2017年インド旅行記3 アグラへその2

◆マターブバーグ(タージマハル)編

ダディ「次はマターブに行くぞ、いいか?」
私「オーケー」
と言ってリクシャーはイティマド・ウッダウラー廟を後にして走り出す。
このあともダディは出発するごとに次の行先を確認するのだった。

いかにも下町といった、町工場や商店が並ぶ道を行く。
ゴミだらけの道端は、軒先に座り込んで駄弁っている男たち、しゃがんで洗い物をする主婦、子供達がチョロチョロ。あと、色んなものが混じりあった鼻を突くような匂い。
吹きさらしの車窓(窓はないけど)からは普段着の暮らしぶりが見える。

エアコン付きチャーター車でも通る道は同じだろうけど、同じ風景に見えただろうか。リクシャーに乗って良かったと思った。

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 生活感のあるストリート。

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 野良犬をやたらと見かけた。

街中を抜け、道の両側に畑が広がるようになる。郊外まできたようだ。
道の突き当りがお土産を並べた売店が並んで観光地らしくなっていた。

せっかくアグラまで来たのだが、タージマハルは今日は金曜日のため休み。
せめて裏側から見ようとこのマターブバーグまで来たわけである。

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 マターブバーグの駐車場から。

タージマハルは、17世紀、ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが皇妃ムムターズ・マハルのために建てた白大理石の巨大な墓である。
自身の墓は、ヤムナー河を隔てた対岸にタージと対照となるように黒大理石で建てる計画だったが、息子である第3皇子のアウラングゼーブによってアグラ城に幽閉され、叶わぬ夢となる。

白大理石を使用した広大な建物はユネスコの世界遺産に登録され、今では年間700万人の観光客が訪れるというインド観光のシンボル的存在になっている。

今着いたのはタージマハルのちょうど対岸。世が世なら『黒タージ』が建てられるはずだった場所。
現在は『マターブバーグ』と呼ばれ、英国式の庭園となっている。

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 広々としたマターブバーグ。

車を降りてダディと入口へ。
お土産の小物を持った子供が何人も寄ってくる。ダディはガン無視。自分もそれに倣って無視を決め込む。
入場料は200ルピー、チケット売り場で買う。
中は庭園というか普通の公園のような感じ。

おおー、あれがタージマハルか。

来る途中で何回か見かけた姿だが、遠くからなのでスモッグで霞んでいた。ここからははっきり見える。
ダディは木陰のベンチに腰かけて、「ここで待っているから」と言った。

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 ヤムナー河対岸から見るタージマハル。

今は広い河原だが、雨季ならば川幅も広がって、川面に映るタージが見られたのかもしれない。
もっと時間があれば、腰かけて夕日に染まって暮れゆくタージを眺めてみたいものだ。

あちこちに朱色の花をつけている木があって、白い大理石のタージマハルと好対照に見える。
あとでダディに聞くとグルモールと教えてくれた。

調べたらグルモールはインドでは真夏の花。日本では『鳳凰(ほうおう)木』といい、なるほど燃えるような朱色の火の鳥が飛び立つようにも見える。

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 朱色のグルモールの花とタージマハル。

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 朱色の火の鳥が羽ばたくグルモール。

金曜でなければ中に入って美しい壁面も見られたのだろうが、タージマハルの実物を見られただけでも満足だ。
一部に改修中の足場が組まれていたのは少々残念だった。2017年の5月から2か月間本格的な改修工事に入るようなので、行かれる方はご注意を。

庭園には石積みの土台や瓦礫が転がっている場所があって気になったが、これは『黒タージ』ではなく、ムガル帝国時代にあったレクリェーション施設の跡で、当時はプールや噴水があったがヤムナー河の頻繁な洪水で破壊されたあとはすっかり忘れ去られたものの、1990年代に発掘されて日の目を見ることとなった。

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 ここに黒タージが建つはずだった。ムガル時代の遺跡が夢の後。

ここマターブバーグは人も少なく静かで、のどかな公園といったムードだった。
タージマハルは見たいが、人混みと高い入場料(1000ルピー)は嫌だと言う人はこちらをおすすめします。

長いこと居たような気がするが、20分くらいしか経っていない。
見るものと言えば対岸のタージマハルくらい、いくら美しくても20分もすれば飽きる。

ベンチで待っていたダディとリクシャーに戻る。
「次はアグラジョウへ行くがいいか?」
アグラジョウってどこだ?
英語で「アグラフォート?」と聞くと、そうだと言った。

ダディはアグラ城を『アグラジョウ』と言う。英語なら『Agra Fort』、ヒンディー語では『アグラキラー』である。
やっぱり日本人慣れしている。普段は日本からのツアー客を相手にしているのか、毎朝駅前で日本人客を待ち構えているのか知らないが、まあ悪いようにはされないと思うが。

基本は英会話でのやり取りだが、時どき日本語を混ぜるのでこちらを混乱させる。

そのアグラ城はインサイドとアウトサイドがあって、インサイドは入場料500ルピー、アウトサイドはフリー(無料)だと言う。どっちにするか聞かれて、フリーの方にしようと思いかけたが、せっかく来たんだからお金払ってもちゃんとしたのを見ておこうとインサイドの方をお願いした。

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 再びリクシャで出発。

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 道路を歩く牛の群れ。

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 また街中のストリートを通る。

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 南国らしいのんびりとしたムードも。

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 鼻を突く匂いも。画像でお伝えできないのが残念。


◆アグラ城塞編

リクシャーはアグラ城入口に行くのかと思ったら、少し離れた駐車場に入った。
ダディは「マイパーキング」と言った。
「30分で戻ってきてくれ、ここで待っているから」

駐車場からアグラ城の入口であるアマルスィン門へは広い道路を渡る必要があるのだが、車がビュンビュン通る道路は信号など無く、一応横断歩道はあるのだが、止まる車などあるはずも無い。

車の切れ目をねらって走って向こう側へ渡った。怖いなあ。

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 アグラ城入口。右がチケット売り場。

500ルピーのチケットを買って行こうとすると、ガイドと称する男たちが寄ってきた。
ノーノ―と言ってもしつこくついてくる。
英語でガイドされてもこっちは分からんのよ。それに30分で戻らねばならないし。

あんまりうるさいので、振り向いて
「オー、ミスター ノーサンキュー」
と言ったがそれでもついてきた。あとはひたすら無視。もぎりの所でいなくなった。

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 赤砂岩で築かれた要塞壁。

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 そそり立つ城壁。高さは21.4mある。

アグラ城は正式には『アグラ城塞(Agra Fort)』という。城壁の色から、別名『ラールキラー(赤い城)』とも呼ばれている。
完成は1573年。ムガル帝国第3代のアクバル大帝がデリーからアグラに遷都する際に築かれた、ムガル帝国最盛期の象徴でもある。
第4代、第5代の時代にさらに増築されている。
その後、タージマハルを造った5代皇帝シャー・ジャーハンがアグラ城に幽閉され、第3皇子のアウラングセーブが6代皇帝に就くと再びデリーに遷都となった。

以上はネットで仕入れた知識だが、ムガル帝国の歴史は複雑で、私の頭が痛くなってきたのでこのくらいにしたい。

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 内側から見たアマル・スィン門。

坂道を登っていくつかの門をくぐると広い中庭に出た。
ここも綺麗に整っていて、街中の喧噪とは正反対に静かで落ち着いている。

中庭の一番奥まで行くと、門があって鉄扉が閉まっている。この先はまだ続いているが、この先は行けないようだ。
高い入場料を取る割には見るものはこれだけか。

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 アグラ城の広い中庭。

しかし暑い。今は10時を少し過ぎたところ。だんだん気温が上がってきた。
日なたを歩いていると倒れてしまいそうだ。

中庭にある大きな建物に人が集まっている。
行って見るとここは日陰で、風が通り抜けて涼しい。しばらくここで休憩する。

ずっとバッグの中に入れていた車内サービスのペットボトルの水はすっかりお湯になっていた。それでも喉が渇いているので、飲むとうまい。

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 一般謁見の間(Diwan-i-Am)。

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 奥が玉座。ここでお祈りする人もいた。

中庭はぐるりと壁に囲まれているが、入ってきたのとは別の出入り口へ行ってみるとまだ続きがあった。
入るとまた中庭があって、今度は白い大理石で囲まれていて、アングリー庭園という名がついている。

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 ムガル第5代シャー・ジャハーン帝によって建築されたアングリー庭園。

3代帝アクバルと4台帝ギール時代の建築は赤砂岩だが、大理石の建築はタージマハルの5代帝ジャハーン時代のもの。
正面に見えるこれも大理石の建物はシャー・ジャハーン帝の神殿と呼ばれ、帝はそこから沐浴する女性たちを眺めていたという。

愛妃の墓であるタージマハルを建てたり、晩年は幽閉されたりとセンチメンタルな面ばかり伝わるジャハーンだが、若いころは結構な遊び人だったんでしょうかね。

アクバルとギール時代の建造物は現地産の赤砂岩だが、ジャハン時代のものは大理石である。ムガール帝国の皇帝の心など察することはできないが、だんだん贅沢になって国が傾くというパターンではあるようだ。
 〜宮脇俊三著 インド鉄道紀行より

庭園や宮殿など贅を尽くした造りになっていて見ていたら結構面白い。
アグラに来るまでは正直、タージマハルが見えるマターブバーグまでの行き方しか頭になかった。ここアグラ城は来てみるとなかなか見ごたえがある。
30分で戻るという約束なので、どこも歩いて通り過ぎるだけだったが、もっと時間を取ってもよい所だった。

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 ジャハンギール宮殿の屋上。

宮殿の屋上に出ると、窓のところに人だかりがしている。
覗いてみると、ヤムナー川の河原が眼下に広がり、遠くにタージマハルが見えた。

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 アグラ城から見えるタージマハル。

失脚し、息子のアウラングゼーブによってアグラ城に幽閉された5代帝シャー・ジャハーン。74歳で亡くなるまでの8年間、自らが建てた、また愛妃が眠るタージマハルを眺めて暮らすことになる。

ここから眺めるヤムナー河とタージの風景はジャハーンが生きた17世紀から変わっていないんだろうな。
失意の中、毎日タージを眺めて過ごしたのだろうか。対岸には自らの墓になる黒タージが建つはずだった。

 ”露と落ち露と消えにし我が身かなタージのことは夢のまた夢”
 〜それは豊臣秀吉公の辞世でっせ。

結局黒タージは幻と消え、ジャハーンの棺はタージに眠る愛妃の横に安置されることになる。

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 雨季ならばタージが河の水面に浮かぶように見えるという。

約束の30分は10分ほどオーバーしたが、門を出てリクシャーが待っている駐車場へ向かう。
待ってましたと客引きの運転手が声をかけてきたが、
「マイドライバーイズ ウェイティング」と言うと去って行った。このフレーズは使えそうだな。

続いてやって来たのがガイド本売り。
「コリア?チャイニーズ?ジャパニーズ?」
無視するのがいいんだろうけど、一緒くたに呼ばれるとつい「ジャパニーズ」と答えてしまう。

ノーノ―と言ってもしつこくついてくる。最初は30ドルだったが、20ドル、15ドルとどんどん値を下げる。が、いらん物はいらん。そもそもドルなんて持ってきてないし。

駐車場までついてきた。助けてくれダディ。
ほかの運転手と駄弁っていたダディが追っ払ってくれた。やれやれ。

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 アマル・スィン門の交差点。渡るのが一苦労。


◆土産物屋編

リクシャーに乗り込む。これで最初に約束していた観光地は全部回った。
次の約束はショッピングとランチである。
ショッピングとは土産物屋のこと。連れて行って買わせるとコミッションが入るので、観光客相手では一番の腕の見せ所であろう。

ダディ「ビフォー ショッピング アフター ランチ OK?」
私「ヤー」

はっきり肯定は「Yes」、生返事は「Yeah」と使い分けていたが、そんなことインド人に通じるはずもない。

まだ旅行は序盤なので荷物が増えるのは困るが、小物くらいなら買ってもいいかなとも思っていた。
リクシャーはどこへ向かっているのかわからない。このときのダディーが一番得意顔だったような気がする。

着いたのは衣料品店のような店。

ダディ「さあ、日本人のお客さんを連れて来たよ。品物を出してやってくれ」
なんて言ってたのかわからないが、多分言っていたんだろう。

しかも品物を選んで自分でレジへ持って行くような店ではなく、対面販売。
また面倒な店へ連れてきやがったな。

店員はスカーフ出して何枚か並べる。シルクだという。触ってみると肌触りは悪くない。
店「彼女にでもどうだい」
うーん・・・
こういう物の良し悪しなどさっぱりわからない。

店「サリーもあるよ」
いやいやいや、そんなん日本に持って帰っても誰も着ないから。

だまっていると、次から次へと品物を出して並べる。
あーわかった分かった、スカーフ1枚買うよ。
私「ハウマッチ?」
店「1500」
値札もないし、相場も分からないので高いのか安いのか。多分相当ふっかけているんだろうけど。

もうヤケになってきた。
私「ドゥーユーディスカウント?」
店「いくらならいいの?」

台の上に電卓があったので、借りて『1000』と打ち込んだ。

店「それは無いわ、1300」
私「1100」

結局1200ルピーで交渉成立。

店「お客さん、もう1枚お母さんにどうね」
店「紅茶もあるよ」
私「ノーサンキュー、エネオスエネオス(もう十分)」

ダディは終始ニヤニヤしながらこっちを見ていた。
スカーフ1枚買って店を出る。

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 シルクのスカーフ1,200ルピー也。

ダディ「ダイリセキに興味ないか、ダイリセキ、いい店があるよ」
ダイリセキって何だ?
ショッピングも1店だけじゃ済まさないつもりなんだろう。いいよいいよ、行ってくれ。

また街中をしばらく走って、小さな工場のような所に入って行った。リキシャーが壊れて修理工場にでも寄ったのかと思ったが、着いたという。

ダディに招き入れられるまま中に入ると、石の加工場だった。狭い部屋だが職人たちが石を削ったりしている。
ここでダイリセキの意味が分かった。大理石ね。
ダディは時々日本語を混ぜるから訳が分からなくなる。

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 さいしょは車の修理工場かと思った大理石屋。

中で座らされると、ダディが「彼がティーチャーね」という人物が現われた。
店員風ではないし、社長かな。どちらでもなさそう。
横に座り、どこから来たかとか、どこに行って来たかなどあれこれ聞かれる。

それから大理石の工芸についての説明。
「これはアグラの伝統工芸で、タージマハルから受け継がれた技法・・・」
正直興味ないので聞き流す。

「どうだい、商品を見て行かないか?」
もう早く出たいので「ヤー」と答えると、
「よしっ、店内へカムイン」

外見は修理工場に見えたが、店の中は上等な工芸品店という感じだった。でも高そうだな。

ティーチャーは皿を出してきて並べた。
テ「どうだいいいデザインだろう、特別に50ドルだよ」
私「ドル持ってないよ。ルピーで言ってくれ」
3220ルピー?上等な物かも知れないけど皿1枚に6000円近くも出せるか。それにこんな物バックパックに入れて持ち歩けないよ。

私「エクスペンシブ。もっと安い物はないの?」
テ「これなら1000ルピー」
と出したのは大理石で出来た象の置物。手のひらに乗るサイズで、これなら悪くない。
テ「2個なら1800ルピーにするよ」
テ「小物がいいの?ほらマグネットも2個付けるよ、3200だけど全部で3000でどうだい

私「まだ高いよ。ディスカウントプリーズ」
テ「いくらならいいんだい」

ティーチャーの持っていた電卓を借りて、少し考えて2000と打ち込んだ。
テ「おいおいおい、このゾウ1個で1000だぜ、そりゃないだろう」
さすがにちょっと引き過ぎたかな。2300と打ち込む。
テ「じゃあ10%引きで2700でどうだ?」

別にどうしても欲しいわけじゃないし、売ってくれないのならそれはそれで結構なことだ。
私「ノーサンキュー、バーイ」
背を向けて外に向かいかけると、
テ「ヘイ サー、わかった、トゥーサーザンシックス、2600、これでカンベンしてくれ」

もう面倒になってきてOKを出した。

お金を払おうと財布を見たが、2600ルピーを払うとほとんど無くなってしまう。このあとランチもあるし、現金がなくなると困る。
仕方がない、少々心配だがクレジットカードで払った。
小物4個で約4600円。ずいぶんふっかけられたという感じは否めない。

テ「ところでこの小物入れは彼女にでもどうだい?2000でいいよ」
さすがにそれは何とか断った。

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 大理石のマグネットと象の置物。2,600ルピー也。

ダディの姿が見えない。車で待っているのだろうか。

ティーチャーはまあゆっくりしていけよとソファーをすすめる。
テ「こちらのお客さんに飲み物を持ってきてくれ。ヒーイズ マイゲスト」
しばらくしてビンにストローが差されたペプシコーラが運ばれた。
テ「ノープロブレム、ディスイズフリー」
金は取らないようなのでペプシをいただく。ずっと炎天下の中リクシャーで来たので冷たいペプシがうまい。

ティーチャーと色々話をする。と言っても片言の英会話なので大した内容ではないが。

テ「トリップアドバイザーを知っているか?この店は5つ星なんだ」
壁にはトリップアドバイザーの張り紙がある。
彼は嘘は言っておらず、後でネットを見たらトリップアドバイザーに店が載っていた。

テ「俺の奥さんは日本人なんだ」
ちょっと奥さんに会ってみたくなったが、話が長くなるといけないのでそれは言わなかった。

テ「君のヘアスタイルはとてもナイスだ」
最近は短く刈り上げている髪の毛だが、お世辞にもオシャレとは言えないと思っていた。ただ剛毛なので、触るとブラシのようではある。
ティーチャーは私の髪の毛が気に入ったのか、何度もナデナデした。

ペプシを1本空けたところで、ではそろそろと退散することにする。
テ「サンキュー、マイフレンド、バーイ」
「バーイ」

ダディは車にいた。
ダディ「いいものはあったかい?」
私「ああ、象の置物を買った」
ダディ「次はリング(指輪)はどうだい」
もういい、カンベンしてくれ。

私「アイムハングリー、アイワナランチ」
ダディ「何が食べたい?」
私「インド料理がいいな」
ダディ「インディアンフード?OK」

時刻は11時過ぎ。ランチには早いが12時までに駅に戻る約束なのでちょうどいい時間だろう。
今度はどこへ向かうのか。リクシャーは街中を走る。

いや〜、それにしても疲れた。

4へつづく

posted by pupupukaya at 17/06/04 | Comment(2) | 2017年インド旅行記
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