2017年インド旅行記16 帰国まで

◆インディラ・ガンディー空港まで

荷物を受け取るためにホテルに寄る。
預ける時に3時ごろ受け取りに来るとは言ってあった。

レセプションで自分の名前と荷物を取りに来たというようなことを言う。インドのホテルは預かり証をくれないのでいちいち面倒だ。
ところが、荷物を出してくれない。もしかして別の人が持って行ったのか?
レセプションの人は私の後ろを指差す。振り返ると別のスタッフが私のバックパックを持って座っていた。出して待っててくれてたのか。
「オーソーリー、サンキュー」と言って受け取った。

さて、空港へ行こう。

まずはニューデリー駅に行かなくてはならない。列車に用はないが、エアポートメトロの駅は国鉄の駅の反対側にあるためだ。駅構内の跨線橋を通るのが一番近道となる。

もう何回も往復した道なので慣れた道だ。

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 ニューデリー駅のパパールガンジ(メインバザール)側駅舎。

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 跨線橋を通り抜ける。

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 階段を下りてアジメリゲート(Ajmeri Gate)出口へ。

駅を出るとこれでもかというほど声がかかるが、すべて無視。
あと、ここから先へは行けないと行く手をさえぎって来る人もたまに現れる。これは隙を見て逃げ出そう。

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 アジメリゲート口の駅前広場。

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 メトロの入口。これは5番ゲート。

駅のメインバザール側からメトロ入口までゆっくり歩いて10分ほど。
メトロの入口はいくつかあるが、中でつながっているのでとにかく入ってしまえばよい。
メトロ駅に入ってしまえばあとは心配いらない。外でつきまとわれても、彼らは駅の中までは入ってこない。

ただ『Exit Only』と書かれた階段からは入れないし、警官が見張っていれば怒られるので注意を。
詐欺師との違いは、警官は制服を着ているし、彼らは座ったまま警棒を振りかざして怒鳴るだけなのですぐにわかる。

階段を下りるとまたセキュリティーゲート。滅多なことでは引っ掛かることはないが、私は1度だけ首から下げていたパスポートで引っ掛かった。パスポートだと言うとすぐに通してくれたが。

メトロのニューデリー駅はイエローラインとエアポートメトロの駅が別々にある。看板をよく見て間違わないように。

窓口で切符を買う。行き先は「エアポート」と言えば通じる。60ルピー。
円形のトークンを渡されるので、それは改札機の読み取り部にかざすと改札機のゲートが開く。

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 エアポートメトロのホーム。

ホームに来れば、あとは停車している電車に乗ればよい。平日の昼間は10分間隔、朝夜と土日は15分間隔で運行している。

乗ってしまえばもう心配はいらない。あとはエアポート駅で降りるだけ。
車内放送のほか、次駅を表示したモニターもあるので、それに注意して乗り過ごさないように。

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 エアポートメトロの車内。

エアポート駅で降りて、改札を出て階段を登ったところが国際線の第3ターミナルだった。

いまは16時を少し過ぎたところ。ニューデリー駅のメインバザール側からここまで50分で来れた。
あまりにもここまで簡単に来れたのでちょっとびっくりだ。もっと面倒があるのだと思っていた。

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 インディラ・ガンディー空港の第3ターミナルエントランス。

ターミナルの入口で飛行機のチケットとパスポートを見せる。あまり早いと空港内に入れないのはこのためか。見送りの人も入れないことになる。

まだ出発まで3時間以上も時間がある。しばらく空港の中を見物していよう。

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 空港の第3ターミナル。

余ったインドルピーで土産物でも買おうと思ったのだが、出発ターミナルには店がほとんどなかった。
カフェと外貨両替があったくらいで小さな売店すら見つからなかった。
もうさっさと中に入ってしまおう。

JALのカウンターは長蛇の列。ここもインド人ばかり。自分の番が来るまで40分くらいかかった。
搭乗券を持ってセキュリティゲートへ、次はイミグレーション。ここも行列だった。

ようやく免税店のあるエリアへ。JALのカウンターに並んでからここまで1時間以上かかった。

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 免税店のエリア。

免税店を見て回る。
財布にはインドルピーがまだ2600ルピーほど残っている。うち1枚は2000札。
さて何を買おうかな、と見て回るがこれといった物がない。

免税店もそんなにたくさんあるわけではなかった。

民芸品のコーナーがあって、リクシャーの運転手に連れられて買わされた置物なんかの値段を見る。

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 免税店に並ぶ民芸品の数々。

2日目のアグラで買った大理石製のゾウの小物があった。私が買った物と大きさといいデザインといい似たような品物。
値札を見たら995ルピーとあった。

アグラの店で買ったのはゾウ2個とマグネット2個で2600ルピーだった。
これとて空港価格だから、市中と比べれば高めなんだろうけど、アグラで連れて行かれた店は、まあ良心的だったといえる。

3日目にデリーで買わされたのと同じような置物は2150ルピーで売られている。
私が買ったのは3840ルピー。ほとんど倍違うじゃねーか、ちくしょー!

前にも書いたが、本当に授業料だな( TДT)

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 空港はさすがにインチキな品ではないと思うが。

免税店でお菓子の箱を買った。高級そうだが開けて食べてみるまでどんなものかはわからない。

まだ2000ルピー札が残っている。これも使い切ってしまいたいのだが、これといってほしい物も見つからない。
あまり嵩張るものは買いたくなかった。

あれこれ見て回って、見つけたのは2150ルピーのインドマラ。珠が香木で出来ていて芳香を放っている。

インドマラといえばこれ?

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似てるから、ただそれだけの理由で買ってしまった(^ω^)

お前はそんなくだらん理由でこんな小物に4000円近くも出したのか!(怒)
 ↑ by 未来の自分

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 2150ルピーのインドマラ。


◆デリーIGI空港 19:35 ーJAL JL740便 成田空港 6:50(翌)

搭乗ゲートの待合所に寝椅子があったのでそこに横になった。
足が痛い。もう歩けない。

ガラス張りの向こうから差し込む西日と飛行機を眺めながら過ごす。
インドに来て8日目だ。ようやく終わった。

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 もう体力も尽き果てた。

一体何しにインドに来たんだろう。
今回の旅行は苦労ばかりだったような気がする。
どこへ行っても汚いし、うるさいし、臭いし、暑いし・・・

駆け足のような行程だったが、良くも悪くも今までになく濃い旅行だったのは確かだ。
中学生以下の英語力で、ここまで1人で乗り切ってきた。

またインドに行きたいと思うだろうか、インド旅行は充実したものだったのだろうか。

いまはとにかく、足が痛い、早く日本に帰りたい、ただそれだけである。

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 成田行きの搭乗ゲート。

19:10、一般の搭乗が始まる。
また7時間45分ものエコノミーシート。それでも機内に入ると、あー帰って来たーと思った。
帰りの飛行機もインド人が多い。それでも行きよりは若干日本人の割合が増えたようだ。

飛行機に乗った時はまだ明るかったが、離陸する頃にはすっかり暗くなった。
上昇すると眼下にはデリーの夜景が見える。赤っぽい弱々しい光が広がっている。

グッバイデリー、グッバイインディア。

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 デリーの夜景。

水平飛行になると機内食が配られる。
和食と洋食があって、今回は和食にした。お酒は日本酒。

久しぶりの日本の味は良かった。
海外発の便はたいてい日本そばが付く。いっそのこと、そばをメインにしたらいいのに。
しかし、一番うまいと感じたのは味噌汁だった。

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 機内食のメインはチキン味噌カツ&茶飯。

食事のあとはひたすら眠っていた。たまに体が痛くなって目覚めるが、少し体勢を変えてまた眠った。


◆9日目 5/5 成田空港へ

ようやく目が覚めて、フライトマップを見るともう少しで九州上空という所だった。

2回目の機内食は鮭と赤シソのおにぎり。それにまた味噌汁。
これが一番うまかったかもしれない。

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 到着前の機内食はおにぎりだった。

ここから時計を3時間半進めて日本時間にします。

5:50頃富士山が見えた。飛行機の窓からこんなにはっきりと見るのは初めてだ。

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 機内から富士山が見えた。

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 デリーから成田までの飛行ルート。

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 成田空港に到着。

6:25、成田空港に着陸。6:35、降機。
入国イミグレーション、荷物受け取り、税関と難なく終わり。到着ロビーに出たのは7:02だった。

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 日本に帰ってきた。


◆成田空港 10:10 ー コードシェア JL6115便 ー 新千歳空港 12:00

で、ここで終わりではなく、今度は国内線に乗り継ぎになる。ここからが面倒だった。
JALの国内線カウンターは到着ロビーの一番端にある。そこまで歩いて行って国内線の搭乗手続きと荷物預けをしなくてはならない。
足は痛いし、バックパックは重い。それでも何とかJALのカウンターに着いた。

ところが、私の乗継便はジェットスターなのである。係りの人はここではなく第3ターミナルの方へ行ってくださいと言った。
連絡バスがあると言うので、その乗り場まで歩く。これがまた端から端までであった。
うう、足が痛え。昨日つぶした足裏のマメが腫れているようだ。

ようやくバスに乗って第3ターミナルへ。
ジェットスターのカウンターは長蛇の列だった。中国人に混じって並ぶ。早くこのバックパックを預けてしまいたい。

ようやく自分の番が来てeチケットを見せると係員は言った。

「出発時刻の2時間前にならないと搭乗手続きはできないんですよ」

また荷物持って歩けってのか!

思わずブチ切れた。
規則でそうなってるんだから、しょうがないってわかってるんだけど。
もういいよ、と見せたeチケットをひったくって戻って、空いているベンチに横になった。

最後の最後はLCCかよ。なんだか落ちぶれた気分になった。
普通は座席指定も荷物預けも有料だが、国際線乗継の場合はコードシェア便ということで無料になる。

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 成田から新千歳まで乗ったジェットスター。

ひと眠りして8時半ごろまたカウンターに行く。今度は手続してくれた。

LCCは安いからたまに乗ることはあるが、好んでまで乗りたいとは思わない。
JALの便にしたら夜まで待ってなくちゃならないので、仕方ないんだけどね。

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 新千歳空港着。

成田空港から1時間50分、新千歳空港に着いた。
空気が冷たい。北海道に帰ってきた。
インドでの数々の出来事はもう遠いことのような気がする。

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 インドで買ってきたもの。

インドへ行くと人生観が変わると人は言う。
今回の旅行で、自分の中の何かが変わったような気がした。それが何なのかはまだわからない。
時が経つにつれ明らかになるんだろう。

またインドに行きたいか?

  勘弁してくれ〜、今度はもっと易しい所がいい・・・

今はね。
でも、1年くらいしたら気が変わるかもしれないね。
あれだけエキサイティングでエネルギッシュにあふれた所なんだから。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

〜おわり〜

posted by pupupukaya at 17/08/14 | Comment(2) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記15 デリーのショッピングモール

◆8日目 5/4 デリー

今日が最終日。

いつもの旅行ならば、あー帰りたくないよう・・・となるところだが、今回の旅行だけは待ちに待った最終日だった。
帰りの飛行機の時刻は19:35なので、今日も1日デリーに滞在することになる。

どこか観光へとなるが、あまり面倒な所へは行きたくない。また、暑い中歩くのももういやだ。

1日じゅうメトロに乗っていようか。涼しいし。
ショッピングモールのような所はないんだろうか。スマホで探してみる。
いくつか見つかるが、どれも郊外で、車でないと行けないか駅から相当歩くところばかり。
もうオートリクシャ―に乗るのも面倒くさい。

探しているうちにパシフィック・モール(Pacific Mall)という所を見つけた。メトロのブルーライン沿い。サブハッシュ・ナガー(Subhash Nagar)駅から近い。
ここに行ってみよう。

今日の行先が決まった。

8時過ぎ、朝のメインバザールを歩いてみる。
商店街はどこもまだシャッターが下りているが、朝食屋の屋台があちこちに店を出している。

ホテルは朝食付きではないので、屋台で朝食を食べてみるのも面白そうだが、何だか面倒になってやめた。
もう帰国することばかりが頭にある。

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 朝のメインバザール通り。

ホテルの隣にラッシー屋があって、ここでラッシーを飲んでみることにした。
インドに来てまだ1回も経験していない。

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 ホテルの隣にあるラッシー屋。

店の兄さんにマンゴラッシーを頼む。朝食代わりだ。

店の中はハエがブンブン飛んでいる。ラッシーを作っている兄さんは氷をぶっかいて素手でつかんでカップに入れた。
また腹壊さなきゃいいけど。

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 金属のカップに入ったマンゴラッシー。

マンゴラッシーは50ルピー。ヨーグルトとマンゴーが混ざり合ってなかなかおいしい。

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 メインバザール通りの賑やかな屋台。

ホテルのチェックアウト時刻は11時までなのでそれまでゆっくりする。


◆メトロでパシフィックモールへ

11時少し前、チェックアウト。バックパックはレセプションで預かってもらう。
メトロブルーラインのラマクリシュナ・アシュラムマーグ駅へ歩く。ホテルからはニューデリー駅よりこちらの方が近い。

この駅はコンノートプレイスにあるラジブチョーックの次の駅だが、高架駅になっている。デリーのメトロは郊外は地上を走るのだが、このブルーラインはほとんどが地上の高架区間になっている。

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 サイクルリクシャーが並ぶラマクリシュナ・アシュラムマーグ駅。

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 駅のコンコース。

ニューデリーのメトロ駅と同じように、コンコースの入口はセキュリティーゲートがある。各入口に1口しかないので、よくもまああれだけたくさんの乗客をさばけるものだと感心する。しかし止められている人は見なかった。よほど物騒な物でも持ち込まない限り通れるのかもしれない。

窓口で乗車券のトークンを買う。サブハッシュ・ナガー駅まで16ルピー。
インドのメトロの運賃は本当に安い。オートリクシャ―と違ってぼられることもないし、電車もエアコン付でずっと快適だ。

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 デリーメトロのトークン。

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 高架駅のアシュラムマーグ駅。

電車はずっと高架区間を進む。高い場所を走るので眺めは良い。
デリーに来て、外を歩くのが怖いと言う人は、メトロに乗って車内から観光するのもアリかと思う。

乗ること25分、サブハッシュ・ナガー駅に着いた。

駅を出るとリクシャーの運転手から声がかかる。もう客引きにも慣れた。
駅からパシフィックモールの入口まではメトロの高架沿いに歩いてすぐだった。

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 パシフィックモールのエントランス。

どこから入るんだろうと思ったが、歩いて行く人の流れについて行くとセキュリティーゲートがあった。人の集まるような所には大抵あるようだ。

中に入るとインドにいることを忘れるほど近代的な空間だった。日本のイオンとかアリオのような。
エアコンも効いて涼しい。今日はもうここで過ごすことにしよう。

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 パシフィックモールの吹き抜けフロア。

おお、地下にはスーパーマーケットがあるではないか。ヨーロッパではよく見かけるスパー(SPAR)だ。
ああ〜スーパー。私は旅先でスーパーを覗くのが大好きなのだ。
ここは帰り際に寄って買い物することにしよう。

ひと通り回ってきてからフードコートに行く。
朝はラッシー1杯しか飲んでいないので、何か食べて行こうと一回りしてくる。

店を見ていると客はみんなカードを出して注文している。現金を出している人はいない。
ははあ、どこかでICカードを買ってきてそれで支払うらしい。

カード売り場を探すと『cashier』の表示があるカウンターを見つけた。そこでsaltカードというのを買い、300ルピーをチャージした。

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 saltカード売り場。

インド料理店があったのでそこにする。
デラックスターリーというのを頼む。店員にナンにするかクルチャにするか聞かれたので、クルチャというのにしてみた。
219ルピー。

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 カレーを注文したアムリツァリー・エクスプレス(Amritsari Express)。

しばらくすると番号で呼ばれる。
トレイに乗ったターリーはこれも結構な量だ。

クルチャというのは具が入ったナンで、インド版お好み焼のような感じがした。

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 デラックスターリー(219ルピー)。

たぶんこれが最後のインド料理になるだろう。
カレーに外れなし。
しかし、コルカタ・ハウラー駅の食堂のカレーはひどかったなあ。

クルチャは相当に脂っこい。最初はおいしいが、だんだんくどくなって半分残した。

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 saltカード。

フードコートはテーブルもたくさんあって落ちついて過ごせる。店もひと通りそろっているし、何よりエアコンが効いて心地よい。

デリーでほかに行くところが無くなったらここ、メトロで行けるパシフィックモールがおすすめです。

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 落ちつけるフードコート。

最後に地下のスパーで買い物する。
カゴを持って店内をウロウロ。ここは食品だけでなくホームセンターも兼ねていて、日用品や電化製品も置いてある。

スパイスが豊富なのはやはりインドらしい。
いくつかの食品のほか、スパイスもカゴに放り込んだ。

レジではカゴから自分で出してベルトコンベアの上に並べるという、ヨーロッパあたりと同じシステム。
ていうか、レジ係がカゴから清算済みカゴに移すというのは日本だけのシステムなんだろうか。

結構買ったような気がするけど、お会計は516ルピーだった。さすがインドの物価は安い。
それでもここはインドでも上流階級の人向けの店なんだろう。

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 地下にあるスーパーマーケット。

ショッピングモールの外に出たのは2時半ごろ。
うおー、暑い。モール入り口前の道路には屋台が並んで、オートリクシャ―が客待ちしている。

またインドに戻ってきた。

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 モールを出ると普通にインドになる。

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 サブハッシュナガー駅前もオートリクシャ―がいっぱい。

またメトロでラマクリシュナ・アシュラムマーグ駅まで戻る。
ホテルに着くのは3時過ぎくらいだろうか。預けていた荷物を受け取ったら、もう空港に向かうことにしよう。

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 サブハッシュナガー駅は道路上の高架駅。

しかし、デリーの地下鉄も不思議な空間だ。
駅構内も電車もきれいだし、静か。
クラクション鳴らし放題の割り込みし放題の道路上や、人びとが床に座り込んだり寝っ転がったりしているニューデリー駅とはえらい違いだ。

車内はエアコンの効いて快適。車内も静か。インド人じゃなければ日本の電車に乗っているようだ。
車内から、ごちゃごちゃしたデリーの街並みを眺めていたら外とのギャップを、本当に不思議だなあと思った。

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 きれいに保たれたメトロのホーム。

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 落ちついたメトロの車内。

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 メトロの車窓から。

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 途中の駅。

都心が近づくにつれて車内は混んできた。

ラマクリシュナ・アシュラムマーグ駅で降りる。
駅からのメインバザール通りは、相変わらずの喧噪。

でもこれで最後だなと思うと余裕が出てきたのか、もう少しこの喧噪のなかに身を置いていたい気がしないでもない。

posted by pupupukaya at 17/08/14 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

稚内駅にある最北端キロポストの謎

先日、といっても2017年6月のことだが、仕事で稚内に行く機会があった。

前回稚内に来たのは2年前の2015年8月だった。その時と同じく稚内駅に寄ってみる。
新しくなった駅舎から到着する特急を見ていると、線路わきにキロポストがあるのを見つけた。

あんなところにキロポストがあったかなと取りあえず写真に撮ってきた。
帰ってから前回来たときの画像を見てみたらキロポストは写っていない。やっぱり新しく取り付けられたもののようだ。

旧駅舎時代もたしか無かったはずだ。
このキロポストを見て、ひとつの謎が生じた。

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 『最北端の線路』標と特急サロベツ。

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 線路右側にキロポストがある。

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 259と表示されている。

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 ホーム側から。

立っているのは稚内駅ホームの駅舎よりの端。
キロポストの数字は『259』。

あれ?稚内駅のキロ程は旭川起点259.4kmじゃなかったのか?
あとの0.4km分の線路はどこへ行った?

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 2015年8月の画像。キロポストは見当たらない。

キロポストには3種類あって、1つは起点駅からのキロ数を表示した甲号で、これは1キロごとに立っている。2つ目はキロ数に『1/2』と表示された乙号で、これは500mごとに。3つ目は1ケタの数字だけ書かれた丙号で、これは100mごとに立てられている。

キロポストの数字は259、これは1キロごとに立てられている甲号ということになる。
キロポストの場所がずれているにしたって、せいぜい数mだろう。

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 ホームにある旭川駅より259.4kmの表示。

0.4kmはもちろん駅舎を北に通り越して外に飛び出している線路のことではない。あれはキロポストから70mほどの所までしかない。
それにあれはモニュメントであって、実際に使用されている線路ではない。

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 『日本最北端の線路』のモニュメント。旧駅舎時代はここまで線路があった。

ところで時刻表を始め、あちこちに表示してある259.4kmというのは、時刻表に載っている営業キロから持ってきた数字である。

時刻表に載っているキロ数は『営業キロ』で、運賃や料金計算を行う際に基になる数字である。
それに対して実際のキロ数は『実キロ』などと呼ばれていて、鉄道施設の場所をキロ数で表わすものである。よく踏切なんかに数字が書いてあるが、それが実キロで営業キロとは別物となる。

この『実キロ』という言葉は正式な名称ではない。キロポストや踏切に表示されている施設上のキロ数をここでは『実キロ』と呼ばせていただく。

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 時刻表の営業キロ。JR時刻表2017年3月号より。

たとえば、函館本線の営業キロと実キロはかなりずれていて、たとえば札幌駅の函館起点の実キロ数は286.970kmだが、営業キロでは286.3kmとなっている。これは営業キロは函館駅を起点としているのに対し、実キロは青函連絡船のあった旧函館桟橋を起点としていることから発生している。

話をもとに戻す。この0.4kmの差はどこからきているんだろうか。
隣駅の南稚内から稚内までの営業キロは時刻表で見ると2.7kmとなっている。ところが、地図上で計測してみると約2.35kmとなった。
どうやらこの差分は南稚内〜稚内間で発生しているらしい。

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 地理院地図(電子国土Web)で南稚内〜稚内間の距離を計測してみると・・・。

いつからこうなったのだろうか。旭川〜稚内間の営業キロを過去の時刻表で見てみよう。
  • 時刻表(東亜交通公社)昭和19年12月号・・・258.9km
  • 時刻表(日本交通公社)昭和31年11月号・・・259.4km

戦前のキロ程は実キロに近いが、戦後に0.5km加算されている。南稚内のひとつ手前、抜海駅のキロ程は戦前から現在まで245.0kmと変わっていない。

先代の2階建て駅舎は1965(昭和40)年に建てられたものだが、その前の木造駅舎から場所はほとんど変わっていない。もちろん戦前から戦後にかけて稚内駅が移転したということもない。




まずは0.4kmの謎。この答えはウィキペディアにありました。
それは旧国鉄『営業線基準規定』第7条、営業キロの設定に関する規定。

以下Wikiからの引用。黄色マーカーは関係個所。
「営業線基準規程」第7条 (1) 営業キロ程の設定は、次の各号に掲げる基準によるものとする。
営業キロ程は、起点から停車場中心までの実測キロメートルによるものとし、キロメートル未満のは数については、二位以下を四捨五入し、一位にとどめるものとする。ただし、線路延長計画のない終端停車場にあっては、おもな線路の終端までとする。

つまり延長計画のない終点の駅では、駅を通り越した線路の終端がその駅の営業キロとなるわけだ。
実際測ってみるとこうなる。

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 稚内駅より400m北の地点。(地理院地図(電子国土Web)より作成)

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 上記地図の1977年撮影空中写真。稚内駅構内の線路は北防波堤付近まで延びていた。(地理院地図(電子国土Web)より)

昔の空中写真を見ると、稚内駅構内の線路は北防波堤の道路手前まで延びていたことがわかる。
当時の国鉄の規定により、駅構内の線路の終端を稚内駅の営業キロと定めたので0.4km多くなったということだ。

このような例はほかにもあって、根室本線の東根室〜根室間は実キロ1.375kmに対し営業キロは1.5kmとなっている。
逆に同じ終端駅でも日高本線の西様似〜様似間は実キロ・営業キロ共に2.9kmで同じになっている。これは当時は広尾まで延長する計画があったため、通常通り停車場中心(駅本屋)のキロ程を採用したのだろう。

さて、もう一つの疑問。戦前と戦後でキロ数が変わったのはなぜだろうか。

じつは戦前の稚内駅は終端駅ではなかった。
いまの北防波堤ドームの場所に稚内桟橋駅というのがあった。当時日本領だった樺太・大泊まで運航していた稚泊連絡船への乗継のための駅である。
当時の時刻表には営業キロは表示されていないため、正式な駅では無かったのかもしれないが、当時の急行列車はこの駅に発着していた。
その稚内桟橋駅も1945(昭和20)年8月24日の便を最後に稚泊連絡船が停止されると事実上廃止となる。

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 稚泊航路記念碑がある稚内桟橋駅跡地。

その後、1932(昭和27)年に南稚内駅が今の場所に移転している。移転前の南稚内駅はスイッチバックで出入りしなければならないという面倒な駅だった。スイッチバック解消と現稚内駅に近すぎるという理由から今の場所に引っ越したのである。

それまで南稚内〜稚内間の営業キロは1.2kmとなっていたが、これを機に駅構内の線路終端までの延長を含む2.7kmに改められたようだ。
稚内桟橋駅も無くなったし、これ以上北に延長する計画などあるはずもない。営業キロも他の終端駅同様の扱いになるのは当然のことだ。

今回の疑問の答えはこうなる。

稚内駅の営業キロは、昔は400mほど先まで延びていた線路終端のキロ数と定めたので、この距離の差が実キロと営業キロの間に出た。
現在駅舎から先の線路は使用されなくなり撤去されているので、実際の線路長より0.4km長い営業キロとなっている。

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 昔は右側の空き地まで稚内駅の構内だった。

新たに設置された259kmのキロポストは日本最北端のキロポストである。そのうちまた新たな名所になるんだろうか。

そのおかげで宗谷本線は時刻表の営業キロよりも実際は約0.4km短かったことがわかった。

それにしても0.4kmである。しかも既に存在しない線路。
たとえば名寄〜稚内間の運賃は実際のキロだと182.8kmとなって3,670円になる筈だが、現在の営業キロで算出すると183.2kmになり3,990円と320円余計に高くなっている。
今は存在しない線路のために余計にお金を取るのはどうかと思う。

しかし、こんな例は全国にいくらでもありそうだし、これで営業キロを0.4km改定したら、全国からの運賃が変わってしまうので。難しいところなんだろう。


〜最後までお読みいただきありがとうございました。

posted by pupupukaya at 17/08/06 | Comment(0) | 北海道の駅
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