2018年1月 日高本線はいま 2

次に向かうは大狩部駅

国道を車で走っていると、国道からの脇道が駅の入口に見えるが、本当の入口は国道に並行して下を通る町道側になる。
国道の下に歩行者用の小さなトンネルがあり、大狩部駅につながっている。

列車からだと人家も無く、海岸沿いの秘境駅のような印象であるが、トンネルの反対側は普通に人家が何軒もあって、秘境というわけではない。

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 町道にある大狩部駅の入口と代行バスのバス停。

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 トンネルを抜けると大狩部駅。

大狩部駅はホームとブロック積みの待合所があるだけの無人駅。
線路の向こうはすぐに海となっている。

妙に新しい駅名標が印象的だった。列車があったころに車窓から見たものは錆びだらけでボロボロだったのだが、いつの間にか新しく立てられたらしい。

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 大狩部駅の駅名標と待合所。

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 待合所の内部。一応代行バス関連の掲示物がある。

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 駅名標は新しく立て替えられたもの。前はボロボロだった。

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 線路から見た大狩部駅。

大狩部駅の前後の線路は路盤が流出して、線路が宙ぶらりになっているところがある。
いずれも高波により護岸の擁壁が崩れたため、土砂が流出したものである。

2015年1月の高波で厚賀〜大狩部で発生した土砂流出で運休になっていた日高本線だが、その追い打ちをかけるように2015年9月の台風17号で豊郷〜清畠間で大規模な路盤流出が発生している。

この頃までは、復旧に向けた準備工事を行っていたことは2015年度のJR北海道のプレリリースを見るとわかる。
ところが、2016年度以降になると、日高線被災関連のプレリリースは無くなってしまった。
この頃には日高本線復旧はもう諦めムードになっていたのか。

この被災箇所も、2016年以降に発生したものだろう。
応急手当もなく、荒れるがままという感じだった。

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 大狩部駅から約150m静内寄りの箇所。

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 路盤が流されて線路が宙ぶらりになっている。

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 宙ぶらりになった線路と剥き出しになった通信ケーブル。

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 大狩部駅から約100m苫小牧寄り。ここも路盤が流出。

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 崩壊している上記箇所の擁壁。

大狩部駅から見える場所だけでこれである。海岸沿いは波による路盤流出が思った以上に進行しているようだ。

復旧のためには、護岸擁壁を修復して路盤を築けば済む話ではない。老朽化した擁壁の対策や、今後も発生するだろう海岸浸食対策や、場合によっては線路の付け替えも検討しなくてはならない。

これらを海岸沿いの全区間で行わなければ、また同じような災害が起こりうる。
これ全部やったら100億円ですむのだろうか。

海岸の保全事業は本来は国(国土交通省)の事業のはずだが、そういう対応はできなかったのだろうか。

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 別な日に撮影した上記箇所の高波。現状回復だけではなく災害対策工事も必要となる。

大狩部は被災した線路と殺風景な景色が相まって、なんとも悲惨な光景だった。

実は、この駅は去年の秋にも訪れたことがあって、そのときは護岸には釣り人の姿が何人かあった。
釣り場としてはそれなりのスポットであるらしい。


次いで向かったのは厚賀駅

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 うっすらと雪が積もる厚賀駅のホーム。

大狩部と違って厚賀駅はいたって平和だった。
うっすらと雪が積もったホームに立つと、いつ列車を走らせてもおかしくないほど整っている。

しかし、この駅の前後の線路は徹底的に破壊されているために、この駅にDMVも含め再び列車が来ることは100%ないだろう。
待合室も解放されていて、時刻表や運賃表が掲示されている。

ただ、代行バスは狭い駅前広場には乗り入れず、50mほど離れた道道沿いに乗り場がある。

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 厚賀駅の駅舎内。奥のシャッターはかつてキヨスクだった。

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 厚賀駅に掲示の時刻表と運賃表。

次は清畠へ向けて出発する。

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 厚賀駅の340m苫小牧寄りにある運休後に新設されたコマチップ踏切。

日高本線の静内までの区間は、軌間762mmの軽便鉄道による開業であった。大正時代のことである。
昭和に入ると国有化され、軌間も現在の1067mmに改められる。

そもそもが軽便鉄道として建設され資本も最小限としたために、海岸段丘と海岸の間のわずかな浜辺に敷かれた線路である。
軽便鉄道当時から海岸の浸食もひどく、国有化後は護岸壁や消波ブロックで対処していた。

それでも、数々の高波被害に耐えきれず、1か所だけ線路を山側に付け替えた区間がある。
清畠〜厚賀間がそれで、もともとは海岸沿いにあった線路が山側へ移設されている。

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 清畠〜厚賀間の線路付け替え箇所。(地理院地図より作成)

付け替えは1960(昭和35)年のことで、よほど大きな線路被害だったのだろう。
当時は鉄道が重要な交通手段だった時代。そうまでしても鉄道を復旧させたのである。

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 第2賀張跨線橋から様似方を望む。

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 かつてはこの海岸沿いに線路があった。

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 ここから線路が山側に付け替えられた。第2賀張跨線橋から。

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 跨線橋下の線路。ここも路盤が流出し、線路が宙ぶらり。

線路は第2賀張跨線橋で国道の下を通り山側へ出る。
この跨線橋の下の線路も路盤が流出して線路が宙釣りになっていた。

その先では線路わきの山肌を削って治山工事の最中だった。
2016年8月の台風で、線路の山側の斜面に起こった土砂崩れの復興工事である。国か道かはわからないが、とにかく公共事業として行われている。

海側はJRの負担ができずに放置状態なのに対し、山側の土砂崩れは公共事業として税金が使われるとは皮肉なことだ。

線路は国道の山側をしばらく並行する。
高台にある賀張橋からは、海岸沿いに残る旧線跡の橋台を望むことができる。

第1賀張跨線橋の下をくぐって、線路は再び海側へ移る。
ここの駐車帯に車を停めて線路を見に行くと、ここもひどい状態だった。

防波堤を超えて押し寄せた高波で流されたのか、線路がねじ曲げられてぐにゃぐにゃになっていた。
これは2016年8月30日の台風10号による被害であろう。

であろう”というのは、この頃にはJR北海道も詳細な被害をリリースしなくなったので、推測によるものである。
しかし、線路と並行する国道235号の同区間も同時期に越波のおそれとして通行止めになっているので、おそらく間違いない。

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 清畠駅から約500m静内寄りの線路流出箇所。

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 路盤こそ無事とはいえ、線路が流されるとはどれだけの高波だったのだろう。

2015年中の被災箇所についてはJR北海道が応急処置を行っていたと前述した。
ところが2016年以降の被災箇所については処置を行わずそのまま放置となっている。この頃にはすでに復旧断念という方針になっていたのかもしれない。

〜3へつづく

posted by pupupukaya at 18/01/21 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2018年1月 日高本線はいま 1

日高本線は2015年1月から列車が運休し、バス代行が続いている。
たまに新聞やニュースで日高線の状況が報じられることもあるが、今どういう状況にあるのだろう。

私も鉄道に詳しい人として、「日高本線は廃止になったの?」とかたまに聞かれるが、今の状態はなんとも説明しがたい。
廃止ではないが、バスで何年間も列車の代行輸送している状態というのは、理解し難いところであろう。
私も実はそれほど詳しいわけではなかった。

この間に留萌本線の一部廃止や、夕張市のバス転換合意など、ローカル線について少しずつ動きがみられるようになってきた。
日高本線についてはどうなっているのだろう。

色々興味がわいてきたので、調べて、また現地を見てくることにした。


まずは日高本線をめぐる状況から追うことにする。


日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。

当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。

2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。



上記は拙ブログの文章です。
被災関連の説明は面倒なのでコピペで済ませます。

以来ずっと運休状態で、バスによる列車代行が続いていたが、一昨年(2016年)にJR北海道から日高本線の鵡川〜様似間の事実上の復旧を断念したとの発表があった。

(2016/12/21 JR北海道プレリリース)

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 日高線沿線の概況(2016/12/21 JR北海道プレリリースより引用)

要は、鉄道を廃止しバス転換するにあたって、沿線自治体と協議を始めたいということである。

理由として、復旧費の総額が100億円を超える規模になるということ、鉄道の利用者数がJR発足時の1987年に比べて1/3にまで落ち込み、年間で約11億円もの赤字となっているということが挙げられている。
転換時期に関してまでは言及はなく、結局JR北海道から沿線自治体への一方的な通告という形で終わったようだ。

一方で、線路被害の無かった鵡川〜日高門別間を復旧させるという動きもあるが、これも復旧や維持費を自治体が負担する条件付きでのようである。

あれから1年と少しが経つが、あれから目立った動きはない。JRと沿線自治体との正式な協議もいまのところ行なわれてないようだ。

いまのところ、JRとしては鉄道を廃止したい、沿線自治体は廃止は受け入れがたいというまま、宙ぶらりんのような状態ということになる。

一方で、鉄路と道路を走れるデュアル・モード・ビークル(DMV)の導入を検討している動きもある。
被災区間の日高門別〜静内間を国道を走ることで、全線復旧を目指すというものだ。

(2017/3/27 苫小牧民報)

DMVは、徳島県の阿佐海岸鉄道が2020年までに実用化し、営業運転を始める予定になっている。
もともとはJR北海道がローカル線対策として開発を進めていたもので、日高本線でも試運転が行われていた。
ただし、現在は経営危機により開発を断念し、DMVの事業からは撤退している。

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 【参考】2007年、釧網本線を走行するDMV。(筆者撮影)

JR抜きの沿線自治体の協議会では、DMVにするか、BRTにするか、バスにするかというところまでは話が進んでいて、今後JRとの協議を行いたいようだ。

ただ、DMVは温暖な四国だからこそ営業予定に至ったもので、北海道では試作車が走った段階でストップしている。
北国での走行に耐えうるような仕様車を開発する必要がある。

日高本線にDMVを導入した場合、運行開始までに少なくとも47億円の初期投資と14年の期間はかかるという試算もある。
いくら設備投資をしても赤字必至のローカル線である。少なくとも当のJR北海道には投資する体力はない。

(2017/11/21 日本経済新聞 電子版)

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 JR日高線の代替手段の比較(2017/11/21 日本経済新聞電子版より引用)

仮にDMV導入についての具体的な協議が始まったとしても、どこが費用負担をするかということになると暗礁に乗り上げるような気がする。

DMV試運転の夢よ再びというわけではなかろうが、その道のりは果てしなく遠い



机上での調べ事は以上にして、2018年1月のとある土曜日、日高本線がどうなっているのか実際見て来ることにしました。

車で出発して、国道36号線経由で、苫小牧東ICから日高門別ICまでは日高自動車道の無料区間、そこから静内までは国道235号とひたすら下道経由。
札幌市の自宅から静内駅まで休みなしで、所要約2時間40分

昔あった急行『えりも』が、札幌〜静内間を最速2時間40分で結んでいた。
急行は国鉄最後のダイヤ改正で消えてしまったが、すでに鉄道の出る幕ではないようだ。
同じ区間を道南バスの高速ペガサス号がこれも2時間40分で結ぶ。

現在日高門別までの日高道も、今年度中には日高厚賀まで延伸されるし、その先も静内まで延伸する工事が行われている。
そうなると車での所要時間はもっと短くなるだろう。

途中で列車代行バスとすれ違ったが、ざっくりとだが車内の乗客は5本の指で数えられるほどの乗車率だった。

というわけで静内駅までやって来た。
日高本線巡りはここから鵡川までやっていこうと思います。

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 静内駅の駅舎正面。

列車の来なくなった静内駅。
列車代行バスは駅前に発着しているので、みどりの窓口も営業しているし普通に駅員もいる。

待合室には新ひだか町の観光案内所と特産品や土産物の売店、立ち食いそば店も営業している。
札幌への高速バスもここに発着しているので、駅というより交通ターミナルといったところ。

隣に広い駐車場もあるし、下手な道の駅よりも整っている。ていうか、国土交通省に登録すればこのまま道の駅にできるだろう。

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 新ひだか町観光案内所”ぽっぽ”の売店。

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 改札口とみどりの窓口。

改札口に『ホームに入るときは入場券をお買い求め下さい』との張り紙があったので、みどりの窓口で入場券を買う。
中に入りたいと言うと、窓口の人が改札口のドアを開けてくれた。

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 みどりの窓口で買った入場券。

ホームに出ると、現役時代から変わっていない。
線路が錆びて赤茶けているくらい。手入れしないとホコリやゴミが積もり、隙間から雑草が生えてくるものだが、きれいなものだ。

当然ながら誰かが手入れしているわけで、列車が走らなくとも、ただ線路施設として維持するだけでもコストはかかるのだと想像できる。

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 静内駅のホーム。苫小牧方を望む。

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 静内駅のホーム。様似方を望む。

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 構内踏切。

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 上と同じ静内駅の構内踏切。2011年10月、まだ列車があった頃の画像。

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 静内駅に掲示された列車代行バスの貼り紙。

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 2台並んだ列車代行バス。左が鵡川行、右が様似から到着したところ。静内駅前。

静内駅をあとにして次は新冠駅に向かう。

静内〜新冠間は鉄道と国道がほぼ並行して走る。鉄道が海側なので、鉄道の方が眺めは良かったことになる。

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 新冠駅のホーム。

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 自販機も設置された新冠駅の駅舎内。

新冠駅の駅舎もきれいだった。
無人駅だが、中に入ると暖房が入っていて暖かい。自販機も設置してある。
代行バスは駅前広場まで入るので、一応待合室としての役割はあるといえる。


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2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記10

◆ 5日目 サンライズ出雲〜東京〜成田空港〜新千歳空港〜札幌

◆ 出雲市 前日18:51【サンライズ出雲】7:08 東京

夜行列車の旅はやっぱり良い。
特に寝台車の旅は楽だし、横になってゴトゴト揺られながら眠るのがとても良い。

窓の外が明るくなって目覚めると6時前。熱海を発車して相模湾沿いを走っている。
空が白んで水平線のあたりが赤くなっていた。
日の出前の風景。今日も天気は良さそうだ。

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 夜明けの相模湾。

小田原を6:04に通過。あと1時間ほどで終点の東京に着く。
もしかして富士山が見えるかもと思い、部屋を出て通路の窓から外を見ていると、富士山がはっきりと姿を現した。
朝日に照らされて、富士山も町も赤く染まっている。

通路の両側に個室が並ぶサンライズシングルやソロの車両と違い、この4号車は海側が個室、山側が通路となっている。
こうして通路に出れば両側の車窓が堪能できるのだ。

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 赤い富士山。小田原のあたり。

部屋に戻ると、今度は家並みの向こうから朝日が差し込んできた。
まさにサンライズエクスプレス。今日も新しい1日が始まる。
昨夜は島根県だったが、一転して大都会東京である。

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 朝日に出迎えられて。

日が昇るにつれて、部屋も明るくなってきた。
壁や机は、明るい木目調で揃えられているので、明るく清潔に見える。

夜の照明がビジネスホテルと同じように暗めだったので寝るためだけの空間のような印象だったが、朝を迎えるとすっきりとしていて、妙に重厚だったブルートレインの個室よりもこちらの方が好印象だ。

車体の外装だけでなく、内装もサンライズの名の通り朝をイメージしているのだろう。

それにしても7時過ぎに終着とはもったいない。
逆に下り列車ならば東京発は22時だが、翌朝は10時近くまで乗っていられる。

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 朝を迎えたシングルデラックス。

遅れてくれ〜、と念じてみても効果はなく、横浜に着く。6:44定刻。

ここは既に朝のラッシュが始まっていて、ホームはすごい人。
もうここは通勤電車の方が主役で、寝台特急はその中に割り込んできたような格好である。

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 横浜駅のホームは人、人、人。

横浜を発車すると次は23分で終点東京である。
降り支度はもう終えているので、あとは着くのを待つだけ。

もう少しゆっくり走ってくれよ〜、と思うが、列車は容赦なく東海道本線を突っ走る。

♪〜ご乗車ありがとうございました、間もなく終点東京です。

これも容赦なく音楽のあとに自動放送が入る。

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 新幹線と並走。

7:08、東京着。定刻。
出雲市から953.6km、所要時間12時間17分で1分の遅れも無し。

さすが日本の鉄道は優秀。

しかし、豪華寝台に乗っているときは逆に遅れてほしいと願ってしまう。
着いてからそのまま出勤なんて人もいるだろうから、あまり大きな声では言えないが。

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 終点東京に到着。

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 サンライズエクスプレスの正面。

東京駅も上野東京ラインの開通によって途中駅になってしまった。
前のように、特急専用ホームも無くなってしまった。

東京駅のラッシュはまだ始まっていないようで、サンライズの客がいなくなると、ホームは閑散となった。
何枚か写真を撮るくらいの余裕はあった。

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 戦前の姿に復元された東京駅丸の内駅舎。


◆ 皇居、柴又、新橋、銀座、東京見物

さて、東京である。
今日は成田空港まで行き、夕刻の飛行機で札幌へ帰ることになっている。

成田空港までは、東京駅発13:15発の快速エアポート成田を予定しているので、半日ほど時間がある。

前回東京に来たのは、寝台特急あけぼのに乗った時だから2013年、ほぼ4年前である。
その時は上野に着いてから、江ノ電に乗りに行った。

今回はどこに行こうかと考えたが、東京もこれと言って行きたいところもなく、結局まとまらなかったので、候補をいくつか挙げておいて、その日の気分で決めようということにしていた。

第一の候補は東京スカイツリー。ここは朝8時からやっている。
天気は今日も快晴。気持ちがいいほど秋の青空だ。遠くまで見通せて気持ちが良いだろう。

ところが、この時間じゃ電車でどこへ行くにもラッシュに当たるだろうし、何となく丸の内口から出て皇居へ向かって歩き出す。

新しくなった東京駅丸の内駅舎を写真に撮るが、見事な逆光。
晴天は歩く分には気持ちが良いが、逆に全くのカメラ泣かせでもある。

朝7時半の皇居は人が少なくて良い。
散歩する人やジョギングの人が目立つくらい。

まずは東京観光の定番スポット、皇居二重橋

今朝は風もなく、お堀の水面は波ひとつなく、まるで鏡のように空や周りの景色を映している。
二重橋も水面に鏡のように映っていた。

なんという幸運。
こんどは皇居に呼ばれていたのかもしれない。
当初はスカイツリーが8時からやっているので、そちらに行こうとしていたのである。

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 皇居二重橋。鏡面のような水面にも美しく映っている。

この風景に気付く人は少ない。
早く見ないと水が波立ってしまうよ (^^;

ところで二重橋といえばこの眼鏡橋ということになっているが、実はこの奥に架かる橋が本当の二重橋で、今見えている橋は『正門石橋』という橋だそうだ。

二重橋をあとに桜田門へ。ここから国会議事堂に向かう。
皇居から国会議事堂は意外と近い。

このあたりは霞が関や永田町といった政府関係の機関が多いせいか警官やパトカーがやたらと多い。

おお〜あれが国会議事堂か。見覚えののある建物だが、実物を見るのは初めてだ。
何だか東京見物の定番めぐりになってきた。

今日はもうお上りさんに徹することにする。

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 国会議事堂の実物

国会議事堂は見学ができると知っていた。
私も国民の一人として見学させてもらおうと、裏側にある見学者入口のところにいる警備の人に聞いてみた。
すると、見学ツアーは9時からで、しかもツアーに空きがなければその次のツアーまで待つことになりますよ、とのつれない答え。

こんなところでただ待つだけなのは馬鹿らしい。

はい次、ということで近くの永田町駅から地下鉄に乗る。
ここで8時半、ラッシュだと覚悟していたが、この辺りでは降りる人の方が多くて、それほど混んではいなかった。

次に向かうは葛飾柴又の寅さん記念館である。ここは9時から開いている。
出発前に朝早くから開いているところばかりピックアップしてきた。

地下鉄半蔵門線と銀座線、上野からは京成電車を乗り継いで柴又駅に着く。

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 柴又に到着。

柴又に来たのは2回目になる。今から16年前。当時は青春18きっぷでの旅の途中で、JR金町駅から江戸川の土手を歩いて行った。京成電車の柴又駅とは全く逆の方向になる。

寅さんも柴又に帰るときは江戸川の土手を歩くことが多かった。
それは東京までの長距離乗車券を買うと必ず行先が『東京都区内』となるのである。
上野からの電車賃をケチって、寅さんは常磐線で金町まで行き、そこから江戸川の土手を歩いて帰ったのだろう。

駅前はどこもかしこもマンションだらけになる中で、柴又の帝釈天参道だけは昔から変わらない街並みになっている。
参道を通って、帝釈天前を過ぎて、寅さん記念館へ行く。

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 帝釈天参道。寅さん映画の時代からあまり変わっていない。

寅さん記念館はその名の通り『男はつらいよ』で使われたセットや実物の資料が展示されている。
私は寅さんシリーズは全部見たわけではないが、寅さんファンの一人である。
今でもたまに寅さんのDVDを借りて来ることもある。

そんなわけで『くるま菓子舗』のセットは懐かしいというより、お馴染みのように見えた。
セットだが、映画では映らない場所も精巧にできている。

寅さんファンには面白いところだ。

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 『くるま菓子舗』店内のセット。

この博物館は鉄道ファンでも見逃せないところがあって、帝釈人車鉄道の展示もある。
これは、今の京成金町線の前身で、人が客車を押して動かすというめずらしいもの。

人が押して動くのを再現した模型や、実物のサイズで復元した客車などがあった。

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 帝釈人車鉄道の模型。ボタンを押すと動き出す。

あとは旧型客車を再現したコーナーなど。何だかそっちの方ばかりに関心が行ってしまった。
まあ、寅さんと言えば旅中に汽車は欠かせないから当然ともいえるが。

40分くらい居て、また帝釈天前に戻る。

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 柴又帝釈天と二天門。

帝釈天でお参りをして、また参道を歩く。
10時半、こんどは参道の店も開いていて、人通りも多く賑わっている。
場所柄か道を行く人の年齢層は高い。

もう寅さんを知らない世代も出てきたんだとか。
最近はテレビでもあまりやらなくなったしね。

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 高木屋老舗と帝釈天参道。

高木屋の店先で草団子を1本買う。ここで食べるというと、お茶をサービスしてくれた。
店先のベンチで食べる。

草団子と餡は素朴な味わい。
東京駅に着いてからずっと歩きっぱなしだったので、甘いものが美味しい。

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 草団子(160円)とサービスのお茶。店先で頂いた。

ひっきりなしに人が来るので、あまり落ち着ける場所ではない。
食べ終わると早々に駅へ戻る。

この帝釈天参道は日本人ばかりで、落ち着いた雰囲気だった。
そういえば、今までの旅行でも、あのやかましい爆買いの御一行には1度も遭遇しなかった。
今まで純日本風のところばかり回っていたせいかな。

今回の旅行のサブタイトルを付けるなら、純和風の旅と言ったところ。

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 フーテンの寅像と柴又駅。

柴又から京成電車に乗る。
こんどは新橋にある旧新橋停車場鉄道歴史展示室へ行ってみる。
ここは明治5年に日本で最初に開通した鉄道の、旧新橋停車場を復元した建物になっている。

新橋に着いたらまず昼食にしよう。
なぜかラーメンが食べたくなった。
スマホで『ラーメン』『新橋』でググったら、タンメンの店が出てきた。ここにしようか。

上野に着いて、ここから地下鉄銀座線で新橋へ。着いたらすぐに店に向かった。

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 新橋のタンメンしゃきしゃき。

タンメンは札幌ではあまりメジャーではない。
札幌ラーメンと言えば炒めたモヤシが乗っているからだろう。
旅行中は野菜をほとんど食べていなかったのでちょうど良い。

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 タンメン(700円)は、たっぷりの野菜に太縮れ麺と塩味スープ。

たっぷりの野菜と太い麺は突撃〜という感じで攻めたくなる。
朝から団子1本しか食べてないしね。
そういえば温かい食事は初日の博多のもつ鍋以来じゃなかっただろうか。1人旅の食事なんて、得てしてこんなものだ。

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 旧新橋停車場の建物。

旧新橋停車場へ行ってみる。
1階が旧新橋駅の遺構や出土品などの展示。2階が企画展示室になっている。
企画展示は『鉄道博物館 収蔵資料展』ということで、オレンジカードや食堂車で使われていた食器などが展示されている。
残念ながらこれといった見ごたえは無かった。まあ、入場無料なので文句を言うわけにはいかないが。

館内は撮影禁止なので、館内の画像はありません。

いまは12時を過ぎたばかり。
あと1時間ちょいほど時間がある。

ここから東京駅の八重洲口まで歩いて2キロくらい。
途中、銀座の街を通って歩いて東京駅に戻ることにした。

歩くのは中央通り、地下を地下鉄銀座線が通り、銀座のメインストリートである。

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 銀座4丁目の交差点と銀座のシンボル和光の時計塔。

銀座4丁目が銀座の中心。時計塔のある和光や三越銀座店がある。
国税庁が発表する路線価の全国1位に毎回登場するのもこの辺りである。

おお〜、あれが銀座の和光か〜、三越のライオンか〜、と写真を撮る。
今日は完全にお上りさんを決め込んでいる。

次は木村屋でアンパンを買う。木村屋と言えばアンパンの元祖。
アンパンとはそもそも木村屋の創業者である木村安兵衛が明治7年に考案されたもので、これによってパンになじみがなかった日本人にパンが広まったとされる。

パン1つにしてもこれだけ由緒ある店なのである。さすが銀座
店内は対面式。ショーケースのアンパンを2個取ってもらう。

1個162円。随分小さいんだね (´・ω・`)
(天の声)
高級品はみんな小さいの(#^ω^)

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 アンパンの元祖、銀座木村屋。

再び銀座をテクテクと歩く。
ちょっとした銀ブラといったところ。

まだ時間があるので、東京駅に行く前にKITTEに寄る。
ここは旧東京中央郵便局を高層ビルのJPタワーと商業施設のKITTEとして建て替えた所。

ここの一番の見どころは、屋上庭園にある。
ここから東京駅に出入りする電車を見下ろすことができるのだ。
日本一のトレインビュースポットと言ってもいい。

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 KITTEの屋上から行きかう電車を眺める。

一番手前が京浜東北線の北行、一番奥が東海道新幹線。
ひっきりなしに走る電車を見ているといつまでも面白い。
鉄道好きでなくとも、なかなか面白いスポットですよ。

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 精巧な鉄道模型を見てるようでもある。

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 東京駅丸の内駅舎も一望できる。


◆ 東京 13:15【快速エアポート成田】14:39 空港第2ビル

20分くらい電車を眺めていて、今度は東京駅へ。
総武線なので地下ホームになる。

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 東京駅地下の総武線ホームから出発。

帰りの飛行機はLCCのジェットスターなので成田空港まで行くことになる。

東京駅から成田空港まで遠いこと。
快速エアポート成田は1時間に1〜2本で、1時間27分もかかる。
特急成田エクスプレスなら1時間に2本で、56分で着くが、特急料金が1700円かかる。
急ぐわけでもないし、節約のために快速電車とした。

グリーン車ならば980円
ホームにグリーン券の券売機があるので買おうとしたらSuica専用だった。
もういい、普通車で行く。

やってきた電車はやっぱり混んでいて立つことになった。
ずっと混んだままで、東京を出てから1時間の佐倉でようやく座れた。

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 空港第2ビルに到着。

ジェットスターは成田空港の第3ターミナルが乗り場になる。第3ターミナルは第2ターミナルからさらにバスで移動することになる。

空港第2ビル駅で電車を降り、改札口で乗車券を見せるとそのまま通してくれた。
無効印を押してもらおうと思っていたのだが、券面の行先は成田空港となっていたので、途中下車ということにしてくれたのか。
いずれにしても博多からの乗車券は手元に残った。


◆ 成田空港 16:35【ジェットスター GK121】18:20 新千歳空港

第3ターミナルで飛行機のチェックインをする。預け荷物は無し。ていうか預けると1個3000円の追加料金がかかるのだ。
このため荷物も増やさないようにしていた。
ま、もともと土産物などほとんど買わないので、これで良かった。

早めに来たので出発時刻までまだ1時間半もある。
フードコートがあるので、1杯やろうか。
まだ金曜日の3時前だが、あとは飛行機に乗るだけだし、勘弁してもらおう。

昼のタンメンがまだ腹にあるので、軽いものをということで、ぼてぢゅうのたこ焼きとビールにした。

ビールのサイズは思わずダブル生にしてしまった。
あちゃー、やっちまった。ダブル生とは1Lジョッキなのである。

過去にドイツやチェコに行ったときは、このサイズのジョッキを昼から開けていたものだ。

しかし、飛行機に乗る前にこんなに飲んでもいいのか? ぼてぢゅうさん (^^;

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 たこ焼ソースマヨとダブル生ビール(1490円)。

でもおいしく全部頂きました。

旅も残すところ新千歳空港までの飛行機だけとなり、フィニッシュを前にして打ち上げといったところ。

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 新千歳空港行ジェットスター。

ここから新千歳空港までの1時間45分の苦行が始まる。
それでも座席は通路側が取れたのでいくらかマシだ。

出発前に旅行中に読もうと文庫本を1冊買っていたが、結局読んではいなかった。
ちょうど良いからここで読んでしまおう。

18:20、飛行機は新千歳空港に着いた。定刻通りだが長かった。
搭乗前にあれだけビールを飲んだのだから、ずっと寝ていられるかと期待したが一睡もできず、本は1冊全部読んでしまった。

荷物受け取りも無いので、飛行機を降りたら一目散にJR新千歳空港駅へ。
もう早く帰りたい。

18:30発の快速エアポートにはぎりぎり間に合った。
そのかわり満席。札幌までずっと立ちっぱなしだった。

19:07札幌着。ホームに降りると空気は冷たく、もうすぐ冬だと実感する。
西改札口を出ると、もう家に帰ってきたような気分だ。

晩御飯は何にしようかな。帰ってから作る気力もない。たこ焼きと1Lビールが効いて、あまり腹も減っていない。

家に着いてバックパックから荷物を出すと、私を忘れちゃいやよとばかりに、銀座で買った木村屋のあんぱんが出てきた。

今夜の晩御飯が決まった。

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 銀座 木村屋總本店のあんぱん2種。

 【4泊5日の旅行費用】
費目金額(円)割合
交通費(飛行機)7,3708.5%
交通費(博多→成田空港)32,78037.7%
交通費(その他)7,9709.2%
宿泊費(3泊)10,40012.0%
食費20,08923.1%
その他(土産、雑費など)8,2149.5%
合計86,823 

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 福岡市内→成田空港の使用済み乗車券。下車印が旅の記録。

 また長い旅行記になりましたが、最後までお読みいただきましてありがとうございました。

〜おわり〜

2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記9

 ◆ 出雲市 18:51【サンライズ出雲】翌7:08 東京

いよいよ、今回の旅行一番の目玉であるサンライズ出雲である。

1か月前に苗穂駅のみどりの窓口でシングルデラックスの寝台券をゲットしてから、ようやくそれと対面する日が来たのだった。

サンライズ出雲は東京〜出雲市間953.6kmを夜行で結ぶ寝台特急列車で、東京〜高松間のサンライズ瀬戸とともに、定期列車としては日本国内で唯一の寝台列車であり、夜行列車である。

上り列車はそれぞれ出雲市と高松を出発し、岡山で併結して東京へと向かう。下りは逆で、岡山で切り離してそれぞれ出雲市と高松へ向かうことになる。

izumomap4.png
 サンライズ出雲のルート。(地理院地図より作成)

毎度のことながら、夜行列車に乗る前はワクワクする時だ。
乗車前に車内で飲み食いするものを買い物したり、車内で読む本を探したり、結構忙しかったりする。

サンライズ出雲は食堂車も車内販売も無く、飲み物の自販機くらいはあるのだろうが、乗ってしまったら何も手に入れることができないのである。

そんなわけで、今のうちにお酒とか夕食とかを仕入れておく必要があるのだが、出雲市駅前って本当に何もないのね (^^;
 (出雲の人すんません)

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 居場所も無くウロウロと。

アトネス出雲という土産物街があるくらい。歩いて片道15分くらいのところにスーパーはあるようだが、往復だけで30分は取られる。駅中で調達するしかない。

駅構内で買い物できそうなのはセブンイレブンくらいなもの。酒類はここでいいとして問題は食料のほう。
いくら何でも、車内の個室寝台でコンビニの弁当では侘しいのにも程があるだろう。

出雲そばの店には駅弁の売店があった。あとで駅弁を買おうか。

待合室があるがここは満席。
しばらく駅舎の写真を撮ったり、ぶらぶらして過ごす。

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 正面の三角屋根に神話に夕焼け空。

駅弁は早めに買っておくかと、構内の出雲そばの店に行くと、店内は客が誰もおらず、もうすぐ店じまいのような雰囲気。
ショーケースを見ると1080円の『出雲そば弁当』と、940円の『かに寿し』だけのようだ。

店のおばさんが出てきて、出雲そば弁当をくださいと言うと、おばさんは出しかけたが、
「あれ、これ6時までだ」
「お客さんこれ賞味期限が6時なので、それまでに食べるのなら売ってあげられますが」

と言われたので、すぐに食べるという約束で売ってもらった。
そのかわり値引きして700円でいいとのこと。
とは言っても列車に乗ってから食べるつもりだが。
店を後にすると『弁当完売いたしました』の札が出た。

最後の1個だったのか (^^;)

とりあえず夕食の確保はできた。

夕食時なのだが、サンライズ出雲のために駅弁の作り置きはしていないようだ。寝台特急の始発駅としては寂しい。
まあ、駅弁業者が残っているだけまだマシか。
ずっと山陰本線を乗り継いできたが、ここ出雲市駅が小倉駅以来の駅弁のある駅なのだ。

あとはセブンイレブンでお酒とつまみ、あとはちょっとした土産物などを買う。
もうすることはない。

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 駅構内の出雲そば黒崎と駅弁の売店。

18:18発米子行普通列車が発車すると、改札口の発車案内に『特急サンライズ出雲』の表示が出た。
駅前やコンコースはさんざんウロウロしたので、もうホームへ行くことにした。

改札口で入線時刻を聞くと、18:46とのこと。
発車5分前の入線とはずいぶんと慌ただしい。

ホームへ行くと、サンライズ出雲の客たちがすでにいた。
自分もそうだが、皆さん列車の入線まで居場所がないのだ。

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 ホームのサンライズ出雲の表示。

2番ホームはずっと空いてるんだからもっと早く入線してもらいたいのだが、何ゆえに発車5分前なのか。
たまに「サンライズ出雲は18:46に入線します」とのアナウンスがある。

ようやくサンライズ出雲の入線を伝える放送があった。

待ちくたびれたぞぉ〜 (# ゚Д゚)

先頭車両の停止位置のところでカメラを構える。
夜に動いている列車を撮っても写らないからね。

先頭車両は、ホームの屋根の部分からはみ出して真っ暗なところ。カメラ泣かせ。
しかし、ホームで三脚なんて無粋なものは使いませんよ。つーか持ってきてないし。

先頭車両はフラッシュも厳禁。何とか手持ちで撮影する。
夜景の撮影は相当に気合がいるのだ。

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 入線したサンライズ出雲。

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 特急サンライズ出雲の行先表示。

始発駅なのだから、外から編成を一通り見てきて車内探検もして、自室でくつろいだあたりでゆっくりと発車といきたいところだ。
しかし、停車時間が5分では乗り込んで荷物を降ろして腰掛けたらもう発車である。

機関車を先頭にブルーの車体が連なっていた寝台特急のイメージとは程遠い。

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 シングルツインのある4号車の通路。

さて、乗り込んだ4号車はA個室シングルデラックス(1人用)とB個室サンライズツイン(2人用)との合造車になっている。
窓側が通路になっていて、壁は木目調で統一されている。

明るくて清潔だけど何だかドライな感じ。ホテル調と言えばそんな気もするけど、どちらかというとオフィスのような印象を持った。のっぺりしているので写真的にはイマイチ。

A個室は通路から登る階段になる。
B個室は逆に下りる階段で、通路から見ると地下室のように見える。

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 隣の部屋と向かい合わせのシングルデラックスの個室ドア。

お邪魔しまーす。

室内はビジネスホテルを小さくしたような感じ。
窓側はベッド、これは固定されていて、折りたたんで座席にはできないようだ。

通路側は机(デスク)になっていて椅子も置かれている。
奥は洗面台で大きな鏡が張られていた。

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 シングルデラックスの部屋。

実際ビジネスホテルの部屋と比べれば格段に狭いのだろうが、狭さはまったく感じない。
感覚的にはA個室のロイヤルと同じくらいの広さ。

窓も大きく、2階部屋なので目線は高いのは気持ちが良い。
明日の東京到着7:08までの12時間以上、この空間を独り占めできるのだ。

さすが1等寝台 (^o^)/

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 洗面台と机。

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 乗車券とサンライズ出雲の寝台券。

荷物を降ろすのも忘れて部屋の撮影に熱中していたらいつの間にか発車していた。
本当に慌ただしい。

もう少し早く入線させてよ JR西日本さん。

ところで、この部屋は喫煙部屋なのだが、灰皿が無かった。
私にはどうでもいいことだが、部屋で一服というときにどうするんだろう。
洗面台に?そんなばかな。

部屋は清掃が行き届いているせいか換気が良いのかはわからないが、それの臭いはまったく感じなかった。

すぐに車掌が車内改札にやってきた。サンライズエクスプレスのロゴが入ったアメニティーグッズとシャワーカードが手渡される。シャワーは後で行ってみよう。

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 ベッドは窓側にある。

もう誰も来ることはないので、車内探検に出かける。

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 車内のご案内。1〜7号車はサンライズ出雲、8〜14号車はサンライズ瀬戸になる。

3号車にはラウンジがあって、フリースペースとなっている。両側の窓に向かって固い椅子が4席ずつ左右に並んでいるだけなので、あまり長居するようなつくりにはなっていない。
ノビノビ座席の人が弁当を食べたりするのにはここがいいだろう。

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 3号車にあるラウンジ。

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 ラウンジに設置された自販機。酒類や食べ物は無い。

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 3号車の1人用B個室ソロ。とにかく寝るだけといった印象。

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 2号車の1人用B寝台シングル。ソロよりは若干余裕がある。

個室を見てきたが、空き部屋が多かった。主のいない部屋はドアが開けっぱなしになっているので、カメラを突っ込んで写真を撮らせてもらう。

5号車はノビノビ座席といって、フェリーの桟敷席のようにゴロ寝で行くスタイルになっている。上下2段になっていて、かつて急行はまなすにあったカーペットカーと同じような造りだ。

横になって頭の部分だけ仕切り板があるほかは開放的になっているので、プライバシーの面ではイマイチ。
そのかわり寝台券不要の指定席特急券で利用できる。

リーズナブルなのでここが一番人気かと思っていたが、見事に空席だらけ。
撮影させてもらう分にはありがたいんだけど。

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 5号車のノビノビ座席。上下2段になっている。カーテンは通路との仕切り。

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 ノビノビ座席の上段。

途中駅から乗ってくるんだろうか。
シーズンオフの平日だからこんなもんなのだろうか。

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 4号車の洗面所。

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 4号車のトイレ。

車内を一通り見てきたので、次はシャワー室に行く。
A個室客は、4号車のシャワーが無料で使えるのである。

シャワー室は3号車にもあり、そっちはシャワーカードを買えば一般客の利用ができる。

通路からシャワー室に入ると脱衣所になっている。
どうやら一番乗りのようだ。

脱衣所のカードリーダーにカードを入れると、シャワーのお湯が6分間出る仕組みである。

ボディーソープとシャンプーはシャワー室にも置いてあった。
アメニティグッズの中にフェイスタオルは入っているが、バスタオルだけは無いので持参する必要がある。

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 4号車のシングルツイン専用のシャワー室。こちらは脱衣所。

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 シャワー室の内部。

風呂は毎晩入っていたし、暑い季節でもないので無ければ無いで良かったのだが、気分は良い。

最後に洗浄ボタンを押してから出る。
次の人用にシャワールームを自動で洗浄する仕組みである。

さっぱりしたところで、部屋に戻って、宴会を始めよう。

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 出雲市駅で買った出雲そば弁当。

弁当とお酒を机に並べるが、机と椅子は壁側を向いているので、壁に向かって飲み食いする格好になる。
夜景を見ながら一杯という風に考えていたが妙なことになった。
ベッドに腰掛けてだと、こんどはテーブルがない。

机の上にはスタンドがあって、机の上を照らす。
うーん、まるでビジネスホテルだね。
この机も、飲み食いするよりも、仕事か勉強用だね。

何のことはない。椅子を洗面台の方へ向ければ良い。これなら机の弁当にも箸を付けられるし車窓も見ることができる。

洗面台の鏡に映った自分自身と差し向いでやることになるが (^^;)

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 メインは出雲そば。あとはかに寿しと宍道湖名産のうなぎ、わかさぎなど。

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 駅のコンビニで買った地酒。天穏と十旭日。

出雲市駅で買ってきた駅弁は出雲そば弁当。賞味期限間近の値引き品であるが、列車内で食べるのはやっぱり駅弁がいい。
デパートの惣菜なんか買ってきてテーブル一杯広げたって逆にむなしくなる。
コンパクトな箱の中にきっちり詰める日本文化は素晴らしいね。

まずはカップ入りの天穏を開けて乾杯。
何に乾杯かって。
今回の旅行も無事終わりに近づいたことと、思いのほか楽しい出来事が多かったことに。


1人宴会を始めたころに突然車掌の車内放送があって、
「ボールペンを貸出ししてるお客様、車掌までお返し下さい」

思わず噴き出した。
そのあとも何回も繰り返し放送があった。
セコい客もいるもんだと思ったが、車掌さんも1本しかボールペン持ってなかったのかよ (-_-;)

果たしてボールペンは車掌の手に戻ったのだろうか。

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 個室寝台内で宴会。

寝台車と日本酒って何だか似合っていたものだった。
外からピーッと汽笛が聞こえてきたりして。

ところが、このサンライズには昔ながらの夜汽車を思わせるものは全然ない。
日本酒は似合わないような気がしてきた。
私が日本酒好きだから買ってきたのだが、出張先のビジネスホテルで侘しく晩酌をしているような気分だ。

 しんみりと夜長に夜汽車に一人酒

この列車にはワイングラスなんか傾けている方が似合う気がする。
肴はローストビーフなんかがいいな。
この次はそうしようか。

次はあるのかないのかわからないけど (^^;

おかずを肴にセブンイレブンで買ってきた地酒は全部飲んでしまった。
最後は出雲そばで締める。

そばの薬味は青ネギと一味唐辛子。
昼に食べた出雲そばのもみじおろしが随分と辛かったが、この唐辛子が出雲そばのポイントなんだな。

食べ終わって、机の上を片づける。もういつでも横になれるようにベッドメイキングをしてから、窓側に境港で買ったお酒を置いてベッドに胡坐をかいた。
こんどは部屋の明かりを消して、夜景を眺めながら行く。

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 ベッドメイキングは自分で。

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 だんだん散らかってくる。

もう米子を過ぎて伯備線を走っている。
伯備線は山間部の路線なので町灯かりは少ない。
それでも暗くした部屋からは、山の稜線や遠くを走る車のヘッドライト、時折通り過ぎる踏切や小さな駅などが見える。

そんな夜行個室寝台ならではのひと時をずっと楽しんだ。

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 ベッドに腰掛けて窓辺でまた飲む。

この列車が登場したのは1998年
このころはまだ東京・関西〜九州間を中心に、各地にブルートレインが健在だった。

『北斗星』や『トワイライトエクスプレス』といった豪華ブルートレインもあったが、ほとんどは古びた2段寝台の客車を連ねただけの、時代遅れの列車になっていた。

そんなブルートレインだった『瀬戸』と『出雲』をこの新車両に置き換えて颯爽とデビューしたのがこのサンライズだった。
機関車牽引から電車になったこと、座席車を除いてオール個室寝台になったのも斬新だったし、それまで夜行列車の車体はブルーが主体で夜のイメージだったのだが、それに対してサンライズの車体は赤系となり、朝のイメージとなったのも新しかった。

この列車も車両も、登場からすでに19年
鉄道車両は、製造されてから30年くらい使用されることを考えると、サンライズの将来も何となく想像がつく。
寝台列車だけではなく夜行列車そのものが既に過去のものになっているのが現実だ。

『トワイライトエクスプレス瑞風』とか『トランスイート四季島』といったクルーズトレインは何かと話題になっているが、普通の人が乗れないしね。

どうかなるにしても、まだ10年以上先のことだろうけど、
せいぜい今を楽しんでおくしかない。

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 部屋を暗くすると夜景が見える。すれ違う貨物列車。

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 どこかの小駅でまた運転停車。

最後のお酒も飲んでしまったのでベッドに横になった。

仰向けになると、空に向かってカーブした窓が目の前になる。

なんと 窓の外は一面の星空。

星空なんてまじまじと見つめるなんていつ以来かね。最高のベッドだよこれは。
見覚えのある星座はオリオン座。しばらく車窓の友になる。

星を眺めながら眠りに着く。なんという贅沢。

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 流れる町灯かり。

ベッドで星空を眺めていると、これをカメラに収めたくなった。
横になりながら何度もシャッターを押すがうまくいかない。走っている車内から星空を写そうなんて無茶だとわかっているが。

下の画像は、37枚目にして決まった根性の1枚。この後は朝まで記憶がない。

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 窓からの星空(f1.8、1秒)、画像処理もしています。部屋を暗くしてどうぞ (^^)


2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記8

出雲大社の勢溜の大鳥居から神迎の道という道路を歩いて行く。

神迎の道(かみむかえのみち)とは、全国の神々が出雲に集まるときは稲佐の浜からこの道を通って出雲大社にお入りになるとのこと。
知っていなけらばわからないほど普通の住宅地の道である。

交差点の角にその出雲そばの店があった。『かねや』という店。
入ってみるとまだ準備中だった。「10分くらいで準備できますから待ってますか」と言われたが、それまでその辺をぶらぶらすることにした。

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 朝からやっていた出雲そばの店。

道をさらに進むと浜に出る。
突き当りに灯篭が2本立っていて、ここが稲佐の浜かと思うが、あたりは防波堤が続いていて殺風景な場所。
地図で見たら、稲佐の浜はもっと北側だった。

ここからまた引き返す。
9時半。こんどはそば屋は開いていて、入ると先客が2組いた。

出雲そばは初めて食べる。
写真とかテレビとかでは見たことはあるが、味だけは食べてみなければわからない。

注文したのは750円の『割子そば』。
ほかに、『おろし割子』とか『三色割子』とかあったけど、結構いい値段ね (^^;

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 割子そば(750円)。

割子そばは3段になっていて、つゆは直接そばにかける。

そばは黒目で、もそっとした食感なのは、そばの殻も挽いているため。香りも強い。
つゆもそばに負けじと甘辛い濃いつゆになっている。かなりしょっぱい。
赤い薬味はもみじおろしで、これが結構辛い。この辛味が出雲そばの一番のポイントと言えそうだ。

基本薬味しか乗っていないので物足りないが、そばそのものを味わえたので良しとする。

そばを食べながらこれは酒に合うと個人的には思った。それも甘口で濃厚な日本酒ね。
あと濃厚なそばつゆ。あれ音威子府のそばにかけてみたい。

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  つゆは直接うつわに注ぐ。

食べているうちに客がだんだん増えてきた。昼時は結構混みそうだ。
食べ終わったら早々に店を出る。

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 出雲そばの店が並ぶ。

朝着いたときは閑散としていた神門通りも、商店街の店も開いていて賑やかになってきた。
電車の発車時刻が迫って来たので駅へ急ぐ。


◆ 出雲大社前 10:22【一畑電車】10:33 川跡

窓口に行くが誰もいない。
改札口の駅員さんが「何か御用ですか」というので入場券を買いたいと言うと、その駅員さんが窓口の向こうにやって来た。
ワンオペですか (^^;

朝乗った電車に、車内乗車券を発売していますという張り紙があったので聞いてみると、ありますよとのこと。
入場券と松江しんじ湖温泉駅までの乗車券を車内乗車券で買った。

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 出雲大社前駅の窓口で買った車内補充券の乗車券と硬券の入場券。

車内乗車券とは、ワンマン化以前の車掌乗務時代に車掌が車内で販売していた乗車券である。
ローカル線では発駅着駅と金額を印刷してあって、そこにパンチで穴をあける方式になっている。
JRでも昔はローカル線にあった。無人駅から乗ると、車掌さんがパンチで穴をあけて発券していた。
残っているのは全国でもここだけじゃないかな。

出雲大社前駅だけではなく、主要駅にもあるので記念に買うといいですよ (^^)

そうだロッカーから荷物を出さなきゃ。
このロッカーは改札外ということになっているが、駅員さんは柵のある改札口ではなく、どういうわけか駅舎の出入り口のところに立っているので、改札内のロッカーのようになっている。

とにかくロッカーから荷物を出して、出入口で切符にパンチを入れてもらう。入場券にも入れてもらった。

パンチか。正式名は改札鋏といい、昔は改札口でパチンパチンと切符を刻む音が聞こえたものだ。
すでに昔のものとなってしまったパンチだが、これはローカル私鉄では意外とまだ残っていたりする。

来た時と同じ1両の電車で川跡へ。そこでこんどは松江しんじ湖温泉行の電車に乗り換える。


◆ 川跡 10:35【一畑電車】11:22 松江しんじ湖温泉

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 川跡で松江温泉しんじ湖行に乗換。

2両編成の電車は京王電鉄で使われていた中古。
今や地方の私鉄は、大手私鉄の中古車両ばかりになってしまった。

何だか味気ないが、大手の中古譲り受けることで何とか鉄道が残ってこれた面もあるので仕方がない。

空いているのでロングシートに横向きに座って外を眺める。
平凡な田園風景が続くが、途中から宍道湖が見えるようになる。

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 2100形は元は京王電鉄の車両。

途中の一畑口で電車は方向転換する。いわゆるスイッチバックというやつ。
遠軽駅なんかが有名ね。座席の方向転換をするのに一仕事だからね。

こちらはロングシートなので宍道湖の見える方向が変わるくらい。
向かい側の席に座り直す。

一畑口からはずっと宍道湖を見ながら走る。
この辺りから停車する駅ごとに1人2人と乗客が現れるようになった。

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 路線のほぼ半分の区間は宍道湖に沿っている。

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 松江しんじ湖温泉駅に到着。

出雲大社前駅で買った車内乗車券は、改札口で記念にほしいと言うとそのまま通してくれた。

松江しんじ湖温泉駅は松江温泉駅だったのを温泉街が松江しんじ湖温泉と改称したのに合わせて駅名も改称したもの。
確かに温泉もあるし宍道湖も近いんだけど。

困ったことに観光駅の駅名は長くしたがる傾向にある。色々盛り込みたい気持ちはわからんでもないが。
まあ、一介の旅人がとやかく言う問題ではない。

ただ、パソコンで変換できないのよ (^^;

松江しんじ湖温泉からはバスで境港へ向かう。JRもあるが、松江からは一畑バスの『松江境港直行バス』というのがあって、そちらの方が早い。
駅前はバスターミナルになっていて、直行バスのバス停もそこにある。

バスの乗り継ぎ時間は38分ある。
駅の待合室にいるには長すぎるし、かといってどこか観光できるような時間でもない。

宍道湖が近いので、湖畔をぶらぶらして時間をつぶした。

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 駅近くの宍道湖の湖畔から松江の街を見る。


◆ 松江しんじ湖温泉 12:00【松江境港直行バス】12:56 JR境港駅

発車時刻の12時が近くなっても、バス停には私以外だれもいない。バスもなかなかやってこない。
乗り場は本当にここで合っているのかと思いかけたころ、バスがやってきた。

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 松江しんじ湖駅始発の境港直行バス。

私1人を乗せて発車する。
このまま境港に直行するのではなく、次の松江城で2人、松江駅では10人ほど乗ってきた。
松江駅からの客は中国人やインド人もいて国際色豊か。

地図で見ると松江と境港の間には中海という湖があって、バスは湖沿いに行くように見えるが、この直行バスは橋を渡って中海にある2つの島を経由して行くという面白いルートを走る。

大根島、江島と2つの島を通り、江島大橋を渡って再び本土(?)に戻る。

江島大橋は境港と江島を結ぶ橋で、開通は2004年と新しい。
この橋は、下を大型船が通るのに支障がないように中央部分が高くなっている。
しかも中央部分の高さは45mもある。

下から見ると見上げるような登り坂で、その名も ベタ踏み坂

もともとは某軽自動車のCMのセリフ

「業界ではここではベタ踏み坂と言うんだ」
「どうだ、アクセルベタ踏みだろ」

から発しているらしい。

まあ本当にここでベタ踏みし続けたら、頂上部分から空に飛んでしまうよ (^^;

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 高さ45mまで登る江島大橋。どうだ、アクセルベタ踏みだろ?

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 江島大橋の頂上からの眺め。

45mの橋上からは眺めが良い。
今日は快晴、遠くには大山の山影も見えた。
この橋は自動車専用ではなく歩道もあって、歩いている人も見かけた。

江島大橋からは鳥取県になる。

バスは定刻通りに境港駅に着いた。


◆ 境港と水木しげるロード

境港は鳥取県の西部にあり、日本海側の港町として栄えてきたところ。
水木しげるの出身地にちなんで、ゲゲゲの鬼太郎の町として有名になった。

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 駅前にある水木しげる先生と妖怪たちの像。

駅前からの商店街は水木しげるロードと名付けられ、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる妖怪の銅像が道端に並んでいる。
妖怪にちなんだ土産物屋も並んでいて、今じゃすっかり観光地になった。

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 境港の水木しげるロードは工事中だった。

肝心の水木しげるロードはあちこちで工事中だった。リニューアル工事とのこと。
今は古ぼけた商店街のようだが、完成すれば完全に観光地になるのだろう。

ゲゲゲの鬼太郎は私が小さいころからアニメで見ていた。しょっちゅう再放送もしていたしね。
国民的人気もあるだろうが、やっぱり町をあげての商売の上手さだろうなあ。

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 ねずみ男の像。ここは人だかりが多く一番人気だった。

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 どこも妖怪だらけの水木しげるロード。

工事中の水木しげるロードを妖怪の銅像を見ながら歩く。
途中からアーケード街になった。

妖怪食品研究所という看板があって、店先のショーケースに目玉の形をした和菓子が並んでいた。
その名も妖菓 目玉おやじ

目玉おやじのスペアの目玉なのかね。
 アンパンマンかヾ(--;)

面白いので1箱買ってしまった。
2個入りで700円と結構高いが、これは誰かのお土産にしよう。

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 妖菓目玉おやじ。その名の通り目玉そっくりの和菓子。

水木しげる記念館の前まで行って、また引き返す。
途中で港に寄ったりして駅に戻った。

DSCN1895.JPG
 境港はその名の通り港町。水木しげるロードに並行して港がある。

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 灯台のような形の境港駅。


◆ 境港 14:16【1652D】15:13 米子

駅前の酒店で鬼太郎純吟ワンカップと焙りほたるいかを買った。昼食がわりに車内で飲もうか。

券売機で出雲市までの乗車券を買って改札へ。
ホームにはまだ列車は入っていないが、しばらくすると米子発の列車が入ってきた。折り返しで米子行となる。

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 境線の鬼太郎列車と境港の駅名標。

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 境港駅は鬼太郎駅の愛称もある。

列車はキハ40の単行。境線の車両は鬼太郎列車になっている。
車内外を鬼太郎のキャラクターをデザインした車両になっている。その車両によってキャラクターが違っていて、この車両は目玉おやじ号になる。

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 座席には目玉おやじがたくさん。

さっき歩いた町中でも、目玉おやじ率が高かったような気がする。
シンプルに目玉だけという容貌と憎めないキャラということから、鬼太郎の妖怪のなかで一番人気だったりして。

さっき買ったお酒はやっぱり飲めないな。日曜日ならばともかく、平日の昼間でしかも普通列車だ。
今夜のサンライズ出雲のお供にしよう。

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 車窓からは大山(だいせん)が見えた。

境線に乗るのは初めてである。
しかし、車窓は平凡で、住宅街や田畑が続く。印象に残ったところと言えば、大山がくっきりと見えたことくらい。

それでも乗車路線が増えたのはうれしい。
別に全路線完乗を目指しているわけではないが。

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 米子駅の広い構内が見えてきた。

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 米子駅に到着。

米子駅は山陰本線と伯備線、それに境線が分岐する駅で、国鉄時代からの駅ビルと広い構内がそのまま使われている。
昔からの鉄道のジャンクションという貫禄がある。

米子では35分の乗り継ぎ時間があるが、持っている乗車券では途中下車はできない。

1番ホームに駅弁の売店兼立ち食いそば屋があったので、そばでも食べようと値段を見たら中のテーブルに座って食べるのと値段は一緒だった。

駅弁を1個買って、向かいのホームに行ってベンチで食べよう。

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 米子駅の改札口と売店。

駅弁は吾左衛門鮓(ござえもんずし)5貫入りで1100円。
最近の駅弁ブームで新作したものではなく、昔からあるものだ。

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 吾左衛門鮓 鯖 五貫入(1100円)。

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 しめ鯖と寿司飯を昆布で巻いてある。中身の半分が鯖。

値段は結構張るが、一度食べてみたかった駅弁だったので、いい機会だ。

寿しは押しずしで、しめ鯖と寿司飯を昆布で巻いてある。
私は鯖寿しが好きでねえ、脂も乗って身の厚いしめ鯖もたまらん。

おっさんが1人ホームのベンチで駅弁を食べる姿はさえないね (´・ω・`)

何を言うか。
駅弁は列車の中ではなく、ホームのベンチで食べるのが本当の通なのである(大嘘)

鯖を食べていたら一杯やりたくなってきた。
境港で買ったお酒を飲もうかと思ったが、こんなところでワンカップ酒なんか飲んだ日にゃ、完璧にアル中だ。

食べていると出雲市行の特急やくも13号が到着した。
これに乗って車内で食べるという手もあったな。
しかし、特急料金払ってまで早く着いても仕方がないし、これで良かったんじゃないか。


◆ 米子 15:48【141D】17:11 出雲市

こんどの列車は出雲市行普通。たらこ色のキハ47の2両編成。

出雲市までは電化されているが、この区間の普通列車のほとんどは気動車になっている。電車は下り列車でいえば24本中6本だけとなっている。

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 米子からはまたもキハ47の2両編成。

米子市、松江市、出雲市と中規模の都市が並んでいて、京都口は別とすれば山陰本線の中でも最も元気な区間だろう。
岡山からの特急やくもが1時間に1本、鳥取からのスーパーまつかぜやスーパーおきも走っていて、特急街道でもある。
今までなかった複線区間もあった。

松江では帰宅時間にかかるので結構乗客があった。
車内や乗客の顔ぶれを見ていると今までローカル線ばかり乗って来たので、都会的に感じる。

宍道湖が見えてくるころには日がすっかり傾いていた。
一人旅で一番寂しいのはこの夕暮れ時だね。

海外旅行で、まだホテルに着かないのに夕暮れ時を迎えた時の、あの消えてしまいそうな心細さって経験者しかわからないだろうな。

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 宍道湖の向こうに日が沈む。

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 再び出雲市に到着。

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 381系特急やくもの車体に夕日が反射する。

出雲市駅のホームから地平線に沈みかけた夕日が見えた。
秋の日はつるべ落とし。もうじき暗くなる。

これで山陰本線の旅は終わり。
ここからは伯備線経由のサンライズ出雲で一気に東京まで行く。

山陰本線はまだ米子から京都まで続いているが、そっちの方はまたいずれの機会に。

地下鉄さっぽろ駅も改修工事

あけましておめでとうございます。

今年は平成30年。元号が1年間続く年としては今年が最後。来年の5月からは新しい元号となるようです。

 降る雪や明治は遠くなりにけり

とは明治生まれの俳人、中村草田男が昭和6年に詠んだ句である。

もし今年が昭和30年だったならば、私など明治生まれというわけで、歳を取ったものであります。

西暦だけの国と違って、日本は『元号』という区切りがあるから、日本人は特に時代の移り変わりについて敏感になるのかもしれませんね。
昭和、平成、そして新しい元号。私も来年には3つの元号を生きることになります。


それはともかく、きのう(1月2日)地下鉄さっぽろ駅を通ったら、コンコースでは工事が行われていた。
床材と柱の化粧板がはがされてブルーシートがかけられている。

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何の工事かは大体察しがついた。
コンコースの内装をリニューアルして、地下歩行空間と一体化したデザインにするのだろう。
何年か前に、大通駅コンコースでも同じような工事をやっていた。

帰ってから調べたらやっぱりそうだった。


うち、詳細整備内容の一部を引用
○歩行空間整備
 ・床、柱、壁を、チカホ整備に伴い拡張した部分と同様の整備内容により統一的に整備
○案内サイン整備(駅構内全体)
 ・外国語対応など
○(仮称)やすらぎ広場整備
 ・豊かな時間を過ごすことのできるような滞留空間を整備

JR札幌駅から大通やすすきのまで続く地下道の入り口部分だから、札幌の玄関口であり顔というわけで、それにふさわしい空間になることは良いことだ。
たしかに、コンコースの内装は地下鉄の開業時から基本そのままで、くたびれた感はあった。

新しくなるのはうれしいことだけど、また昭和が消えるな、などと思ってしまった。



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床の細かい目地付きのタイルと銀色の化粧板で巻いた柱。
大通駅も改修前はこんな感じだった。

意外と複雑な並びの目地付きタイルは、この当時は職人さんたちが1枚1枚手張りしたんだろうな。

地下鉄南北線が開業したのが昭和46年12月、先代の札幌駅も同じくしてリニューアルしている。
地平時代のJR札幌駅の内装もこんなだった。

ピカピカしたこのステンレス製(かどうかわからないが)の化粧板を何ていうのか知らないが、昭和40年代の流行だったのだろうか。

ステンレスの柱も目地付きタイルも、東西線では全く採用されていない。

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上は北改札口。この辺りは工事もまだ入っておらず、開業当時からのデザインが残る。
下は南改札口。こちらは東豊線開業時に床だけリニューアルされている。

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こういったデザインはむかしはもっとあちこちで見たような気がする。
国鉄時代の東海道新幹線の駅もこんな感じだったような(写真でしか見たことはないけど)。

駅でいえば内装のリニューアルだとか、駅自体の高架化や橋上駅化で新しくなり、もうすっかり消えてしまったようだ。

特にこのステンレスでピカピカの柱。こうして見るとインパクトあるなあ。
何だか昭和のオジサンという感じ。
タバコ、ポマード、仁丹。当時コンコースに漂っていただろう、昭和のオジサンたちの匂いが漂ってきそう。

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しかしこの化粧板、地下鉄南北線でも使われているのはここさっぽろと大通、すすきの、北24条だけ。
先代札幌駅の内装でも、吹き抜けの中央コンコースだけだった。

目に付くところにしか使われてないわけで、案外と高価な物だったのかも。

下は2006年だから12年前の地下鉄さっぽろ駅の画像。天井にある茶色の時計もいつの間にか見なくなった。

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次の時代まであと1年半ちかく。
そのころにはすっかり新しくなった地下鉄さっぽろ駅コンコースを歩いていることだろう。

思えば昭和時代から30年近く。平成年間で世の中も変わったし、暮らしぶりも変わった。
良くなったこともあれば失ったものもある。
一つ言えることは、私たちは変化にただ身をゆだねることしかできない。

 降る雪や昭和は遠くなりにけり


 〜最後までお読みいただきありがとうございました。

P.S. どうでもいいけど、西武百貨店の跡地は早く何とかならないのかね。

posted by pupupukaya at 18/01/03 | Comment(0) | 北海道の駅

2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記7

◆ 4日目 雲州平田〜出雲大社前〜境港〜出雲市〜サンライズ出雲

◆ 雲州平田 7:32【一畑電車】7:41 川跡

今日は出雲大社にお参りに行って、そのあと一畑電車で松江へ行き、そこからバスで境港へ行く予定でいる。
境港からはJRの境港線で米子へ出て、また出雲市へ戻って来ることになる。

出雲大社とその周辺だけでも良かったんだけど、せっかくなので境港線にも乗ってみることにしたのだった。

ということで今日も朝は早い。7:20には旅館を出発する。

旅館の1階に下りるが、誰もいない。呼ぶと昨日の女将さんが出てきた。

女将さんは火打石を打って見送ってくれた。まるで時代劇 (^^♪
昔ながらの人情味ある旅館だった。

「それじゃお世話になりました」
「お気をつけていってらっしゃい」

振り返ると女将さんがまだ立っていた。
「さようなら〜」とまた手を振る (^ー^)ノ~~

昨日と違ってこんどはまっすぐ駅へ向かう。旅館から5分とかからずに着いた。

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 今日のスタートは雲州平田駅から。

ちょうど通勤通学の時間帯だけあって、ホームは大勢の客がいる。といっても、都会から比べるとのんびりとしたものだが。

改札を通ってホームに出ると向かいの2番ホームにちょうど電車が入ってきた。
この駅で上下列車が交換するのだろう。しばらく停車したままだ。

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 雲州平田駅のホーム。それなりに朝ラッシュ。

またしばらくしてこちらの1番ホームにも電車が入ってくる。
2番ホームの電車の行先を見ると『電鉄出雲市』とあった。

あ〜、あの電車に乗るんだ ( ̄Д ̄;;

1番ホームは松江方面の乗り場だった。完璧に勘違い。
階段を下りて地下道を走る。間一髪間に合った。

車内はラッシュなので混んでいる。
高校生ばかり。ローカル線やローカル私鉄の主役は彼らだ。

結構揺れるので掴まってないと立っているのが大変だ。
わずか9分で川跡に着く。


◆ 川跡 7:49【一畑電車急行】7:59 出雲大社前

川跡で降りる高校生が多かった。
大社線に乗り換えるのかと思ったら、ほとんどは改札を出て行った。

大社線のホームに立つのは高校生が3人、観光客風1人、それに私と計5人。

ここ川跡駅は出雲市方面と松江しんじ湖温泉方面、それに出雲大社前方面の3方向が集まるようになっている。
ダイヤはここ川跡で双方向に乗り換えができるようになっているので、3方向の電車が同時にこの駅に停車することになる。

こんどは電鉄出雲市発松江しんじ湖温泉行が入ってきた。
こちらの出雲大社前行の電車はなかなかやってこない。

また踏切の音が聞こえてきて、次が出雲大社前行かと待っていると、3番ホームの出雲市行が発車していった。
入れ替わりのように出雲大社前始発の電車が入線してくる。
出雲市行の電車はキーッと音を立てて急停止した。

やっちまったね ( ̄ー ̄)

余程の遅れでない限り、接続待ちをしなければならないんだよね。

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 大社線の電車とフライングの電鉄出雲市行。川跡駅。

出雲大社前行の電車は新車だが1両だった。乗った乗客は高校生が7人、2人は観光客(自分含む)。
停止したままの出雲市行を横目で見ながら、こちらが先に発車する。
あっちはおそらくバックでホームに戻るんだろう。大社線からの乗り継ぎ客も多いだろうし。

この電車は急行ということになっていて、途中2駅のみ通過する。
出雲大社観光には早すぎる時間だし、急行というより利用者のいない駅を通過としただけのように見える。

次の浜山公園北口で高校生は全員降りて行った。車内に残ったのは2人だけとなった。

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 出雲大社前に到着。

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 ウッディーな改札口。

改札を出たところにコインロッカーがあって、背負っていたバックパックを預けることにした。

出雲大社前駅の駅舎は小さいながら西洋風建築の駅舎になっている。建築は昭和5年。いかにも昭和初期の建築といったデザインでもある。

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 ステンドグラスの明り取り窓。
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 出雲大社前駅の駅舎。

ここから少し離れたところに、旧JR大社線の旧大社駅があって、大正時代建築の和風木造駅舎が保存されている。
そっちも行ってみたいが時間があるかな。

まずは出雲の神様と、出雲大社に向けて歩き出す。
松の並木道の両側には、そば、ぜんざい、土産物などの店が並ぶ、いかにも門前町という感じ。朝早いのでまだどこも閉まっているが。

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 出雲大社へつづく神門通り。


◆ 出雲大社

早く来たおかげで静かだ。
天気は神々しいばかりの快晴。やっぱり神様に呼ばれて来たのかもしれない。

まずは第一の鳥居である勢溜の鳥居までやって来た。
いやここは二の鳥居で、駅の向こうにある宇迦橋の大鳥居が一の鳥居ということになり、正式にお参りするんならあっちから順番にということになるのだろうが、今回は二の鳥居からスタートということで勘弁してもらおう。

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 出雲大社勢溜の鳥居。

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 勢溜鳥居から神門通りを見る。遠くに宇迦橋の大鳥居が見える。

さて始めますか。
出雲大社の参拝方法はちゃんとネットで調べてきていた。旅館の女将さんにも色々教えていただいたので、順番にやって行こう。
まずは一礼して鳥居をくぐる。

この鳥居は木の鳥居だった。

出雲大社ともなると、なんだか格が違うような風に見える。

勢溜の鳥居から緩やかな下り坂が続く。
この下り参道は全国でも珍しく、本殿に向かって吸い込まれて行くような感覚とどこかにあったが、そんな感じはある。

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 鳥居からの下り参道。

この下り参道の途中に小さな社があって、気を付けていないと通り過ぎるほど目立たない存在だが、『祓の社(はらえのやしろ)』という重要ポイントである。

まず最初にここでお参りすることで、世間で身に付いてしまった厄や心身のけがれを祓い清めることができるという。
心を清めてから神前に立ちたいものだ。

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 まず最初のお参りは祓社から。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく響くようにと昨夜女将さんに言われていたので、そのとおり手が痛くなるほど強く叩いた。礼は深々と。

結構恥ずかしいな。今は周りに人がいないからいいけど。
混んできたら、このくらいやらないと神様は気付いてくれないのかもしれない。

進むと橋があってその先にあまり大きくない鳥居がある。
これが三の鳥居である『松の参道の鳥居』。

鉄の鳥居である。

この松の参道は真ん中を通れるのは殿様や貴族だけ。普通の人は道の脇を歩かなければならない。
真ん中は通れないように通せんぼがしてあるのは松の根を保護するためだとか。

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 松の参道の鳥居。

次に向かうのは手水舎。ここで両手と口を清める。
ここでも作法があって、柄杓を右手に持って水を汲み左手を清め、左手に持ち替えて右手を清め、最後に右手で受けた水で口を清めるというもの。

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 銅の鳥居前の手水舎。

手水舎で手と口を清めてから、四の鳥居である銅鳥居をくぐる。おっと1礼を忘れないように。

ここは銅の鳥居である。

おっ、次ははがねの鳥居
と思ったあなたはドラクエのやりすぎです。

銅の鳥居は触れると金運が上がると言われている。1礼のあと軽く触れる。
銅なので青サビが浮いているが、この手で触れられるところだけはピカピカだ。

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 最後の鳥居が銅鳥居。

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 銅鳥居に触れると金運がアップするんだとか。

さて心も体も清めたらいよいよお参りである。

賽銭は10円は遠縁(とおえん)に通じるのでNG。5円(ご縁)とか11円(良い)とか41円(良い縁)などがおすすめとか。
賽銭は投げてはいけなく、箱にそっと落とすように入れる。

参拝所の上には大きな注連縄(しめなわ)が下がっている。
賽銭を投げて、この注連縄に刺さると幸運になるという人がいるが、それは大変罰当たりな行為なのでやめましょう。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

手がヒリヒリしてきた。

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 大きい注連縄が下がる拝殿。

拝殿の次は御本殿のお参りとなる。
ここが出雲大社詣での本番といったところだろうか。

昨夜の女将さんが言っていた。
「本殿の横に手水舎があってね、本当はお参りの前にもう一度ここで清めなきゃならない」
「これはどの本にもネットにも書いていないからね」

はいここテストに出るからね。
 何のテスト (^^;

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 八足門の脇にある手水舎。

なるほど参拝所の脇に小さな手水舎があった。
ここでもう一度手と口を清める。

本殿の手前に門があり『八足門(やつあしもん)』と呼ばれている。ここから先は一般人は入れず、この門から本殿を拝むことになる。

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 八足門と参拝所。この奥に御本殿があるが一般人はここまで。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

だんだん板についてきた。人の目も気にならなくなった。別に気にしている人もいないだろうけど。

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 八足門から本殿を拝む。

ラスボス 大国主大神様にお参りして、これで出雲大社はクリアしたことになる。

が、ここで引き返してはいけない。
ここからクリア後の世界があるのだ。

八足門から右手に道が続いている。御本殿を中心に反時計回りで進んで行くことになる。

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 奥の建物は十九社、さらに参道は続く。

『十九社(じゅうくしゃ)』と呼ばれる細長い建物があり、ここは神無月に全国の神様が集まられた際に神様が宿泊される場所となる。

十九社から御本殿の東側を奥まで続く参道、ここは境内でも特にパワースポットなのだそうだ。
出雲大社の後ろに控える八雲山という山があって、この山が出雲大社のご神体となっていて、その強いパワーがこの参道を通り抜けているのだそう。(うろ覚えなので間違っているかもしれないが)

確かに、だれもいないとゾクッとしてきそうな場所ではある。
パワーを感じながら、おそるおそる歩く。

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 御本殿を反時計回りに進んで行く。

御本殿を正面から見たらちょうど裏側の場所に小さな社がある。
ここが『素鵞社(そがのやしろ)』。

これこそが出雲大社一番の超パワースポットなのである。

建物は小さいが、ここに祀られている神様は素戔嗚尊(スサノオノミコト)といい、出雲大社祭神の大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の義父神、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の弟神に当たる。

出雲大社のご神体である八雲山を背にして、娘婿である大国主大神様に睨みを利かせているのである。

ドラクエで例えれば、御本殿に祀られている大国主がラスボスならば、こちらはまるで裏ボスだね。

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 ここが一番のパワースポットという素鵞社(そがのやしろ)。

能書きはこれくらいにして、お参りをする。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。


スサノオのパワーと後ろの八雲山のパワー、ここはダブルパワーだ。

スサノオといえばヤマタノオロチを退治してクシナダヒメという女神を助け出し結婚した神様である。
その後、スサノオとクシナダはこの出雲の八雲山にて新婚生活を送ることになる。

スサノオがこの地で詠んだ有名な和歌。
スサノオがクシナダと新居を求めたときに、雲が立ち上がるのを見てこの歌を詠んだとされる。

 ”八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を”

スサノオとクシナダ。その後八雲山の新居にてどう暮らしたのだろうか。
古事記にはその新婚生活についても記録があった。

原文:”故、其櫛名田比賣以、久美度邇起而”

訳:彼はクシナダヒメを以て、久美度(くみど)を起こし・・・

 要は ラブラブ ってことよ 。

そんなスサノオを祀った素鵞社、恐るべし
ここは出雲大社に行ったら絶対外せないポイントね。

昨日、最初に稲佐の浜に行って砂を持ってきて、ここ素鵞社の砂と入れ替えて持ち替えればお守りになると言われたが、ちょっとそこまでの時間はなかったな。砂の入れ物も無いし。残念。


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 御神座の正面に当たる場所にある参拝所。

最後に忘れてはいけないのが、御本殿の西側に設けられた小さな参拝所。

御本殿におわす大国主様のご神体は正面ではなく横向きに鎮座されている。
横向きの正面がこの場所ということになる。

八足門の参拝所お参りすると、横からお参りするということになるが、ここで改めて正面からお参りするということで、より一層願い事を聞き入れてもらえるということ。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

これで参拝は大体終わり。
あとはおみくじを引いて、お守りでも買うことにしよう。

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 神楽殿と日本最大級の大注連縄(おおしめなわ)。

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 下から見上げると迫力がある。

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 だんだん人が多くなってきた。

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 境内のあちこちにある白ウサギの像。

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 ここにも白ウサギ。

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 神楽殿の前にある日本一大きい日の丸国旗。

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 ムスビの御神像。大国主大神が幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)を授けられた一場面を再現したもの。

朝に勢溜の鳥居に来たのが8:08で、境内を回って再び戻って来たのが9:03だった。1時間ほどでほぼお参りできたことになる。

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 勢溜の鳥居まで戻ってきた。

次の電車は10:22発。こんどは松江へと向かう。
まだ1時間以上あるので、せっかくだから出雲そばを食べることにした。

これも昨日出雲そばの美味しい店をいくつか教えてもらったが、その中の1つが9時からやっているので行ってみる。


ネットに負けたツインクルプラザ

昔は飛行機のチケットを買うのに旅行代理店へ行ったものだった。ホテルと飛行機やJR券が一緒になったパックなども重宝したものだった。

しかし、ここ10年ほど旅行代理店の世話になったことは無い。

私自身が旅慣れて全部自分で手配できるようになったということもあるが、一番の理由はインターネットですべてできるようになったからだ。

日本国内だけでなく、世界中のホテル、飛行機、鉄道がインターネットで予約と決済ができる。
とにかく便利になった。

ところが、便利になった陰でひっそりと消えゆくものがある。

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 JR北海道、旅行センター閉店のお知らせ。


JR北海道のHPからであるが、1つはJR北海道プラザ大阪支店の閉店、もう1つは苫小牧駅と東室蘭駅のツインクルプラザである。
これで駅のツインクルプラザは、札幌、札幌南口、釧路、帯広、旭川、函館それに法人旅行の7店舗を残すのみとなった。

国鉄から民営化されてJRになってから力を注いだ事業の1つが、自社の旅行代理店だった。
国鉄時代から旅行センターの名で主要駅にだけあった店舗も、JRになってから急に増えだした。
最盛期は1990年代だろうか。手元にある1999年の時刻表で、JR北海道の旅行センターの店舗数を数えると、37店舗もあった。
『ツインクルプラザ』『JR北海道プラザ』『JRトラベルセンター』など名称は様々だが、それだけ需要があったということなのだろう。

札幌市内の街中でも、あちこちでJR北海道のカウンターを見かけたものだった。

それから11年後の2010年時刻表では若干減って25店舗。
この時代はすでにネット時代となっていて、私自身の旅行の手配はもうすべてネットで行っていた。

さらに時は進み、2015年。
JR北海道プラザ東京支店の閉店は、それなりに話題になったようだった。


北海道新幹線の開業を待たずに、不採算店舗として東京から撤退することになる。
JR北海道自体の業績悪化ということもあって、その後は堰を切ったように閉店が続くことになる。

旅行業とは客と交通機関あるいは宿泊業者との間を取り持って、手数料を取るというビジネスモデルである。
ところが今はインターネット時代。インターネットで集客し、客が自前で交通機関なり宿泊先なりを探して決済までできるようになればもう旅行代理店など必要ないのである。

飛行機のチケットも、航空会社のHPから直接インターネットで購入するのが一番安い。ホテルは今は『楽天トラベル』や『じゃらんnet』などインターネットの宿泊予約サイトが全盛だがこれからどうなるんだろ。
ホテルのHPに自前の予約フォームをつけたところも多くなってきた。

一昔前ならば、ホテルに泊まるときは直接予約するよりも旅行代理店を通したほうがサービスが良いというのが常識だったが、最近ではそんなこともなくなってきているようだ。

というわけで、JR北海道が旅行代理店から撤退するのは正解といえなくもない。

ところで、このたびツインクルプラザの苫小牧・東室蘭支店の閉店に当たって、初めて閉店理由を明らかにした。
それは以下の通りである。

“航空券や宿泊などはインターネットによる直販が一般的になり、店舗カウンターでの販売が構造的に減少しており、収支改善の目途が立たないため”

”インターネットによる直販が一般的になり”

JR(北海道に限らず全部)よ、わかっているならなぜそれをしない。

ネット予約?それならJR各社でやってるよって?

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 えきねっとの予約画面。

たしかにやっている。ただ、決定的に違うのは、JRのネット予約は乗車前に指定券券売機かみどりの窓口できっぷを受け取る必要があるということだ。

発車間際に駆け込んでとか、窓口に行列がという場合に全く対応していない。
これでは窓口に出向いてそこで買うのと何ら変わりない。

それに、予約して決済もしてあっても、みどりの窓口の無い駅や無人駅から乗ることは不可能であるということだ。

不便なんだよね。いちいちみどりの窓口のある駅へ行って切符を買うのが。

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 わざわざみどりの窓口に出向く必要があるJR券。10時打ちなんて馬鹿げたことも未だに健在。

例えば飛行機ならば、JALならばJALのHPから便の検索、予約、決済まですべて自宅のパソコンやスマホでできる。
チケットはこれも自宅でプリントすればOK。

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 オンラインですべてが済む飛行機の予約とチケット購入。

いや、プリントすらする必要がなく、スマホでバーコードを表示できればチケットすら要らないのである。当日直接保安検査場へ行き、そこのバーコードリーダーにかざすだけで飛行機に乗れるのだ。

海外の鉄道も飛行機と同じようになっていて、自宅のパソコンで予約・決済。
あとはチケットをプリンターで印刷し直接列車にのればOKという仕組みだ。

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 インドの鉄道チケット。プリントして持参すれば直接列車に乗れる。

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 ノルウェーの鉄道チケット。これもプリントするだけ。

今北海道では駅の無人化が進んで、自治体が代わって駅の委託業務をするなどしている。

ますます駅の無人化は進むだろうし、きっぷを買えないとなると潜在的な利用者も逃(のが)してしまうことになる。
どうすればいいんだろうか。

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 無人駅化の張り紙。

答えはJR北海道のツインクルプラザ閉店のお知らせのなかにあるじゃないか。

”インターネットによる直販が一般的になり” なんですよ。

インターネットによる直販を一般的にすれば、みどりの窓口も旅行センターも必要なくなるんですよ。

極端な話、駅は無人駅で十分になる。きっぷを売る必要がないので、駅の管理だけどこかへ委託すればいいのだから。
ネットで購入済みの客は、改札口や車内改札でチケットを見せて、列車に乗るだけでいいのだ。

不採算な旅行センターや駅の営業をする必要がなくなるのである。

自宅でプリントじゃきっぷの偽造もできるんじゃないかって?

だから、航空券ではもうすでに実用化してるんですよ。海外の鉄道も実用化してるんですよ。

なぜに日本のJRだけが頑なに窓口発券にこだわるのか、私には理解できませぬ。
ここを早急に改善しない限り、JR北海道に未来はありません。

何度も言いますが、

潜在的な利用者も逃してしまっているのです。


今回は何だか主張してしまいましたが、お読みくださいましてありがとうございました。


posted by pupupukaya at 17/12/30 | Comment(0) | 北海道ローカル線考
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