2008年ドイツ鉄道旅行記6

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 2008年9月12日の乗車ルート
 ブレーメン→ハノーファー
 ハノーファー→ベルリン
 ベルリン→ハンブルク
 ハンブルク→(夜行)バーゼル


■ブレーメン

ブレーメン中央駅正面の広場はここもトラムのターミナルになっている。ホームは4面6線もあってかなり本格的。
まだ薄暗いホームに明かりを煌々とつけた電車が停まっていたので乗ることにする。その前にチケットを買わなければならないが、ホームを探しても券売機は見当たらない。

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 ブレーメン中央駅は石造り風の立派な駅舎。広場にある車輪を使ったベンチがユニーク。

電車の車内に券売機があった。ブレーメンは乗車してから車内でチケットを買う方式のようだ。
どこに行く電車かは判らないが、終点まで行ってまた反対の電車に乗れば確実に戻ってこれるわけで心配は無い。

早朝の街中を通り抜け、電車の終点はブレーメン空港だった。
折り返しの電車まで20分ほど時間がある。空港のトイレはさすがに清潔でしかも無料。ここで顔を洗わせてもらう。

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 トラム車内。ブレーメンは車内に券売機が設置してある。

空港からは折り返しの電車に乗る。中央駅を通り過ぎて、2系統が分岐するブラームス通りという停留所で降りる。
このあたりは閑静な住宅街のようだ。まだ朝8時近く、土曜とあってか人通りはほとんどない。
たまに自転車に乗った人が通り過ぎて行く。

近くにあったパン屋だけはすでに賑わっている。朝食用に御主人が買いに来るのか、パン屋に出入りする客はなぜか男性が多い。

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 トラム車内から。カーブを曲がる連接車体。

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 6番と8番の系統が分かれるブラームス通り。

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 ブラームス通り停留所。普通の住宅地。

再び駅を通り越してドームスハイデ停留所で降りる。ここはちょっとした広場になっていて4方向に線路が伸びている。市内トラムの多くの系統が集中する。当然ながら自動車は進入禁止。道路上はすべて石畳になっていて美しい。

このあたりが旧市街で石畳に整備された道路や石造りの古い建物が建ち並ぶ。そんな歴史的な街並みと最新型の電車はなぜかよく似合う。
しかしここも第二次大戦の爆撃で壊滅的な被害を受けて、復興したところでもある。

今回は駆け足で廻っているが、ブレーメンは再び訪れたい、今度はゆっくり滞在してみたい都市のひとつであった。

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 多くの系統が集まるドームスハイデ。石畳のトランジットモールになっている。

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 右が市庁舎、左がローランド像。中心部マルクト広場を行くトラム。

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 聖ペトリ大聖堂とトラムの電車。

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 トラムが乗り入れるトランジットモール。昼になれば賑やかになるのだろう。

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 ベンツタクシー。

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 笛吹き男の像。

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 重厚なドームのブレーメン中央駅。

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 駅舎の内部。高いドーム屋根。

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 駅舎とホームを結ぶ地下道。両側にはテナントが並ぶ。


ブレーメンHbf 9:14 → 10:14ハノーファーHbf ICE535

ブレーメン中央駅から乗った列車はほとんどの座席に予約が表示されているが、予約区間はハノーファー・ミュンヘン間が多い。私はハノーファーで降りるので座らせてもらう。

車内は各列がほぼ埋まるくらいの乗車率で、今まで空いている列車にばかり乗っていたこともあって賑やかに感じる。週末なので客層も行楽客が多いようだ。

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 ミュンヘン行ICE535列車。わりと乗っている。

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 在来線区間だが最高時速は160km/h。車端部に速度が表示される。

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 ゆったりとして掛け心地の良いICEの座席。

ブレーメン・ハノーファー間は122キロ。この列車は両都市間をノンストップで走行する。ハノーファーまで頻繁に貨物列車とすれ違う。車運車が多かった。

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 ハノーファー中央駅に到着。


■ハノーファー

ハノーファー(日本語読みならばハノーバー)は世界最大の産業見本市会場があるところとして知られる。
またここは、東方向はベルリン、西方向はドルトムントやケルン、南方向はフランクフルトやミュンヘン、北方向はハンブルクやブレーメンへと十字に交差する交通の要衝でもある。

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 レンガ造りのハノーファー中央駅。

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 駅正面に立つハノーファー王だったエルンスト・アウクスト1世の像。

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 駅前停留所のトラム電車。

ここでもトラムに乗ろうと駅前の乗り場で電車を待つが、表示機に表示されている時刻はとうに過ぎて、20分ほど待ってもさっぱり電車が来ない。

駅前広場の手前でさっきから電車が停止しているが動く気配も無い。どうやら事故かなんかで停まっているようだった。
仕方ないのでしばらく歩いて街を散策する。

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 駅前広場手前で停止したままの電車。

人通りは多いが、まだオープンしたばかりのデパートやカフェはまだ人も少なくひっそりとしている。昼頃からにぎやかになるだろう。
港町ブレーメンの重厚な街並みと対照的にハノーファーは近代的な建物が多い。

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 オープンカフェも開店したばかり。

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 人通りの多い駅前の通り。割と近代的な街並み。

特にこれといった見る物もなく、1時間うろついて駅に戻ってくる。電車は相変わらず停まったままだ。
トラム乗車はあきらめてベルリンへ移動する。

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 駅前の屋台で買ったアイスクリーム。

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 ハノーファー駅舎内部。

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 すっかり珍しくなった回転式列車案内が健在だった。

ハノーファー中央駅の発車時刻表示機は昔ながらの回転式であった。次のベルリン行き11:31発のICEベルリン東行で、表示板には約5分遅れと表示してある。
ここまでの旅で列車のダイヤは概ね正確である。表示板の遅れ表示もこの列車だけのようだ。

2008年ドイツ鉄道旅行記7

■ハノーファーHbf 17:35 → 19:24ベルリンHbf ICE545

当初はベルリンに行く予定はなかったのだが、ハノーファーでトラムに乗れなかったためにベルリンに行くことにした。自由に行動できるレールパスはこういう時に便利だ。

ベルリン行ICEをホームで待つが、なかなか列車はやってこない。11:44に16分遅れで入線してきた。
降りる人よりもここから乗る人が多く、車内は満席になる。乗ってからすぐに食堂車に向かう人もいて、食堂車も満卓である。

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 ハノーファーから乗るベルリン行きICE。

食堂車は厨房の奥がレストランで、手前がビストロ・バー(ビュッフェ)という構造になっている。ビストロのテーブルの1つが空いていたのでしばらくここで過ごすことにする。

カウンターのメニューは読めないので、上にあったサンドイッチの写真を指さして「あれと同じものをくれ」というようなしぐさをする。それとビールも適当なのを指さして注文した。

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 ビュッフェで食べたサンドイッチとビール。

サンドイッチは2.5ユーロ。厚切りのハムを焼いてパンに挟んだだけのものだが、ハムといいパンといいとても美味しい。前回ロシアに行ったときも思ったが、肉製品とパンだけはとても上等なのに驚いた。
ビールは3.8ユーロ。缶ビールをグラスに注いだだけのものだがこれもとても美味しかった。

カウンターには次から次と客がやってきて飲み物などを買って行く。ここで食べるよりも自席に持ち帰る人が多く、ここは売店の役割になっている。

ハノーファーを発車してからベルリンシュパンダウ駅まで1時間22分はノンストップで走り抜ける。あと1時間程の乗車なのでデッキで過ごすことにした。

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 北ドイツ平原の単調な風景。

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 この列車の最高速度250km/hになった。デッキの表示機。

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 ベルリン市内に入る。

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 ベルリンシュパンダウ駅とSバーンの電車。ベルリン西方向のターミナル。

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 ベルリン中央駅に到着。

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 ベルリン中央駅は2006年に開業した新しい駅。

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 公園の中に忽然と現れたような新中央駅。

本来予定になかったのでベルリンの地図もガイドブックも何も持ってきていなかった。駅周辺は公園のように整備されていてきれいだが周りは何もない。ベルリンの壁の跡でも見られればと思うがどう行ったら良いのかわからないのでどうにもならない。

駅広場を歩いていたら観光客らしい人たちが結構多い。観光客たちの歩く方向に行ってみるとブランデンブルク門の前に出た。そこからさらに歩くとポツダム広場。ここには壁の一部や東西冷戦時代の写真などが飾ってあった。

一眼レフカメラをぶら下げた人を結構見かけたが、ひとつ気づいたのはどれもこれも日本ブランドのカメラだった。

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 1971年に再建された連邦議会議事堂。

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 ブランデンブルグ門。軍服姿とクマの着ぐるみは何のパフォーマンス?

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 ポツダム広場。ベルリンの壁の一部が飾ってある。

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 細切りになったベルリンの壁。


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 冷戦当時のブランデンブルグ門とベルリンの壁。

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 タイルが埋め込まれているのはベルリンの壁があった場所。

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 棺桶状の石碑が並ぶホロコースト記念碑。

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 手前が現在の歩行者用青信号、奥が旧東ドイツの青信号で「アンペルマン」と呼ばれる。

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 ソニーセンター。

ポツダム広場からSバーンで中央駅に戻る。今度はハンブルクへ行く。次の列車の発車時刻まで中央駅の中を見て回る。

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 Sバーンのポツダム広場駅。

ベルリン中央駅は2006年に開業した新しい駅で地上ホームと地下ホームに分かれる。駅構内は広いようたがコンコースなどはあまり広くない。

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 ベルリン中央駅までの1駅は2階建て電車だった。

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 地下ホーム。5番線は2階建ての普通列車。

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 地上から地下2階ホームを見下ろす。

構内に寿司屋があって、そこのテイクアウトコーナーで焼きそばを売っていた。気になるのでひとつ買ってみる。
いかにも中国風の紙カップに入っているのは上に肉や野菜がのった五目焼きそばで、おいしかった。

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 寿司と酒の店もあった。が、日本・韓国・中華ごちゃ混ぜの店。

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 中華風の紙カップに入った五目焼きそば(3.4ユーロ)。

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 中身は五目焼きそば。

このあとはICEでハンブルクに向かう。

2008年ドイツ鉄道旅行記8

■ベルリンHbf 16:18 → 17:57ハンブルクHbf  ICE908

ハンブルク・アルトナ行きICE列車は地下2階ホームから出る。食堂車付き6両編成。うち2等車が4両ついている。車内は各列が8割方埋まった程度の乗車。夕方発の列車にしては空いている。

ベルリンの街を過ぎるとハンブルクまではすっと荒涼とした風景が続く。見渡すかぎり地平線で山もない中を列車は230km/hですっ飛ばす。

同じドイツでも南の方は同じ単調な景色でも牧歌的な感じがしたが、こっち北部の景色はどうも重苦しいというか寒い。
途中いくつかの町を通過してハンブルク中央駅に着いた。

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 地平線の彼方まで荒涼とした平原が続く。

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 ハンブルク中央駅に到着。

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 活気があるハンブルク駅構内。


■ハンブルク

ハンブルクは人口約170万人でドイツではベルリンに次いで2番目に大きい。ドイツ一の貿易港がある港町である。
また、ハンバーグの語源になったところでもある。

中央駅構内は帰宅ラッシュと重なってか大変活気がある。

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 ホーム全体が巨大なアーチ屋根で覆われている。

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 駅構内の南側。ハンブルク中央駅は頭端式ではない。

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 ハンブルク中央駅にもあった。回転式表示機。

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 帰宅ラッシュのSバーン乗り場ははちきれんばかりの人。

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 電車が到着。 


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 時計塔が特徴のハンブルク中央駅。

中央駅から続く歩行者天国の通りは大勢の人でにぎわっている。ここは結構いろんな人種の人が歩いていた。

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 夕方6時半の駅近くの通り。

駅から10分ほど歩いて尖塔の立つ市庁舎の前まで来た。市庁舎前の広場では中国物産展(?)が行われていてチャイニーズムード一色だった。

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 1800年代に建てられた市庁舎。

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 市庁舎前のバス乗り場。

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 市庁舎前の広場。

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 ハンブルクは港町らしく水路が多い。

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 アルスター運河。

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 客車を連ねた普通列車。こちらの客車ドアは外開きなのには驚く。


■ハンブルクHbf 19:46 → 5:37バーゼル・バッド ICE809

次に乗る列車はスイスのバーゼルSBB行きICE夜行列車である。

ドイツ国内は寝台列車は各都市間に運転されているが、座席主体の夜行列車は2つしか見つけられなかった。ひとつが前述したフランクフルト・ハンブルク間のIC2020/2021列車、もう一つがハンブルクから111km北のキールからハンブルク・ブレーメン・ケルン・フランクフルトを経由してバーゼルまでの988kmの区間を結ぶICE808/809列車である。当然ながら、鉄道パスで乗車できる夜行列車はこの2つだけである。
フランクフルトまでは2列車とも運行経路もほぼ同じで、なんでこの区間だけ座席夜行が2本もあるのか不思議だが、鉄道パス所持者には宿代わりになるのでありがたい。

バーゼル行きの乗り場は14番線。この列車を待つ人は結構多い。ちょうど帰宅時間帯だし混んでいるかもしれない。
ドイツの人は列車に乗る際日本みたいに並ぶことはしない。ホームの表示が2等車は大体このあたりというような案内でしかないので並びようがないのだ。列車が到着したらドアに近い人から乗ることになる。

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 ハンブルクを発車。スイスのバーゼルまで988キロ、10時間の旅の始まり。

ホーム際の汚れ具合などから推理してドアはこのあたりだろうかと思った位置で待つ。19:43定刻に列車が入って来た。キールから来た列車だがガラ空きである。ドアの位置はドンピシャだった。車内に一番乗り。
座席の予約はほとんど入っていないようだ。3分停車で19:46に定刻に発車した。次の駅で隣の席も座って相席になる。

車内にこの列車のパンフレットが置いてあって、見るとICE808列車は14両で、前後の車両は機関車で2等車7両、1等車4両、食堂車1両という豪華編成である。

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 ミュルハイムHbf駅。23時過ぎだがホームに人影も。運転停車?

帰宅列車のようで停車駅では乗車よりも降車のほうが多い。停車駅ごとに乗客が減って行く。オスナブリュック、ミュンスターでは大勢下車して車内は大分空いてきた。

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 ハンブルク中央駅で買った寝酒のワイン。

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 コンパートメントもある。

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 一晩の宿になったバーゼル夜行。深夜帯はガラガラ。

朝3時頃検札で起こされる。昨日のIC2020列車でもそうだった。3時に検札する決まりなのだろうか。
(帰国してから調べたらレールパスの1日の有効が午前3時で切れるためだそう)

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 バーゼルに到着。

5:16にフライブルクに停まる。定刻ならば4:50なので26分遅れている。車内は寒い。
このあたりに来ると車内が揺れるようになった。

6:01に24分遅れでバーゼル・バッド駅に到着した。この列車は次のバーゼル中央駅が終点だがドイツレールパスが使えるのはここまでである。

2008年ドイツ鉄道旅行記9

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 2008年9月14日の乗車ルート
 バーゼル・バッド→リンダウ
 リンダウ→ミュンヘン


■バーゼル・バッド 6:37 → 8:43 フリードリヒスハーフェンStadt IRE3101(ウルム行)

ハンブルクから乗ってきた夜行ICE804列車は24分遅れでバーゼル・バッド駅に到着した。ほとんどの乗客もここで下車する。と言っても、各車両から数人出てくるだけ。この列車は次のバーゼルSBB駅まで行くが、車内はほぼ無人で回送列車のようだ。

スイスはEU圏外のため、ホームから通じる地下道の出口には税関があったが、無人。そのまま通り過ぎる。

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 バーゼル・バッド駅。ここはスイスにあるドイツ鉄道の駅。

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 バーゼルにもトラムがあって早朝から動いていた。

朝6時過ぎの駅前はまだ真っ暗。小雨も降っていて寒い。
今日は日曜日で、車も人通りも無く真夜中のようだが、市電はすでに動いていて駅前広場を電車が出たり入ったりしている。

ドーム状の天井が広い駅舎内は、今日のような日は殺風景で寒々と感じる。駅内のコンビニが開いていたので、パンとミネラルウォーターを買う。スイスはユーロが使えないが、このコンビニでは使えるらしい。ユーロで支払おうとすると、お釣りは無いと言われる。仕方なしにクレジットカードで支払う。

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 バーゼルSBB駅内部。ドーム状の屋根。

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 駅舎内にコンビニが入っている。

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 ウルム行き4両のディーゼルカー。

バーゼルからドイツとスイスの国境沿いに延びる路線があって、リンダウまで行くことができる。

まず乗るのはウルム行き4両編成のディーゼルカー。ローカル線だが、1等席や自転車積込みスペースもある。
車内なぜか夜行列車のように照明を落としている。薄暗いが各席に読書灯がある。

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 バーゼル・バッド駅で買ってきたパンなど。

ずっと単線で、たまに駅で対向列車と交換する。何キロくらい出ているかわからないが、木々や線路際の草がすっ飛んで行くほどのスピード感がある。バーゼル・リンダウ間206kmを2時間45分で結んでいるので、日本ならばローカル特急並みの速さだ。

車窓は丘陵地帯の中にトウキビ畑や牧草地が広がっていて、いかにも農村地帯という感じ。

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 シャフハウゼンでは複線電化の線路が寄り添い再びスイスに入る。

だんだん開けてきて、複線電化の立派な線路が寄り添ってくるとシャフハウゼンに到着する。チューリッヒ方面へのICE列車も発着するジャンクションらしく大きな駅だ。ここは再びスイスだが列車は普通に停車して発車する。ドイツレールパスでもそのまま乗れる。

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 シャフハウゼン駅。

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 バーゼル・ウルム間気動車の車内。

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 ゆったりした座席。ボックス席には大型テーブルもある。

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 ドイツ南部の農村地帯を走る。

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 しばらく車窓にボーデン湖を見ながら行く。


■フリードリヒスハーフェンStadt 8:47 → 9:22リンダウHbf  RB22711

この列車はウルム行なのでリンダウへは途中のフリードリヒスハーフェン駅で乗り換える。乗り換え時間は4分。駅舎に面した1番線から地下道を通って3番線へ。そういえばドイツの駅では各ホームを地下道で結んでいて、跨線橋は見なかった。

乗り継いだリンダウ中央駅行の列車は2両編成。1両目は老人の団体さんが乗っていて賑やかだが、2両目はガラ空きだった。

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 フリードリヒスハーフェンでリンダウ行に乗換え。

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 乗り継いだリンダウ行。こちらもローカル線の気動車。

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 途中駅。駅舎のなかに信号てこがたくさん見える。自動化されていない路線らしい。

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 車内から見えた変わった形の腕木式信号機。

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 湖を渡ってリンダウ島へ渡る。

リンダウはボーデン湖に浮かぶ島になっている。列車も湖を渡って島に乗り入れる。車内から見える湖は晴れていればキレイなのだろうが、厚い雲がたちこめた空の下暗い湖面が広がっている。
バーゼルから2時間45分、ほぼ定刻にリンダウ中央駅に到着した。

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 頭端式のリンダウ中央駅。


■リンダウ

ボーデン湖はドイツ、スイス、オーストリアの三国に面していて、リンダウはその湖に浮かぶ島になっている。島全体が中世の雰囲気で統一されていて、ドイツの保養地のような町になっている。

日曜の朝9時半なのでまだどこも開いてなく、人もほとんど見かけない。駅近くの観光船乗り場だけが人だかりがしていた。

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 港の灯台とライオン像。観光船が入港。

地図は持っていないので適当な方向へ歩く。まだどこも無人で静まりかえっている。暗い曇り空の下、ヨーロッパの昔ながらの町並みはどこか暗い影の印象を受ける。
歩きまわって路地で迷っていたら、どこからか教会の鐘が鳴り響いてきた。幻想的な感じがして、どこかの物語にでも迷い込んだ錯覚になった。

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 マルクト広場と教会。

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 美しいリンダウの町並み。

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 1436年建築のリンダウ旧市庁舎。

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 リンダウ中央駅。

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 リンダウ駅舎内部。歴史を感じるが少々寒い。

三角屋根のリンダウ中央駅は小さいながらも風格がある。ホームは頭端式4面8線で構内は広い。ローカル列車の発着が主体である。

2008年ドイツ鉄道旅行記10

■リンダウHbf 11:12  → 13:28ミュンヘンHbf  EC193

三角屋根のリンダウ中央駅は小さいながらも風格がある。ホームは頭端式4面8線で構内は広い。ローカル列車の発着が主体である。

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 リンダウ中央駅はローカル線のターミナル駅といったところ。

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 スイスのチューリッヒ始発のユーロシティ列車。

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 スイス国鉄の電気機関車が牽引してきた。

リンダウからミュンヘンまで乗る列車はスイスのチューリッヒ始発のEC(ユーロシティー)列車である。リンダウまではスイスの電気機関車が牽引してきたが、ここでドイツのディーゼル機関車に付け替える。リンダウから乗車する人はほとんどいない。

編成は1等2両、2等5両、それに食堂車の8両編成。乗った車両は車内に3人しかいなかった。座席はオールボックスシートだが、向かいの座席との間隔はとても広くゆったりしている。

発車してから車掌が検札に来て、「ネクストコーチ」と言う。この車両は寒いので隣の車両に移るとよいと言ったようだ。「ダンケ」と言ってお言葉に甘え隣の車両に移る。こっちは暖房が入っているのか幾分温かく、乗客もチラホラ乗っていた。

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 車内はオールボックス席。

座席の心配もいらないので、食堂車に行く。半円状のテーブルが並んだ変わった配置になっている。
席に着いて、テーブルにあったメニューを見る。「チキン・カリー・ライス」というのがあったのでこれを注文する。て言うかこれしか読めなかった・・・。ドリンクのビールはメニューにあった適当なのを指さす。

カレーはカレーシチューのような感じ。カレー粉のスパイスは効いている。なぜかフルーツも入っていた。ライスは細長くポロポロしているので食べずらい。残念だがあまりおいしくなかった。これ一皿で15.8ユーロ(約2千円)とは結構いい値段だ。ビールは缶入りだがこれはおいしい。

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 変わった座席配置の食堂車。

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 ドリンクのビール。なぜかオランダのブランドだった。

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 チキンカレーライス15.8ユーロ。

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 食堂車の車窓。

食堂車から戻る途中トイレに寄ったが、下が丸見えの垂れ流し式だったのには驚いた。

列車は80〜100km/hくらいのスピードで走る。今までICEに乗ってきたのでゆっくりに感じる。緩やかな起伏の丘陵地帯がどこまでも続く。
空いているのもあって車内はとても静か。

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 途中のブッフレ駅。対向列車の車掌さん。

途中のブッフレ駅からは電化区間になり幾分かスピードも上がった。だんだんすれ違う列車も多くなり、何本もの線路が並行するようになる。
ミュンヘン中央駅到着は定刻より10分遅れの13:38であった。

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 リンダウから牽引してきたディーゼル機関車。ミュンヘン中央駅に到着。

ドイツ鉄道乗り歩きはここでおしまい。一昨日荷物を預けたコインロッカーで2日分追加料金10ユーロを投入して荷物を出す。
初日に泊まったのと同じホテルに再びチェックインする。

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 初日と同じホテルの部屋。


■ミュンヘン再び

夕方、外に出る。街歩きとあと夕食。

時刻は3時過ぎ。暗い雲がたちこめて冴えない空模様だった。一応傘を持って出る。

目抜き通りのノイハウザー通りを歩く。相変わらず人出は多いが、通りに面した店はほとんどが閉店している。
今日は日曜日だった。ドイツでは日曜日はほとんどの店が休みになるのだった。
デパートも今日はすべて休み。そんな店先にはストリートミュージシャンがいて、格好のステージとばかりに演奏していた。


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 定休日の店先で演奏するストリートミュージシャン。

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 薄暗い曇り空で、マリエン広場の新市庁舎もいまいち冴えない。

初日に行ったビアガーデンで一杯やっていこうと、ヴィクトリアーリエン市場へ行く。しかし、日曜日のためか、雨天のためか分からないが、ここも閉店していた。ひと気のないテーブルだけが並んでいる。

夕食はちょっと勇気を出して、ビアレストランに入ってみた。
店は『ヴァイセス・ブロイハウス』。マリエン広場から近いのと、地球の歩き方に”日本語メニューあり”とあったからだ。

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 ビアレストランのヴァイセス・ブロイハウス。

席に着き、「ジャパニーズメニュープリーズ」というと店員は日本語メニューを持ってきてくれた。これはいい。
メニュー表には番号が振ってあり、店員に番号を伝えて注文した。

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 日本語メニューが置いてある。

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 ここのオリジナルビール『シュナイダーヴァイセ』。

ビールはさすがに本場で種類が多い。よくわからないし、メニュー表の一番上にあった『シュナイダーヴァイセ』というビールにした。

以下はメニュー表記載の引用です。

”深みのある琥珀色をもち、力強い味わいのヴァイスビア。クローブやナツメグを思わせる心地よいスパイシーなアロマ。バランスの取れた、爽やかで、コクのある味わいです。世界に名を馳せる元祖ヴァイスビア。 −蔵元初代が1872年に考案した秘伝の調合に基づく醸造”
”アルコール分5.4%、麦汁濃度12.5%”

ビールを飲んで、料理を待っていると相席になった。ドイツ人夫婦。どこから来たなどと英語で訊かれ、フロムジャパンなどと答える。

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 ポークソーセージ4本ザワークラウト添え。

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 相席になったドイツ人夫婦に撮ってもらったもの。

ビール1杯とソーセージ一皿だけで店を出た。外は雨が降り出していた。傘を持ってきて正解だった。

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 ヴァイセスブロイハウス。外観はこじんまりしているが中は広い。

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 また雨降りになった。マリエン広場。

歩いて中央駅まで戻る。
まだ明るいし、このままホテルに戻る気もしない。ビールを一杯飲んで気持ち良くなっているせいもあった。

駅構内をぶらぶら見物して歩く。
売店やカフェ、コンビニなど駅構内は色んな店がそろっていて賑わっている。

中でも立食テーブルがならんだコーナーは人気だ。インビス(軽食店)で買った飲食物を持ち込むスペースで、自由に利用できる。

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 売店やカフェ、コンビニなど駅構内は色んな店がそろっていて便利。

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 『インビス』と呼ばれる軽食のスタンドと立ち食いのテーブルが並んでいる。

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 ニュルンベルグソーセージを焼いて売っている屋台。

私も屋台でソーセージパンとビールを買って、立食テーブルで食べてみる。
人が行き交う駅構内や発着する列車がここから良く見える。いつまでも居たいと思うほど最高のテーブルだった。

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 ニュルンベルクソーセージを挟んだパンと缶ビール。

すっかり暗くなった。駅構内のコンビニでビールを買い、部屋でまた飲んだ。

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 ホテルの窓から、夜景。

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 駅でビールを買ってきて部屋でまた飲んだ。横のチップスは結局開けなかったが。

明日は1日ミュンヘン観光をする予定だ。天気が良くなればいいのだが。

2008年ドイツ鉄道旅行記11

■ミュンヘン1日見物

朝のニュースで天気予報をみていると、ミュンヘンは曇りのち雨。今回の旅行はあまり好天には恵まれなかった。
雨ならばずっとトラムに乗っていればいいやと思って出かける。

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 ホテルの朝食。ソーセージとニシンの酢漬け。質素ながらおいしかった。

中央駅前にある停留所の券売機で市内交通の1日券(Single-Tageskarte)を買って電車に乗る。車内の刻印機に切符を差し込んで刻印すると切符が有効になる。これは、SバーンやUバーン(地下鉄)でも同様で、改札口のかわりにホームに降りる階段の所に刻印機が設置してある。

ミュンヘン市内はトラム(路面電車)が市内各所に伸びていて、主な観光地はトラムですべて回れるほどだ。電車は3両編成でほとんどが低床電車のため乗り降りが楽。切符を乗車前に購入する方式なので、すべての扉から乗降できる。

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 市内を走るトラム。道路上でも電車優先が徹底しているので、日本の路面電車とは違う。

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 車内の刻印機。乗車したらまず切符を機械の穴に差し込んで刻印する。

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 クロスシートのトラム車内。

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 すれ違う3両編成の電車。

17番の電車に乗ってまず向かったのがニンフェンブルク城。1664年から1674年にかけて建設され、ヴィッテルスバッハ家の夏の離宮として使われた。
広大な敷地は全部見て回ると1日以上かかりそうだ。城本棟のみの見学は5ユーロである。ここはトイレが無料だったので済ませておく。

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 ニンフェンブルク城。トラムで行くことができる。

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 城のまわりは水路で囲まれている。

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 城内から見た広い庭園。

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 優雅な大広間はこの城で最も美しいとされる。

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 天井に描かれたフレスコ画。

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 白鳥とニンフェンブルク城。

トラムで再びカールス広場まで戻ってきた。そこからノイハウザー通りを歩く。
昼食はどうしたもんかと、初日に行ったヴィクトリアーリエン市場に行ってみた。ここにはビアガーデンがあるからだ。
しかし、今日はクローズ。

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 ノイハウザー通り。

じつは私は語学の教室に通っているのだが、そこの先生にミュンヘンに行ったら市庁舎の食堂はおすすめだという話を聞いていた。そんなことを思い出して、新市庁舎に行ってみる。

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 新市庁舎1階の食堂入口。

カンティーネ イム ラートハウス(kantine im rathaus)
訳せば市庁舎食堂になる。市庁舎1階中庭に面した所にあるのでちょっとわかりにくい。

市庁舎併設のセルフサービス式食堂なので安い。トレーを持って並び、前の人と同じものを指さして盛り付けしてもらう。昼時は勤め人やOL風の人たちで混んでいる。ビールもあって、買い物帰りらしいご婦人がビールを飲みながら食事しているのも普通に見られた。

一人客が多いので気が楽。私もビールを飲みながらここでランチにした。ガイドブックに載っている市庁舎地下のレストラン「ラーツケラー」とは別のようだ。

無料トイレあり。(月曜〜金曜11:00〜18:30、土曜12:00 〜 16:00)

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 チキンに付け合わせはシュペッツェレというパスタ。全部で12.4ユーロ。

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 カジュアルな感じのセルフサービス食堂。ランチにビールをつける人も多い。

午後からは予報通り雨が降り出した。ほかにも行きたい所はあったが、雨の中を歩く気はしない。市内の1日券を持っているし、トラムからしない見物をする。車内から街並みを眺めるのは楽しい。午後はずっと電車に乗っていた。
それにしても市内各所に伸びているトラムは乗り応えがある。1日では全路線制覇は無理だ。

ところで、ミュンヘンに限らず欧米の路面電車は片側にしか運転台が無いのが主流である。終点でどうするのかと言うと、終点の線路はループ状になっていてそこをぐるっと回って反対方向に出発する仕組みになっている。出入り口も右側にしかついていない。電車の最後部は運転台が無いので展望席のようになっている。

あちこちトラムに乗って、車内から街見物を楽しんだ。
再び中心部に戻ってくる。

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 歩行者と電車専用のトランジットモールになっているペルーザ通り。

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 アーチの下を通る。マッファイ通り。

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 土産物店と観光客。

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 バイエルン州立歌劇場とトラム。

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 ショーウィンドーに並んだ土産物。

街をぶら歩きしていると三越の看板があった。入ってみるとデパートではなくギフトショップといった感じの店だった。日本人の店員がいて、日本語が通じる(当たり前だ)。
ここでデディベアとくるみ割り人形を買う。餞別をくれた親と伯母への土産とした。
あとミュラー(Müller)というドラッグストアがあったので、お菓子や小物の土産を買い込んだ。

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 三越ミュンヘン店。ここで土産物を買った。

一旦ホテルへ戻り、荷物を置いてくる。

夕食は昨日と同じヴァイセスブロイハウスへ。同じところとは芸がないが、わかっているので安心ではある。
店に入ると満卓の大盛況のようだったが、奥に行くと空きテーブルがあった。

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 今日も大盛況のヴァイセスブロイハウス。

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 奥の方は一人でも落ち着ける雰囲気だった。

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 ミュンヘン名物のヴァイツェンビア(白ビール)。

相席にはならなかったのでゆっくりできた。ビールも3杯飲んですっかり満足した。
2時間ほど居て、外に出ると8時を過ぎていた。

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 すっかり暗くなった。

マリエン広場から地下鉄に乗って中央駅に戻る。

21時近く、ちょうど国際夜行列車が各方面に出発する時刻だった。このままホテルに戻る気もしないので、しばらく駅に発着する列車を見物する。

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 ミュンヘン中央駅正面の夜景。

数あるホームの一番左側12・13番線ホームはちょうど国際夜行列車が発車を待っていた。国際列車らしくあちこちで見送りや別れが繰り広げられていた。日本ではすでに過去のものとなってしまったシーン。

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 発車を待つ国際寝台列車。左がローマ行、右はパリ行。

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 国際列車らしくホームのあちこちで見送りや別れのシーンが繰り広げられる。

発着する列車を見ていると飽きない。しばらく駅にいてからホテルに戻った。
明日は最終日。午後の飛行機でミュンヘンを発つ。

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 ドラッグストアで買った土産物など。奥は駅で買ったビール。

2008年ドイツ鉄道旅行記12

今日はドイツ最終日。朝食のレストランは日本人だらけ。日本語の会話があちこちで飛び交う。

ミュンヘンでの宿泊は駅前のビジネスホテルのようなところだったが、朝食はバイキングであった。べつにこれと言った献立はなかったが、ソーセージとパンのおいしさは格別。日本に帰ってからこのソーセージとパンの味を探したが、ドイツに匹敵する水準のものは日本では手に入らないようだ。

フロントでチェックアウトの時刻を尋ねると12時までということだ。空港へは午後に行けば良いので午前中は街中を歩くことにした。

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 バイキングの朝食。野菜は少ない。こちらではピーマンを生で食べるようだ。

雨は上がったが薄曇りですっきりしない天気。巨大なフラウエン教会やヴィクトリアーリエン市場、開店したばかりのデパートを覗いたりしながら過ごした。

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 ミュンヘンのシンボル、フラウエン教会。

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 ヴィクトリアーリエン市場。

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 マジパン(砂糖とアーモンドを練り合わせた菓子)で作られた飾り物。

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 肉屋のショーケース。

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 惣菜屋のショーケース。

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 またソーセージを買ってしまった。

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 人通りが多いノイハウザー通り。

12時少し前にホテルをチェックアウト。中央駅からSバーンの電車で空港へ向かう。

まだドイツレールパスが1日分残っているので、今日の日付を入れる。市内から空港までしか乗らないのに1日分を使うとはもったいない話だが、トータルで考えれば十分使ったので良しとする。

空港のカウンターで手続きをする。ここでも関西空港までチェックインできる。荷物を預けて身軽になり、空港見物をする。

地下街に「ノルトゼー」があって、ここにも寿司が冷蔵ケースに並んでいた。前から気になっていたので、昼食に1つ買ってみる。「SUSHI-Box Bento」とパッケージされた中身は、太巻・サーモン・エビ・かっぱ巻き・鉄火巻。酢が違うのか、シャリの風味がちょっと変わっていた。

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 空港駅からターミナルまで地下街が結んでいる。

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 空港にあるノルトゼーのカフェ。

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 空港地下のノルトゼーで食べた寿司弁当。


■ミュンヘン 15:45 → 23:45ドバイ  EK050 (エミレーツ航空)

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 ミュンヘン〜ドバイの搭乗券。当然ながら日本語の文字は無い。

出国手続きをして、ゲートラウンジへ。人はまばらにしかいない。免税店を見るが特にこれといったものも無い。
カフェでビールを飲む。ホブロイハウスのビールだろうか。やっぱりおいしい。ドイツビールもこれが飲み納めである。

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 免税店が並ぶ搭乗待合室。

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 ゲートラウンジ内のカフェで一杯。ホーフブロイハウスのマークがついたジョッキ。

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 帰りもエミレーツ航空。

帰路もドバイまで6時間のフライトになる。機内は空いていて空席の方が多いくらいであった。
日本人の客は自分一人だけ。ミュンヘン市内では『地球の歩き方』片手の日本人旅行者をよく見かけたが、ドバイ経由というのはマイナーなルートなのだろうか。自分は結構気に入ったのだが。

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 機内の座席(エコノミーは後ろだが)。ドバイまではすいていた。

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 メインは「マンゴーチキン」。カレーライスのようだがちょっと違う不思議な味。

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 ドリンクはアムステルビール。今回の旅はなぜかオランダ製のビールによく当たる。

18:10、トルコ上空あたりで陽が沈む。夕焼けがきれい。だんだん暗くなってくる。機内の他の乗客は寝ている人が多い。地上の暗闇の中に人家の灯りがひとつふたつと雲の合間から見える。

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 トルコ上空で日が沈む。

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 深夜のドバイ空港に到着。ターミナルまではバス移動。暑い。

23:30にドバイ空港に到着した。バスに乗るためタラップの階段を降りるとムッとした暑苦しい空気に包まれる。

ドバイでの乗り継ぎ時間は2時間50分である。深夜0時過ぎのドバイ空港は昼間のように大勢の人でごった返してすごい活気。ホールに座ったり横になったりしているのは出稼ぎなのだろうかアフリカやアラブ系の人たち、階下の免税店を埋めつくしているのは韓国・中国それに日本人である。

私も免税店で珍しいアラブの民芸品を何点か買った。

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 トルコ上空で日が沈む。

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 アラビアの民芸品が並ぶ免税店。


■ドバイ国際空港 2:35 → 17:20 関西空港  EK316(エミレーツ航空)

ドバイからの関西空港行さすがに日本人ばかりになった。この便もわりと空いていて、隣も空席だったので関西空港までの9時間45分のフライトはゆったりと過ごすことができた。

離陸して1時間ほどした3:30頃機内食が配られる。日本時間なら8:30、ドイツ時間なら夜中1:30である。無茶苦茶な食事の時間は国際線では仕方ない。ドリンクにビールと日本酒をもらって、食事後もお酒をちびちび飲んでいたが眠気も吹っ飛んでしまった。

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 軽食ながら牛肉の照焼きを中心にボリュームがある。

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 ドリンクは日本酒にしてみた。『白鶴スカイキャップ』。

ここからは日本時間にします。

9:40明るくなってパキスタン上空。12:12ウルムチ上空。機内はブラインドをすべて下ろして真っ暗。
15:00、2回目の機内食(朝食:プレーンオムレツとマッシュルームソテー、ベイクドビーンズ添え)。
16:25、雲の合間から日本が見えた。岡山付近から瀬戸内海へ。

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 ヒマラヤの上空だろうか。

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 中国上空を飛ぶ。日本まであと4時間。

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 2回目の機内食。

16:40関西空港到着。

税関はほとんどフリーパス状態だったが、なぜか自分の番だけ鞄を開けさせられる。前回、前々回のロシア旅行のときもそうだった。自分は税関係員には相当怪しい顔に見えるのか?

ともかく、ようやく無事日本へ帰ってくることができた。一人で海外へ行ってこの帰国時の開放感は格別のものがある。


■関西空港 19:20 → 21:10 新千歳空港  EK6255便(JAL)

フライトはこれで終わりではない。今度は荷物を持って国内線ターミナルへ行って札幌までの便のチェックインをする。

時間があったので空港内のフードコートで、せんば自由軒の「名物カレー」とビールで夕食にする。ドイツビールに慣れた身でプラスチック容器に注がれたビールを飲むと「なんじゃこれは」と思うほど味気なく思えた。

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 光の洪水。大阪・梅田付近の夜景。

関西発札幌千歳行き最終の飛行機は、スーツ姿のビジネス客でほぼ満席。窓の外の下界は眩しいほどの光の洪水である。日本に帰ってきたはずなのだが実感が湧かず、まだ魂はドイツのあたりをウロウロしているようだ。

見るもの聞くものすべてが珍しく、夢中で駆け廻って長かったか短かったか分からない8日間だった。記憶を整理できるまではまだ時間がかかりそうだ。しかも明日は通常通り出勤である。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

〜おわり〜

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 ドイツで買った土産物。これ以外にもまだたくさんあるが。

なつかしの列車名『大雪』が復活

12月16日にJR北海道のHPで2017年3月ダイヤ改正の概要が発表された。
こんかいのダイヤ改正で一番変わるのは道北方面の特急列車で、いままで全ての列車が札幌発着としていたのを、札幌直通は一部だけ残してあとは旭川発着になる。


JR北海道 プレスリリース

◆札幌〜稚内間および札幌〜網走間の一部特急列車を旭川でお乗換えいただく体系とします
【ダイヤ改正日】平成29年3月4日(土)

■特急体系の見直し
・札幌〜網走間2往復を「オホーツク」、旭川〜網走間2往復を「大雪」として運転します。
・旭川での特急同士のお乗換はすべて同一ホームとなります。


旭川〜網走間に短縮される2往復は『オホーツク』から『大雪』へと列車名が変更され、旭川〜稚内間に短縮される2往復は『サロベツ』となる。
旭川発着になる特急列車は札幌〜旭川間の特急『ライラック』が接続し、特急料金も旭川駅での乗換ならば通しになる特例も設けられる。

長時間乗っているよりも乗換があった方が気分転換になるかな。
それに、車内販売が廃止された今では、何も持たずに乗り込むと下手をすると5時間以上も飲まず食わずになりかねないので、ホームで買い物もできるようになるな、などと考えたりする。

そのためには旭川駅ではキヨスクのある3・4番線での乗換にする必要があるが。駅弁の立売ワゴンも復活したりして。

昔、稚内にいた頃、よく急行『宗谷』や『サロベツ』に乗って札幌へ行ったものだった。
あの当時は上り列車は旭川で10分以上も停車して、その間に札幌方面へのL特急が先に発車するというダイヤだった。
名寄や士別からのSきっぷ所持者は、そのまま特急にも乗れるので早く着く特急に乗り換える人が多く、混んでいるのは名寄〜旭川間で、旭川〜札幌間は空いているのが常だった。
稚内からのSきっぷ所持者は、特急に乗り換えると特急料金が必要になるので、我慢してそのまま乗っていた。

旭川の停車時間はちょうど食事の時間帯とも重なるので、駅弁売りのワゴンも繁盛していたね〜、懐かしいね〜。
稚内方面の特急分断は案外定着するかもしれない。旭川までの乗客も結構多いし。

一方石北本線の方は、対札幌の需要が高いのか、旭川で乗客が入れ替わっていた印象はあまりない。
北見・網走方面は高速バスの方が本数が多く、所要時間も早いくらいなので、どうなるんだろう。半分の列車が旭川で乗換えということになると、心理的には札幌行きでないと安心感は無くなる。本数の多いバスを選択する人が増えそうだ。

以上、2017年3月のダイヤ改正について無責任に考えてみました。





『大雪』と『ライラック』、またずいぶんと懐かしい列車名称が復活するものだ。

『大雪』と聞くと、札幌〜網走間に運転されていた夜行急行列車を真っ先に思い出す。こんなことを思い出すのはもう20代や30代の人では無いだろうな。歳がばれますな。

1992年のダイヤ改正で特急に格上げされ『オホーツク』の一員となるまでは、機関車牽引の客車列車として運転されていた。
札幌から旭川方面への実質最終列車でもあったので、最終の特急は『大雪』だったなどと思い出す人も多いだろう。

さらに古くは、石北本線系統の昼行急行はすべて『大雪』だった。札幌発着の昼行2往復、旭川発着2往復、それに夜行1往復と最盛期には5往復もあった。
国鉄末期頃から次第に特急に格上げされ、『大雪』の名称は夜行列車のものとなる。

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 札幌駅に停車中の急行大雪。1990年1月撮影(多分)。

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 大雪号の寝台指定券。北海道フリーきっぷを使用した0円券。夜行列車を駆使してよく道内旅行に出かけたものだった。

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 『利尻』、『大雪』、懐かしい列車名が並ぶ時刻表。この頃は旭川方面への最終列車としての性格が強かった。
 JR北海道編集・時刻表ダイヤ’92年1月号より引用。 

夜行急行の特急格上げまで長らく急行列車の名称だったローカル色の『大雪』だが、調べてみるとなかなか波乱に満ちた運命の持ち主であることがわかった。
『大雪』の命名から石北線の優等列車に収まるまで。そんな列車の歴史を、時刻表を見ながらひも解いてみたいと思います。
時刻表と言っても書店で買った復刻版ですが・・・


■大雪の歴史1:前史

昭和9年(1934)年、上野〜青森間に急行103・104列車が設定された。上野〜青森間はそれまで全て夜行列車になっていたが、このダイヤ改正では大幅なスピードアップにより日着が可能になった。上野を午前中に出発すれば青函連絡船の夜行便に接続できることになる。それに接続する形で函館〜札幌間に急行3・4列車が設定された。

連絡線夜行便を介して本州と北海道の急行列車が接続するダイヤはこの時から始まった。そしてこの急行3・4列車こそ、『大雪』の前身である。

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 昭和9年より運転を開始した急行3列車。
 鉄道省編纂汽車時間表昭和9年12月号より引用。


昭和14(1939)年、急行3・4列車の運転区間を函館〜網走間に延長(旭川〜網走間は普通列車)。

昭和17(1942)年、太平洋戦争の影響により、急行3・4列車は廃止。連絡線夜行便に接続するのは函館〜名寄間普通列車の13・14列車となる。戦前の急行『大雪』の前身は、この改正で姿を消す。

戦時中は昭和20年までに函館〜稚内桟橋間の3・4列車を最後に急行列車は全廃される。


■大雪の歴史2:本州連絡急行として

昭和22(1947)年、函館〜旭川間に急行列車が1往復が復活するが、夜行列車としてであった。

昭和24(1949)年9月、連絡船夜行便に接続する急行列車が復活し、急行1・2列車となる。運行区間は函館〜網走間(旭川〜網走間は普通列車)。同時に函館〜釧路間(札幌〜釧路間は夜行準急)も急行3・4列車として復活している。

のちに夜行『大雪』となる函館〜網走間の準急503・504列車(準急区間は夜行となる札幌〜北見間)もこのとき運転を開始した。

昭和26(1951)年4月、北海道の急行列車に初めて名前が付けられた。網走行き1・2列車(旭川〜網走間は普通列車)が『大雪』、根室行3・4列車は『まりも』と命名される。

ここから『大雪』としての歴史が始まる。しかし石北線急行として定着するまで、この『大雪』の名称は紆余曲折となるのだった。

昭和30(1955)年、運転区間が函館〜旭川間に短縮となったが、名称は『大雪』のままとなる。

昭和33(1958)年、上野〜青森間に特急『はつかり』が運転開始、連絡船夜行便を介して函館駅で接続するのが『大雪』だった。

本州側も北海道側も1・2列車だった。まさに北海道内急行のエースである。

これにより上野を昼過ぎに出発して、連絡船夜行便を介し、札幌に午前中に着くという画期的なダイヤが確立することになった。
このダイヤはよほど功を奏したのか、のちに登場する特急列車にも受け継がれることになる。
急行『大雪』としてはまさに栄光の時代であった。

また同じくして、函館〜網走間準急503・504列車に『石北』の名称が付けられている。

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 本州連絡急行時代の急行『大雪』。特急『はつかり』も気動車化されスピードアップしている。
 時刻表復刻版1961年9月号より引用(上野−青森−北海道連絡)

昭和36(1961)年、函館〜旭川間に待望の特急列車が走るようになった。名称は『おおぞら』と名付けられた。
(この『おおぞら』は滝川で分割し釧路まで延長されるようになり、のちに釧路特急となる)
『はつかり』〜『大雪』から受け継いだ連絡船夜行便を介したこのダイヤは、青函トンネル開業後も『北斗星』や『はまなす』に受け継がれることとなる。

一方、栄光の座を特急に奪われた『大雪』であるが。列車番号を11・12列車、運転区間を函館〜札幌間と変えて存続していた。特急は千歳線経由でこちらは小樽経由だが、特急『おおぞら』の補完列車という役割になった。

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 『おおぞら』の補完列車として列車番号を11列車と変えた『大雪』。
 時刻表復刻版1961年10月号より引用。


■大雪の歴史3:石北線の急行列車として

昭和38(1963)年、名前の由来となった大雪山近くを走らなくなった『大雪』は、名称を『ライラック』(のちに『ニセコ』の一員に)と改称され、気動車急行となる。

同時に『大雪』の名称は2年前から走り始めていた旭川発着の石北線の急行『はまなす』のうち、札幌発着に改めた1往復に充てられることになった。
函館発着時代から客車列車だったが、ここで気動車急行として生まれ変わることになった。

ここに石北線急行として再登場することになる。

昭和39(1964)年、函館〜網走間(函館〜釧路間も併結)に特急『おおとり』が登場。石北線初の特急列車となる。

昭和43(1968)年10月、ダイヤ改正時にそれまで列車ごとに付けられていた名称を方面別に統合されることになった。
それまで石北線の優等列車は特急『おおとり』を筆頭に急行は『大雪』、『あばしり』、『はまなす』、『オホーツク』それに夜行の『石北』とバラバラだったものを急行は全て『大雪』に統合されることになった。
これによって急行『大雪』は夜行も含め1〜6号と6往復(1往復は季節列車)もの大所帯となる。旭川発着の『旭川』はのちに『オホーツク』と改称される。

ちなみに、大雪と同時に命名された『まりも』の名称は、『狩勝』の一員に組み込まれたために一旦消滅する。(のちに石勝線経由の急行列車として復活する)

昭和47年、急行『大雪1・4号』を格上げした形で特急『オホーツク』が運転開始。このスジは昭和38年に気動車急行『大雪』として走っていたものである。『おおぞら』の登場以来、またも特急に座を明け渡すことになった。

旭川発着の急行だった『オホーツク』は特急の名称になった為に『大雪』の一員として組み込まれた。よって『大雪』の本数は変わっていない。

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 1号から5号まで、夜行含め5往復もの大所帯時代の石北本線時刻表。
 交通公社の北海道時刻表1973年12月号より引用。

昭和55年(1980)年、夜行『大雪』の急行区間を網走まで延長。それまでは北見〜網走間は普通列車だった。
上り『大雪』に網走駅で乗り遅れても、後から出る湧網線最終列車に乗れば遠軽で追いつくのは一部で知られていた。それも過去のものになった。

昭和57(1982)年、夜行の座席車を14系客車に置換え。
昭和58(1983)年、夜行の寝台車を14系客車に置換え。長らく旧型客車を連ねていた夜行『大雪』だが14系客車に置き換えられて面目を一新する。この頃にイラストデザインのテールマークが登場した。
なお、特急『おおとり』と一部の『オホーツク』は80系気動車のままで、特急の方がアコモデーションが下ということになってしまった。

昭和60(1985)年、札幌直通の昼行1往復を特急『オホーツク』に格上げ。昼行のもう1往復は旭川〜遠軽間(名寄線直通)のみとなる。

昭和61(1986)年11月、国鉄最後のダイヤ改正で、それまで旭川〜遠軽間に1往復あった昼行列車が旭川〜北見間の臨時急行となる。多客期のみ運転になった『大雪81・82号』はキハ54単行でヘッドマークも付いていたらしい。
定期の昼行『大雪』が無くなったことにより『大雪3・4号』だった夜行列車は再び『大雪』と堂々たる名称になる。

昭和63(1988)年3月、それまで函館〜網走間の特急だった『おおとり』が札幌〜網走間に短縮されたために『オホーツク』の一員になっている。多客期に運転されていた旭川〜北見間の急行『大雪81・82号』が特別快速『きたみ』として運転開始。

『大雪』を牽く機関車の先頭に円形のヘッドマークが取り付けられたのはこの年の11月からではなかっただろうか。
テールマークから引き継いだデザインのヘッドマークを掲げて貫録十分と言いたいが、この頃の基本編成はB寝台車2両と座席車2両の4両編成。大型の機関車が泣くような寂しい姿だった。

平成4(1992)年、ながらく客車編成だった夜行列車を特急気動車に寝台車を組み込んだ編成に変更することになり、特急に格上げされる。これにより夜行列車も『オホーツク』の一員となり、『大雪』の名称は消えることになった。

その夜行『オホーツク』も平成18(2006)年から季節列車化、平成20(2008)年3月16日の網走発の運転を以て最後となった。


■大雪の歴史4:石北線内の特急列車として

平成29(2017)年3月、再び『大雪』の名称が旭川〜網走間の特急として復活する。1992年以来だから25年ぶりということになる。
車両は『オホーツク』から引き続き183系が使用される。いずれ近いうちには261系に置き換わり、一新することだろう。

ところでこの大雪の読み方、『たいせつ』と『だいせつ』が混在している。地理系は『たいせつ(TAISETSU)』、学術系は『だいせつ(DAISETSU)』との読み方が多い。大雪山国立公園の読み方は『だいせつ』となっている。

列車名称は一貫して『たいせつ』だった。こんど復活する特急『大雪』の読みもやっぱり『たいせつ』なんだろうか。

それでは最後までお読みいただきありがとうございました。
posted by pupupukaya at 16/12/18 | Comment(0) | 北海道ローカル線考
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