。

DSCN0362.JPG
 奥が玉座。ここでお祈りする人もいた。

中庭はぐるりと壁に囲まれているが、入ってきたのとは別の出入り口へ行ってみるとまだ続きがあった。
入るとまた中庭があって、今度は白い大理石で囲まれていて、アングリー庭園という名がついている。

DSCN0366.JPG
 ムガル第5代シャー・ジャハーン帝によって建築されたアングリー庭園。

3代帝アクバルと4台帝ギール時代の建築は赤砂岩だが、大理石の建築はタージマハルの5代帝ジャハーン時代のもの。
正面に見えるこれも大理石の建物はシャー・ジャハーン帝の神殿と呼ばれ、帝はそこから沐浴する女性たちを眺めていたという。

愛妃の墓であるタージマハルを建てたり、晩年は幽閉されたりとセンチメンタルな面ばかり伝わるジャハーンだが、若いころは結構な遊び人だったんでしょうかね。

アクバルとギール時代の建造物は現地産の赤砂岩だが、ジャハン時代のものは大理石である。ムガール帝国の皇帝の心など察することはできないが、だんだん贅沢になって国が傾くというパターンではあるようだ。
 〜宮脇俊三著 インド鉄道紀行より

庭園や宮殿など贅を尽くした造りになっていて見ていたら結構面白い。
アグラに来るまでは正直、タージマハルが見えるマターブバーグまでの行き方しか頭になかった。ここアグラ城は来てみるとなかなか見ごたえがある。
30分で戻るという約束なので、どこも歩いて通り過ぎるだけだったが、もっと時間を取ってもよい所だった。

DSCN0368.JPG
 ジャハンギール宮殿の屋上。

宮殿の屋上に出ると、窓のところに人だかりがしている。
覗いてみると、ヤムナー川の河原が眼下に広がり、遠くにタージマハルが見えた。

DSCN0369.JPG
 アグラ城から見えるタージマハル。

失脚し、息子のアウラングゼーブによってアグラ城に幽閉された5代帝シャー・ジャハーン。74歳で亡くなるまでの8年間、自らが建てた、また愛妃が眠るタージマハルを眺めて暮らすことになる。

ここから眺めるヤムナー河とタージの風景はジャハーンが生きた17世紀から変わっていないんだろうな。
失意の中、毎日タージを眺めて過ごしたのだろうか。対岸には自らの墓になる黒タージが建つはずだった。

 ”露と落ち露と消えにし我が身かなタージのことは夢のまた夢”
 〜それは豊臣秀吉公の辞世でっせ。

結局黒タージは幻と消え、ジャハーンの棺はタージに眠る愛妃の横に安置されることになる。

DSCN0370.JPG
 雨季ならばタージが河の水面に浮かぶように見えるという。

約束の30分は10分ほどオーバーしたが、門を出てリクシャーが待っている駐車場へ向かう。
待ってましたと客引きの運転手が声をかけてきたが、
「マイドライバーイズ ウェイティング」と言うと去って行った。このフレーズは使えそうだな。

続いてやって来たのがガイド本売り。
「コリア?チャイニーズ?ジャパニーズ?」
無視するのがいいんだろうけど、一緒くたに呼ばれるとつい「ジャパニーズ」と答えてしまう。

ノーノ―と言ってもしつこくついてくる。最初は30ドルだったが、20ドル、15ドルとどんどん値を下げる。が、いらん物はいらん。そもそもドルなんて持ってきてないし。

駐車場までついてきた。助けてくれダディ。
ほかの運転手と駄弁っていたダディが追っ払ってくれた。やれやれ。

DSCN0384.JPG
 アマル・スィン門の交差点。渡るのが一苦労。


◆土産物屋編

リクシャーに乗り込む。これで最初に約束していた観光地は全部回った。
次の約束はショッピングとランチである。
ショッピングとは土産物屋のこと。連れて行って買わせるとコミッションが入るので、観光客相手では一番の腕の見せ所であろう。

ダディ「ビフォー ショッピング アフター ランチ OK?」
私「ヤー」

はっきり肯定は「Yes」、生返事は「Yeah」と使い分けていたが、そんなことインド人に通じるはずもない。

まだ旅行は序盤なので荷物が増えるのは困るが、小物くらいなら買ってもいいかなとも思っていた。
リクシャーはどこへ向かっているのかわからない。このときのダディーが一番得意顔だったような気がする。

着いたのは衣料品店のような店。

ダディ「さあ、日本人のお客さんを連れて来たよ。品物を出してやってくれ」
なんて言ってたのかわからないが、多分言っていたんだろう。

しかも品物を選んで自分でレジへ持って行くような店ではなく、対面販売。
また面倒な店へ連れてきやがったな。

店員はスカーフ出して何枚か並べる。シルクだという。触ってみると肌触りは悪くない。
店「彼女にでもどうだい」
うーん・・・
こういう物の良し悪しなどさっぱりわからない。

店「サリーもあるよ」
いやいやいや、そんなん日本に持って帰っても誰も着ないから。

だまっていると、次から次へと品物を出して並べる。
あーわかった分かった、スカーフ1枚買うよ。
私「ハウマッチ?」
店「1500」
値札もないし、相場も分からないので高いのか安いのか。多分相当ふっかけているんだろうけど。

もうヤケになってきた。
私「ドゥーユーディスカウント?」
店「いくらならいいの?」

台の上に電卓があったので、借りて『1000』と打ち込んだ。

店「それは無いわ、1300」
私「1100」

結局1200ルピーで交渉成立。

店「お客さん、もう1枚お母さんにどうね」
店「紅茶もあるよ」
私「ノーサンキュー、エネオスエネオス(もう十分)」

ダディは終始ニヤニヤしながらこっちを見ていた。
スカーフ1枚買って店を出る。

DSCN1835.JPG
 シルクのスカーフ1,200ルピー也。

ダディ「ダイリセキに興味ないか、ダイリセキ、いい店があるよ」
ダイリセキって何だ?
ショッピングも1店だけじゃ済まさないつもりなんだろう。いいよいいよ、行ってくれ。

また街中をしばらく走って、小さな工場のような所に入って行った。リキシャーが壊れて修理工場にでも寄ったのかと思ったが、着いたという。

ダディに招き入れられるまま中に入ると、石の加工場だった。狭い部屋だが職人たちが石を削ったりしている。
ここでダイリセキの意味が分かった。大理石ね。
ダディは時々日本語を混ぜるから訳が分からなくなる。

DSCN0386.JPG
 さいしょは車の修理工場かと思った大理石屋。

中で座らされると、ダディが「彼がティーチャーね」という人物が現われた。
店員風ではないし、社長かな。どちらでもなさそう。
横に座り、どこから来たかとか、どこに行って来たかなどあれこれ聞かれる。

それから大理石の工芸についての説明。
「これはアグラの伝統工芸で、タージマハルから受け継がれた技法・・・」
正直興味ないので聞き流す。

「どうだい、商品を見て行かないか?」
もう早く出たいので「ヤー」と答えると、
「よしっ、店内へカムイン」

外見は修理工場に見えたが、店の中は上等な工芸品店という感じだった。でも高そうだな。

ティーチャーは皿を出してきて並べた。
テ「どうだいいいデザインだろう、特別に50ドルだよ」
私「ドル持ってないよ。ルピーで言ってくれ」
3220ルピー?上等な物かも知れないけど皿1枚に6000円近くも出せるか。それにこんな物バックパックに入れて持ち歩けないよ。

私「エクスペンシブ。もっと安い物はないの?」
テ「これなら1000ルピー」
と出したのは大理石で出来た象の置物。手のひらに乗るサイズで、これなら悪くない。
テ「2個なら1800ルピーにするよ」
テ「小物がいいの?ほらマグネットも2個付けるよ、3200だけど全部で3000でどうだい

私「まだ高いよ。ディスカウントプリーズ」
テ「いくらならいいんだい」

ティーチャーの持っていた電卓を借りて、少し考えて2000と打ち込んだ。
テ「おいおいおい、このゾウ1個で1000だぜ、そりゃないだろう」
さすがにちょっと引き過ぎたかな。2300と打ち込む。
テ「じゃあ10%引きで2700でどうだ?」

別にどうしても欲しいわけじゃないし、売ってくれないのならそれはそれで結構なことだ。
私「ノーサンキュー、バーイ」
背を向けて外に向かいかけると、
テ「ヘイ サー、わかった、トゥーサーザンシックス、2600、これでカンベンしてくれ」

もう面倒になってきてOKを出した。

お金を払おうと財布を見たが、2600ルピーを払うとほとんど無くなってしまう。このあとランチもあるし、現金がなくなると困る。
仕方がない、少々心配だがクレジットカードで払った。
小物4個で約4600円。ずいぶんふっかけられたという感じは否めない。

テ「ところでこの小物入れは彼女にでもどうだい?2000でいいよ」
さすがにそれは何とか断った。

DSCN1833.JPG
 大理石のマグネットと象の置物。2,600ルピー也。

ダディの姿が見えない。車で待っているのだろうか。

ティーチャーはまあゆっくりしていけよとソファーをすすめる。
テ「こちらのお客さんに飲み物を持ってきてくれ。ヒーイズ マイゲスト」
しばらくしてビンにストローが差されたペプシコーラが運ばれた。
テ「ノープロブレム、ディスイズフリー」
金は取らないようなのでペプシをいただく。ずっと炎天下の中リクシャーで来たので冷たいペプシがうまい。

ティーチャーと色々話をする。と言っても片言の英会話なので大した内容ではないが。

テ「トリップアドバイザーを知っているか?この店は5つ星なんだ」
壁にはトリップアドバイザーの張り紙がある。
彼は嘘は言っておらず、後でネットを見たらトリップアドバイザーに店が載っていた。

テ「俺の奥さんは日本人なんだ」
ちょっと奥さんに会ってみたくなったが、話が長くなるといけないのでそれは言わなかった。

テ「君のヘアスタイルはとてもナイスだ」
最近は短く刈り上げている髪の毛だが、お世辞にもオシャレとは言えないと思っていた。ただ剛毛なので、触るとブラシのようではある。
ティーチャーは私の髪の毛が気に入ったのか、何度もナデナデした。

ペプシを1本空けたところで、ではそろそろと退散することにする。
テ「サンキュー、マイフレンド、バーイ」
「バーイ」

ダディは車にいた。
ダディ「いいものはあったかい?」
私「ああ、象の置物を買った」
ダディ「次はリング(指輪)はどうだい」
もういい、カンベンしてくれ。

私「アイムハングリー、アイワナランチ」
ダディ「何が食べたい?」
私「インド料理がいいな」
ダディ「インディアンフード?OK」

時刻は11時過ぎ。ランチには早いが12時までに駅に戻る約束なのでちょうどいい時間だろう。
今度はどこへ向かうのか。リクシャーは街中を走る。

いや〜、それにしても疲れた。

4へつづく

posted by pupupukaya at 17/06/04 | Comment(2) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記4 アグラへその3

◆アグラ・ランチ編

リクシャーは約束通りレストランに着いた。ダディが店内に招き入れる。
入口は植込みがあってごちゃごちゃしている所だったが、中に入ると綺麗な店だ。エアコンも聞いているし感じも良い。

メニューは英語だが、見ても良くわからない。『Thali(ターリー)』の文字を見つけたのでこれにする。ターリーとはいわゆる定食のこと。間違いはないだろう。

店員が「ベジ?ノンベジ?」と言うので「ノンベジ」と答える。「ドリンク?」と聞かれたので何にするかとまたメニューを見ると「ビール?」と言われ、思わず「イエス」と答えた。
まさかここでビールが飲めるとは思っていなかった。

DSCN0390.JPG
 ダディおすすめのレストラン。雰囲気は悪くない。

程なくしてビールが運ばれてくる。『キングフィッシャー』のロング缶。
んぐんぐ・・冷たいビールが喉を通って行く。

ビールうめ〜、ずっと暑くて埃っぽい外にいたので、一層うまく感じる。
あ〜幸せ。

店内に入ったときは客は1組いたが、しばらくして出て行ったので店内は貸切状態。まだ11時を過ぎたばかりで、ランチには少し早かったのだろう。

出てきたターリーはアルマイトの大皿。
チキンカレー、野菜カレー、豆(?)のカレー、ヨーグルトスープそれにカレーピラフのようなもの。
量はたっぷり、2人で分けて食べても十分なほどだ。それに別皿にはナンがこれもたっぷりある。

DSCN0392.JPG
 チキンのターリー。

チキンカレーからいってみるか。

うまい、うまいよよく煮込んである肉も柔かい。
ピラフの米は細長いインディカ米でボロボロしているが、これもうまい。
ナンはお馴染みのもっちりしたやつとか、パリパリしたのとか色んな種類があるのね。これも焼き立てで熱いがうまい。

考えてみればインドに来てからこれが初めてのまともな食事だった。

DSCN0395.JPG
 ナンは食べきれないほどたくさん。

ナンは食べきれずに残したが、皿のカレーは平らげる。ビールも飲んだので腹いっぱいになった。
店員は「ビールもう1杯どうだ」と言うがさすがに断った。ていうかもう何も入らない。

ここは涼しいし、もうどこへも行きたくなくなった。少しゆっくりと過ごす。
12時には駅へ戻ることになっているので、さすがにもう土産物屋には寄らないだろう。

お会計はビール込みで700ルピー。日本ならば標準的なランチの値段だが、インド人からすればものすごい高級店なんだろうな。
店員は「チップ」と言う。言われるままに100ルピー札を追加で渡した。
チップって客に催促してもらう物か?普通。

外に出るとダディがいない。リクシャーには見知らぬオッサンが乗っている。オッサンはこの車だと招く。
ここから運転手が変わったのかと思ったら、ダディはすぐ戻ってくるとのこと。

オッサンは「ダディはどうだ?」と言うので「ヒーイズナイスドライバー」と答えた。
「そうだろう、彼はとても良いドライバーだ。だからよろしく頼むよ」みたいなことを言った。

しばらくしてダディが戻る。このまま乗って行くのかと思ったら、降りてどこかへ行った。ダディの知り合いか。

DSCN0396.JPG
 レストランの看板。(写っている人は全く関係ありません)

ダディ「今度は駅へ行くぞ。OKか?」
私「OK」

リクシャーは走り出す。真っ直ぐ駅に行ってくれることだろう。これで最後になる。
土産屋の事以外は何事もなく、やれやれと思う反面、もう少しあちこち見て回りたかったとも思った。
アグラはまだまだ見る所が多く、観光に丸1日時間をかけて、戻りは夜のシャタブディー急行にしても良かったかもしれない。

ダディ「ランチはどうだった」
私「ナイス、ベリーデリシャス(とてもうまかったよ)」

だいぶ気温が上がったようで、車内は熱風が吹き込んでくる。
しかもさっきのランチはカレーとビールの組み合わせ。汗が容赦なく噴き出す。インドでアルコールが御法度なのは宗教的な理由だけではなさそうだ。

DSCN0401.JPG
 駅へ向かう。熱風が容赦なく体に当たる。

アグラ・カント駅の、乗った時と同じ駐車場に着いたのは11:50。ほぼ約束通りの時間だ。

これも最初の約束通り600ルピーをダディに渡した。ダディはすかさず「チップ」と言う。

負けたよダディ、財布からもう100ルピー出して渡した。
言われなくても渡そうとは思っていたが。

ダディ「駅のホームにウェィティングルームがあるからそこで待ってればいい」
「悪い人がいっぱいいるから付いて行くなよ」
私「サンキュー、アイハドエンジョイ、グッタイム」

最後に握手をして抱き合って別れた。

「バーイ、サヨナラ ダディ」

土産屋に連れて行きさえしなけりゃアンタは本当に良い運転手だったよ。
それでもリクシャーに乗ってアグラの街をいろいろ見て回れたので満足はしている。

DSCN0402.JPG
 半日世話になったダディ。

とりあえず駅舎へ向かうが、帰りの列車は13:44発。まだ1時間40分も時間がある。
駅近くをブラブラしていればあっという間に過ぎてしまう時間だが、ここはインド。
駅前にはリクシャーの運転手がこれでもかというほど待ち構えている。また40度近い炎天下、客引きを振り払いながら歩く気はしなかった。

DSCN0403.JPG
 再び戻ってきたアグラ観光の玄関、アグラカント駅。


◆アグラからデリーへ

DSCN0404.JPG
 アグラカント駅のコンコース。

アグラ・カント駅の駅舎はアグラのセントラルステーションとしてはずいぶんと小さい。あまり広くないホールと、隣にチケット売り場があるだけ。
ホーム側にウェィティングルームはあるが、人でいっぱいだしエアコンもない。
あまり早く着いても居場所がない。ホームでは床面に座り込んでいる人がたくさんいる。ほかに居場所もないし、屋根のあるホームが一番涼しいからだ。

1番ホームは人がいっぱいだが、こんど乗る12807列車が発着する2番ホームはまだ人がまばら。ホームで過ごすことにする。

DSCN0407.JPG
 アグラカント駅の1番ホーム。

DSCN0410.JPG
 跨線橋の上から。

DSCN0411.JPG
 金網の跨線橋。ここが一番涼しい。

ホームの椅子に座っていると風が通り抜けて涼しい。やたらとハエがいるのと、線路から悪臭が漂うのは我慢するしかない。

線路を挟んだ向かい側に客車が停車している。行き先の表示板には『HOWRAH−NEWDELHI−SRIGANGANAGAR』とある。スリ・ガンガーナガルからデリーを経由してコルカタまで行く長距離列車。
寝台列車だが座席車もあって、そっちは客室もデッキも満員だ。
この列車、一応12:15発となっているのだが、発車時刻になっても一向に発車する気配がない。それどころかどこへ行ったのか機関車も付いていない。

アグラからニューデリーに戻る列車を予約するときに分かったのだが、インドの列車はほとんどが長距離の夜行列車ばかりで、中距離を昼行で結ぶ列車がほとんどない。
シャタブディー急行は便利だが、朝晩しか走っていないので、明るいうちに着きたいとなると長距離の寝台列車ということになる。
それでも、時間通りに来てくれればいいのだが、概ね遅れを引きずってやって来る。

今待っている列車はヘーズラット・ニザマディン行き12807列車『Samta Express』。ヴィシャーカパトナムという所を前日の朝6:25に出発し、1700kmもの距離を1昼夜かけてやって来る列車だ。アグラカント駅は13:39発、13:44発となっているが、はたしてどれだけ遅れるのか。
なお、ヘーズラット・ニザマディンはニューデリーの1つ手前の駅で、なぜかこの駅が終点となる。

アグラ〜ニューデリー間の区間列車もあるにはあるが、こちらは鈍行列車で全車自由席、所用時間が6〜7時間となるのでちょっと無理だ。

DSCN0414.JPG
 ホームとキオスク。

DSCN0423-001.JPG
 向かいのホームに停車中の客車。デッキが人気のようだ。

DSCN0412.JPG
 貨物列車が入線する。

時どき物乞いがやってくる。無視していればしばらくしていなくなる。
施しをしてもいいんだけれど、ほかの物乞いが集まってきたら困るし、ほかにしょうがない。

この後も彼らには何度も遭遇することになる。心痛むところだが、ここは『地球の歩き方』にある通りに割り切ることにする。

 “与え尽くしても際限はないし、それで事態は解決しない”
 〜地球の歩き方インド「物乞いと、どう向き合うか」


アグラ・カント 13:44
    【12807】Samta Express 
ヘーズラット・ニザマディン 16:45  

だんだんとホームの人が増えてきた。しかし思ったほどではない。
定刻の13:39になっても列車は来ない。
ホームにアナウンスがあって、聞き取れないが「トゥー」と聞こえたので2時間遅れ?
2時間で済めばギリギリ明るいうちにホテルに着けるか。

と思っていたら2番線に列車が入ってきた。どうやら2番線に変更というアナウンスだったようだ。
車体に『Samta Express』と表示があったので間違いなくこの列車だ。

DSCN0425.JPG
 サムタ・エクスプレスが到着。

買ってあったチケットは『スリーパー』と呼ばれる3等寝台車。エアコン無しの3段寝台である。昼間は座席の指定席車となる。
インドの長距離列車では最もスタンダードなクラスの車両となっているが、日本人が利用するには治安の面など問題も多いようだ。
別にケチったわけでなく、本当はエアコン付き寝台車にしたかったのだが、予約時にほぼ満席状態だった。それだと「WL(キャンセル待ち)」となるので、確実に予約できたこちらにしたわけだ。

だが、運賃は安い。アグラからデリーまで193ルピー(333円)。別に格安チケットというわけではない。インドの国鉄運賃は国策なのか分からないが、諸物価と比べてもかなり安くなっている。
調べたら、同じ区間を自由席の座席車であるジェネラルクラスだと48ルピー(約82円)である。
インド人にもみくちゃにされることを厭わなければ、ほとんどタダみたいな値段でインドじゅう旅行できることになる。

DSCN0429.JPG
 窓に鉄格子がはめられたエアコン無し3等寝台車。

指定された席はS5号車の13番。『S-5』と書かれた車両を見つけて乗り込む。
13番の座席は3人掛けの真ん中。すでに3人座っている。

「エクスキューズミー、ディスイズ マイシート」
というと詰めてここに座れといわれる。

3人掛け席に4人で座るので窮屈。
このボックスは7人いるうち5人は同じ連れのようで、この中で3時間を過ごすのはどうしたものか。

幸い上段寝台が誰もいなかったので、そこに移った。
狭いし、高い場所なので怖いが、肩を寄せ合って座っているよりは快適だ。

目の前に扇風機があって勢いよく回っているが、風は熱風。気温は40℃くらいあるのだろうか。もう暑さの感覚もマヒしてきた。
よく北海道の寒さはいわゆる寒いという感覚とは別だと言われるが、ここインドの暑さはいわゆる暑いという感覚ではない。暑いのではなく熱いと書いたほうが合っている。

DSCN0455.JPG
 3等寝台の車内。

DSCN0442.JPG
 ブンブンと熱風を送る天井の扇風機。

DSCN0439.JPG
 トランプに興じる乗客たち。

車掌らしき人は回って来たが検札は無し。一応座席指定のはずなのだが、席は決まっているような無いような・・・。
空いている席があれば勝手に座っているような印象だった。

物売りが頻繁にやって来る。カレーや揚げパン、チャイ、ペットボトル飲料など。
ユニフォームを着た職員のは車内販売という感じだが、私服の物売りもいて、カゴに果物などを積んで売り歩く。こちらは勝手に車内で商売している感じに見えた。

 動画『インド スリーパーの車内』2分35秒

上段寝台からは車窓は全く見えないが、車内の様子を眺めているとインド人の生活が見えて楽しい。
シャタブディー急行はエアコン付で快適だが、こうした面白さはなかった。

昼間だけの乗車なら3等スリーパーも悪くはない。しかし、ここを一夜の宿とするのはいかがなものか。

DSCN0460.JPG
 スリーパーの座席。夜は3段寝台になる。(終点で撮影)

DSCN0461.JPG
 通路と平行になるサイド席。こちらは夜も2段で使用されるお得席。(同上)

途中でカミナリが鳴り、ものすごく強い雨が降り出した。夕立なのかスコールなのか。
皆一せいに窓を閉める。車内がムシムシする。しかしこれで少しは気温が下がるか。
定時では16:44着ということになっているが、まだ着きそうな感じはない。

この列車、やたらと運転停車が多く、遅れはだんだん増しているようである。
17時近く、またどこかで停車する。今度は長い。5分経っても10分経っても動かない。
車内放送も一切なし。車内の乗客たちは気にしていない様子。

20分くらいしてからようやく動き出した。

終点のヘーズラット・ニザマディンに着いたのは17:25。約40分の遅れだった。
この列車は前日の朝6時台に出発した列車であることを考えれば、ほぼ定時運転だったということになるのだろう。

DSCN0463.JPG
 ヘーズラット・ニザマディン駅。デリー南側のターミナル駅といった位置づけ。


◆再びデリーにて

デリーへは戻ってきたものの、ここからホテルのあるニューデリー駅まで行かなくてはならない。
線路は繋がっているのだから、別な列車に乗り換えればいいと思ってしまうが、発着する列車はどれも長距離ばかり。そう都合よくニューデリー行きなんてあるはずもない。
EMUと呼ばれる近郊電車もあるが、こちらは日に数本しか走っていない。

ということで便利なオートリクシャに乗ることにした。

駅を出ると待ってましたとばかりに客引きの運転手が集まってくる。
「ヘイ、どこに行くんだ」「俺のに乗って行けよ」

私「ニューデリーステーションへ行きたい」
デリーでのリクシャの相場などわからないが、とりあえず「ヒフティー(50)」というと誰もが渋い顔をする。

「50、OK」という運ちゃんがいた。赤いターバンを巻いたその運ちゃんについて行く。リクシャでなく普通のタクシーだった。
車に乗ると350だという。話がちがうじゃないか。「ノー、50オンリー」と言って車を降りた。
別に350でも良かったんだけどね。

ただ、アグラでお金を使いすぎて、財布には500ルピー札2枚と10ルピー札が8枚しか残ってなかった。
着いてから500札出して、お釣り無い500もらうよなんて言われたら困る。

止まっていたリクシャに「ニューデリー駅まで行きたいが幾ら?」と聞くと「200」と返ってきた。
もう面倒だし、言い値の200でいいや。
「OK、そのかわりお釣りある?」というと、別な運転手を呼んできて100札5枚に両替してもらった。
その中から200ルピーを運転手に渡して出発。

DSCN0464.JPG
 200ルピーでニューデリー駅へ向かうオートリクシャ。

行き先をホテルではなくニューデリー駅としたのは、ホテルの場所を説明するのが面倒だからということもあるが、ちょっと寄りたい場所があったからだ。

リクシャーは便利だ。運転手は外国人と見ると料金をふっかけてくるが、それでも金額は知れている。値段交渉しだいでは安くなるのかもしれないが、交渉するのは面倒だし時間も勿体ない。チップ込だと割り切って、言い値で乗るのも一つの手だろう。

ニューデリー駅へは30分ほどで着いた。
駅には用はないが、リクシャは駅前広場に入ろうとする。

突然数人の男が車をさえぎって「ここからは入れない」と叫んだ。
運ちゃんは「ここから先は行けないから降りてくれ」言った。

車から降りようとすると男の1人が自分の身分証らしきものを見せて、
「ここから先はチケットがないと入れない、チケットを見せろ」と言う。

男「リクシャに料金払ったのか」
運「いや、もうもらってるよ・・・」
男「ほら、チケットを出せ」
私「チケットなんか持ってないよ、列車に乗るわけじゃない」

これが噂に聞いていた駅のチケット詐欺か。
なんだかワーワーやっている隙に逃げ出した。

ここからホテルまでは歩いて戻る。
途中で寄ったのが『WINE&BEER SHOP』と看板のある店。地球の歩き方の地図にも『酒屋』の名前で載っている。
すっかり汗だくで、ホテルに戻ってシャワーを浴びてから冷たいビールを飲もうというわけだ。

狭い入口はインドの飲兵衛が出たり入ったり。
飲酒に厳しいインドでは酒が手に入る場所はこういった酒屋に限られている。

DSCN0472.JPG
 ワイン&ビールショップ。飲兵衛にとっては貴重な店。

DSCN1559.JPG
 インドの飲んべたちが押し寄せ大繁盛。

店内のカウンターで商品名を言うと取り出してくる対面販売。2か所あるカウンターは押し合いへし合いで大繁盛。ていうか、俺が先だ、俺が先だというほど殺気ムンムン。
こいつら全員アル中か(人のことは言えんけど)

DSCN1560.JPG
 押せ押せとばかりにアル中 客が詰め寄るカウンター。

自分の番が来たので見えていた『カールスバーグ』を3本取ってもらう。「ハウマッチ」と聞くと300ルピー。ロング缶でよく冷えている。1本100ルピーとは意外と安かった。

ホテルの部屋に戻ってビールは冷蔵庫へ。
もう下着はベショベショ。体もベタベタする。着ていた服を脱ぎ捨ててシャワーへ。

さっぱりして飲んだビールがうまかったこと。ようやく生き返った思いだった。

DSCN0478.JPG
 カールスバーグはデンマークのメーカー。象のイラストがインドらしい。

ビールを2本飲んだら腹が減ってきた。
ちょっと外に出てみる。
8時ごろだが、ホテル前の道はまだ賑やか。屋台も出ている。

DSCN0496.JPG
 ホテル前の夜景。

コンビニやスーパーがあればいいのだが、そういう店は無い。1軒だけ商店があったので入ってみたが、食べ物はスナック菓子のようなものしかなかった。店を出てまたホテルに戻る。

DSCN0500.JPG
 夜のホテル街。怖い感じはなかった。

ホテルの1階にレストランがあるのでそこに入った。
メニューはここも英語。何となくはわかる。カレーは昼に腹一杯食べたので、別のものがいい。
パスタがあったのでパスタ欄の適当なのを指差して「テイクディス(これをください)」と言った。
ウェイターに「ドリンク?」と聞かれたので試しに「ビア」と言って見ると、「ここではだめです、お部屋ならOK」と言われた。部屋まで持ってきてくれるという。部屋ナンバーを告げて、部屋に戻った。ルームサービスになってしまった。

しばらくするとさっきのウェイターがビールを持って部屋に現われた。150ルピーと言うので払う。
ウェイターは「フロントにはナイショよ」と言った。どうやら酒屋で買ってきてくれたらしい。もうすでにビールは飲んでいたし、何だか悪いことしたな。

それからまたしばらくしてパスタが来た。さっきとは別の人。支払は明日フロントでいいとのこと。

パスタはクリームパスタだった。味は特にどうと言うことはないが、まずくはない。まあまあ。

DSCN0505.JPG
 クリームパスタとビール。ビールはキングフィッシャー。

冷蔵庫にはビールがもう1本。これも飲んでしまおう。

ビール計4本。さすがに酔っぱらった。猛烈に眠くなってきたので、今日はもう終了します。
明日は夕方にニューデリーを出発する寝台列車でコルカタへ向かいます。

それにしても、今朝ホテルのこの部屋を出たのがもう1週間も前のような気がする。
長い1日だった。



posted by pupupukaya at 17/06/10 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記5 デリーを歩く

◆3日目 4/29 旅程
    デリー観光
 夕刻 ニューデリー〜(鉄道)〜コルカタ

昨夜行った1Fのレストランが朝食会場だった。
軍服の人たちと民族衣装の人たちがやたらと目立つ。

レーの鍋がいくつも並んでいるのはインドらしい。皿にカレースープとスクランブルエッグ、それにパンをいくつか取って席に着く。

DSCN0544.JPG
 ホテルの朝食。

今日は夕方発の夜行列車でデリーを発つ予定になっている。それまで何をするか。
このあとの日程では、翌日コルカタに着き、そこからまた夜行でバラナシへ。バラナシで1泊してからまた夜行列車でデリーに戻って1泊ということになっている。
終わりのほうでデリーでまた実質2日間過ごすことになるので、今日は特に観光地を回る必要はない。

まあ、デリーは何日いても見どころはたくさんあるのだろうけど、私は鉄道に乗るのが主目的だったのということもあって、観光地は正直あまり興味がなく、行きたいところも特に思い浮かばなかった。

食事のあと外へ出てしばらく歩いて見る。

DSCN0546.JPG
 朝のデリー。デッシュ・バンドゥ・グプタ・ロードという広い通り。

DSCN0547.JPG
 今日もカオスな町の1日が始まる。

道端で寝てる人の多いこと。暑い国なので雨と日光さえしのげればどこでも家になるのかもしれない。

ATMを見つけたのでお金を下ろそうとしたが、持っているカードは受け付けなかった。
昨日アグラで使いすぎたので、手持ちのルピーがだいぶ減ってしまった。これから先そんなに使わないと思うが、手持ちの現金が少なくなってくると不安になる。しかも今日は土曜日、銀行は今日も明日も休みだ。

ホテルに戻ると『MONEY CHANGER』と表示されたカウンターがある。ホテルでのレートは良くないらしいが仕方がない。ここで両替した。1万円が5,200ルピーに。初日の空港での両替よりは若干良かった。
2000ルピー札が2枚もあったので、1枚は細かい札にくずしてもらった。

チェックアウトタイムは10時となっているので、それまで部屋で過ごす。

DSCN0548.JPG
 左がデリーで2泊したホテル。


◆コンノートプレイスへ

10時近くになってチェックアウト。
昨日のルームサービスと冷蔵庫の水2本、それにオカシ1袋で300ルピーだった。安いものだ。

夕方までレセプションに荷物を預ける。預かり証をくれるのかと思ったが何もくれなかった。受け取りはここで言ってお願いしなければならないのか。面倒だな。

ホテルを出る。行くところは決まっていない。とりあえずはメトロ(地下鉄)に乗ってみよう。

とりあえず向かうはニューデリー駅。駅に用はないが、メトロの駅が駅構内を通り抜けた反対側にあるためだ。
あと、重たい荷物を背負って駅の中をウロウロしなくても良いように、夕方に乗る夜行列車の下見も兼ねる。

DSCN0550.JPG
 ニューデリー駅のパハールガンジ側駅舎。

DSCN0471.JPG
 駅前に展示してある車両。SL?

ニューデリー駅といえばとにかくトラブルが多いという知識を出発前にさんざん仕入れていたが、駅の中に入ればそういう人は見かけなかった。声すらかけられない。そのかわりやたらと警官(警備員?)の姿を見る。

警官が多いのは結構なことだが、そのかわり禁止されている列車の写真を撮りづらいのは痛し痒しであろう。

DSCN0551.JPG
 近郊電車が着いたところ。跨線橋から。

駅構内の反対側にメトロの入口が見えた。
駅を出るとリクシャーの運転手が寄ってくる。ノーノ―といって逃げるようにメトロの入口へ。彼らは駅の中までは追ってこない。

DSCN0552.JPG
 ニューデリー駅の地下鉄の入口。

階段を降りたところにセキュリティーゲートがあって、全員ここを通らなければならない。

メトロのニューデリー駅は、イエローラインとエアポート線の2本が乗り入れている。
地下に降りると2つの線の駅は地下道でつながっているが、改札もきっぷ売り場も別々になっている。

イエローラインの駅へ行くと、きっぷ売り場の窓口は長蛇の列。しかも押し合いへし合いで、とてもこんなところに並ぶ気にはならない。

メトロに乗るのはやめて歩くことにした。
地図を見るとニューデリー駅からコンノートプレイスまでは1kmほど。そこへいけば何かあるだろう。

DSCN0555.JPG
 ニューデリー駅からコンノートプレイスへの道。(チェルムスフォード・ロード)

歩き出すと暑い、汗が噴き出す。駅周辺はカオス状態だが、こっちは整った道路になっている。
しかし歩いていると、よほど東洋人が珍しいのか、道行く人がやたら声をかけてくるのには参った。

「ナマステ」
「アーユーフロム?」

「ジャパン」と答えると日本人に会えて大感激という態度。悪い気はしないが、親日家なのか、カモを見つけたからうれしいのか分からないが多分後者だろう。

でも中には
「デリーメトロ イズ メイドインジャパン、ドウモアリガトウ」
と言って去って行った人もいて、どういうのがサギに豹変するのか見分け方がわからん。

だんだん街並みも綺麗になってくるとコンノートプレイスまで来たようだ。

DSCN0557.JPG
 どこかインド帝国時代を思わせる街並みが。

コンノートプレイスは1929年に建設が始まったデリーの経済、商業、ビジネス、ショッピングの中心的なエリアとされている。(wikiより)
円形の公園を中心にして周回する道路がある。ひっそりした感があるのは、今日が土曜日でオフィス街が休みだからだろう。

DSCN0558.JPG
 コンノートプレイス(Connaught Place)はデリーの中心部エリア。

ブランド専門店が多い。日本でいえば銀座みたいな所なのだろう。あまり見物するような所ではない。

それにしても辻ごとに「ハロー」とか「ナマステ」と声をかけられ「どこから来たの?」と聞かれるのでうんざりしてきた。

ナンパかよ(^^)

無視を決め込むと、今度はだんだん声を荒げる人もいて、あれは怖かった。

立ち止まってスマホで地図を見ていると、こんどはじいさんが近づいてきて話しかけてきた。
自分は耳かき屋だという。
ボロボロの写真を出して、いままで耳かきしたらしい人を見せてきた。
爺「ほら、ジャパニもいるぜ」

その自称耳かき屋というじいさんは、耳を見せろとしつこいので見せると、棒の先に綿をつけて耳に入れようとする。
ちょ、ちょっとやめてくれ。

爺「ノープロブレム、フリー、フリー(タダだから)」
そういう問題じゃないんだって。
逃げるように、じいさんを後にした。

DSCN0559-001.JPG
 ラジブ・チョーック通り(Rajiv Chowk)は、どこかヨーロッパ調な感じも。

DSCN0563.JPG
 緑が多く落ち着いた街並み。

DSCN0560.JPG
 ガネーシュ・マンディラGanesh Mandir ヒンドゥー教の寺院。

入りたいような店も無く、歩く。あつい、水がほしい。道端の屋台に売っているが、あんな日なたに置いてある水なんてお湯になっているよ。

日本に帰ったらまずは生ビールだな。
まだ旅は前半だが、日本に帰ったら何がしたいかということばかり考えるようになった。

コンビニらしき店を発見。入ってみる。
クーラーが効いて涼しい。陳列棚に商品が並び、いかにもコンビニである。
ビールも売っている。インドにもこういう店ができたんだな。
コーラを1本買う。レジではちゃんとお釣りもくれた。

コーラはよく冷えている。店を出ると一気飲み。うめ〜!
なんとか生き返る。

店の名前はセブンショップ(だったかな・・)だが、日本のセブン某とは関係ないようだ。

デパートかショッピングセンターでもあればそこに入って時間をつぶすのだが、そういう店は見つからなかった。
円形道路の中心にある公園に行ってみる。セントラルパークというちょっとした公園だが、木陰のベンチくらいあるだろう。

DSCN0566.JPG
 コンノートプレイスの中心にあるセントラルパーク。

セントラルパークの入口はここにもセキュリティゲートがあった。やはりテロ対策なのだろうか。

公園の中はきちんと整備されているしゴミも落ちていないので気分がいい。
しかしどういうわけかやたらとカップルが多い。1人ではあまり居心地の良い所ではないな。

さっき飲んだコーラが汗となって噴き出してきた。暑い。
汗を拭き拭き歩いていると、「ベリーホット?」とおじさんがニコニコしながら声をかけてきた。
「ヤー、ベリーホット」と答える。

「フロムカントリー?(どこから来た)」とか「パーポーズ、カムトゥーインディア?(何しにインドに)」とか聞かれる。
まあ、ほかに行くところがあるわけじゃないので、しばらくおじさんの話し相手になった。

いつ来た?いつ帰る?1人で来たのか?家族はいるか?などあれこれ聞かれる。
こちらも結構適当に答えたが。

なんせ慣れない英会話なもんで、相当に疲れる。

お「ホワット、ドゥーユーライク、ジャパニーズフード?」(日本の食べ物は何がある)
私「アイライク、スシ」(スシかな)
お「ホワットイズイット?」(どういうもの)
私「イッツ、フィッシュ」(魚だな)
お「オー!フィッシュイズ、マイホビー」

おじさんはどうやら釣りが趣味らしい。毎週釣りに行っているという話を聞かされる。
相手が妙齢の女性ならばテンションも上がるのだろうが、おじさんの身の上話なんかもうどうでもいいんだけど。

お「これからどこに行くんだい?」
私「どこへ行ったらいいのかな」
お「ゴールマーケットがいいぞ」
ゴールマーケットにはショッピングセンターがあるらしい。

お「コンノートプレイスは高いし良いものは無い」
たしかに、ここは専門店やブランド店ばかりだ。

お「地図は持っているか?」
ガイドブックは持ってこなかったので、スマホでグーグルマップを見せる。

お「ほら、コンノートはここで、ゴールマーケットはここ」
おじさんの指差す所を見ると、ゴールマーケットはそれほど遠くない。歩いても行けそうだ。

お「ゴールマーケットに行ったらNHBというショッピングセンターがある」
私「ありがとう、そこへ行ってみるよ」

別れようとすると、おじさんはリクシャーで行くと良いと言い出して、
お「リクシャーなら20ルピーだ、タクシーは高いからやめとけ」
お「俺が運転手に話をつけてやるよ」

なんとなく断りずらくてついて行く。リクシャが便利なのは、昨日何回か乗ってわかっているし、値段も交渉してくれるのならありがたい話だ。

おじさんが止まっていた1台のリクシャーにこれに乗れと言う。
運転手と何やら話をして、
「紅茶屋、NHBとまわって50ルピーだ」

おいおい、紅茶屋はいらないよ。

DSCN0568.JPG
 乗ってしまったリクシャ。

リクシャが走り出てから、ヤラれたと気が付いた。

教訓:知らない人について行っちゃいけません。

ゴールマーケットは歩いて15分くらいの所。リクシャならすぐに着くはずである。どこへ向かっているのかずいぶんと走る。
着いたところは緑が多く、ずいぶんと郊外のような感じ。

運ちゃんは紅茶屋に着いたというようなことを言った。
仕方なく降りて店の中へ。運ちゃんは店の入口までついてくる。店に入ったことを見届けるためか。

なるほど紅茶屋だなあ。高級そうだ。客は欧米系の外国人が数人。少なくとも怪しい店ではなさそうだ。
店内をひと回りして外に出る。さっきの運ちゃんが待っていた。
運「何を買った?」
私「はい、次行って次」

ショッピングセンターで降ろしてもらって、あとはそこで過ごしていよう。というのは甘かった。
着いたのは街中の土産屋だった。
どうもここがさっき聞いたNHBらしい。
看板には『NIRULA HANDICRAFTS BAZAR』とある。
またしてもヤラレタ ヽ(#`Д´)ノと思いつつ中に入ることになった。

店員がやって来て「インド土産かい、シルク?カーペット?ティー?」
ここもすぐに出れば良かったんだけど、つい品物に見入ってしまった。

店員がじゅうたんを出して広げて見せてくる。
いやいや、こんなん買っても持って歩けないから。

「アーユーフロム?」と聞かれ「ジャパン」と答えた。すると日本語を話す店員が出てきた。日本からのツアーなんかがよく立ち寄る店なのかもしれない。
英語ならノーノーで突っぱねるけど、日本語で話されたら弱くなる。

手ぶらで出るのも悪いし、置物でも1つ買うかという気になった。
「コレハドウデスカ、ガネーシャ、インドノカミサマデス」
象の顔をした木彫りの置物。見たことあるよ。

部屋に飾っても悪くないな。こいつでも買って行くか。
「ハウマッチ?」と聞いてみる。
「4800」
「ディスカウント、3000プリーズ」

昨日のアグラで経験しているので、もう値切るのがクセになった。
値札もないし、相場も分からないから相当ふっかけているんだろうし。

何回か掛け合って結局言い値の20%引きということで3,840ルピーになった。クレジットカードで払う。

「ガネーシャは商売繁盛の神様ね、まだほかにも神様あるよ」
いやもう「エネオス、エネオス(十分)」。もう何も買いません。

店を出るとまたさっきの運転手が待っていた。

今度はちゃんと買ったぜ、大将。

DSCN1832.JPG
 3840ルピー(約6800円)のガネーシャ様。

昨日今日とずいぶんと高い買い物をしてしまった。
インド人は商才があるのかもしれないね。
とにかく相場がわからないので暴利かどうかは何とも言えない。

運ちゃんが「次はどこへ行く?」と聞いてきたので「コンノートプレイスに戻ってくれ」と言った。
もっと店に連れて行きたい様子だったが、もう戻ってもらう。

この運ちゃんはしょっちゅう携帯でどこかと話している。さっきのおじさんとグルだったのかとも勘ぐってしまう。
だが、金額が妥当かどうかは別として、物はちゃんと得てるし、サギというほどのことではないだろう。

ま、授業料てとこか(T_T)

もうそれ以上は考えないことにする。
私がもっと英語が堪能だったら、きっと運ちゃんにこう言っただろう。

よう、あんたいくらもらったんだ( ^ω^)ノ

コンノートプレイスに戻ってきた。ここでいいと車を停めさせる。
運ちゃんに「ハウマッチ?(いくら)」と聞くと、
「アズユーライク(いくらでもいいよ)」
何だそりゃ。

「ワンハンドレット」と言って、運ちゃんに100ルピー札を渡して速攻で車を後にした。


◆ニューデリー駅へ

時刻は2時少し前、駅に行くにはまだ早い。しかしどこにも行くところが無いし、もう疲れた。
また歩くのもしんどいので、メトロのラジブチョーック駅へ行ってみた。

窓口は数人並んでいるだけだった。
ニューデリーまでの切符を買う。切符というかコイン状のトークンだ。これを自動改札機にかざして通る。

自動改札なのにきっぷ売り場が手売りというのがチグハグな感じがするが、IT化と人海戦術と相反するものを両立させるところにインド的な哲学があるのかもしれない。

DSCN0569.JPG
 コンノートプレイス中心にあるラジブ・チョーツク(Rajiv Chowk)駅。

ラジブチョーック駅はコンノートプレイスにあって、イエローラインとブルーラインが十字に交差している、デリーメトロの中心になる駅である。
それにしてもすごい人。土曜の昼間とは思えない、まるでラッシュ並みの混雑ぶり。

それ以上に驚くのは、きちんと整列乗車が守られていること。駅員がやたらと笛を吹いて整理している。
デリーメトロは日本の政府開発援助によって建設されたが、整列乗車も日本の指導によるものなのだろうか。

それでも電車が着いてドアが開くと、降り切らないうちから無理やり乗り込むので喧嘩のようになり始める。子供は泣いてるよ。
とても乗り切れずに積み残しとなる。
次の電車はすぐに来た。今度のは余裕で乗れた。

次のニューデリーで降りる。
メトロは冷房が効いていて快適だ。郊外には地上を走るところもあるし、またデリーに戻ってきたらメトロに乗って観光しよう。

DSCN0572.JPG
 またカオスなニューデリー駅前に戻ってきた。

整ったコンノートプレイスからニューデリー駅前に戻ってくると、改めてごちゃごちゃした所だなと思う。
しかし、よそよそしい都会よりもこっちの方が不思議と心は落ち着く。もうすっかりインドの感覚に慣れてしまった。

DSCN0573.JPG
 とにかくひしめき合っている。

DSCN1556.JPG
 駅前は屋台も並ぶ。

DSCN1558.JPG
 駅からホテルへ向かう道。

預けていた荷物を引き取りにチェックアウトしたホテルに戻ることにする。

歩いている途中で、今まで見なかった日本人らしき人たちをチラホラ見かける。
そういえば日本では今日からGWがスタートだったな。

見るたびに思うが、地球の歩き方を書店のブックカバーで持ち歩くのはどうかと思う。


posted by pupupukaya at 17/06/24 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記6 コルカタ・ラージダーニー急行

 ↑ ニューデリー〜コルカタ間1450km コルカタラージダーニー急行のルート


 ◆ニューデリー駅

ホテルに荷物を取りに行って、ニューデリー駅に戻ってきたのが15時少し前。列車の時刻は16:55発だからまだ2時間もある。
ニューデリー始発の列車だが、駅へは早めに行った方がいい。
発車間際に乗ると、自分の寝台が他の乗客に占領されているかも知れない。

駅まで歩く途中で水を1本買っておいた。こういうものも買えるうちに買っておかねばならない。
昨日今日と買わされた土産物も入ったバックパックはかなり重くなっている。

DSCN1557.JPG
 また改めてニューデリー駅のエントランスから。

大きなバックパックを背負っているし、駅に着いたら面倒な人たちに囲まれるのかと覚悟していたが、意外とスンナリ駅に入れた。

ニューデリー駅の広いホールは相変わらず多くの人が座り込んだり横になっていたり。
昔の上野駅もこんな感じじゃなかったかな。

DSCN0577.JPG
 駅舎内のホールは列車待ちの人でごった返す。

ホールにある電光掲示板を見には、発車する列車の一覧が表示されている。かなり先の列車まで表示されているにも関わらずこれから乗る16:55発12302列車の表示は無い。

もしかして運休?
ここで心をしっかり持っていないと悪徳旅行会社に騙されることになる。

セキュリティーゲートを通ってホームに出ると、1番ホーム側にウェイティングルームがあった。
入ってみるが、ベンチはふさがっているし、暑い。天井の扇風機がブンブン回っているが、外にいて風に当たっていた方がマシだった。

DSCN1339.JPG
 1番ホームはどこか昔の日本の駅のような雰囲気も・・・

ウェイティングルームの並びにフードコートがあった。あまり混んでいない。これ幸いと腹ごしらえをする。
朝ホテルを出てから何も食べてない。暑いのと緊張の連続で空腹というのも忘れていた。

店はいろいろ並んでいて、そのうちの1つの店でメニューにあったチキンサンドイッチというのを頼んだら店員が何やら言う。
よく聞くと、入口のところで食券を買ってくれということだった。

DSCN0576.JPG
 駅舎1階のフードコート。

食券を買ってきて店員に渡す。しばらくして紙皿に乗ったチキンサンドイッチが出てきた。トーストしてあって温かい。これで70ルピー。
立ち食いだし、清潔とは言い難い場所だが、1人ならこういう所で食べた方が気が楽だ。
チキンはそぼろのようで、ぼろぼろこぼれて食べずらいがおいしい。

DSCN0574.JPG
 グリルしたチキンサンドイッチ。

ホームに出て、また電光掲示板を見ると、12302列車の表示が出ていた。16番線へと向かう。

DSCN0589.JPG
 ホームを結ぶ跨線橋。

DSCN0590.JPG
 ホームと反対側を見る。どことなくイギリス調な感じも(行ったことないけど)

DSCN0591-002.JPG
 ミニチュア風に加工してみる。

DSCN0593.JPG
 コルカタ・ラージダーニを牽引する機関車。

DSCN0594.JPG
 ニューデリー駅の駅名標。


 ◆ニューデリー 16:55 → コルカタ・ハウラー 7:57(翌)
      【12302】Kolkata Rjdhni

16時を過ぎたばかり、まだ発車まで50分もあるがホームはすごい人だった。荷物を持った人ばかりだから皆同じ列車を待つ人たちだろう。
全車指定の列車だから、待つ人も落ちついているが。

DSCN0598.JPG
 発車50分前だが、ホームは人、人、人。

DSCN0601.JPG
 ホームの列車案内表示。『12302 Howrah Rajdhani   16:55』

さて、いよいよコルカタ行の寝台列車に乗る。
『コルカタ・ラージダーニー・エクスプレス』(Kolkata Rjdhni Exp.)とは、ニューデリーからコルカタのハウラー駅までの1,451.1kmを結ぶ寝台急行列車である。

ラージダーニーと付く列車は、ニューデリーから大都市や州都を夜行で結ぶ寝台急行列車のうち、スピードが速く、停車駅も少なく、全車エアコン付という最優等列車という位置づけになっている。

私が乗る車両はエアコン付2段寝台車(AC2)という寝台車で、2段寝台にカーテン付きとなる寝台となっている。
ニューデリーからコルカタまでの値段は4,265ルピー(7,393円)で、1400kmもの距離と国際線の飛行機並みに食事付きということを考えれば安い。

だがこれが一般の急行列車を利用して、普通寝台車に当たるエアコン無しスリーパークラスだと625ルピーになる。ラージダーニーのAC2クラスとの差は6.8倍。普通のインド人からすれば羨ましいような豪華列車ということになる。

そのほかには、エアコン付3段寝台(AC3)があって、基本はAC2と同じだが3段式寝台でカーテンがない。
もう1つはエアコン付ファーストクラス(AC1)で、こちらはすべて個室だが2〜4人部屋なので1人利用の場合は相部屋となる。

これらのクラスとの値段差はかなりあるはずなのだが、ネットで購入するとどういうわけか値段差がそれほどなくなるようだ。
ファーストクラスのネット価格を調べたら4,855ルピーとなり、AC2と千円ちょっとしか違わない。

このあたりはAC2クラスの値段が季節によってかなり上下するからで、今はインドは夏休み期間中のため高い設定になっているのと、ネットで買うと手数料がかなり上乗せされるためと思われる。

DSCN0604-001.JPG
 ラージダーニーエクスプレスが入線。

16:26に電気機関車に牽かれた列車が入ってきた。荷物車もいれて20両という長い編成。
ホームに停車中に客車を見て回りたいが、寝台を留守にしているあいだに他の乗客に取られてしまうかもしれないのでそれはしない。

列車はゆっくり進入してくる。気の早い人はまだ止まらないうちに飛び乗る。ドアは自動ではないので手で開けられる。

DSCN0609.JPG
 客車の入口。

客車が止まったので乗車する。
3Aの方は騒ぎのようになっているが、こちらの方はまだ人も少なく落ち着いたものだ。

ドアの横に乗客名簿が貼りだされる。
これは、自分のチケットに座席番号が書いてあれば見る必要はない。チケットに座席番号の無い人はこの名簿で確認する必要がある。
一応見てみたが、たしかに自分の名前が載っていた。
ヒンドゥー語(名前)、座席番号、ローマ字(名前)の順に表示してある。

DSCN0644.JPG
 車内は一見、日本のA寝台車のような感じ。

DSCN0606.JPG
 ボックス席タイプの寝台。腕が写ってしまった・・・

指定された番号はA1号車の29番。
寝台は4人用のボックス席(上下2段向い合せ)と、通路に並行した2段の寝台とがある。
29番の席は通路席の下段ということになる。

ticket29.jpg
 Cleartripから送られてきたE-チケット。赤丸が座席番号。

ところがこの席には先客が2人いる。夫婦か兄弟か知らないがまた面倒だなと思って席に行くと、男の方は見送りにきた人だった。
通路席は背もたれを跳ね上げれば2人向い合せ席となる。
おばさんと相席という格好になる。

いつの間にか私は上段の客ということにされてしまった。しかも進行方向とは反対の向き。
このおばさんが上段寝台に上がるとなると一苦労だろうし、まあいいわ。

座席下はおばさんの荷物で占領されてしまったので、バックパックは上段の寝台に入れるしかない。かなり狭くなりそうだ。ほかに置く場所は無いので仕方がない。

DSCN0607.JPG
 通路席の寝台。背もたれを倒してベッドにした状態。

最初乗った時は車内はがら空きだったが、停車中に乗ってくる人の方が多かった。
この寝台車の客はインドではお金持ちの方に当たる人たちなんだろう。ゆったりした気持ちの人が多いようだ。
発車間際になっても3分の1くらいの座席がまだ空いている。途中から乗って来るのかもしれない。

16:55になったが列車は動かない。
ここはインド、定時運転なんて求めてはいけない。旅行の行程も、列車の遅れはある程度見越して余裕あるものにしてある。

どうしたのかと思いかけたころにゆっくり動き出した。

DSCN0613.JPG
 ニューデリー駅を発車する。

さあ、コルカタまで1450km、17時間の寝台列車の旅が始まる。
異国の地で、さらに新たな地への旅立ちの瞬間だ。

 ♪さあ行くんだ その顔をあげて新しい風に 心を洗おう

イヤホンと充電コードを取りだし、『銀河鉄道999』を聞きながら旅立ちを盛り上げようとしたが、あることに気が付いた。

この寝台車はコンセントが無い (TωT)

最高級の寝台急行だし、てっきりあるものとばかり思っていた。
てゆうか、昨日乗った最下級のスリーパー寝台だってコンセントあったぞ。

一応あるにはあるが、4人ボックス席の一番奥に1個あるだけ。当然そこの席の人が使用している。

スマホのバッテリーは今日1日使ったのであと半分ちょっとしかない。
明日も1日コルカタ市内を観光のあと寝台列車が宿となるので、充電できるかどうかわからない。
最悪、あさってホテルに入るまで充電できないということだ。

 あわてるな昔はみんな歩いてた

考えてみれば、外に出ればネット環境など全く無いに等しかった時代から一人で海外旅行していたわけで、その当時を思い出せばスマホのバッテリー切れくらいで慌てることはないのである。
ただ、あの頃は家で印刷して紙で持って行った物が、今はデータにしてスマホに入れてあるので不便ちゃあ不便。

デジカメのバッテリーはスペアを持っているので、そっちは心配いらない。

トイレにはコンセントがあるので行く度に充電していたが、気休めでしかなかった。

DSCN0755.JPG
 デッキのトイレドアと洗面台。

DSCN0617.JPG
 インド式の車内のトイレ。


◆サービス満点のラージダーニー急行

発車してしばらくしてから水の1L入りボトルが配られる。
次いでパントリー車のクルーが食事はベジかノンベジか注文取りに来る。私もおばさんもノンベジ(ベジタリアンではない)と答える。

スマホは電力節約中のため極力使わない、本も持ってきていないとなると、車窓くらいしか見るものがない。
窓は煤なのか水垢なのかこびり付いて汚れている。カメラ泣かせ。
だからといって、これといって印象に残るような景色ではない。ずっと農村地帯が続く。

車内サービスはつづく。
まずはライムジュース。甘酸っぱくて、食欲のない時は良いかもしれない。

続いてはサンドイッチと揚げパン、それにお菓子が2個。揚げパンは具が入っていておいしい。ビールが飲みたいな。車内で揚げたようで、温かかった。

DSCN0612.JPG
 カップ入りのライムウォーター。(17:28)

DSCN0626.JPG
 サンドイッチ、揚げパンなどの軽食。(17:51)

時間にして夕食ということになるのだろうが、さっきベジかノンベジかを聞いた意味があるのだろうか。メインがこれから来るのかもしれない。
あとからお湯のポットが配られた。これで自分で紅茶を入れる。昨日のシャダブディとは違って今度は紙コップ。

座席にはテーブルが無く、トレーの置き場所が膝の上しかないのが窮屈なところ。
食べ終わったら床に置いておけばクルーが回収に来る。

DSCN0611.JPG
 座席使用時は狭い感じがする。

DSCN0627.JPG
 紙コップとポット入りのお湯。(18:10)

向かいのおばさんが「荷物見ててね」みたいなことを言って席を立った。多分トイレだろうけど。
手提げバッグを置きっぱなしで行ってしまうとはあまりに物騒で、こちらが驚いてしまった。

見回すと、このエアコン2段寝台の乗客は身なりの良さそうな人ばかりに見える。置き引きなんてケチなことをする人はいないのだろう。

だからといって我々外国人旅行者がやっちゃいけませんよ。

DSCN0628.JPG
 車窓はずっと平野で畑が続く。景色は単調。

DSCN0623.JPG
 西日が差しこむ

19時、相変わらず単調な景色。日はすっかり傾いて外は薄暗くなってきた。
さすがにもうサービスも来ないだろうし、上の寝台に上がることにする。

寝台で足を伸ばせば楽かなと思って上がってみると結構狭かった。天井も頭がつかえるほどの高さ。そこにバックパックもおくわけだからさらに窮屈。
できるだけ壁側に押し付けて、足を置く場所は確保する。

DSCN0699.JPG
 通路席の上段は狭い。

上段は窓が無いのでつまらない。下段にいても窓の外は暗闇しか見えないだろうけど。
こういう退屈な時間に手帳に日記を書く。記録を残しておくと帰ってからブログを書くのが楽になるのでね。

もう何もこないと思っていたが、またクルーがトレーを配りに来た。
こんどはブレッドスティックとバター、紙コップにはスープが注がれる。飲んでみるとトマトスープのようだった。

DSCN0650.JPG
 ブレッドスティックとバター、それにトマトスープ。(19:30)

20時を過ぎた頃、暗くなった。
通路向かいのボックス席は電気を消してカーテンを閉めている。寝るの早すぎ。
通路の照明のスイッチもボックス席の壁に並んでいるようで、それも消してしまったようだ。

天井に読書灯はあるのだが、これも光が弱々しくて頼りない。接触が悪いのかついたり消えたり。どうせスマホは使えない、本も無いのだからもう寝ろと言わんばかりだが、こんな時間から眠れるかよ。

暗いが、幸い懐中電灯をもってきていた。まさかこんなところで役に立つとは。

しょうがねえ、一杯やるか。

初日に飲んだ焼酎の残りは、空きペットボトルに詰め替えて持ってきていた。
持ってきたマグカップで水割りにして飲む。まるで隠れ酒だな。

ほかの乗客の目があるところで飲むのはやりかねるが、幸いに通路側席は上下別にカーテンがあるので個室状態にできる。
向かいのボックス席は個別のカーテンは無いので、プライバシーの観点からは通路側の上段が最上席であろう。

向かいの真っ暗なカーテンの向こうからは携帯電話が鳴ったり話し声がしたり、暗くする必要があるのか?
つか、通路の明かりくらい点けてくれよ。

DSCN0668-001.JPG
 通路席の上段寝台は隠れ酒に最適なのだ。

またトレーを持ったクルーが来て何か配り始めた。
もらったトレーはアルミホイルで覆われた容器が載っている。まさかこんな時間にディナーが来るとは思わなかった。しかももうベッドもセットしてるのに。

列車に乗ってからさんざん飲み食いしたので食欲も無いし、もう寝てる人も多いようだが、せっかくなので出されたものは食べますよ。
しかし、こう暗くては・・・

ひらめいた。水のペットボトルを逆さにして、その上から懐中電灯の光を当てると・・・
おお、水に反射して照明になった。

さすがジャパニーズ・ニンジャ!
誰も見る人はいないが、一人で絶賛する。

DSCN0654-001.JPG
 懐中電灯とペットボトルの照明。

アルミの包装を解くと、カレー2種類、ライス、ナンとかなりのボリューム。

ベッドにアグラをかいて食べる。頭がつかえるので前かがみ。明かりは懐中電灯。なんだか可笑しくなってきた。

カレーはベジの方はイマイチだが、チキンのほうはおいしい。こんなところで、こんな姿勢で食べるにはもったいない。しかしチキンは骨付きなので食べづらい。
手は使いたくないが、手で持たないと食べれないな。これはウェットティッシュを持ってきてたので良かった。

DSCN0653.JPG
 骨付きチキンとベジ風のカレー。ライスとナン。(20:40)

またクルーがやって来て、こんどはアイスクリームを置いて行った。デザートらしい。

DSCN0656.JPG
 食後のアイスクリーム。(20:55)

カレーとは不思議なもので、食欲が無くてもペロッと全部食べてしまった。
『カレーは飲み物です』とは誰のセリフだったか。言い得て妙だと思った。

DSCN0659.JPG
 夜の寝台車通路。

また水割りをやり始める。焼酎がカラになったので横になった。


posted by pupupukaya at 17/06/25 | Comment(0) | 2017年インド旅行記
Powered by さくらのブログ