1日1本の札沼線と金滴酒蔵祭り2

新十津川駅のホーム側入口の上にある『歓迎 ようこそ新十津川へ』の看板が新しくなっていた。
前はボロボロの看板だった。あれはたしか30年以上も前からあった気がする。

今までなかった『しんとつかわ』と書かれた縦書きの駅名標も壁に貼られていた。
これはよく見るとオリジナルのホーロー製ではなく、ビニール製のレプリカだった。

オリジナルのは、たしか盗難で失なわれたんじゃなかったっけ。
(ググってもソースは出てこなかった)

駅舎もペンキを塗ったり、若干新しくされている。

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 新しく掛けかえられた歓迎の看板。

駅舎の中に入るとさらに驚くのは、昔の窓口が復活している。
小荷物扱い所の引き戸の窓や、出札窓口がそのまま復活しているではないか。

無人化されたときに窓口を板でふさいだままで、内側はそのままになっていたということになる。

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 小荷物扱い所の窓口を復活して設けた観光案内所。

札沼線終着駅到達証明書交付(無料)とあったので1枚もらった。
日付印も押してあって、記念になる良いサービスだ。

しかし、1枚100円くらいで販売でも良かったんじゃないかとも思う。
これを作るにも配布するのにも経費が掛かっているんだろうし、収益で廃止後の駅舎を保存する費用に充てることも考える頃だろう。

旧江差線江差駅は現在は解体して無残にも町営住宅の一部になってしまったが、せっかく窓口まで復活させた新十津川駅なのだから、廃止後も保存してほしい。
駅舎もレトロ調にリニューアルして観光名所にすれば、私など廃止後でも車で通ったら必ず立ち寄るつもりだ。

隣のきっぷ売り場では、ご当地入場券と駅名マグネットなどのグッズを販売している。
面白いのは、昔使われていた出札箱もそのまま使われていた。

ご当地入場券は、別に集めているわけじゃないが記念に1枚買った。

昔、私が中学生だったころ、滝川駅から派遣の駅員がいて、ここで乗車券を買ったことがある。昭和61,10,10の日付が入った乗車券は今でも持っているが、なんだか懐かしい。

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 隣はきっぷ売り場。

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 無料の終着駅到達証明書と170円のご当地入場券。

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 原形の窓口が復活した新十津川駅。

いつの間にこんなものができたのかと調べたら、2018年4月に新十津川町観光協会が開設したのだそうだ(Wikiより)。

1日1往復の列車をアピールし、札沼線の存続につなげようということだったのだろう。
しかし、それもむなしく、同年12月には廃止が正式に決定した。

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 カレンダーに記録された新十津川駅降車客数。

観光案内所窓口の横に、その日の降車客を数えて記入したカレンダーが貼ってある。
見ると、今日の下車客は72人とあった。

その表を見ると、平日はまだゆったりと乗車することができそうだ。
反対にGW中は100人を超える日もある。まるでラッシュ並みの混雑だったことだろう。

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 1日1本だけの発車時刻表。

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 新十津川駅の木造駅舎入口。

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 名産品や土産物などを置いている新十津川駅市。

駅前広場には、これも観光協会による名産品などを売る土産屋が出店していて、完全な観光駅になっていた。

しかし時すでに遅し。
いくら乗客が増えようとも、廃止が覆ることは無い。
せいぜい、町で鉄道施設を買い上げて、トロッコ鉄道として保存するくらい。

人気のない町外れにあって、荒れるがままの無人駅だった頃しか知らない私からすると、勿体ないなあと思う。
これは廃止が決まった増毛駅なんかでもそうだけど、もっと早くにやっていれば違った結果になっていたのでは。

といっても、後付けで言うだけなら誰でもできるんだけどね (^^;

青森県の津軽鉄道などは、冬にストーブ列車を走らせて、そこから雪原と吹雪を眺めるのを売りにして全国からツアー客などが訪れる。
札沼線と沿線風景は大して変わらない。

何が違うんだろう。
ああ勿体ない、勿体ない。

これから廃止日が近づくにつれて訪問客も増えるだろうし、せいぜい商売繁盛をお祈りします。

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 駅前広場と新十津川駅。

折り返しの10:00発石狩当別行5426Dは、9:40分ごろに乗車開始となった。
こちらは各ボックスに1〜2人というほどの乗車率。

ただ札沼線に試乗目的であれば、新十津川発に乗った方がゆったりと楽しめそうだ。

発車を見送ってとも思ったが、発車を待たずに駅を後にする。
向かうは金滴酒蔵まつり会場。

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 新十津川駅前のランドマーク(?)階段の無いアパート。

駅から国道に向かう道の途中に、2階に部屋のドアが並ぶが登る階段がない不思議なアパートがある。
1階は倉庫なのかシャッターが降りている。

この建物も昔からあって、平凡な住宅地の中、妙に目立つ。
国道側から歩いて駅に向かえば、これが見えればもうすぐ駅に着くという目印になる。

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 国道へ出たファミリーマート前にある新十津川役場前のバス停。

駅から260mほどで国道275号に出る。
一本道だが、道がわかりずらいのはここが変形5差路だから。

ファミリーマートの前が新十津川役場前のバス停。
札沼線の列車からの人たちが何人かバスを待っていた。

駅から金滴酒造のある橋本町までは約1.8km、歩いて20分くらい。
またそこから滝川駅までは2.7kmで、これも歩けば30分もかからない距離。

基本歩くことにしている。
雨は降ったりやんだり。

9:45に駅を出発し、10時を少し回ったころに酒蔵祭り会場に着いた。
一旦上がった雨も、着くころにはまたポツリポツリ降り出した。

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 金滴酒蔵まつりの会場。

雨降りということもあってか、人出は思ったよりも少ない。
テント張りの出店もあって、焼き鳥やおでんなんかを売っている。

広場に並べられたテーブルも椅子も雨ざらしで、座ったらお尻が濡れてしまう。

なんだか気勢の上がらないお祭り会場だが、とりあえず振る舞い酒をいただくことにする。

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 入口での振る舞い酒。

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 せっかくの振る舞い酒も手持ち無沙汰。

樽酒と思いきや、中の大きなボールに入った酒を、柄杓でプラスチックのカップに注いでくれる。
雨で人出が少ないのと、車で来る人が多いので振る舞い酒もいまいち出ないようだ。

ボールの酒が少なくなると、ビン入りの酒を追加で注ぐ。

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 ソラチ粕味噌漬けのたれ販売所。

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 ソラチ粕味噌漬けのたれの試食コーナー。

傘片手に振る舞い酒を貰ってきて、これも傘をさして立って飲む。
なんとも情けない姿だが、座ったらお尻がずぶ濡れになるのでそうするしかない。

地元の人のバンド演奏と歌だけが酒の肴である。

スマホの雨雲レーダーを見ても、少なくとも夕方ごろまではずっと雨模様となっていた。

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 試食のホットプレート焼肉。なかなかお酒に合う。

ソラチ粕味噌漬けのたれ販売所のテントがあって、2回ほど試食させてもらったが、これはなかなか旨い。
酒粕入りということもあってか、お酒にもよく合う。

駆けつけ3杯というわけではないが、3杯も飲んだら大分気分が良くなってきた。
だから大いに宣伝させてもらいますよ。

ソラチ粕味噌漬けのたれ ♪
 ソラチ粕味噌漬けのたれ ♪
  ソラチ粕味噌漬けのたれ ♪

でも本当に旨いよ、いやマジで。

気に入って1ビン買ったら、おまけにポークチャップの素というのもくれた。

もう傘をさすのも面倒で、ソラチの販売所のテントの下で酒を飲む。

振る舞い酒コーナーに何度もおかわりに行くのは、もう決まった人になってしまった。
それくらい今日は人が少ない。

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 テーブルとイスも雨ざらしでは・・・

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 テントの下で飲んでいた。

飲むほどに雨は強くなって行く。
そのうちに土砂降りになってきた。

広場のテーブルで飲んでいた人たちもテントの下に移動している。

隣の笹寿し売り場のおばちゃんたちは「今日は売れないね〜」とこぼしている。
お祭りとあって、たくさん仕込んできたのだろうが、今日の人出では売れ残り必至だろう。

何となく気の毒に思えたのと、雨宿りのよしみで1つ買った。600円。
ここで食べるのも難しいので、帰りの車内か帰ってから食べることになる。

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 雨はだんだん激しさを増す。

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 ひどい降りになった。出店の人もあきらめムード。

雨を見ながら振る舞い酒をチビチビと。
ほかにしょうがない。

私のように振る舞い酒目当ての人もいて、中にはでかい酒枡持参の人もいたり・・・、どれだけ飲む気なのか。
常連なのか、この手のイベントでは毎度見かける顔ぶれ。

滝川駅12:36発の岩見沢行普通列車があり、これで帰ろうか。

最後に売店でお酒を買う。
手ぶらで帰るつもりはない。

タダ酒はいかんぞ (^^;

12時、役場から流れる時報のサイレンとともに会場を後にする。
雨は小降りになったようだ。

石狩川橋を渡って対岸の滝川へ。
いつもなら車で通りすぎることが多いが、今日は雨の中トボトボ歩く。

30分はかからず、28分で滝川駅に着いた。

滝川駅は、駅前広場が新しくなったとは聞いていたが、ロータリーの真ん中に置かれたグライダーが印象的だったくらい。
待合室もリニューアルされ、テーブルと椅子が並べられて、コミュニティー施設のようになっていた。

しかし、キヨスクもソバ屋も閉店して、むしろ寒々として見える。

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 駅前広場がリニューアルされてグライダーも展示された滝川駅。

滝川12:36分発岩見沢行はキハ40の2両編成。うち1両は日高本線用の車両である。
日高本線が台風で被災して不通となってもう大分経つが、本来の路線を走れないのでこんなところまで遠征するようになった。

跨線橋からホームに下りると、ちょうど特急ライラック22号が入ってきた。
一日散歩きっぷじゃなければ、特急料金を払ってでも、これに乗って帰りたいところだ。

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 岩見沢行924D(右)と到着する特急ライラック22号(左)。

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 2両のキハ40による運行。

2両の車内はボックスがさらりと埋まるほどの乗車率。
空いているボックス席に陣取ったらそのまま眠ってしまった。

目覚めたら峰延を発車したところ。
隣のボックスの客も別な人に代わっていた。

まだ酔いが抜けきらぬまま岩見沢で乗り換える。

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 岩見沢駅に到着。

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 733系2438M快速いしかりライナー。

岩見沢からは733系電車による快速いしかりライナー。
さすがに天下の函館本線だけあって新車が導入されている。

しかしオールロングシートは岩見沢〜札幌間をこれで乗り通すとなるとウンザリする。
しかも札幌までは各駅停車。

札幌までの44分間は、ずっとスマホとにらめっこで過ごしていた。

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 札幌駅に到着。

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 金滴酒蔵まつりで買ってきた品々。

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 酒蔵祭りで買った『お梅茶屋』製の鯖の笹寿し。

札沼線で行く『金滴酒蔵まつり』は今回が最初で最後。
来年の同じまつりがあるときに札沼線の北海道医療大学から先は無い。

札沼線に通しで乗るのもこれが最後かもしれない。

思えば、中学1年の時に初めて1人で遠出したのは札沼線乗車だった。
それから数えきれないくらい乗ったものだった。

これから益々名残乗車や葬式鉄は増えるだろうから、わざわざ混んでいる列車に乗りに行くことはしない。
一部区間をチョイ乗りくらいはするかもしれないが、私にとっては今回の乗車が最後のつもりでいる。

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 19/06/23 | Comment(0) | 2019年その他旅行記

1日1本の札沼線と金滴酒蔵祭り1

新十津川町にある金滴酒造で、『金滴酒蔵まつり』が開催される。
毎年おこなっているようだが、私はまだ行ったことはなかった。

一方で廃止が決定している札沼線の北海道医療大学〜新十津川間。
こちらは2020年5月7日の廃止、最後の営業日は前日の5月6日となる。
廃止まであと1年を切った。

終点新十津川までは1日1往復しかないので、日々混雑が増してゆくと思われる。

いい機会だし、今のうちに乗り納めに行くことにした。

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 札幌駅6:39発石狩当別行533Mは721系の旧エアポート編成。

6月22日土曜日。天気予報は雨。
金滴酒造祭りは雨天決行だし、雨の方が列車の乗客も減るだろうからむしろ望ましい。

1日1本の新十津川行は札幌6:58発北海道医療大学行でも乗り継げるが、1本早い6:39発石狩当別行で出発した。
使用するきっぷは『一日散歩きっぷ』。

2260円なので、札幌〜新十津川、滝川〜札幌だけの乗車でも元は取れる。

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 札幌駅の指定券券売機で買った一日散歩きっぷ。

札幌からの電車は721系の旧快速エアポート編成6両。
uシートもそのままで、自由席として開放されている。
エアポートに使用しないのならば座席を撤去してロングシートに・・とでもなるのだろうが、そのまま運用についている。

学園都市線は日中でもこのエアポート編成が頻繁に使用されている。
ていうか、ほとんど学園都市線専用車両になっている。

昔から学園都市線は、道内各地で使用された気動車が最後に奉公する路線でもあった。
まだ学園都市線の名がつく前は、国鉄型気動車の見本市みたいな雑多な車両が見られたものだった。

中古車両が回されてくるというのは、電車になっても変わらないようだ。

話がずれたが、この旧エアポート編成のアコモデーションは、ロングシートの新車よりはるかに良い。
そんなわけで、石狩当別まではuシートでゆったりと過ごせた。

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 1両編成の新十津川行5425D。

石狩当別駅は1番線に到着。

学園都市線と呼べるのは次の北海道医療大学まで。
ここからは札沼線と呼ばせていただく。

3番線にはすでに1両の気動車が停車していて、この列車の到着前からすでにボックス席はふさがっているほどの乗車率。
石狩当別からの客なのか、さらに早い電車からの乗り継ぎ客なのかは知らないが、1日1本の列車である。みんな早め早めにやってくるのだろう。

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 札幌発533M到着後の車内。

最悪立ちっぱなしも覚悟して出てきたので、座れるだけでありがたい。
空いていたロングシートに腰掛け、発車を待つ。

発車まであと20分もあるが、車内は話し声が賑やか。すっかり観光列車だ。

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 札幌からの2537Mが到着。

向かいの2番線に7:39着札幌からの2537Mが到着。
大勢乗り継いでくるのかと思ったが、意外と少なかった。

それでも車内は満席に近くなる。

9割以上は試乗目的の人たち。
唯一それ以外とわかるのは通学定期を持った、石狩月形までの2人だけだ。

年齢層も高め。50代以上の人が大多数。学生と思しき人は皆無。

若者の車離れが叫ばれて久しいが、車以上に深刻なのが若者の鉄道離れだろう。
かつては、若者が安く旅行をするとなると鉄道であった。
周遊券や青春18きっぷを使えば、格安で旅行ができた。

夜行列車を宿代わりにすれば、もっと安上がりになる。

それが、周遊券がなくなり、夜行列車がなくなり、あるのは新幹線と昼間の特急だけ。
安さを求める若者は、LCCやツアーバスということになる。

廃止が決まって遠くから乗りに来る人たちは、若い時に周遊券の世話になった人たちである。
上野駅から急行列車で青森へ、道内では夜行列車を宿代わりに旅行をしていた世代の人たちだ。

現在の10代20代の人たちがあと30年後に、鉄道に郷愁を覚えて乗りにやってくることは多分無いだろう。

乗り継ぎ客を降ろした2537Mは、北海道医療大学へ向けて一足先に発車する。
こちらはその6分後の7:45に発車した。

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 2537Mからの乗客を受け、ほぼ満席状態の車内。

外は雨。車内は蒸し蒸しする。窓ガラスも次第に曇ってきた。

次の北海道医療大学で降りる人は無いが、代わりに1人乗ってくる。
ざんばら髪でゴミ?の入った袋をたくさん下げていて、どこから見てもホームレスの恰好。
前にも札沼線の車内で見たことがある。
終点新十津川まで乗っていたが、一体何者?

関係ないのでこれ以上は取り上げない。

秘境駅で有名になった豊ヶ丘で2人乗車。多分1本前の浦臼行からの客だろう。
この雨の中ごくろうさんといった感じ。

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 石狩月形着。ここで23分停車。

ロングシートと曇った窓では車窓も見えず、車内観察しているうちに石狩月形到着。
ここで上り列車との交換のため23分停車する。

下車客は通学定期の2人を含め4人。
通常ならば石狩月形でほとんど降りるのだが、こちらは観光列車。
ここで席が空くなど期待してはいない。

雨の中、ホームや駅の撮影をする。

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 側線に停まっていたバラスト散布車。

石狩月形駅は島式ホームで、構内踏切が駅舎とホームを結ぶ。
駅舎側の側線はよく保線車両が停まっているのを見るが、今日は4両のバラスト散布車と保線用の機関車が停まっていた。

長らく草ぼうぼうのまま、いかにも放ったらかしだった線路だったので、何をいまさらという感じがしなくもない。

もう廃止が決定しているのにバラストの交換をするのかと思ったが、まだ1年近く営業は続くので線路のメンテナンスは続けなくてはならない。
とにかく安全第一、廃止日まで事故無く営業を続ける必要がある。

しかし、塗装の新しい4両のバラスト散布車は、妙にミスマッチに見えた。

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 石狩月形駅は郷愁のある木造駅舎。

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 改札口の改札案内。改札はしていないが。

石狩月形駅の駅舎は、国鉄時代からほぼ原形の木造駅舎が使われている。
有人駅は、改札口ときっぷ売り場が兼用になるように改造された駅ばかりなので、それぞれ独立したままの木造駅舎はもうここくらい。

待合室には、これもまた見なくなった煙突式の石油ストーブが健在だ。
これも昔はどこの駅にもあったが、今は大多数の駅では大型のファンヒーターに取って変わられた。

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 石狩月形駅のきっぷ売り場。

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 昔ながらのガラス越しのきっぷ売り場。

きっぷ売り場も、ガラスで仕切られた昔のまま。『出札口』という名が似合う。

窓口に張り紙があって、扱う券種は石狩月形〜石狩当別、石狩月形〜百合が原・新琴似間、石狩月形〜白石・手稲間の乗車券のみ。
硬券入場券もあったが、去年の『8月14日付で完売』とあった。
それと豊ヶ丘駅の『ご当地入場券』。

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 石狩月形駅で扱う券種は乗車券の3種類のみ。

もうすっかり珍しくなった軟券の常備券。
窓口の見本を見ていたら、無性に欲しくなった。

乗車券や入場券の類は、特に積極的に集めているわけではないが、乗り降りしたり立ち寄ったりした駅では記念に買うようにしている。

即断。

買ってしまった。

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 石狩月形→石狩当別の常備券。

常備券で一番安い450円の乗車券。
まあこれでいくらかはJR北海道に貢献したことになる。

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 気だるい雨の23分停車。

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 キハ40の運転席。

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 運転士時刻表。

雨の中の23分は意外と長く感じる。

ホームのスロープの場所や駅舎の屋根の下では数人のファンがカメラを構える。
さっき到着時の車内放送で、「列車を止めた場合、列車往来危険罪になる場合があります」と言っていた。

ホームの白線の内側は幅1mほどしかない。廃止が間近になるとどうなるのだろうか。
今はまだないが、そのうちホームや通路は柵で囲われることになりそう。

8:34に上りの5424Dが反対側のホームに到着。
地元客数人が乗り込んで行った。

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 上り石狩当別行5424Dが到着。

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 駅員がスタフの交換をする。(隣人のカサで顔が隠れた)

石狩月形駅の見ものはスタフ交換。
この先新十津川までは単線の線路に1列車しか入ることはできない。その通行手形のような物だ。
そのために、石狩月形駅は今でも駅員がいるのである。

留萌本線の留萌〜増毛間も同様のスタフ閉塞で、留萌駅でその交換風景が見られたが、同区間の廃止で無くなった。
この石狩月形駅が、道内では最後のスタフ交換駅ということになる。

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 終点新十津川に着くころには立ち客も出てきた。

月形から乗った人もあったようだ。
小駅からも1人2人と乗客がある。やはり1本前の浦臼行からの客なのだろう。

ここから先は30kgの短尺レール区間。
札沼線はもともと簡易線規格による建設で、最高速度は65km/hとなっている。

簡易線規格の路線は、道内では旧江差線と日高本線の富川〜様似間が該当する。
あとはすべて廃止になった。

札沼線の桑園〜石狩当別間は国鉄時代に重軌条化されて最高速度が85km/hに引き上げられている。
日高本線と江差線も、国鉄末期にはレールが50kgのものに交換され、簡易線規格のままJRに引き継がれたのは、廃止対象線区以外ではこの札沼線北部と深名線だけだった。

深名線は国鉄再建法による廃止対象線区からは除外されていたが、並行道路が開通すれば廃止の可能性が高く、実際にその通りになった。
札沼線北部も、末端区間は当時から1日3往復というダイヤと、他の路線がワンマン化される中で、最後までワンマン化されなかったことなどから、やはり廃止したがってるんだろうなとは感じていた。

1991年に学園都市線の愛称が付くと、全駅の駅名標が学園都市線規格のものに取り換えられ、1996年に強力化改造されたキハ40が投入されてワンマン化されるなど、少しはやる気を出したようではある。

しかし線路は放ったらかしなのか、夏など草ぼうぼうだし、枕木は割れたままで、廃線跡を思わせるような線路だった。
ここ数年来は保線の不備による事故が相次いだせいなのか、こまめに除草をするようになったようだが。

65km/hでも、もともと地盤が軟弱な場所だったこともあって、乗り心地は悪い。
小刻みな振動や時々ドスンと突き上げるような衝撃が続く。

キハ40の空気バネ台車でもこんな状態で、これが旧車だったコイルバネのキハ53では、特にバネが凍り付く冬季の乗り心地は相当なものだった。
床から突き上げる衝撃で、飲んでいた缶コーヒーを吹いた記憶がある。


浦臼でも数人の乗客があり、車内は立ち客も出てきた。
ロングシートではつまらないし、座ってるのにも飽きてきたのでここからは立つことにした。

ここから先は1日1往復のみ。
この列車が始発列車であり最終列車でもある。

鶴沼や於札内からも乗ってきた。

車内はざっと見で70人くらいだろうか。
これ以上混むと2両に増結も検討してもらいたいところだ。

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 車内は往年の急行列車の雰囲気。

9:28、終点新十津川に到着。
ほとんど外も見えず、車内観察ばかりの1時間43分だった。

といっても、ほとんどは田園風景で、並行する国道を走る車にスイスイと追い越され、見損なっても惜しいような沿線風景ではないが。

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 終点新十津川駅に到着。

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 1日1本の列車が到着。

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 新十津川の駅名標。

新十津川では雨は上がっていた。

ここからは、来た列車で折り返す人、滝川へ向かう人、私のように金滴酒蔵まつりへ向かう人と別れることになる。


posted by pupupukaya at 19/06/23 | Comment(0) | 2019年その他旅行記

札幌市電延伸を勝手に想像する【系統・ダイヤ編】

札幌市電の延伸路線として、桑園線苗穂線都心線(北部)の3路線の詳細が出来上がった。


 2,桑園編
 4,都心線編
 5,苗穂線編

今度はここに電車を走らせようということになる。

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 桑園駅から苗穂駅まで全線開通後の想像路線図(地理院地図より筆者作成)

現在の循環線に加えて、桑園駅と苗穂駅への分岐路線という路線形態となる。
ここに系統を設けるとしたら、どのようになるのだろうか。

考えられるのは3案。
それぞれについて考えてみる。

第1案は単純に苗穂駅と桑園駅を結ぶ系統を追加したもの。

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 系統第1案(地理院地図より筆者作成)

従来の循環線を1番系統とし、新路線の桑園線と苗穂線を直通する2番系統を設ける。

利点は、循環線がそのままなので、既存の利用形態に与える影響はほとんどないこと。
また、系統も単純で分かりやすい。

欠点は、2番系統は電車事業所を経由しないので、乗務員交代は苗穂編で述べた新設した留置線に乗務員の拠点を設ける必要がある。また、出入庫のために電車事業所から西15丁目まで電車を回送することになる。

既存区間では変わるものがないので、新たな需要が見込めそうにない。
また、2番系統でも全線の所要時間は30分以上となり、通しでの乗客はまずいないだろう。


第2案は、現在の循環線を中央図書館前で2分割し、それぞれ桑園線や苗穂線へ向かうというもの。

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 系統第2案(地理院地図より筆者作成)

利点その1、電車の入出庫や乗務員交代は従来通り電車事業所となる。ただし2番系統は事業所から図書館前まで若干歩くことになるが。

利点その2、地下鉄の無い山鼻西線からの札幌駅へのアクセスが格段に良くなる。
新規に開業した桑園線や苗穂線だけではなく、西線地区の人たちも大きな恩恵を受けることができる。
これによって、既存路線から新たな需要が見込める。

欠点は、中央図書館前で系統が分断されるので、ここを直通していた利用客からは反発を招くだろう。
あと、せっかく定着した環状運転もなくなってしまう。


第3案は、中央図書館前で分断してしまった系統を1つにつなげて、全線通しで1系統にするというもの。

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 系統第3案(地理院地図より筆者作成)

苗穂から山鼻をぐるりと1周し、桑園へという路線。

利点は、1条線は2回通ることになるが、現在の循環線、それに西線地区から札幌駅へ直通という、すべての需要を満たしている。

欠点は、片道の運行距離が長すぎるといったところだろう。

市電の全盛期時代は、苗穂駅〜三越前〜教育大学前(現在の図書館前)〜丸井前という長距離の系統が運行されていた。
苗穂駅を出発し、山鼻線と山鼻西線をぐるりと循環し、1条線の丸井前までという長距離路線だった。

片道の運転時間が長い故に、途中で遅れが発生すると、雪だるま式に遅れが膨らんで、終点に着くころには3台も4台も連なった団子運転になるだろうし、いろいろ問題があったようで、のちに苗穂駅〜静修学園、三越前〜丸井前の2系統に分割されることになる。

現在は電車の運行状況が一目で確認できるので、無線で指示を出すなりして運行間隔の調整はできるだろうが、ダイヤや運行間隔の冗長性を確保するとなると、終点での折り返し時間を多めに取る必要がある。
起終点の停留場では、常時2台の電車が待機するような恰好になれば、そのためのホームの延長や新設も必要になる。

もう1つの欠点は、運行経路がわかりずらいということ。
特に西4丁目〜西15丁目間は、同じ系統でも行先の異なる電車が来ることになるのでややこしい。

そんなわけで、第3案はあまり実用的ではなく却下。


第1案第2案か。
第1案で継続する循環線は捨てがたいが、ここはあえて利点の多い第2案で行きたい。

定着した循環線ではなくなるのと、中央図書館前で系統が分割されるというデメリットはあるが、それ以外の点ではメリットが多い。

現在の循環線の問題点を挙げると、この運行形態は遅れのあまり発生しない専用軌道ならば利点もあるだろうが、常に遅れのつきまとう路上の交通では必ずしも望ましい運行形態とはいえないようだ。

通常ならば終点での折り返し時間で、遅れ時分の吸収や、運転間隔の調整をすることになる。
循環線は折り返しこそないが、この時間のためにどこかに余裕時間を設ける必要がある。

その余裕時間を現在の循環線では西4丁目〜すすきの間に設けているのだ。
この区間の所要時間は直通ならば6分のところ、約12分をかけている。この6分が余裕時間というわけだ。
西4丁目やすすきので、客扱いが終わってもすぐに発車しないのはこのためだ。

はっきり言ってこの区間は、西4丁目かすすきので電車を降りて歩いた方が早い。
歩いた方が早い乗り物など、交通機関として失格だ。
現在の運行形態では、せっかく延伸しても、それを生かし切っているとは言えない。

この西4丁目〜すすきの間を生かす意味でも、あえて系統を分割することにした。


 【系統と運行区間】

1系統苗穂駅〜札幌駅新幹線口〜西4丁目〜西線16条〜中央図書館前
    (※朝ラッシュ時、西4丁目〜西線16条もあり)
  往復1時間38分、昼間14両、朝ラッシュ16両(※8両)、夕ラッシュ17両で運行。
  車両のうち10両は苗穂滞泊、残り14両は電車事業所に収容。

2系統桑園駅〜西4丁目〜すすきの〜静修学園前〜中央図書館前
  往復1時間38分、昼間14両、朝ラッシュ16両、夕ラッシュ15両で運行。
  車両全16両は電車事業所に収容。

電車の運行両数は昼間28両朝ラッシュ時で40両
現在は昼間16両、朝ラッシュ26両で運行しているので、14両の増加。
うち10両は、夜間は苗穂線に新設の留置線に収容する。

中央図書館前で2系統に分割されるため、ここで乗り換える乗客には乗換券を発行する。SAPICAの場合は、降車時にタッチして1時間は乗り変えた電車で引き落とし額0円とすれば良い。

また、中央図書館前停留場のホームを延長して、双方の電車が同時に折り返しできるように改良する。
乗り換えは、電車を降車したら前の方に停車中の電車に乗り換えるといった感じ。

toshokan435.png
 中央図書館前停留場のイメージ(筆者作成)


 【市電の時刻表】

市電にも一応ダイヤもあれば車両運用もある。
上記の条件で、エクセルに停留場と所要時間を入力し、計算式を使ってダイヤを作ってみた。

延伸区間の所要時間は前述の所要時間を以下の図にまとめてみた。
既存区間の所要時間は、札幌市交通局HPから標準の所要時間を当てた。

dia17.jpg
 市電延伸路線の停留場間所要時間(地理院地図より筆者作成)

考慮したのは車両運用のみ。
実際には乗務員の運用とか、その他いろいろあるのだろうが、そんなことまで筆者にわかるはずもなく、単純に所要時間と運行両数だけ入力し、以下の条件でダイヤを作成してみた。

作成したのは平日夏ダイヤ
実際には土日祝ダイヤ冬ダイヤもあるが、ここでは1例を挙げるということで、そこまでは作成していません。

ここでは概要だけ挙げてみる。

 ◆ 主な停留場の市電始終発時刻
停留場系統番号行先始発終発
中央図書館前発

@苗穂駅行  6:00  23:02
A桑園駅行  6:00 22:48
西4丁目発




@中央図書館前行  6:19 23:25
@苗穂駅行  6:24
 23:26
A中央図書館前行
  6:51 
 23:19 
A桑園駅行  6:27  23:15
札幌駅新幹線口発

@苗穂駅行  6:34 23:36 
@中央図書館前行  6:09 23:15
苗穂駅発@中央図書館前行  6:01 23:07
桑園駅発

A中央図書館前行  6:35 23:03
A西15丁目行 23:35


 ◆ 電車運行間隔
系統区間
@苗穂駅〜中央図書館前 6分  7分  5〜6分  7〜10分 
@西4丁目〜西線16条 3分   ―    ―    ―  
A桑園駅〜中央図書館前 6〜7分7分5〜7分7〜10分


 ◆ 札幌駅新幹線口停留場1系統(苗穂駅〜中央図書館前)時刻表
sapporotime1.jpg

札幌の新たな表玄関となる札幌駅新幹線口の時刻表。

新幹線の札幌延伸については、とかく対東京の視点ばかり取り上げられているが、新幹線が開業すれば函館までは在来線乗り換え込みでも所要時間は1時間以内になるだろうし、東北各地から札幌へのアクセスも格段に改善する。

新幹線口は、名実ともに札幌、いや北海道の新たな玄関口となることだろう。
ここから大通方面へは市電が便利。

新幹線開業を当て込んで、付近には多くのホテルも開業するだろうし、チェックインしてから西線方面へ直通する市電で藻岩山観光へということも可能だ。

通勤輸送はマンションが増えつつある苗穂線から都心方向へ、各方面から再開発地区のオフィスへといったところ。
在来線のJR札幌駅から大通方面へは地下歩行空間を歩いた方が早いし、新幹線通勤の需要も現状ではあるのかないのか。

JR苗穂駅からは、大通方面へは短絡ルートというわけにはいかず、通勤客がJRから市電に乗り換える需要は思いつくものが無かった。

ファクトリー、アリオといった商業施設が沿線にあること、新幹線利用客のアクセスということを考えれば、ラッシュ時よりも昼間の輸送の方が主力となる路線になるのかもしれない。


 ◆ 西4丁目停留場2系統時刻表(桑園駅〜中央図書館前)
nisi4time.jpg

市電運行の要となる西4丁目の時刻表。
左はすすきの・中央図書館前方面行(南1条日の出ビル前)、右は西15丁目・桑園駅方面行(駅前通4プラ前)の時刻。

朝ラッシュ時に桑園駅からJR乗り継ぎ客がどれほどあるのか未知数だが、既存の山鼻線と同等の本数とした。
また、市電ループ化後の山鼻線の乗客増も考慮して、朝夕ラッシュ時は若干増発してある。

桑園方に車両基地が無いため、他の系統に比べ始発が遅く、終発が早いのは致し方ないところ。

筆者想像のダイヤでは、電車事業所への出入りのため朝の始発1便と夜の終発2便は桑園駅〜西15丁目の区間便とし、西15丁目〜中央図書館前は回送とした。

桑園駅方面はJRへ乗り継ぎ、あるいは沿線マンションの通勤客が主力となりそう。
一方、すすきの、山鼻線方面は生活路線ということになる。


 ◆ 桑園駅停留場2系統(桑園駅〜中央図書館前)時刻表
soentime.jpg

こちらは上記『』系統の桑園駅発時刻表。

乗客の主力は桑園地区のマンションから都心方面へ、桑園駅からJR乗り継ぎで1条線沿線への通勤客といったところ。

特にオフィス・官庁街である中央区役所前停留場へは、JR函館本線の西方面や学園都市線からだと、札幌駅まで行って地下鉄に乗っても大通で乗り換えで10分以上。桑園駅で降りて歩いても20分以上はかかる。

それが市電桑園線の開通により、桑園駅から中央区役所前までわずか10分。
JR桑園駅から1条線方面への短絡ルートとなるので、通勤需要がかなりありそうだ。

一方で日中や休日の輸送では、狸小路、すすきのへ直通する系統ということで、それなりに利用もあるものと思われる。
今まで不便だった大通地域から市立病院のアクセスも格段に良くなる。


 ◆ 西線16条停留場1系統(中央図書館前〜苗穂駅)時刻表
nisisen16time2.jpg

札幌市電のドル箱路線(?)である山鼻西線・西線16条の時刻表。

今まで、山鼻西線沿線から札幌駅へ直通で行ける交通機関は無かった。
それが、新幹線口ということになるが札幌駅まで1本で行けるようになる。

ループ化ではほとんど恩恵の無かった山鼻西線だが、札幌駅へ直通ということで、沿線ブランドも大きく向上することだろう。

西線は並行する交通機関が無いので、市電の独占状態であるのだが、反面、朝ラッシュ時は混雑する。
近年は新築マンションの増加により、混雑はますます朝夕ラッシュに集中するようになった。

西線16条折り返し便が増車される西線16条〜西4丁目間は3分間隔で運行するも、冬季はそれでも積み残しが発生し、西線11条折り返し便も設けられるようになった。

この増車分の電車は、現在は西8丁目始発として運行されている。
これは西4丁目で折り返す際、乗車ホームが無いために西4丁目〜西8丁目間は回送ということになっている。

延伸後のダイヤでは、南1条パルコ前を西線方面のホームとすることで、再び西4丁目始発とした。

nishi4cho485.png
 西4丁目停留場のイメージ(筆者作成)

  ★

最後に基にした全列車の時刻表を挙げます。
興味のある方は拡大してご覧ください。

 ◆ 基になる全列車の時刻表(クリックで拡大)
shidentimetable1.jpg  shidentimetable2.jpg 

エクセルで作成した市電の全列車時刻表。
左が@苗穂駅〜中央図書館、右がA桑園駅〜中央図書館前

   ★

以上、札幌市電の延伸を想像してみました。

欧米の都市ではもう当たり前のように目にするようになった路面電車、いやLRT。
あの自動車王国であった米国ですら導入が進んでいる。

DSCN0536.JPG
 2020年開業を目指しLRTの工事が進むオーストラリアのシドニー中心部。

日本ではもうだいぶ前からLRTの必要性が説かれているが、ごくわずかな都市を除いて一向に進展する気配がない。
一番の理由は、国内で前例がないということに尽きるのだろう。

無謀な交通政策により渋滞の原因とされ、独立採算制とした結果の赤字部門とされ、多くの路面電車が廃止や縮小の道をたどった。それらが過去の前例である。
その過去の前例を覆すのは並大抵のことではない。

2020年度に導入が予定されている、札幌市電の上下分離は、鉄道事業における独立採算制の矛盾を解決する方法でもある。

  (2019/6/10 市営交通/札幌市交通局 交通局からのお知らせ)

一方、市電延伸の反論として、一部沿線住民だけが恩恵をうける偏った政策だという意見もある。

そうだろうか?

札幌のほか都市部では『都心回帰現象』といって、都心部での人口が増加する現象が起こっている。
これは、郊外では不動産の資産価値の上昇が見込めないというのと、学校、教育、買い物、医療といった生活面で、都心の利便性が見直されてきたからだろう。

行政側からしても、郊外の開発によって市街地が拡大しても、その社会インフラを維持するために目に見えないコストが増えるのである。
新たな住宅地の拡大を抑制して既存の市街地に集約できるのならば、インフラコストの点で望ましい。

過去に開発された郊外のニュータウンは、高齢化と人口減少という問題を抱えている。
しかし、一旦市街地化した地域は、いくら衰退しようとも、インフラ維持のための費用は半永久的に発生し続ける。
特に冬季の除雪が必要な都市ならば、なおさらだ。

これから少子高齢化問題は確実に現実のものとなる。都市を持続的に維持するために、都心部の公共交通をどのように形成するかというのがこれからの課題となる。

高齢者ドライバーの運転自粛という観点からも、公共交通機関は必要である。

札幌には幸い残された市電がある。
この遺産を最大限活用するのが、最も適した交通政策ではないだろうか。

というわけで、札幌市電の延伸の想像をここに披露させていただきました。
現実には実現不可能なものも多々あったと思われますが、そこは素人の想像ということでご勘弁願います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

【おことわり】
この記事の内容は100%筆者の私案であり、沿線の環境問題ほか、あらゆる利害、権利などは考慮していません。
筆者は、市電延伸の関係者や関係団体とは一切関係ありません。
posted by pupupukaya at 19/06/19 | Comment(0) | 札幌市電

今どきの時刻表はつまらない

最近、昔の時刻表を眺めては、ため息をつくことが多くなった。

うちにある時刻表で、復刻版を除くと一番古いのは交通公社の時刻表1972年5月号になる。
その次が同じく1976年9月号1980年8月号1983年3月号と続く。

いずれも東京に行ったときに、神田神保町の古本屋で手に入れたもの。

DSCN2748.JPG
 手持ちの時刻表。

実際に当時手に入れたもので一番古いのは青函トンネルと津軽海峡線が開業した1988年3月号

さすがに毎月は買わないが、主要なダイヤ改正があったり、旅行計画を立てるたびに購入していた。

時刻表は基本捨てないで取っておいたのだが、溜まる一方で、段ボール箱3個くらいになったものだった。
使い込んでボロボロのものが多く、またカビが生えたりして、10年ほど前に泣く泣く処分してしまった。

一番新しいのは、JR時刻表2017年3月号
これはたしか北海道新幹線に初めて乗るから買ったんじゃなかったかな。

同じ年の秋に山陰方面へ旅行しているが、その時のプランニングでもこの時刻表を使った。
大まかなプランを考えるのだったら、少しくらい古い時刻表でも構わない。

正確な時刻や運転日は、ネットで調べればいいのである。
そんなわけで、もう10年以上前から時刻表を買うことは、ほとんど無くなった。

時刻表の用途は列車の時刻を調べるだけではない。

そう、読み物としての時刻表である。
これは一般の方々には理解しがたいところだろうが、好き者にはこの数字の羅列が物語になるのである。

大きなダイヤ改正があると、時刻表の発売日が待ち遠しかった。
発売になり入手すると、ダイヤ改正号の時刻表を食い入るように読んだものだった。

  

私が記憶として持っている中で一番印象に残っているダイヤ改正は、国鉄最後の白紙大改正となった1986年11月1日改正である。

この改正で多くのローカル急行や特急北海などが廃止となったが、特急『おおぞら』や『北斗』それにL特急『ライラック』や『ホワイトアロー』の増発やスピードアップ、札幌のほか都市近郊の普通列車の大増発が行われた。

もう確定事項となっていた分割民営化を先取りし、従来の国鉄型ダイヤからの脱却ともいえる画期的な改正だった。
その大筋はJRになっても長きにわたり引き継がれることになる。

その次に印象深いのは1988年3月13日改正

青函トンネル開通により、津軽海峡線が開業したダイヤ改正だ。

上野〜札幌間に寝台特急『北斗星』、青森〜札幌間に急行『はまなす』、青森〜函館間に快速『海峡』が運行を開始した。
特急『はつかり』は2往復を函館まで延長、大阪からは寝台特急『日本海』が1往復函館まで延長された。

国鉄から引き継いだ余剰車両の有効活用とはいえ、急行列車や昼行の客車列車の新設はこの当時でもかなりユニークなものだった。

一方で、永らく津軽海峡の主役だった青函連絡船は、この日が定期便としては最後の運航となった。

今まで本州と分断されていた北海道の鉄道にとっては、一大エポックの出来事だった。
そんなダイヤ改正号の時刻表読みながら、子供だった私は、まだ行ったことのない東京より先や、さらに遠い九州や四国に思いをはせていた。

この時刻表は表紙も無いくらいボロボロになっているが、これだけは捨てないで取ってある。

  

今の時刻表はつまらなくなった。
つまらないといっても、別に時刻表や出版社が悪いわけではない。

時刻表を読んでも、ダイヤに面白いと思える要素がすっかり減ってしまったことだ。

2000年代初頭までは、細々とながらも運行していたブルートレインをはじめとした夜行列車が走っていたし、JR各社の在来線の特急列車は新車投入やスピードアップなどを競っていた。

夜行の普通列車や快速列車も健在だったし、青春18きっぷのシーズンとなると、時刻表を基にその夜行列車を軸にして普通列車の乗り継ぎプランを立てるのに熱中したものだった。

そのつまらなくなった原因は、1番は新幹線であり、2番はL特急によるパターンダイヤだろう。

新幹線が開業したりスピードアップしたり便利になることはとても喜ばしいことだ。

新幹線やL特急のはパターンダイヤは利用者にとっては便利だ。
毎時何分発のは〇〇号で、どこ行きで、停車駅はどこでとほぼ決まっている。

時刻表が無くても決まった時間に決まった列車が発車するのでわかりやすい。
利用者サイドからすれば大歓迎である。

しかし、時刻表好きからすれば、それでは物足りない。
1つの線路上を、多種多様な種別や行先の列車が抜きつ抜かれつして行き交う様を読み取るのが、時刻表を読む醍醐味である。

パターンダイヤは利用者にはわかりやすいが、複雑なダイヤを読み解く楽しさは無い。

それでも、ギチギチに詰め込んでいる感がある東北・上越新幹線の東京口のダイヤなんかは読み解くと面白いのかもしれない。
しかし、スジ屋さんの職人技に感心こそすれ、読んでいて旅情めいた感情が沸き起こることはないだろう。

  ★

例えば、交通公社の時刻表1980年8月号を本棚から出して開いてみる。
国鉄時代のもので、東北・上越新幹線はまだ開業前の時刻表だ。

東北本線上野発のページを開くと、特急あり急行あり普通あり夜行あり。

まだ東北新幹線などなかった時代、上野発の特急列車がそこのけそこのけと言わんばかりに幅を利かせ、そしてその脇を急行列車が並行して走る。
このページだけでは見えないが、上野〜大宮間は高崎線の列車も同じ線路を走っていた。

普通電車などはその間を遠慮がちに入れさせてもらっているような存在で、中には上野駅へ乗り入れさせてもらえず、大宮発着の列車もある。

DSCN2745.JPG
 交通公社の時刻表1980年8月号、東北本線下りのページ。

様々な列車が抜きつ抜かれつ走る様を時刻表で読んでいると、私はこの時代は子供だったので実際の列車に乗ることはなかったが、何やら往時の列車や光景が目に浮かぶようだ。

昼間は電車の特急や急行が主役だが、19:00発仙台行L特急『ひばり29号』が出ると、19:08発青森行急行『八甲田』から始まって夜行列車の発車時間帯となる。

最終が23:55発の会津若松行急行『ばんだい11号』と仙台行『あづま3号』の併結列車。
その間に夜行急行列車は7本、寝台特急列車が4本、臨時列車を含めると全部で21本もの列車が19時過ぎから23:55までに上野駅を発車して行くのである。

この頃が、上野駅に発着する在来線列車の最盛期であった。
この2年後には東北・上越新幹線が大宮発着ながらも開業し、在来線の特急・急行は大幅に縮小されることになる。

これが現在の東北本線(宇都宮線)のページを見ると通勤電車ばかり。
高崎線はまだ在来線の特急が残っているが、これとて特急が通勤電車に遠慮して走っている感がある。

  

ダイヤ改正の度に時刻表がつまらなくなるのは新幹線開業である。
新幹線が開業すると、並行する在来線の特急列車や夜行列車が廃止になる。
また最近は並行する在来線を第三セクターへ移行することも増えた。

第三セクターは基本的に通勤通学のための鉄道で、ダイヤとして見るとつまらない。
快速電車を走らせて新幹線と競争すれば面白いと思うが、そういうことをしたがる鉄道会社はあまりないようだ。

もう1つは、これは北海道に限った話だが、ダイヤ改正の度に列車本数が削減され、スピードもダウンする傾向がここ10年ほど続いている。

JRになってからスピードアップや増発をしてきたが、車両や線路のメンテナンスが追い付かないために事故が頻発するようになってから、このようなことになっている。

2013年11月1日のダイヤ変更”は、JR北海道の運命を象徴するようなものだった。
主な内容は、特急列車の減速による所要時間の増加というものである。

もはや”ダイヤ改正”と呼べるものではなく、JR北海道自ら”ダイヤ変更”と呼ぶほどだった。
183系気動車のエンジントラブルから、特急『北斗』と『サロベツ』が長期運休中のなかでのことであった。

この後も、ダイヤ改正ごとに特急の減速や運転区間の短縮、不採算のローカル列車の削減、駅の廃止が相次ぐことになる。

ローカル線の廃止は、JR化後に上砂川支線や深名線が対象になったが、それ以降は落ち着いていた。
しかし、JR北海道の経営悪化が叫ばれるようになり、不採算路線の廃止が始まった。

ダイヤ改正の度に時刻表が寂しくなってゆく。
昔のように、ダイヤ改正の度にワクワクする感はとうに忘れてしまった。

  

道内で、最近の大きなダイヤ改正といえば2016年3月26日ダイヤ改正だろう。

北海道新幹線新青森〜新函館北斗間の開業である。
暗い話題ばかりつきまとうJR北海道にとっては、久々の輝かしいダイヤ改正であった。

同時に函館〜新函館北斗間は電化され、快速『はこだてライナー』が運行を開始し、特急『北斗』系統はキハ261系の新車が投入され、過去最高の12往復体制となった。

新幹線に並行となる木古内〜五稜郭間は、第三セクターに移行となり、道南いさりび鉄道と名を変えた。
地域密着ダイヤとなり、若干増発されている。

しかし肝心の新幹線のダイヤでは、目を引き付けるようなものはなかった。

要は、新青森止まりの『はやぶさ』をただ新函館北斗まで延長しただけで、これといって目新しい要素は見当たらなかった。
開業前は期待していた所要時間や本数も、新しいダイヤでは落胆するものでしかなかった。

その華々しく開業した北海道初の新幹線も、蓋を開けてみれば低い乗車率や年間100億円近い赤字など、散々たる営業成績となってしまった。

IMG_1445.JPG
 道民の期待を背負って開業した北海道新幹線。新函館北斗駅に入線する『はやぶさ』。

その後のダイヤ改正では、東京〜新函館北斗間の所要時間が若干短縮されたものの、基本的には変わらない。
東京口の過密ダイヤを優先せざるを得ないという事情もあるのだろう。

そのほかにも、東北新幹線は単線区間を持つ在来線にミニ新幹線として乗り入れていたり、福島駅でのホームの制約、北陸新幹線も乗り入れるようになった東京〜大宮間の線路容量など、他社区間の北海道新幹線まで手が回りませんというのが見て取れる。

まだまだ先の話だが、2031年春を予定している札幌延伸開業が待たれるところだ。

その時は、北海道の鉄道にとっては青函トンネルの津軽海峡線開業以来の一大エポックとなるはずだ。
華々しいダイヤ改正となるのだろうが、そこに新ダイヤ改正号の時刻表を読みふけるような魅力は期待していない。

引き換えに、並行する函館〜小樽間の在来線は第三セクターに移行することになっている。
特急『北斗』系統は、長万部〜札幌間に短縮され、本数も大幅に減ることだろう。
三セクは普通列車しか運行しないだろう。そんな時刻表はつまらない。

そもそも、その頃に北海道の鉄道が、鉄道網として存在しているのかも怪しい状況だ。

  

在来線の特急列車はダイヤ改正の度に縮小する一方だ。

これは全国的な傾向で、都市間列車の主力は新幹線へ、在来線は通勤通学輸送をメインにするという流れは止まらないようだ。

年々拡充する高速道路網。それに新幹線のライバルともなる存在になったLCC(格安航空)の台頭。
また、ひところは凍結状態だった整備新幹線の建設も現実のものとなった。

まとまった需要のある都市間輸送は新幹線へ、投資をしても発展の見込みがない在来線特急は合理化へというのが今の流れであろう。

大都市周辺の電車だけはダイヤ改正の度に充実するし、経営的にもそれが正しいのだろうけど、時刻表はそれではつまらない。

  

私は、今の時刻表に面白さや将来を求めるのはやめることにした。
過去の時刻表を入手し、そこに物語や旅情を求めることにしたのである。

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 交通公社の時刻表1980年8月号、連絡早見表 東京から北海道方面へより。

私は北海道の人なので、どうしても東北や北海道のページに目が行く。

上野を特急で発つと青森駅では青函連絡船に乗り換える。
函館駅からそれに接続して、道内各地への特急が接続するのだった。

上野から青森までの所要時間は、一番早いのが特急『はつかり11号』の8時間43分。他の『はつかり』は9時間前後となっている。
このはつかり11号は青森で青函連絡船の夜行便に接続する。函館には、ほとんどの時期ならば夜明け前の4:25着。

函館駅では海線経由で札幌へ、さらに滝川経由で釧路まで行く特急『おおぞら1号』。それに山線経由で札幌・旭川まで行く特急『北海』が待ち受けている。そのあとは山線経由の札幌行になる急行『ニセコ1号』。

このダイヤはのちに寝台特急『北斗星』や新幹線から急行『はまなす』の乗り継ぎダイヤに受け継がれる。

DSCN2744.JPG
 交通公社の時刻表1980年8月号、千歳線・室蘭本線・函館本線・青函航路(上り)より。

上は札幌〜函館間の千歳線・室蘭本線・函館本線のページ。
千歳線はまだ電化前、千歳空港駅開業前のもの。

特急は基本的に函館駅で青函連絡船に接続し、青森からまた各方面への特急に接続するダイヤだった。
連絡船を介して、東京や大阪へと連絡するダイヤだった。
反面、道内だけ利用となると不便なダイヤだったと想像する。

もう1つは普通列車の少なさ。
札幌発でも基本的に1時間に1本。

この頃は、国鉄の列車のことをみんな汽車と呼んでいたものだった。
時刻表を見て、列車の時刻に合わせて家を出るのが、この時代の汽車の乗り方であった。

とりあえず駅に行けばすぐに乗れるようなものではなかった。

DSCN2743.JPG
 交通公社の時刻表1980年8月号、池北線・釧網本線・名寄本線より。

北海道へ渡れば、ローカル線が普通にあった。
またちょっとした路線であれば急行列車も運行されていた。

札幌へ直通する列車ならばそれなりに利用価値はあったのだろうが、普通列車と車両も所要時間も大差ない急行も多数あった。このあたりは沿線の人たちのシンボル的な列車だったんだろうな。

自分の町に急行が止まるというのは、それなりに自慢になることだったろう。

DSCN2747.JPG
 交通公社の時刻表1980年8月号、索引地図より。

石勝線開業前で、一番路線網があったころの路線図。

この当時私が大人だったら、毎週のようにどこかのローカル線へ乗りに行ったのかもしれない。
もちろん金曜日発の夜行列車で。

しかし改めて見るとすごいね。
よくここまでの路線網が出来上がったものだ。

人口希薄地帯にこれだけ鉄道を敷けばそりゃ国鉄も赤字になるわ。

過去の時刻表ながら、いい大人になってもワクワク感は止まらない。

しかし鉄道ファン、とりわけ乗り鉄(列車に乗ることを趣味とする鉄道ファン)にとって、列車は実際に乗ってこそナンボである。
時刻表を読んで、空想しているだけでは欲求不満になってしまう。

  

夜行列車や長距離列車に乗りたくても、現在の日本ではもう叶わない。

私はそれを海外に求めることにした。
いわゆる海外鉄というやつだ。

毎年私が海外に出ていくのは、日本ではもう絶滅危惧種になった夜行列車や長距離列車に乗るためである。

乗り鉄の欲求を満たすだけならばそれでも良い。
残念なことに、海外の鉄道には日本のような緻密な時刻表は存在しない。

鉄道時刻表が出版物として販売されているのは日本くらいじゃないだろうか。
トーマスクックの時刻表もあるが、海外の本屋で並んでいるのは見たことがない。

それはそうで、時刻表というものは自分が目的地に着くにはどの列車に乗って、どこで乗り換えればいいのかわかればそれで良いのであって、路線ごとにすべての列車が俯瞰できる時刻表など無くても何も困らないのである。

また日本と違い、海外の鉄道は1つの路線に列車が1日数往復だけというのがほとんどだ。
それどころか、定期列車が1日1往復も走っていればマシな方で、1週間に1日とか、貨物専用で旅客鉄道など運行していない路線も多い。

ヨーロッパは比較的緻密な旅客列車網が充実しているが、これも日本以上にパターンダイヤ化されていて、抜きつ抜かれつといった時刻表の面白さとは程遠い。

そんなわけで時刻表の面白さは、もう過去のものに求めるしかないのである。

  

過去の時刻表を読んでいると本当に面白い。
数字の羅列の中に、抜きつ抜かれつの物語を見ることができる。

これを小説化したのが松本清張や西村京太郎であり、エッセイとしたのが宮脇俊三である。

しかし、いくら物語といえども所詮は過去のもの。
存在しないし、実際に乗ることは叶わないのだ。

そんな物語を読んで空想にふけりながら、私は今夜もため息をつく。

タグ:鉄道
posted by pupupukaya at 19/06/09 | Comment(0) | その他

札幌市電延伸を勝手に想像する【苗穂線編】

札幌駅新幹線口停留場からは苗穂線とします。

札幌駅から苗穂駅までの間は、高架線路沿った南側に空間がある。

ここはかつて函館本線が地平だった時代、本線が3本、側線が両側に2本、計5線もの線路が並んでいたその跡地である。
桑園側市道緑道として整備されたが、苗穂側はなぜか多くが駐車場や空き地となっている。

そこが新幹線の建設用地になる。

新幹線の高架橋は、札幌駅から苗穂駅手前まで建設予定となっていて、車両基地を持たない札幌側はここを新幹線車両の留置線として使用することになっている。

旧路線時代は北3条通りにあった苗穂線だが、筆者の想像では新しい苗穂線はこの新幹線の高架下を通ることになる。

DSCN2266.JPG
 創成川通りから新幹線高架予定地を見る。

高架下に市電を通すとこんな感じになる。

naebo105.png
 新幹線高架下に市電の軌道を設けた断面図(筆者作成イメージ)。

もう1つは実際に高架下に敷設された軌道の例。
これは高架化工事による仮設の線路で、高架下に連続して敷設される常設の鉄道はあまり例は少ないようだ。

naebo115.jpg
 高架下線路のイメージ。九州新幹線の高架下を通る鹿児島本線(現在は高架に移設のため現存しない)。
 ※ googleストリートビュー( 2012年2月撮影)からの引用。

専用軌道とはいえ、いくつもの道路とは平面交差となる。
踏切としたいところだが、創成川通り東2・3丁目通りは交通量が多く、交通信号機による交差になるのはやむを得ない。

軌道回路かトロコンで電車を検知したら、他の信号と連動して赤信号にして、電車信号を進行現示とする。
といっても、交差点ごとに信号待ちではかなわない。

東2・3丁目通りは、JR高架北側に並行している東西方向の道路が青の間は、市電軌道側も進行現示とすれば良い。
高架北側の交差点も赤信号なのでさほどの影響はないだろう。
これは東4丁目通りも同様。

DSCN2270.JPG
 交差する道路には信号機を設ける。画像は東2丁目通り。

次に交差するのが東5丁目、この通りは苗穂駅連絡通りとして拡幅の上東側に移設された道路。

北1条にあった中央体育館がここに移転してきて、この建物の南側からファクトリーまで空中歩廊で結ばれた。
ここに停留場を設ければファクトリー最寄りとなる。

停留場から体育館まで上屋を設け、軒下を通って空中歩廊入口まで行けるようにすれば、雨の日でも濡れずにファクトリーまで行けることになる。

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 苗穂駅連絡通りと交差する地点。北ガスアリーナの南側からファクトリーまでは空中歩廊で結ばれている。

この交差点の通りは車の通行量が少ないので踏切にしてもいいのではと思った。

しかし、道路構造令第二十九条では踏切を設ける条件として、線路から5m離れた道路中心から見て、110m(列車の速度が50km/h以下の場合)にわたって線路を見通すことができることとなっている。
高架下線路では110mもの区間の線路を見通すなどとても無理

それ以外にも『踏切道改良促進法』とか『踏切道改良促進法施行規則』などの法律ががんじがらめとなって、踏切の新設は事実上不可能に近い

ここも信号機による交差となるが、車の通行が少ないので、押しボタンの歩行者信号のように電車が停留場を発車したタイミングで赤信号にするくらいでいいんじゃないだろうか。

この交差点を過ぎると、終点苗穂駅までは名実ともに専用軌道区間となる。

東8丁目アンダーパスは、車道も歩道も地下道となっているので、市電の線路と平面交差することはない。
ここに停留場を設ければ東区方面からのアクセスも良くなる。

ただ、今の煤けた地下歩道はもう少しきれいにした方がよさそう。それに、エレベーターを設置するなどバリアフリー対応も必要だ。

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 東8丁目アンダーパスと歩行者地下道入口。

新幹線高架は苗穂駅手前まで建設予定となっており、そうなると新幹線留置線はアンダーパスから厚生病院裏あたりにかけて設けられることになる。

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 北4条東8丁目、厚生病院裏あたりの新幹線高架用地。

北海道新幹線は札幌が終点ではない。
実は旭川までが基本計画となっている。

札幌駅が2面2線となってしまったので、この留置線は非常に重要なものになる。
地下鉄終点の引込線のように、単純に複線の線路だけ設置するというわけにはいかない。

現状では、北海道新幹線が札幌からさらに延伸される可能性は極めて低いが、基本計画にある以上は延伸する可能性を残して、準備工事くらいはしておかなければならない。

例えば、新幹線開業後に旭川が冬季オリンピックの開催地に決定する可能性が、100%無いとは言い切れない。

とにかく、今ある現状だけで物事を判断してしまったら、また札幌駅の新幹線駅問題の再来である。

それでいくと、将来の本線になる2線と、留置線2線計4本分の線路の高架をここに建設することになる。

なぜ筆者が旭川延伸と新幹線の高架橋について語るのかというと、市電を延伸した場合の車両の問題からだ。

市電を延伸といってもただ線路を敷けばいいってもんじゃない。
営業用の車両もその分必要になる。

仮に桑園駅〜苗穂駅に1系統を設け、片道30分程度の所要時間と想定すると、両終点での折り返し時間も加えると往復で1時間20分ということになる。
これで現行の市電の運転間隔である6〜7分間隔とすると、12台の電車が必要になる。それにラッシュ時の増車や予備車両を含めると20台くらいは必要になる。

現在の札幌市電の営業用車両は34台。これを南21条にある電車事業所に収容している。
電車事業所は建替えが予定されているが、さらに20台もの電車を収容するのは難しいだろう。

また、系統を桑園駅〜苗穂駅とすると、乗務員交代などの拠点を新たに設ける必要も出てくる。
しかし、車庫を新設するとなるとそれなりに土地が必要となる。沿線にそんな土地などあるはずもない。

で、新幹線の留置線である。

ケチケチしないで、きちんと旭川延伸の準備工事も行っておけば、ここに本線2線留置線2線計4本の線路が並ぶはずだ。高架の幅は20m以上にはなることになる。

ここへ市電の留置線を敷設し、乗務員の拠点も設けようというものだ。

なんともずる賢い考えだが、商売というのはこういうものだ

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 上下本線と留置線計4線の高架下に市電留置線を設けた断面図(筆者作成イメージ)。

高架下に100mほどの長さの留置線を2本設ければ、3連接のA1200形ポラリス級車両でも10編成は収容できる。残りは西15丁目から回送して、建替えて拡張した電車事業所に収容することにしよう。

ここまでくれば苗穂駅まであと一息。

次に問題になりそうなのが踏切のある東9丁目通り
いわゆる『あかずの踏切』である。

この踏切は一連の苗穂駅整備事業が完了したら除却されることになっている。

現在は市が地域住民に説明している状態。
歩行者用の跨線橋くらいは設けられるのかもしれないが、この道路と市電が交差することはない。

もしかしたら踏切除却の条件としてここに停留場を設けることになるかも。
タイミング的にそれはないかな。

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 苗穂駅の整備事業完了後に除却される予定の東9丁目踏切。

次は終点苗穂駅

札幌市HP、札幌市内のルート図では新幹線の工事終点は東10丁目付近となっていて、そこから苗穂駅の新駅まで約100m
ここからは高架下から空の下に出る。
しかし、新幹線の旭川延伸が実現すれば、ここも高架下ということにになる。

苗穂駅の自由通路から停留場ホームまで直結のエスカレーターを設ければJRとの乗り換えや北口方面へのアクセスは良くなる。
また、この自由通路からアリオまで空中通路で結ばれることになっている。

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 苗穂駅終点あたりの空間。北海道新幹線はさらに旭川まで基本計画になっている。

苗穂駅のホームはがっちりと終点形状にするか、延伸する可能性を残した形状にするのか。

苗穂駅南口の駅舎と線路の間は単線分の幅しかなく、さらなる延伸は難しそうだ。
仮にするとすれば、ここだけ単線で通すことになる。

延伸したら、この先は函館本線を跨ぐオーバーパスを新設して苗穂通りに出るか、旧苗穂駅付近から北3条通りに出て平和大橋を渡って菊水上町方面へ行くかといったところ。

この記事は、そもそもが想像なので景気よくいきたいところだが、ここは苗穂駅が終点ということにしておく。

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 苗穂駅の自由通路から線路横の空間を見る。元々は北ガス工場への引込線があった場所。

というわけで、地形図に苗穂線の路線を描いてみました。
再開発計画で、建物形状がHP等で拾えたものについてはそれも入れてみた。

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  苗穂線、札幌駅〜苗穂駅の詳細図(クリックで拡大)

苗穂線の停留場は東2丁目東5丁目東8丁目苗穂駅の4箇所。

札幌駅新幹線口停留場から駅ビルの1階を通り抜けたら、創成川通りと交差する。
ここは信号機による平面交差となる。

通りを挟んだ向かい側にも建設される新駅ビルとは、階上の連絡デッキで結ばれるので、歩行者用信号は不要だろう。
他の信号と連動して創成川通りを赤信号ににするので、ここで最長1分以上の信号待ちが発生することになるが、致し方ないところ。

札幌駅新幹線口を出ると、次は東2丁目停留場
ここは、新築移転する卸センター跡地の再開発地区が近い。

北海道建設新聞によると、大手デベロッパーがマンションを核に、ホテルなどを構想しているもよう。

  2017/9/26 北海道建設新聞社

次が東5丁目停留場
サッポロファクトリーへは空中歩廊を通って約300mの距離だ。

地下鉄バスセンター駅8番出口からファクトリーのフロンティア館までは約240m
ただしこちらは外を歩くのと2箇所の信号があるので、雨の日や冬のアクセスは市電に軍配が上がりそう。

次が東8丁目停留場
東8丁目アンダーパス札幌厚生病院の両方の顔を立てて、その中間点とした。隣の停留場との距離を考えてもまあ無難なところ。
地下道を通ってJR線路の北側へ出ると、すぐにサッポロビール園の入口があるので、観光客の利用もありそう。

この付近に新幹線の留置線が設けられるはずなので、その幅広の高架下を利用して市電の留置線を設けることになるのは前述した通り。

ここに営業拠点を設けるか、派出所的なものになるのかわからないが、通常は東8丁目で乗務員交代が行われることになる。
(営業的なことまでは想像しません)

そして終点苗穂駅停留場
ここはY字の単線の折り返し構造とし、片方は降車専用、もう片方は乗車専用ホームとなる。

苗穂駅2階の自由通路へはエスカレーターで直結、もちろん南口広場にも平面で出入りできる。
JR苗穂駅へも、その先のアリオへも屋内で移動できる。

現在北1条通りを運行している高速バスを北3条通り経由にして苗穂駅南口を経由させれば、苗穂駅は新たな交通結点となることだろう。
東区や白石区方面からの道路が集まる苗穂駅地区。立地的に見て、桑園以上に発展するような気がするのだがどうだろう。

さて、桑園駅から始まって苗穂駅まで完成した想像の延伸ルート。
次はダイヤを造像してみたいと思います。


【おことわり】
この記事の内容は100%筆者の私案であり、沿線の環境問題ほか、あらゆる利害、権利などは考慮していません。
筆者は、市電延伸の関係者や関係団体とは一切関係ありません。

posted by pupupukaya at 19/06/08 | Comment(0) | 札幌市電
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