2007年5月、懐かしの江別駅前

私はデジカメを所有してから、とにかく何でもかんでもバカスカ撮影するようになったものです。
その画像は外付けHDDに保存しているのですが、画像だけでどのくらいの容量になっているのかというと、821GBとなっていました。
画像1枚当たり4MBとすると、その枚数は20万枚以上になるでしょうか。

年月日ごとのフォルダに分けて保存しているので収拾がつかないというほどでもありませんが、これだけ数が多くなると過去のあの画像はどこだったかなと探すのも一苦労となるわけで。

この画像を見返していたら、2007年5月に撮影した江別駅前の画像が出てきました。
今から15年と1か月前の私は江別に行っていたようです。
もう消えてしまった町並みや建物もあって懐かしく、せっかくなので記事にしてみました。

まずは2007年5月の江別駅前公園から。

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奥に見える鉄骨は建設中のえべつみらいビル。
江別駅前再開発工事が始まった頃で、変わってゆく江別駅前の撮影をしようと、当時の私は江別まで出かけたのだろう。

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江別駅前で一番印象に残っていたものといえば、中央銀座通りのアーケード商店街。
発展した野幌駅前の商店街とは対照的にこちらは90年代頃にはシャッター通りと化していたようだ。
この頃には老朽化したアーケードの撤去が始まっており、画像に写っているのは残っていた一部のもの。

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コンクリートブロックの舗装と行燈の店名看板に賑わった時代を思う。

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江別は札幌から快速で20分(当時)、駅を中心に住宅地がどんどん広がっていったが、住宅地の広がりと反比例するようにこの商店街は寂れた。
江別駅前は、昔は石狩川の水運と、王子製紙(現・王子エフテックス)の城下町として発展した古い街でもある。
古い街にありがちな住人の頑固さと、土地や建物の所有権の複雑さ、工場、神社、川、線路と四方を取り囲まれた立地が周囲の発展から取り残された原因なのだろう。

駅前という好立地にありながら、2022年の今でもコンビニすらできないあたりに、この立地の難しさが窺える。

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レンガの煙突がいい味を出す寿司屋。
ここもアーケードがあったが、撤去されて歴史がありそうな建物があらわになっていた。
この頃には空き家となっていた模様。
2階は今でいう宴会場のようになっていたのかな。芸者さんなども出入りしていたのかも。
そんな遠い時代のことを想像させる。

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この中央銀座通りをまっすぐ行くと国道337号線(現在は道道江別長沼線)となる。
札幌から岩見沢方面に抜ける短絡路として交通量が多いが、両側は王子の構内で人が歩くような道ではない。
中央銀座通りは、歩行者からすると実質行き止まりの道だった。
逆に車からすると商店街は実質行き止まり。
このあたりも中央銀座が寂れた大きな要因だったのだろう。

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中央銀座通りから外れても古い建物が残っている。
まだ鉄道がなく、石狩川の海運が唯一の交通手段だった時代を思わせる。

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レンガ造りの建物。
江別はレンガの町でもあった。
札幌市内に残る赤レンガの建物の多くは、江別で生産したレンガでできている。

上の2つの画像の建物は、2022年でも現存している模様。
理解ある人が引き取って、カフェや工房として使われている建物は運が良かったのだろう。

ヨーロッパなんかでは中世からの古い町並みが普通に残っているので、日本はなぜ古い建物を大事にしないのかと思いたくなるところ。
向こうの場合は、建物は多くが石やレンガでできていて地震もほとんどなく火事にも強い。
対して日本はというと木造建築が多く、昔は一旦火事が広まると大火になってしまった。
それと地震その他の自然災害が多いことから、建物自体が100年も200年も使うことを想定していないからだろう。

実際古い建物って現在の生活様式には合わないだろうし(風呂が無いとか)、耐震や耐火でも劣る。
北海道ならば断熱材もないような家じゃ冬は寒くてしょうがないし。

駅前再開発という名の土地収用事業は、古い建物の所有者にとっては渡りに船だったのだろうか。
しかし、様変わりした野幌駅前に対してこっち江別駅前の再開発は中途半端に終わった感は否めない。

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これは別の日に撮影した中央バス江別ターミナル。
JR駅がリニューアルして近代化しても、中央バスターミナルの多くは昭和時代のままだった。

中央バスは駅よりも繁華街に近い場所に独立したバスターミナルを持っていて、鉄道駅にはそっぽを向けていた感があった。
鉄道VSバスと対決していた昭和時代ならともかく、車が普及して利用者が減ると、こうしたバスターミナルは廃止されて駅前発着とされるようになった。

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15年と1か月前のこの日は、レストランアップルにも立ち寄っている。
さっきの中央銀座とは反対側の北洋銀行近くの仲通りにあった。
寂れた町にある古くからの洋食屋といった感じの店だった。

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インディアンライスというのが珍しく、注文してみた。
何かというと、目玉焼きがのったドライカレー。軽くカレーソースがかかっていた。
サラダとスープ付きで700円。

今『インディアンライス』でググってみても、これとは別物のようだ。
この店のオリジナルなのか、実は江別の隠れたB級グルメだったのかは今となってはわからない。

最後にレストランアップルの入口にあったサンプルの画像を上げて終わります。

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こんな昭和の洋食屋も少なくなったよなあ・・・

では今日はこのへんで。

posted by pupupukaya at 22/06/18 | Comment(0) | 気になる物件

札幌市電は本日無料デー

私は市電沿線に住んでいるが、身近にありながら意外と乗ることがない札幌市電。
なぜなら、通勤はもっぱら徒歩。週末のお出かけや買い物は車でという生活なので、市電に乗るのは月に数回くらいなんじゃないだろうか。

そんな札幌市電も今週土日は『路面電車無料デー』を実施するということで、せっかくだから市電に乗ってきました。

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新型コロナウイルス下で利用者が落ち込んだ市電の需要喚起のためということらしい。

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車内の運賃箱は蓋がされ、『路面電車無料デー』の貼り紙。
両替、乗車券の発売、乗継券の発行はしないとの放送が幾たびもなされる。

電車乗車は無料だが、乗り方はいつも通り中乗り前降り。
これは前扉から降りる乗客を運転手がカウントするためだそう。

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市電が無料なのと、よさこいソーラン祭りと重なって乗客はいつもより多い。
普段から乗客の多い西線は、朝ラッシュみたいな状態になっていた。

昔、西線にすんていた頃は毎日市電で通勤していた。
西線14条から毎朝市電に乗っていたよ、懐かしいな。

西線のラッシュは混んでいたね。
それでも朝は3分間隔だったので、1台乗り過ごしても次の電車が前の電停に見えていた。
9条や6条では積み残しも常態化していた。
運転手によっては前ドアからも乗せていたりしていた。

大変だったのが夕方の帰宅ラッシュ。
中央区役所前から満員。西15丁目では積み残しも出るほどだった。
朝と違って、次から次と来るわけじゃないからね。
乗る方も必死。冬なんて特にね。

これでもかってほどぎゅうぎゅうに詰め込んで、次の西線6条からは降車客が主。
今はSAPICAでピッだけど、当時は読み取りに時間がかかるウィズユーカードが主流。
11条や14条では降車客が多くて、信号2回待ちなんてこともあった。

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西線6条では積み残しも。
土日ダイヤでは、次の電車まで7〜8分待つことになる。
しかし次の電車はすぐにやってきた。
混雑で電車の運行間隔がいびつになっているようだ。

この後は電車事業所へ行ってみる。
たまにここを車で通るが、入庫線に当たる場所にササラ電車が何台も停まっているのを目にしていた。
夏の間は使わないササラ電車だが、入庫線を占領していたら電車の入庫はどうするんだろと思っていた。

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ずらりと並んだササラ電車。
オレンジ色とトラ縞模様。ササラ電車は5台あったんだね。

で、入庫線を占拠しているササラ電車の答えはこちら。

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入庫線と出庫線が統合されて、車庫の手前は単線になっていた。
入庫線だった線路は切られていた。

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電車事業所の車庫は建て替え工事中。入庫線にササラ電車が並んでいたのは、そのための措置だったのだろう。

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あまりの混雑のためか、午後からは臨時電車も運行されるようになった。

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中央図書館前行き臨時電車の243号。
フロントに『臨時』の札を掲げたのを期待したが、残念ながらそれはなかった。

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地下鉄の券売機にも無料デーの貼り紙が。
『市電乗継券の購入はしないようにお願いいたします』との注記があるが、文字も小さく買ってしまう人もいそう。

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西4丁目山鼻線方面のホームも大混雑。
こんな混みようは市電ループ化開業時以来のような気もする。

車内は小さな子供連れが目立ち、郊外からわざわざ乗りに来た乗客も多いようだった。
何で市電ばかりという声も聞こえてきそうだが、無料化でこれだけ人が集まったのは市電だからだろう。
バスで同じ事やっても、これだけの人が集まるのだろうか。

この無料デーは6月25、26日も決定していて、7月以降も実施予定なんだとか。
コロナで落ち込んだ需要回復のカンフル剤となるのか。
今後も行われる無料デー。

利用者増の実績があれば、市電延伸にもつながるのか。
こじつけ過ぎると思いつつ、ちょっと期待したいところであります。

posted by pupupukaya at 22/06/12 | Comment(0) | 札幌市電

人は遅い車になぜイラつくのか

最近の傾向なのか昔からあるのかは知りませんが、長距離運転をしているとよく遅い車に出くわします。
出くわすというか、追いついてしまうのですが、こんな車はさっさと追い越してしまいたいところです。

ところが、カーブの多い場所や追い越し禁止区間だったりするとそうもいかず、遅い車の後ろについて走り続けることになります。
得てしてこういう遅い車の後ろは後続車が次々と追いつて、いわゆる大名行列と呼ばれる車列が出来上がるものです。

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 大名行列となった国道。

遅い車のすぐ後ろについたのならば、機会を見つけて追い越せば良いのですが、大名行列に並んでしまった場合はどうにもならなりません。
先頭を走る車も脇によけて後続車を先に行かせればと思います。
しかし、後方は我関せずなのかミラーなど一生見ることがないのか、堂々とマイペース運転を貫くのがこの手の車でもありまして。

一応道路交通法によれば、速度標識のない一般道の法定速度は60km/hとされていますが、国道クラスの道路になると、70〜80km/hで走行するのがストレスもないし流れもスムーズと言えます。
そこを法定速度の60km/hで走っている車は、どうしても遅い車ということになりましょう。

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 一応これが一般道の法定速度(画像は自動車のではありませんが)。

法定速度を守って走っているのだから、遅いと文句を言われる筋合いはないでしょうし、こちらも文句をつけることはできません。

別に60km/hでも、それはそれでいいんですよ。
ずっと一定速で走ってくれればね。

例えばトラックも遅い車のひとつですけど、あれは会社の決まりで法定速度遵守なのと、どこで何キロ出したかも全部記録に取られているので仕方がないことです。
それに、トラックは一定速で走っているので、後ろについたら車間を広めに取ってまったりと走行し、どこか追い越せる場所に来たら追い越せば良いわけです。
譲って先に行かせてくれるドライバーも多いですしね。

で、ここで取り上げるイラつく車とはどういう車でしょうか。
それは、一定速で走れない車。

遅いのでどこかで追い越そうかと思っていたら、だんだん人並みにスピードを上げたり、かと思うと意味のない減速をしたり。
カーブや上り坂で速度が落ちるのかというとそうでもない。
よくいますよね、何でもない場所で、本当に意味のない減速を繰り返す。

だからって車間を詰めて煽ったりするのはもってのほかです。
危ないし、パトカーに見つかったら煽り運転で捕まります。
危険運転です。

それに、ミラーを一生見ることがない相手に後ろから煽ったって意味ないと思いますよ。
せいぜい追い越すときに中指立てるとか?
(それもやっちゃいけません)

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 煽り運転のイメージ。

私は仕事でもプライベートでも長距離を運転することが多いので、長く運転をしているうちに遅くてイラつく車の法則というか傾向というものがある程度わかって来ました。

イラつく車の法則。
それは、加速と減速を繰り返す車。
アクセルを踏んで加速し、一定の速度になったら緩めて減速するという運転。

例えば、70km/hくらいまで加速したらアクセルを緩めて60km/h以下まで減速し、またアクセルを踏んで加速する繰り返しというものです。

この運転速度をグラフにすると以下のようになります。

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 遅い車にありがちな走行パターンをグラフにしたもの(筆者作成)。

グラフの通り、時間の経過とともに速度が上がったり下がったり。

余談ですが、これを鉄道用語では『ノコギリ運転』と呼びます。
電車はモーターのスイッチを入れて加速し、一定の速度になったらスイッチを切っての繰り返しなので、速度をグラフにするとノコギリの歯のような形となるわけですね。

しかし、電車のようにON・OFFするわけではなく、常にエンジン直結の車でこれをやられるとたまりません。
お分かりのように、イラつく車というのは意味なく減速するわけではなく、一定速に達したらアクセルを緩め、また一定速まで減速したらアクセルを踏んで加速の繰り返しと言うことがわかります。

別に見通しが悪いからとかいう理由で減速しているわけではありません。
これが後続車からすれば、意味のない減速と見えるわけです。

実際走行中にスピードメーターを見ていると、70km/h近くまで加速したと思えば60km/h以下まで戻してみたりの繰り返し。
酷いのになると40km/h〜60km/hの間を行ったり来たり。
こういう車の正体は大抵がジジイの運転なんですけどね・・・

運転している本人は安全運転のつもりなのかも知れませんが、こんな車が前を走っていたら迷惑以外の何物でもありません。
ボーっと運転していたら追突しそうになったり、逆に離されたりして。
また中途半端にスピードを上げるものだから、追い越すに追い越せないことにもなります。

この間、遅い車の2台目に付いた時のこと、前の車は先頭の遅い車が減速する度にブレーキランプを点灯させて、相当イラついている様子でした。
こちらはそんな遅い車のパターンはわかっているので、70km/hくらいまでになったら「そろそろ来るぞ」とばかりにアクセルから足を上げると、案の定前の車のブレーキランプが点いて。
動きがドンピシャだったので、思わず笑ってしまいました。

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 ブレーキランプのイメージ(遅い車というわけではありません)

これで遅いイラつく車の後続となった場合の対処法がわかりましたね。
頭打ちの速度を見極めたら、その速度でアクセルを緩め、ちょっと車間が空いたらまた加速して。

面倒ですけど、アクセルワーク。これしかありませんね。
ブレーキランプをパカパカ点灯させたらこっちが恥ずかしいですからね。

ちょっと脇に寄って譲ってくれればこちらもサンキューハザードでも点灯して先に行くところですが、この手の車にそれを期待してはいけません。
コンビニや道の駅があれば、こちらが逆にそちらに寄って休憩するか、ゆずり車線や登坂車線があればそこで追い抜くかしかありませんね。

こういった『ノコギリ運転』も後続車からすれば迷惑運転のひとつだと思うんですけど、メディアなどで取り上げられることはありませんね。
別に違反でも違法でもないですしね。

自動運転が普及するまでの辛抱なんでしょうかね。

 〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

タグ: 道路
posted by pupupukaya at 22/05/28 | Comment(0) | その他

北斗星に泊まりに行く2

おはようございます。
5月6日金曜日、飛び石ゴールデンウィーク中の平日です。

時刻は朝6時30分過ぎ。窓の外はすっかり明るくなっている。
静かなので駅に停車中のようだ。

〜1往復時代の上野発北斗星ならば函館駅停車中。

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 寝台車で迎える朝。

機関車付け替え作業のため8分停車。ホーム先端はその作業を見ようと人だかりができているだろう。
食堂車はそろそろモーニングタイムの営業が始まったころ。

・・・てなわけはなく、ここは動かない北斗星寝台車。


 ◆ 意外と歴史のある茂辺地を散歩

表にあるトイレに行くついでに天気がいいので散歩してくることに。
昨日の夕方は逆光になるので撮らなかったが、朝は順光となるので裏側を撮影する。
こちら側には、車両を宿泊施設とするために必要な配管やケーブルがむき出しになっている。
いわば北斗星を演出するための舞台裏。

乗降扉から出入りするウッドデッキが設けられている。
今回は出入りできないようになっていたが、こうして見ると仮乗降場のホームのようだ。
駅名標を立てたりして、ホームのように飾り付けしてみたら面白いだろうと思う。

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 ウッドデッキのホームと配管がむき出しになった北斗星の裏側。

矢不来天満宮でお参りしようと、北斗星車両裏手から茂辺地川の土手を歩いて行く。
橋を渡ると福山街道と呼ばれた国道228号線の旧道。
いかにも旧道らしい砂利道だった。

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 裏手を登る砂利道は福山街道と呼ばれた旧国道228号。

坂道を登りながら、茂りかけた林の隙間からブルーの車体が見える。
2両しかない車両も、ここから見ると長い編成の一部のようだった。

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 福山街道から見た北斗星。交換待ちで停車中のようにも見える。

矢不来天満宮は、天満宮の名の通り天神様(菅原道真公)をお祭りする神社。
長禄年間(1457〜1460年)に、住んでいたアイヌの人々が海岸に流れ着いた天神像を拾い上げて祭ったのが始まりとされる。

この場所はさらに前、1443年に津軽十三湊城主・安東氏が館を造り、アイヌと和人の交易を行った場所。
道南12館と呼ばれる館のひとつで、あたり一帯は茂別館跡として国指定史跡となっている。
全蝦夷地を支配する松前藩が成立したのが1604年だが、その100年以上前からこの辺りは和人豪族の支配下に置かれていた。

この津軽海峡に面した地方は日本人の支配地となって半世紀以上。
良くも悪くも紛れもなく、中世からの日本歴史の一部分でもある。

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 八重桜が満開だった矢不来天満宮。

天満宮の参道入口向かいに階段があって、下ると北斗星の裏手にある小橋に出た。
今度は茂辺地の町を通って国道を渡って浜へ行ってみる。

波はほとんど無く穏やかな海面。
函館山のシルエットが見えているが、春らしい靄(もや)がかった空。
今日は気温が上がりそうだなと思える空でもあった。

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 穏やかな函館湾と、ぽっかり浮かんだような函館山。

宿に戻りかけたら、7時26分発木古内行きが来る頃なので、撮影しようと茂辺地駅に行く。
入って来た列車は朱色の1両。

同じ時間帯の列車は、90年代に乗ったときは、3両編成だった記憶がある。
木古内の高校も閉校となって久しい。
しかし、通学生がいないのでがら空きだと思っていた車内は意外と混んでいた。

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 朱色の木古内行き120Dが到着。

木古内行き120Dからは、ジャージ姿の中学生らしい数人がぞろぞろと出てきた。
代わって、どこへ通学しているのかランドセルを背負った小学生が2人乗り込む。
朝イチの上り列車は、意外な通学需要があるのだった。

次の列車は7時40分発函館行き。
こちらは通勤列車。発車時刻が近づくと1人2人とホームに集まって来る。
国道を走るバスもあるが、あちらは本数も少なく時間もかかるため、この辺りの人にとっては道南いさりび鉄道が一番便利な交通機関なのだろう。

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 ながまれ号の函館行き123D。こちらは朝のラッシュ。

上下2本の列車を見送ると、次は9時40分発まで空白となる。
私は次の列車で出発することにしている。また宿の北斗星に戻る。

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 ウッドデッキから広場を見る。

北斗星広場にはトレーラーハウスが2台あって、こちらに宿泊するプランもある。

楽天トラベルにある説明書きには “お部屋から北斗星が望めます” とあるが、大きなガラス窓は広場からも室内が丸見え。
懐かしい寝台車に泊まれるからこその宿なので、こちらの価値は微妙なところ。

昨夜は2室とも空室のままだった。
ただ、完全個室のためプライバシーの確保と、バス・トイレ付なので北斗星B寝台よりも居住性は高い。

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 2ルームあるトレーラーハウス。単に居住性ではこちらの方が良さそう。

出入りはまた貫通扉から。
昨日スタッフがいた時間は開け放たれていたが、いない時間は施錠され、渡されたキーで開け閉めすることになる。

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 車内へは貫通扉のカギを開け閉めして出入りする。

昨夜はお酒を飲んでそのまま寝てしまったが、シャワールームがあるので、せっかくだから浴びてくることにした。
2室あったシャワールームは今は1室しか使われていない。

シャワー室は無料で使える。
予約制ではなく、客同士で譲り合って使う恰好。ドア横に会議室にあるようなスライド式表示板があって、シャワーを使用するときは『空室』から『使用中』にしておく。

現役時代は食堂車でシャワーカードの購入と時間の予約をして、1回の利用時間は30分、お湯は6分間使えるというものだった。
デジタル表示のタイマーがあって、お湯を出している間だけタイマーの時間が減って行く仕組み。

時間の残り具合を気にして、シャワーのお湯を出したり止めたりしながら体を洗ったのも懐かしい思い出。

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 現役時代そのままのシャワールーム。

北斗星スクエアのシャワーはそんな時間制限はなく使えるのでご心配なく。

ただ、使用中はシャワーの音が隣のロビーまで聞こえるのが難点。
基本客車は振動や騒音が絶え間ない走行中を想定して作られているため、居住区ごとの防音など全く考慮されていないからだ。
だから現役時代は気にもならなかった音が、停止中の静寂の中では思いもよらぬ音となって車内に響くことになる。

洗面台が全員で共用のが1台だけといい、シャワーといい、あまり女性におすすめできる宿ではないようだ。
まあでも、当時のまま保存された懐かしの寝台車を疑似体験するものと割り切れば苦にならないかも。
こういった不便さも、寝台車当時と一緒なのだっだ。


 ◆ 北斗星スクエアを後に

北斗星スクエアにある7室は満室だった様子。
うち2組は車で来ていて。私を含め5組は列車利用だった。
男ばかりかと思っていたが、女性客も1組いた。

他の列車組は6時台と7時台の列車で発っていったので、残るは私と車組だけとなる。
また個室に居を移して『ソロ』当時を思い出したり、車内をあれこれ撮影しているうちにあっという間に時間が経って行った。

9時20分過ぎ、そろそろ出発しなければならない。
一応チェックアウトは10時までだけど、私は9時40分発の列車で茂辺地を発ちます。
無人のフロント小屋にあるロッカーにキーを納めればチェックアウト完了。

北斗星スクエアを聞いたとき、これは面白い宿泊施設ができたものだと思った。
実際泊まってみたら、期待以上に面白かった。
懐かしい寝台車にまた1晩乗ってみたい人でも、過去のものになった寝台車にいっぺん乗ってみたいという人もこれなら満足できるだろう。

寝台車当時の不便さもそのままとなっているが、そこはアバタもエクボ
他人同士で乗り合わせて、寝台以外は全て共用して1晩過ごしていた寝台車を体験できる貴重な宿ということで・・・

また寝台車に乗りたくなったらここに泊ろう。
今度は車で行くかな。
どこかで北斗星時代の走行音を仕入れて、ヘッドホンで聞きながら過ごせばもっとリアルに過ごせるかも。

ただ懸念もあって、基本的に野ざらしなのと、津軽海峡からの潮風と夏冬の寒暖差で近い将来に車体がまた傷んでくるに違いない。
車内の内装にしても長い時間が経てば老朽化したり破損したりするし、そうなっても交換する部品もない。
あれこれ修復したり交換されたりするうちに、次第に往時の北斗星からは似て非なるものになってゆくのだろうか。
そんなことを考えながら茂辺地駅へ。


 ◆ 茂辺地 9:40【122D】10:08 木古内

茂辺地駅に近づくと、中をほうきで掃いている人の姿があった。
こんな無人駅でも、駅の管理を委託されている人がいて、掃除に来ているわけだ。

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 再び茂辺地駅。

駅舎の中に入ると、待合室と仕切るドアが開いていて、カウンターに『キップ売場』と張り紙がしてある。
思わず中の人に、
切符売ってるんですか?」と聞くと
ええ売ってますよ、ここ切符売り場ですから」と返って来た。

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 きっぷうりばが営業中だった茂辺地駅の駅舎内。

今までに車でこの駅に来たことはあったが、こんな窓口があったとは知らなかった。
これから乗る道南いさりび鉄道の乗車券は『いさりび1日きっぷ』をスマホ決済で買ってあるのだが、せっかくなので記念に1枚買い求める。
上磯まで310円だった。

道南いさりび鉄道の乗車券といえば券売機でしか売っていないと思っていたので珍しいなこれは。

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 記念に買った茂辺地から上磯行きの乗車券。

函館から来た木古内行きはまたも1両編成。また『ながまれ号』だった。
この鉄道の看板車両でもあるので当たれば嬉しいが、乗ってしまえば他の車両と変わるものではない。
これも午前中の木古内行きとなればがら空きと読んでいたが、意外と多くの乗客の姿が見えた。

列車のドアが開くと、これも以外にも下車客が何人かあった。
乗車したのは私1人。今降りた客が座っていたらしいボックスが1つ空いていたのでそこに座る。

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 ながまれ号の木古内行き122D。

向かいのホームには茂辺地で交換する函館行きの朱色車両が入って来た。
あちらは地元客らしい3人を乗せて発車する。
こちらとは対照的に、向こうはがら空きだった。

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 結構乗客がある木古内行き車内。

次の渡島当別駅はトラピスト修道院の最寄り駅なので、それらしい観光客が何人か下車する。
車内の乗客もかばんを持った旅行者っぽい人が多い。

木古内からの折り返しもこんな感じなのかな。
一方、オタっぽい人は私だけ(?)のようだった。

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 多数のポイントが主要駅であるかのような木古内駅。

木古内駅到着。
今年の1月に来たときは、4か月後にまた来るとは思わなかった。

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 木古内駅で1時間8分の折り返し休憩。

それもこれも、700円の『いさりび1日きっぷ』のおかげだろう。
五稜郭〜木古内間の片道運賃980円よりこっちの方が安いのだから。

しかもスマホがあればどこでも購入できる手軽さ。
これなら列車に乗ってちょっと木古内に行ってくるわって気になるというものだ。

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 DohNa!!で買ってスマホで表示する『いさりび1日きっぷ』。

木古内に着いた122Dは木古内で1時間8分停車したあと127Dとして折り返す。
その間はどこか木古内見物をと言うところだが、今年に入ってからプライベートでは2回目、仕事でも2回来ているので今さら行きたいところも無かった。

駅前通りをまっすぐ歩いて行けば浜に出る。
晴れていればここから津軽半島の山々が見えるはずなのだが、もやがかった空ではその姿は見えなかった。
また歩いて駅に戻る。

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 新幹線木古内駅は道南いさりび鉄道の駅舎の陰になる。

駅前に戻ると、新幹線のホームから案内放送が聞こえてくる。
もしかしたら新幹線が見られるかも。
橋上駅の通路を上り下りして新幹線の木古内駅に向かった。

ちょうど10時36分発新函館北斗行き『はやぶさ203号』の表示があった。
窓口で入場券を買うと、妙に細長い『北の大地の入場券』を出してきた。

ホームに上がると、先頭の方には小さい子供を連れた家族連れらしい1組の姿が。
乗客ではなく、入場券での見物人のようだ。
新函館北斗駅でもこうした見物人をよく見かけるが、やはり新幹線は子供にとっては憧れだろう。

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 木古内駅にはやぶさ203号が到着。

はやぶさ号は滑るように入線。
これに乗って新函館北斗まで戻りたいが、6日間パスは新幹線は対象外。乗車券としての効力も無いのは残念。

窓から車内を見ると、車内は案の定ガラガラ。
ドアが開いて下車したのはスーツケースを引いた女性客が1人だけだった。

列車が発車すると、見物の家族連れも引き上げてホームは誰もいなくなる。
せっかく入場券を買って入ったのだから、反対側のホームにも行ってみた。
ここから見る木古内駅停車中の眺めは新幹線ホームに立ち入れる客の特権だ。

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 新幹線12番線ホームから道南いさりび鉄道を見下ろす。

またエスカレーターで登って通路を歩いて階段を下ってと、町から新幹線駅への行き来が面倒だ。
在来線の駅が地平で、新幹線が高架なのでこうなってしまった。

新札幌駅のようにホームが3階でコンコースが2階とするか、新函館北斗駅のように新幹線も地上とするとこんな面倒は無くなるのだが、3階建て高架とすると建設費が高くなるし、まさか町中で地上を走行と言うわけにもいかず、どうしてもこうなってしまう。
地上の在来線に高架の新幹線駅が併設される駅の宿命みたいなものだ。

倶知安駅みたいに、在来線は新幹線の開業を待たずして廃止にし、駅施設は早々に撤去して駅前広場としたいという意見が出るのも、まあ無理も無かろう。

今度は駅前ロータリーを隔てた向かいにある道の駅『みそぎの郷きこない』に行ってみる。
駅の閑散ぶりとは対照的に、こちらは多くの客で賑わっていた。

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 駅とは対照的に賑わう道の駅 みそぎの郷きこない。

道の駅といってもピンからキリまであるが、ここ木古内はオープン時から人気スポットとなっている。
GWだからか、外には食べ物の露店もでていて、まるでお祭りのようだった。

本来ならば国道やバイパス沿いに出来ることが多い道の駅だが、木古内のは駅前に持ってきたというのが道南いさりび鉄道にとって良かったことだろう。

駅前に何かしらの観光施設があれば、列車で行ってみようという気になるものだ。
さらに片道より安い『いさりび1日きっぷ』の存在。
道の駅側からすれば鉄道利用の来客数など知れたものだが、鉄道側から見れば大きな数字だ。
この数字こそが実績だからね。
鉄道駅の近くに集客施設を作ることは、鉄道と駅を育てることにもなる。

ただもう一歩進めて、木古内駅に併設という恰好だったらさらにベストだった。
稚内駅みたいに。

木古内駅から道の駅に行く人は多いが、道の駅に車で来た人が木古内駅に行くことはまずない。
駅前ロータリーの反対側じゃ、駅の存在すら気づかない人も多いだろうし。
せっかく『ながまれ号』が停車中なのに、スマホすら向ける人がいないのは残念だ。

もし駅に併設だったら案内表示に『新幹線』の文字を見て、ちょっと新幹線を見てこようかという人が出てきて入場券の売上げも増えたかも知れない。

何より車からでも鉄道が身近に見られれば、町の人のマイレール意識もだいぶ違ってくるだろう。

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 この時期の名物は、木古内札苅産の行者にんにく。

土産物屋で行者にんにくを見つけたので2束買って駅に戻る。


 ◆ 木古内 11:16【125D】函館 12:14

列車のドアは開いていて、乗車できるようになっていた。
行きの列車が混んでいたので、多くの人たちはこの列車で折り返すものと思っていたが、予想に反してこちらはガラガラだった。

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 ガラガラだった折り返し函館行き127Dの車内。

今度は海側の席。
車内は暑いくらい。窓を開けて津軽海峡の景色を楽しむ。

こんな窓からの風を顔に受けて列車に乗るなんてのも、確実に過去のものとなるのだろうな。
そう、夜行列車や寝台車がそうなったように。

寝台車は動かなくてもそれらしい気分にはなるが、こればっかりは走っていなければどうしようもないね。
このキハ40形はデクモことH100形の導入で次々と廃車となっているらしいが、今のところキハ40形の保存の話は聞かない。

自治体や公的機関は鉄道遺産とも言うべき国鉄型車両の保存に興味は無いようだ。
車両だけではない。
鉄道廃止には反対するくせに、いざ廃止となると駅跡など保存する気もなく、負の遺産とばかりにモニュメントだけ残して一掃してしまうところが多いのは残念なところ。

北斗星車両だけでなく、このキハ40形も最後の最後になって、どこかの民間団体による車両購入・保存が決まるのだろう。

DSCN1288.JPG
 函館山とベタ凪の函館湾。

上磯からは地元の利用客が停車駅ごとに数人ずつ乗ってくるようになった。
ボックス席の相席を嫌ってロングシートに座る人やデッキに立つ人が多いので乗車人数以上に混んだ車内に見える。
地方都市の昼の列車としてはまずまずの乗車率となって五稜郭へ。

五稜郭では半分くらいの人が下車する。
余計なことだけど、ここで降りる人は一体どこへ行くんだろうと思う。

駅前はゴーストタウンみたいなことになっているが、駅裏に市立病院やショッピングセンターがあるのでそこへ行くのか、バスに乗り換えて五稜郭(市電の五稜郭公園前の方)へ行くのか。
ここから先へ行くとJR区間になるので運賃が跳ね上がることもあるのかも知れない。

DSCN1357.JPG
 五稜郭に到着。隣は『はこだてライナー』

隣は新函館北斗行き『はこだてライナー』が到着。
GWらしく、車内の座席はそこそこふさがるほどの乗車率だった。やはり観光客風の人が多い。
五稜郭から乗ってくる人もいて、ここからはJRの近郊列車としての役割も加わる。


 ◆ 函館13:31【北斗13号】札幌 17:30

今日は平日なので『はまなす編成』の『北斗91号』の運転は無し。
次の『北斗13号』で札幌に帰る。

いい天気だし、せっかくプライベートで函館に来たんだからもうちょっとどこかへ行きたいところだが、えきねっとで見たら、この次の『北斗15号』だと指定席は混んでいるようだ。
函館は公私ともにまた来るだろうから今回は帰ることにする。

6日間パス所持者は駅の四季彩館で買い物すると10%引きになる特典があるので、四季彩館であれこれ物色する。
他人に渡すような土産物は無いので、自分用にということになる。
こういう時になると、大して欲しいものも無くなるもので、結局うちに帰って食べる用の塩辛とトラピストバターにした。

あと、車内で飲む用の大沼ビールと青函トンネルで熟成したという『青函トンネル熟成 年輪』というワインを買った。
駅弁は、みかどの売店で鰊みがき弁当。
これらすべて6日間パスの特典で10%引き
特典は使えるうちにどんどん使うべし。

改札口上の発車案内には、北斗13号は12時50分から乗車できますというような表示が流れていた。
発車40分も前から乗車できるとはサービスがいいと言うべきか、のんびりしていると言うべきか・・・
最近は特急といえども、終着駅では折り返しの清掃もままならないほど短い時間で折り返す列車が多くなったが、ここ函館駅はなかなか感心する。

腐っても鯛というか、北海道の玄関口の地位は新函館北斗駅に譲ったとはいえ、まだまだ旧玄関口の貫禄は衰えない。
せっかく旅に出るのに、発車ぎりぎりまで入線しないし、乗ってから慌ただしくわからないうちに発車していたなんて、ちょっと残念だからね。

だからといって発車40分前にやって来る人もそういないだろう。

もうほかに行くところもないので、車内にいようと乗ってみたが、乗客は誰もいなかった。
席に荷物だけおいて、先頭車両の撮影に行く。
普段は5両編成だが、今日は3両増結して堂々の8両編成。久々に見る特急らしい編成となった。

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 堂々8両編成の261系『北斗13号』。

周りに誰もいないので、こういう時に駅弁を食べてしまおう。

発車して走行風景を眺めながら・・・と思うでしょうが、北斗は函館を発車すると五稜郭、新函館北斗と停車駅が続いてそのたびに通路や周りの席がざわつくので、あずましくないことこの上ない。
だから今のうちに食べてしまおうというわけだ。
それに人がいるとお酒も飲みにくい。

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 鰊みがき弁当と大沼ビール。

鰊みがき弁当は柔らかく炊いた身欠きにしんと数の子が白飯に乗ったシンプルな弁当。
函館駅弁といえばやはりこれが一番。
最近は札幌駅の四季彩館にも置くようになったけど、ちょっと行きすぎのような気もする。

ビールは大沼ビールの『インディア・ペール・エール』。
ホップが効いた苦みとアルコールが高めのビールはなぜか味の濃いにしんと妙に合う。

流れる車窓こそないけれど、おかげでゆっくりと食事することができた。
発車20分前くらいになると、次々と乗客が現われた。

函館を発車するとすぐに五稜郭。やはり駅弁はさっき食べておいて正解だった。
その次の新函館北斗では、新幹線からの乗り継ぎ客が乗ってきて、空いていた列もほとんどふさがったようだ。
発車してしばらくのトンネルを抜けると、左側に水を湛えた小沼、その後方に駒ヶ岳という美しい風景が広がる。

鉄路で北海道へ来たら誰でも最初に見る車窓風景。
青函連絡船時代も、海峡線時代も、今の新幹線時代でもそれは同じ。
だけど9年後に予定されている北海道新幹線札幌延伸開業後は、この車窓風景も過去のものとなる。
現在建設中の新幹線は大沼公園を通らず、新函館北斗からはトンネル区間をひたすら北上する。

北海道新幹線の並行在来線とされるこの区間は、新幹線開業と同時にJR北海道から切り離され、第三セクターによる存続か廃線してバス転換かの選択することになっている。
今のところ廃止とも存続とも結論は出ていないが、ここを通る旅客列車が残る可能性は低い。

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 進行左側に見える小沼と駒ヶ岳。

左側席で眺めがいいのは、ここ大沼駅の手前と、あとは有珠山や樽前山が見える区間くらい。
だんだん退屈してくる。
そんなころに車内販売が来ればお酒でも買うところだが、車内販売も過去のものとなった。

そこでワインを出す。
青函トンネル内にある海面下283mの『青函トンネル蔵置所』で1年間熟成させたワインの味はいかに。

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 青函トンネル熟成 年輪(赤)。

私はワインの味はわからないが、熟成した大人の味ということはわかる。
甘みが抜けた濃い味わいにチェダーチーズなどが合いそう。
退屈な午後の特急車内の呑み鉄にはぜひおすすめです。

あとはウトウト眠ったり起きて車窓を眺めたりしていると、まもなく終点札幌に到着の頃だった。
長かった道内鉄道旅行も終わりが近い。

5月6日の旅費
品目場所金額(円)備考
いさりび1日パススマホ700クレジット決済
道南いさりび鉄道乗車券茂辺地駅310 
行者にんにく2束木古内560 
お酒四季彩館函館店995パス特典10%引
お土産1,623パス特典10%引
鰊みがき弁当函館駅900パス特典10%引
5/6 合計5,088 


 ◆ 最後に

以上、北から南まで道内を鉄道で駆け巡った6日間パスの旅行記でした。
この6日間で体験したこと、思ったことをつらつらと書かせていただきました。

どこへ行っても混んでいるゴールデンウィークの旅行なんて、と思っていましたが、実際出かけてみると思いがけない再発見があるものだと思えた旅行でした。

ときに批判の文章ともなりましたが、悪口というより北海道が好きな故に、あるいは同じ北海道人として意見すべきと思ってのことで綴らせていただきました。
悪しからずご容赦願います。

最後に今回の旅行の決算を上げておきます。
北海道旅行を計画されている方がいましたら、費用の参考としていただければ幸いです。

HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス旅行の総費用
費目金額(円)備考
HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス12,000 
宿泊費3泊23,350 
交通費1,740 
食費11,046クーポンと特典割引後
土産物1,993クーポンと特典割引後
その他経費510 
 合 計50,639 

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 22/05/21 | Comment(0) | 道南の旅行記

北斗星に泊まりに行く1

北斗市茂辺地に元『北斗星』の客車2両が保存されていて見に行ったたこともあるが、まさかそこに泊まれるようになったと知って驚いた。
潮風にさらされてボロボロになっていた車両を再塗装し、空調や給排水設備を取り付けて宿泊可能としたもの。

調べると、寝台単位ではなく4人用1ボックスを個室に見立てて、客室単位での予約受付となるようだ。
現役時代の寝台車のように他人と相部屋ということはない。
1室に寝台は4つあるが、1室の定員は2人として予約を受けつけていた。

予約と決済は楽天トラベルから行う。
2人部屋のシングルユースで1泊7,500円としているが、当面は特別価格で5,500円になっていた。

北斗星に乗りに・・いや泊まりに行くんだから列車で行きたいところ。
GWは『HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス』を使って道内鉄道旅行を決め込んでいた。
それで前半は前回記事の深名線バスと宗谷本線を乗り継いで稚内へ。

後半は道東の方にしようかと思っていたが、ホテルがGWの強気価格なのと割引プランも見つからないのでどうしたものかと思っていたところに、この北斗星スクエアを知って急遽函館・北斗行きとしたのだった。


 ◆ 札幌 7:43【北斗84号】函館 12:23

5月5日木曜日こどもの日。
今日は早起きして7時に家を出て、『北斗84号』で函館まで向かう。
北斗星以外に用はないのでもっと遅い列車でもいいのだが、この列車が『はまなす編成』での運転となるので、あえてこの列車を選択した。

コンコースで駅弁とビールを買ってホームへ行くと、はまなす編成こと『北斗84号』は入線していた。
指定席の車両は、指定券券売機で指定券を取ったときガラガラだったが、運転日の今日もガラガラのようだ。

DSCN0011.JPG
 カラフルな座席が並ぶ車内。

発車時刻になるころにはそこそこ席が埋まったが、それでも半分以上の列が空いている。
すいているのはこの列車に限らず臨時列車の宿命だ。

時刻表では『北斗』の一員として肩を並べているが、所要時間はなんと4時間40分
函館到着時は、この1時間後に発車する『北斗6号』に11分差まで追い上げられるという鈍足ぶり。
誰だって休日に早起きしたくないしね。
昼頃に函館に着きたけりゃ、普通は北斗6号を選ぶだろう。

この列車は、どこをどうしたらそんなに時間がかかるのかは知らないが、こちらは早さよりも車両とか移動そのものを楽しみましょうというコンセプトと思えばいい。

こちらも、すいているおかげで朝から遠慮なく一杯やらせてもらうことができるってもの。

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 北斗星に乗る前祝に、幕の内弁当いしかりとビールで呑み鉄。

わざわざ臨時列車のはまなす編成を選ぶくらいだから、全員が函館まで乗って行くのかと思っていたら、登別や東室蘭までの人が多く、東室蘭を発車したら半分くらいにまで減ってしまった。
各車両、片手で数えられるほどの乗車率じゃ、せっかくのはまなす編成が泣くような状況。

それに比べて自由席の増1号車は盛況だった。
こちらは『はまなすラウンジ』となっていて、本来はパブリックスペースとしての活用を想定しているんだろうけど、営業運転時は自由席扱いとなっている。

『ノロッコ』号のようなレイアウトなので楽しそうだが、座席は固く、窓向きの席も横に他人がいるというのが結構あずましくないもので、ここで4時間以上過ごすのはちょっと・・・

ふらっと立ち寄って一時的に過ごす分には申し分ないんだけど、今日みたいにガラガラだと普通の客室内のほうが落ち着いて過ごせる。

DSCN0062.JPG
 はまなすラウンジの増1号車。通常は自由席扱いとなっている。

稀府で運転停車。
この先単線区間が所どころに存在するので、このような交換待ちが増えそうだ。
このあとも伊達紋別で『北斗3号』の待ち合わせ。

極めつけは森を発車した次の姫川信号場で『北斗9号』待ちの12分停車があった。
そんなに停車するんなら砂原回りにすればいいんじゃないかと思ったが、それだと大沼公園駅を通らないので、観光列車としては具合が悪いのだろう。
実際、大沼公園では自由席に何人か乗客があった。

DSCN0421.JPG
 函館駅に到着したはまなす編成の北斗84号。

がら空きのはまなす編成乗車とはいえ、4時間40分は結構な乗り応えだった。ようやく函館に到着。
この11分後には札幌を1時間後に発車した『北斗6号』が到着する。

のんびり走って来たはまなす編成も、函館に到着すると忙しい。
僅か22分の折り返し時間で、今度は12時45分発『北斗91号』として札幌に戻る。
到着して数少ない乗客が下車するとすぐに車内清掃員が乗り込んで行った。


 ◆ 函館市電で五稜郭公園へ

函館に着いたら摩周丸を見学するか、市電に乗って五稜郭公園へ行こうか迷っていたが、五稜郭公園に行くことにした。
桜でも観てこようというのと、やっぱり市電に乗りたかったから。
五稜郭公園は結構観光客が来て賑わっていた。
その代わり、桜はもう終わりかけていたのは残念。

函館はやっぱり観光客がいないと寂しいね。
あの悩ましかったインバウンドたちがいないのは、落ち着いて過ごせるのでありがたい。

DSCN0427.JPG
 観光客で盛況の函館市電。電停には案内員が立っていた。

函館駅に戻る途中、五稜郭公園近くのハセガワストアに寄ってやきとりのパックを買っておいた。
今夜の酒のつまみ用である。
ハセストは注文を受けてから焼いて作るやきとり弁当が有名だが、すぐに食べない場合は既に焼いたパック入りのものを買って、あとでチンすれば焼き立てと同じようにいただける。

函館駅で駅弁を買おうかと思ったが、駅弁は明日の楽しみにして、函館駅近くのマックスバリュで寿司とお酒を買った。


 ◆ 函館 15:15【128D】茂辺地 15:48

函館駅は一番駅舎側の1・2番ホームが実質道南いさりび鉄道用のホームとなっている。
2番ホームに旧塗色に復元された車両が1両停車していたので乗ろうとしたら『回送』の表示があった。
しばらくして1番ホームに急行型の旧塗色となった1両が入って来た。こちらが木古内行きとなる。

急行型と言っても単行なので、深名線や札沼線北部で走っていたキハ53形そっくりだった。

DSCN0530.JPG
 旧国鉄塗色車両が並んだ函館駅1・2番ホーム。

ホームにいた5〜6人が車内に入る。
懐かしいブルーのボックスシート。

かつては道内いたるところで使われて、普通列車で旅していると食傷気味にもなった車両だが、JR北海道のほうは急速にデクモと呼ばれるH100形への置き換えが進んでいる。あと数年もすればここ道南いさりび鉄道でしか見られなくなってしまうのだろうか。

DSCN0534.JPG
 青いボックスシートが並ぶキハ40形車内。

乗った時はボックス席も選び放題だったが、次々と乗ってきてデッキに立ち客もでるようになる。
半分は地元客っぽいが、あとの半分は観光客や私とご同業と察する方々。

みんな茂辺地で降りるのかなあ。
駅からぞろぞろと北斗星スクエアに向かうのかなあ・・・なんて思えてくる。

次の五稜郭でも乗ってきて、このボックスも相席となった。
1両編成ながら、休日にもかかわらず車内が盛況で結構なことだ。

午後の函館発だけあって、北斗市旧上磯町内の各駅では地元客が数人ずつ下車する。上磯を発車する頃には、地元客らしい人は少なくなった。
それでもまだ今どきのローカル線とは思えないほど乗客が多い。

上磯を発車してしばらくすると津軽海峡を望む高台を走る。
津軽海峡線時代に快速『海峡』や特急『白鳥』から飽きるほど見た車窓。
快晴で海も穏やかだが、春らしくもやっとした空。函館山も霞んでいた。

さて問題の茂辺地着。

DSCN0561.JPG
 茂辺地駅に到着。

やはり荷物を持った何組かが同時に席を立つ。
まあ、宿に着くにはちょうど良い時間帯の列車だしね。

ワンマン列車なので、下車時に運賃を支払う。
私は乗車券も整理券も持っていないので、6日間パスを見せて五稜郭からの運賃を支払う。480円

なぜ乗車券を持っていないのかというと、函館駅の券売機で売っているのは函館〜五稜郭間のJR運賃込みの乗車券だから。
JR線内で有効な乗車券所持者が函館駅の券売機で乗車券を買ってしまうと、この1駅区間分余計に払うことになってしまうので注意したい。

同時に降りたほかの人たちは発車する列車の撮影をしてから向かう模様。
私はさっさと北斗星スクエアに向かう。


 ◆ 北斗星スクエアへ

駅を出て正面の通りを行くと、突き当りに『北斗星広場 約100m』と記した案内看板があった。
こういう何気ないところに親切というか温もりを感じますな。

DSCN0650.JPG
 旧中学校跡なので敷地が広い茂辺地北斗星広場。

またやって来ましたよ。
またとは、実は先々週に出張で車で通った時に、工事中の北斗星広場に立ち寄ってたのだ。
その前にも出張で通った時は立ち寄ってたし・・
おっと、内緒の話ね。

まあとにかく、宿泊施設として再スタートした北斗星スクエアである。
車両の手前に新しく小屋が立っていて、そこがフロントとなっていた。

DSCN0568.JPG
 北斗星スクエアのフロント小屋。

「こんにちはー」
と中に入ると、係のおねえさんがいた。
宿帳を書いてキーを受け取る。
朝は無人になるので、キーはロッカーに返してとのこと。

了解了解。
海外旅行で安宿に泊まるとこんなところばかりだったので慣れている。

これで終わりかと思ったらついてきてくださいと先導する。
色々調べてきてわかっているのだけど、説明は素直に「ハイ」と聞いておく。

DSCN0716.JPG
 貫通扉が客室のエントランス。

車内・・いや客室内は土足厳禁となっているのでスリッパに履き替える。
中に入ると、日向に放置していた車と同じ空気を感じる。

「車内は暑いですけど、5時になったら係の人が来て空調入れてくれますから」

そのあとシャワー室の使いかたや、トイレは外にあることなど説明を受ける。

DSCN0719.JPG
 玄関と1つしかない共同洗面所。

キーは2つあって、1つは車両の出入り口となる貫通扉のもの。夜間は施錠するので、車内からの出入りはこのキーを使ってくれとのこと。
もう1つは、B個室ソロのキー。
こちらは鍵がかかるので荷物置き場として使ってくださいとのこと。

「こっちで寝たらだめなんですか?」と聞いてみた。
「一応簡易宿泊所ということになっているので、鍵のかかる部屋は使えないんですよ」

あとで調べたら、鍵のかかる個室に寝泊まりさせると、法令上は『旅館』の扱いとなり、それに相応しい設備を追加する必要が出てくるようだ。

「まあでも、そこはご自由にどうぞ」

同じことを聞く人が多いのか、おねえさんは笑って答えた。

さて、今夜の宿となるB寝台。
正確には『Bコンパート』。

北斗星2往復時代は、1・2号の車両はJR北海道持ち、3・4号がJR東日本持ちとなっていた。
このBコンパートは北斗星1・2号に連結されていた車両。

BコンパートとはB寝台のボックスに扉を設けて、4人利用の場合は個室とできるようにしていた。
発売は部屋ごとではなく解放寝台と同様に寝台ごとの個別発売としていたから、コンパートとは名ばかりで、通常は扉も開けっ放しで解放B寝台同様に使用されていた。

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 客室ルームになったBコンパートの通路。

「私は5時までおりますので、それまで何かありましたらフロントにお越しください」
と案内のおねえさんは戻って行った。

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 向かい合わせ2段ベッドのB寝台がそのまま使われる客室。

4人1組のコンパートだが、宿としては2人部屋となっている。
扉はガラス戸だが、カーテンが設置してあるのでプライバシーの確保は可能。
コンセントが新設されている以外は基本的に現役当時のまま。

テーブル下の灰皿もそのままで、車内に禁煙の表記も見当たらなかったから本当に灰皿として使う人が出てきそうだ。

下段寝台の上には寝具(シーツ、掛け布団、枕)が置かれている。
麻袋の中身は、タオルとバスタオル、それに歯ブラシと紙コップ。
ソープやシャンプー類は洗面所とシャワー室に共用のボトルが備えてあるし、一応必要なものは全て揃っている。

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 まぎれもなく現役時代の寝台車そのもの。

腰かけて見渡すと懐かしい眺め。
でも、シーンと静まり返って物音ひとつしない車内ってのも妙なものだね。

それにしても暑い。

日当たりのいい場所だから、車内が温室みたいになってしまうわけだ。
空調は故障でもしているのだろうか。

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 上段寝台も現役時代そのまま。

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 車窓からの風景。

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 元Bコンパートなので、ドアを閉めて施錠することもできる。

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 テーブルのセンヌキ。瓶ビールを持ってくるんだった。

茂辺地駅で一緒に降りた人たちが来る前にササッとあれこれ撮影してしまう。
こちとら鉄道ファンの端くれですからね。そこのところは抜かりなく済ませる。

今列車で着いた人たちとは別に、車で来た人たちは先に滞在していた。

ロビーカー、じゃなかったロビー室かな。
JR東日本編成は1両丸ごとロビーカーだったけど、JR北海道の車両はロビー・ソロの合造車となっていた。

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 共用スペースのロビー室。

奥のガラス張りの個室は電話室だった。テレホンカード専用の公衆電話があった。
まだ携帯電話など近未来の話だった時代に、ここから実家に電話をかけたことがあるよ。
当時は車内から電話ができることすら画期的なことだった。

このスペースは今は冷蔵庫と電子レンジが置いてあって自由に使える。

電話室と反対側には自販機があるが、これも現役時代からそのままの物らしく、電源は入っていなかった。
飲み物が欲しくなれば、最寄りの自販機は茂辺地駅ということになる。

あと茂辺地にはスーパーもコンビニも無いので、食料や飲み物は持参する必要がある。
駅近くに寿司屋が1軒あるが、今日は閉まっていた。
広場にあるコンテナハウスはカフェやラーメン屋だったこともあるが、今は営業していない模様。

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 ロビー室反対側から。自販機は使用不可。

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 鍵が掛かるソロは荷物置き場となる。

暑いので外へ出てあちこち見てくることに。

あらためて外から車両を見る。
一時は錆びだらけで塗装も変色し、廃車置場のようになっていたものだが、すっかり修復されてきれいになった。
しかし、このまま野ざらしだとまた同じようになってしまうだろう。
せめて屋根でもかけてあげたいところだけど、その費用を捻出するとなるとまた大変な話になるし、難しいところなんだろう。

海から潮風が吹いてくる場所だけに腐食も早そうだ。
北斗星の現役時代だって、塩害を受ける青函トンネルを毎日通るうちに塗装が剥げて錆が出ている車両をよく見たし、酷いのになると全身皮剥け状態のようにボコボコになった車両まで見ることがあった。
茂辺地の北斗星車両も、錆びては塗装し、錆びては塗装しの、いたちごっこになってしまうのだろうか。

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 北斗星『オハネフ25 2』と『スハネ25 501』外観。

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 ブルーの車体に金帯が北斗星のデザインだった。

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 北斗星エンブレムと行先表示幕。

北斗星は最後に乗ったのは2006年。
当時発売していた29,500円の『札幌・東京フリーきっぷ』で東京までの行き帰りに利用してのこと。

 そのときの旅行記はこちら
 北斗星スクエアが現役当時だった頃の『北斗星1号』車内の画像があります。

もう1度くらい乗っておきたかったな。
後悔してもしょうがないんだけど。


 ◆ 北斗星の夜

5時を過ぎたけど一向に空調が入る様子はなかった。
夕方になって気温が下がって来たので、車内の室温も自然と下がってきた感じ。
日もだいぶ傾いてきたことだし、そろそろ一杯始めることにする。

ハセガワストアのやきとりは、ロビーの電子レンジでチンしてきた。焼き立てのような香ばしさが復活。
酒と寿司はマックスバリュで買ってきたもの。
お酒は金滴北の純米酒。
寝台車の気分でチビチビやろうかと日本酒を買ってきた。
こう暑いとビールの方が良かったかな。

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 本日のディナー。マックスバリュの寿司とハセガワストアのやきとり。

窓からは傾いた西日が入るようになった。

時刻は18時10分

〜上野発北斗星1号ならば宇都宮到着前。
〜札幌発北斗星2号ならば苫小牧を発車した頃。

食堂車では1回目のディナータイムが始まった頃だね。

食堂車の予約制ディナータイムなんて高くて行けないからね、こちらは寝台車のテーブルに酒と料理を広げてディナータイム。

パブタイムになったら食堂車に行ってみるか・・・ナンチテ (^^;

車内は暑いせいか、表のテーブルで食事をとる人が多い。
気づくと窓の下に近所の飼い猫だろう。首輪をつけた猫が遊んでいた。

DSCN0769.JPG
 気分だけはブルートレイン。

相変わらずシーンとした車内。
時どき隣室の人の会話が筒抜けで聞こえてくる。
客車なんて常に走行しているものだから、基本的に寝台車の仕切りは防音仕様になんてなっていないからね。
足音とか話声は意外と大きく車内に響く。

DSCN0807.JPG
 黄昏時の北斗星。今にも発車しそう。

食べ終えたらごみ出しとトイレを兼ねて外へ出る。
いつの間にか5月なんだな、7時を過ぎても空は明るい。
広場は照明もなく、客車の窓から明かりが漏れる様はまさしくブルートレイン。
2両だけしかないのは寂しいところだけど。

ひとつ贅沢を言わせて貰えば、北斗星のテールマークも光っていれば良かったんだけどな。
こちらは側面表示幕ともども消灯したままだった。

車内に戻ったら、今度は1人用B個室寝台だった『ソロ』の室内に席を移し、ここで二次会をすることにした。

このブログ記事で北斗星の旅行記としているのはB寝台だけど、個人的に北斗星で一番懐かしいし馴染みもあったのがソロの下段だったりする。
なぜかソロは下段が当たることばかりだった。だから余計に懐かしい。

1990年代だった当時利用していたのは、ほとんどが上野行き上り列車だった。
『北斗星』で上野に着いて、帰りは急行『八甲田』というのが定番だった。
八甲田としたのは、当時あった周遊券では、周遊地までの行き帰りに急行の自由席は料金なしで利用できたから。

当時と同じようにテーブルにお酒を置いて、夜景を眺めて、まだ20代前半だった頃の私ならば、煙草の煙を燻(くゆ)らせていた。
色んな事を思い出すな。

DSCN0815.JPG
 個人的に一番懐かしいソロ下段。

最後にソロに乗ったのはたしか2000年のGWだった。上野から札幌まで。
だからこのソロとは22年ぶりの再会となる。
あの時は有珠山噴火による海線不通のため、山線の迂回運転だったなあ。

最後に北斗星に乗った2006年は、劣化しないデジカメの画像が残ってるので、そんなに昔という感覚はない。それでも16年前の出来事になる。
だけどよく北斗星のソロに乗った1990年代となると、さすがに遠い昔の出来事だと思うようになった。

もっと写真を撮って残しておけば良かったな。
あの頃、私は旅行先で写真というものをほとんど撮らなかった。
90年代以前は、今みたいにデジカメやスマホじゃないからね。
バカスカ撮ったらフィルム現像代だけでも結構な値段になってしまうから。

もう1つ理由があって、それは故宮脇俊三氏の “カメラの功罪” という随筆にあった。
その中の “カメラを持参しない。自分の眼さえあれば十分” という一文。
若かった私は、氏のカメラ不要論に感化されていたのだった。

バカスカ撮るようになったのは一眼レフを買ってから。
その頃には現像代もかなり安くなっていたし。
デジカメを買ってからは現像代も写真の保管もいらなくなり、誰はばかることなくバカスカ撮影するようになった。

DSCN0821.JPG
 しんみりとソロの旅を思い出す。

お酒をチビチビやりながら昔のことを考えていたら、いつの間にか座ったまま寝落ちしていた。

22時50分、ここはどこだ?

〜上野発北斗星1号ならば一ノ関と盛岡の間を走行中。
〜札幌発北斗星2号ならば青函トンネル走行中。

お酒も全部飲んでしまって、自室のB寝台に戻る。
ベッドメーキングは自分でやるのはこちらも同じ。
シーツを敷いて枕と掛布団を載せると座席から寝台に早変わり。

DSCN0839.JPG
 寝台車は座席をベッドにするのは万国共通。

DSCN0894.JPG
 カーテンを引いて、おやすみなさい。

コンパートの天井にある蛍光灯は灯ったまま。
これは室内にスイッチがあるわけではないので消すことはできない。

現役の頃の営業運転中であれば、車掌の「これより先深夜帯に入ってまいります」で始まる『お休み放送』のあとで通路の照明だけ残して消灯したものだが、夜は無人となる北斗星スクエアでは一晩中煌々と灯ったままとなる。
そこは寝台のカーテンを閉じて眠るしかない。

それにしても走っていない寝台車ってのも妙なものだね。
横になって見えている眺めは紛れもなく『北斗星』や『はまなす』のB寝台と同じはずなんだけど。
同じ眺めなのに物音ひとつせず揺れもないという新しい感覚に頭がついていけないようだ。

5月5日の旅費
品目場所金額(円)備考
宿泊費北斗星スクエア5,500事前クレジット決済
駅弁札幌駅弁菜亭850 
ビール札幌駅キヨスク284パス特典10%引
五稜郭公園前往復函館市電460Kitaca使用
やきとり2パック
ハセガワストア691 
夕食と酒と朝食マックスバリュ2,335 
五稜郭→茂辺地道南いさりび鉄道480 
水2本茂辺地駅自販220 
5/5 合計10,820 


posted by pupupukaya at 22/05/15 | Comment(0) | 道南の旅行記
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