2020年礼文島旅行記 はじめに

今年は世界的な新型コロナウイルス禍のため海外旅行はとうにあきらめていた。
5月下旬までは外出自粛が求められていたので、仕事以外で市外に出ることもなかった。

それとは別に、4月の年度初めに6月最終週の1週間に休みを入れておいた。
6月の半ば頃には、コロナ禍も収束して旅行も解禁になるだろうと読んでのことである。

果せるかな、5月に入ると6月19日から県を跨ぐ移動自粛が解除されるとの話が伝わってきた。毎日コロナの国内感染者数がニュースなどで伝わってきてやきもきしたが、予定通り6月19日から旅行解禁となった次第である。

さて、どこへ行くか。
前から行ってみたかったところがあった。
それは礼文島

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 礼文島のイメージ。礼文町HPのフリー素材より。

日本最北端の島(有人島および実効支配の及ぶ島としては)であり、別名『花の浮島』と呼ばれるほど高山植物が咲き乱れる美しい島だ。
一番の見ごろは6月下旬〜7月上旬だろう。花が一斉に咲き乱れ、夏至に近く日が一番長い時期でもある。
この時期は北海道の道東や道北地方でも一番良い季節だ。
しかしゴールデンウィークと夏休みのはざまという時期的なことがあるのか、観光客は少なく閑散期となっている。

一方、利尻礼文は別で、この時期は全国から観光客が大挙して押し寄せる。
島の宿泊施設は軒並み満室、ツアー代金も宿泊代もこの時期は夏休みシーズンに劣らぬ高値となる。
ここ数年来はインバウンドの団体客も頓(とみ)に増えた。

私は数年前の6月下旬に仕事で礼文島に行き1泊したことがあるが、数日前に宿を探すとインターネットの予約サイトでは1泊3万円は下らない高級ホテルが1〜2件ヒットするのみ。あちこちの旅館や民宿に電話をかけまくって、ようやく1泊2食付きで1万3千円台の宿を確保した。会社持ちとはいえ、この金額を提出するのは気が引けた。
フェリーターミナルは年寄り中心のツアー客やインバウンドの団体客でごった返していた。

去年一昨年あたりはますます増える一方の中国語があちこちで飛び交っていたことだろう。

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 乗船客の長蛇の列。2017年6月香深フェリーターミナルにて。

それが今年はコロナウイルス禍の影響で、予約サイトで礼文島の宿を探すとどこも空室だらけ。
そりゃそうだ、宿の手配をしたのは6月半ば。まだ県跨ぎの移動自粛期間中である。見切り発車だが、大事なことはある程度予測して先手を打っておかなければならない。

当初は稚内まで車で行って、車は稚内に置きフェリーで礼文島へ渡り、島で2泊して戻ることを想定していた。
ネットで島の観光情報などを調べていると色々欲が出てくる。3泊してもいいかな。

予約サイトで、船泊に1泊2食で9,600円の宿を見つけた。食事内容だけ見ると手ごろな値段に思えた。ここに2泊することにした。
礼文島北部の岬めぐりをするには良さそうだ。

残り1泊は香深で探すと、素泊まりだが1泊4,500円の宿を発見。宿といってもゲストハウスだが、この値段なら2泊してもいいなと思って2泊予約した。
ちょうど1,000円分のクーポンが2回分あったので、それぞれ1回ずつ使ったので計2千円引きとなった。代金はクレジットの前払い。

合計4泊5日となり、結構長い滞在となった。これだけ滞在すれば、うち2日くらいは晴れに当たればいいかな。雨に当たるのはこの時期ならば仕方がない。

で、肝心の天気

この時期の宗谷地方は一番良い時期なのだが、オホーツク海高気圧の冷たい空気の影響で曇りがちで不安定な天気のことが多い。

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 この時期特有のガスがかかって小雨も混じる香深の町。2017年6月撮影。

前回仕事で行ったときはガス(霧)に小雨が混じる冴えない天気だった。
今回の旅行中は好天に当たってほしいのだが、天気ばかりはどうにもならず、滞在日数を増やして晴れに当たる確率を上げるしかない。
週間天気予報は10日分発表する所が多いが、宗谷地方や礼文の天気は各社バラバラ。どれを信用したらいいものか。

出発の前々週あたりまでは概ね好天だったのだが、前週あたりから雨マークもぼちぼち付き始めた。
週間天気も時どきチェックするが、これがコロコロと変わる。
週の前半は天気が悪く、後半は晴れそうというのは大まかにわかってきたが、これもチェックするたびに覆される。

以下の画像は出発前日の6月28日夕方週間天気予報。
気象庁、日本気象協会、ウェザーニュース、YAHOOの4社の予報の画像を貼ってみた。
気象庁のは宗谷地方の、あとの3社は礼文町の予報になる。

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 2020年6月28日夕方時点の各社週間天気予報。

概ね後半のほうが晴れに当たりそう。月、火は雨マークも見られる。
晴れのマークが目立つ日本気象協会さんに頑張ってほしいところ。

天気ばかりは向こうでなるようになるしかない。
続いては稚内までの移動手段。
これも天気次第ということで考えていた。

単純に稚内までならば車の一択ということで決まりだが、礼文島の滞在が4泊5日ともなると、稚内フェリーターミナルの駐車場代が馬鹿にならなくなる。
駐車料金は1日1,000円と意外と高く、5日間で5千円にもなる。離れた場所に無料の駐車場もあるが、日帰りならばともかく5日間も置いておく勇気はない。先日当逃げにあったばかりだしね。

フェリーに車を乗せてということも考えられるが、稚内〜礼文間の往復航送運賃が37,660円では、車が必要なら向こうでレンタカーを借りた方が安上がりだ。
ガソリン代が札幌〜稚内間往復で6〜7千円。
そんなこんなで、車だと稚内まで往復で1万1〜2千円程度かかることになる。

JRならば指定席往復割引きっぷ(Rきっぷ)というのがあり、これだと往復1万3310円。車での経費に若干上乗せする程度。
稚内まで往復できれば何でもいいし、今回は礼文島以外に用事は無い。
それにこんな機会でもなければ特急列車に乗ることもないだろうし。
それより何より、今のJR北海道の状況を見ると、これが宗谷本線の列車に乗るのが最後かもしれない。廃線の噂もチラホラと聞くし。実際宗谷北線では、今年度を持って廃止になる駅がいくつも決まっている。

これも週末までは保留としていた。
月曜が晴れならば車で稚内まで行って車中泊し、朝イチのフェリーで礼文島へ渡る。そうでなければ列車で稚内に行き、午後のフェリーで島へと考えていた。札幌7:30発の特急宗谷で出発すれば、礼文島にはその日の夕方には着く。

出発2日前の土曜日、天気予報は月曜が雨っぽい。逆に金曜が晴れ。

JRでの稚内行に決定。
さっそく桑園のイオンに買い物に行ったついでに桑園駅の指定券券売機で切符を買ってきた。
これで礼文島往復の行程は決まった。

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 札幌〜稚内間の指定席往復割引きっぷ(13,310円)。

島での行動をどうするかは、これも天気具合を考えて向こうで判断する。
色々調べると、礼文島観光のメインはトレッキングということになった。
島には各種トレッキングコースが設けられている。
観光バスや車で回れる名所もあるが、歩いて回らなければ礼文島の本当の良さはわからないと思った。

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 無料パンフレット『礼文島navi』の画像。

今回の旅行は車はナシで、とにかく歩こう。

久々に特急宗谷に乗れるということもあって、今回の旅行は海外旅行にでも出発するかのようにワクワクしていた。
前置きが長くなりましたが、次回は本編へ。

〜1へつづく

posted by pupupukaya at 20/07/05 | Comment(0) | 2020年その他旅行記

はまなすを見に石狩へ

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 はまなすの丘公園と石狩川河口(地理院地図より筆者作成)


6月半ばの土曜日、今朝は早起きしたし、天気も良さそうだ。

今週、通勤途中に通った街路樹の植え込みに、はまなすの花が咲いていたのを思い出した。
はまなすと言えば石狩海岸だなあ、というわけで石狩川河口の砂丘にあるはまなすの丘公園へ行ってきた。

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石狩灯台と出迎える花たち。

はまなすの丘公園の駐車場は同じことを考える人も多いようで、まだ9時前だが駐車場は満車近い状態だった。

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はまなすの丘公園の遊歩道入口。途中までは木道が付けられている。

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遊歩道の木道から。足元にはたくさんのはまなすが満開。

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海浜植物保護のため園内は木道が続き、地面は立ち入り禁止になっている。

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木道が終わると砂利道が続く。河川の管理用道路らしく、車は乗り入れできない。
道路わきに、はまなすやエゾスカシユリが点々と咲く楽しい道。

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園内の保護されたものより、こちらの方が元気に咲くはまなすの花。

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はまなすの花は意外と大きいんだね。

はまなすは初夏から秋まで咲き続けるのだが、雪解け後に一気に咲き乱れる今時期が一番の見ごろと言える。
ちなみに俳句の季語では、はまなすは晩夏ということになっている。

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こちらは、はまなすに混じって異色を放つエゾスカシユリ。

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道の向こうに終点が見えてきた。

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砂利道の終点が石狩川の河口。石狩平野を流れるほとんどの川の終点。
秋は鮭釣りの人たちで賑わうのだろうが、この時期はひっそりとしている。

砂浜になっているが、はて、こんなに狭かっただろうか。
河口は砂地なので、しょっちゅう地形は変わっているようだが。

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風はおだやかだが、波は結構高かった。

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以前来たときはもっと砂浜が広かった気がするが・・・

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戻り路もまたはまなすの花を愛でながら。

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砂地の上で健気に咲くハマヒルガオの花。

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石狩川越しに見た石狩灯台と残雪が見える余市岳。

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ハマエンドウの群落。これも今が見ごろ。

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石狩灯台とUFOみたいな雲。

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うおおお〜、UFOの襲来。
ナンチテ・・・・・。

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はまなすの丘ヴィジターセンター。

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ヴィジターセンターには売店もあって、石狩市の名産品などを売っている。

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展示されていた石狩灯台のレンズ。

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ここの名物らしい、はまなすの実を使ったはまなすソフト。
律儀にマスクつけて河口まで往復してきたので、冷たくて気持ち良いくらい美味しかった。

暑かったわけで、この日の気温は30℃の一歩手前まで行ったそうだ。

タグ:北海道旅行
posted by pupupukaya at 20/06/14 | Comment(0) | 2020年その他旅行記

マスク電車と緊急事態宣言明け

先日珍しい電車見ました。

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おお、市電がマスクしている。
調べたら市電36台中211号と241号の2台に装着して走っているとか。

車番まで確認しなかったが、テールランプが片方なのでこちらは211号の方だ。


一般財団法人札幌市交通事業振興公社【公式】
6月2日
市電ご利用の際は、マスク着用にご協力ください。
「僕もマスク着けてみました。」

とのこと。

5月末に緊急事態宣言も解除されて、テレワークや時差出勤組が通常勤務に戻ったせいか、ラッシュ時の混雑が戻ってきているらしい。
らしいというのは人から聞いた話で、私自身はもう5か月以上も地下鉄に乗ったことがないので・・・

6月1日からは学校も再開しているが、生徒の方は3月からもうずっと休みの状態だったので、学校生活に身体がついて行けず大変なんだとか。

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話は変わるが、今週ようやく『アベノマスク』が届いた。
ひと頃は入手不可能だった使い捨てマスクもだいぶ手に入りやすくなった。
何をいまさらという感もあるが、これから第2波、第3波も予想されるので、あって困るものではないだろう。
これをつけて出歩く気はしないが、洗って何度も使えるので、ゴミ出しとか近所の買い物に使うのにいいかもしれない。

地下鉄駅に『マスクを寄付してください』と書いたマスク回収ボックスというのが設置されているが、全戸配布した趣旨とは違う気がするし、このマスクは自分で使うことにする。
使わないのならば寄付してくださいということに異を唱える気はないが。

まあどうでもいい話で、このブログでは政治ネタは扱わない。

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6月1日月曜日の夜8時、外でドンドン音がするので外を見たら藻岩山から花火が上がっていた。
どこも花火大会は中止だってのに

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これも調べたら、新型コロナウイルス感染の収束を願って1日午後8時、全国各地で打ち上げられたものだった。
人が集まるといけないので、打ち上げ場所は秘密にして行われたという。
札幌は藻岩山が選ばれた。藻岩山ならば市内の多くの場所から見ることができよう。

気づいてベランダに出てくる家もいくつかあったが、多くの家は気づかずに終わってしまったのは残念。
しかも、花火の燃えカスから燃え広がって山火事になるというオチがあった。

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世の中もだんだん通常の活動が戻りつつある。
ソーシャルディスタンスを守ってとかマスク着用とか色々条件付きだが、自粛要請のあった物も徐々に再開して行くことになっている。
あちこちで感染者が増えているというニュースも聞くが、全体の数字の上では収束に向かっているようだ。

6月19日には県境を跨ぐ旅行も解禁になる見込みだ。7月下旬には政府が旅行代金を補助する『Go Toキャンペーン』というものが始まるようだ。
新型コロナ流行からずっと沈んでいた観光業界も少しは復活することになろう。
だけど、インバウンドバブルはもう復活しないだろうな。復活するにしても何年も先の話だろう。
そもそもインバウンド自体が当てにしてはいけないものの1つになってしまったし。

条件付きだが、色々なものが復活しつつあるのは明るい。
ただ忘れちゃいけないのは、今は皆の努力でコロナウイルスを抑え込んでいる状態なのであって、気を緩めるとあっという間に第2波が到来するということ。

ワクチンが開発されて、量産体制が整って全員が接種できるようになるまでコロナウイルスとの戦いは終わらない。
少なくとも向こう1年くらいは厚生労働省の言う『新しい生活様式』でやる覚悟は必要なんだろう。

posted by pupupukaya at 20/06/06 | Comment(0) | 札幌市電

2006年沖縄旅行記4

2006年5月14日(日)

今日は最終日。帰りの飛行機の出発時刻は15:20発。14時頃までは街中にいられるだろう。
それまでは那覇市内観光である。

泊まっている旅館は素泊まりなので、朝食もどこかで調達してくる必要がある。
そこで、行ってみたかった沖縄のファーストフード店『A&W』に行くことにした。おもろまち駅近くにその店があるのを発見した。
旅館を出て見栄橋駅で1日券を買ってからモノレールに乗り、おもろまち駅まで行く。
駅から歩いて5分ほど、モノレールの線路がある道路沿いにA&Wがあった。ガソリンスタンドの中に併設されているような店舗だったが、とりあえず中に入る。

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 見栄橋駅からゆいレールに乗る。

A&Wはマクドナルドと並ぶフツーのファーストフード店で、沖縄のあちこちに店がある。A&Wは略して『エンダー』と言うようだ。一時期、東京や大阪にも出店したことがあるらしいが、現在は撤退して沖縄のみで展開しているという。

メニューで一番大きく書いてあるモッツァバーガーをコンポで頼む。ドリンクはもちろんルートビア、ポテトはカーリーフライというのを選んだ。作り置きはしていないようで、トレーにドンと置かれたルートビアのジョッキと番号札を渡されてテーブルにつく。

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 A&Wは沖縄にだけあるファーストフード店。地元の人はエンダーと呼ぶ。

まずはルートビアをひと口。アルコールではなくコーラのような炭酸系の飲み物なのだが、薬くさいのが鼻をつく。
北海道にもガラナという薬くさい炭酸飲料があるが、最初のひと口目はガラナの10倍くらいパンチがある。しかし何かで記憶のある匂いだなと思ったらすぐに思い出した。病院でもらったシップ薬の匂いだった。

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 エンダー名物ルートビア。ビールの中ジョッキ位はある。

しばらくして、モッツァバーガーとカーリーフライが届く。モッツァバーガーはハンバーグのほかに野菜がたくさん挟んである。カーリーフライとは要するにフライドポテトで、カールさせてあるからカーリーフライと呼ぶそうだ。スパイスのよく効いたポテトはルートビアとよく合う。

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 モッツアバーガーとカーリーフライ。ポテトをカールさせたもの。(680円)

店を出て、再びおもろまち駅から見栄橋駅までモノレールで戻る。
ゆいレールができてから市内の移動が大変楽になった。以前ならばバスしかなかったので、ちょっと思いついて郊外の店まで行こうと思っても無理だったが、今はこうしていつでも気軽に行けるようになったわけだ。

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 おもろまち駅の改札口と売店。

旅館に戻り、今日で札幌に帰るので荷物をまとめる。9時過ぎに旅館をチェックアウトした。

見栄橋駅からモノレールで那覇空港まで行き、コインロッカーに大きい荷物を預ける。ロッカー代はなんと200円と破格の安さだった。

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 ゆいレールのおかげで移動がたいへん楽になった。

今度は奥野山公園で降り、豊見城城址公園まで歩く。
この公園にはミニSLが走っているのでそれに乗ろうというわけだったのだが、公園の前まで来れば入口に『休業中のため拝観はできません』と貼紙があり、入口のゲートが閉まっていた。

ここまで来てただ引き返すのもアホらしいので、この先にある海軍壕公園までの坂道を歩いて行った。
ここ高台にある展望台からは那覇市内を一望できる。夜は夜景スポットとして有名なようだ。

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 海軍壕公園にある海軍戦没者慰霊之塔。

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 海軍壕公園展望台からの眺め。

また奥野山公園駅に引き返す途中、『漫湖水鳥・湿地センター』という看板を見つけちょっと寄ってみる。小さいながら展示室があり、野鳥や湿地について色々展示してあった。建物の裏からマングローブの林へ降りることができる。ここにも『ハブ注意』の看板があった。

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 とよみ大橋から見下ろしたマングローブの森。

奥野山公園駅まで戻ってきた。少し昼には早いが次は昼食にする。
今日の昼食は出発前に調べてきていた。その店へ行くためにまたモノレールに乗る。
ゆいレールは、沿線ならばどこでも気軽に移動できるので以前と比べたら夢のようだ。

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 ゆいレールの車内。乗務員室の後ろは展望席になっている。

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 モノレールの走行風景。

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 りゅうぎんロボとドアちゅういの痛そうなカニさん。

終点の首里駅まで行き、そこから少し歩いたところに、あやぐ食堂という店がある。安い食堂として地元ではわりと有名なようだ。

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 首里駅近くにあるあやぐ食堂。

店に入るとまだ11時半だが店内は混んでいた。小上がりのテーブルが1つだけ空いていたのでそのテーブルにつく。
あとから家族連れの客が入ってきて、店の人が「相席お願いしてもいいですか」と言うので、こっちは1人なのでこのテーブルは譲って、他の席に移る。

メニューはこれでもかというほどたくさんあって、沖縄料理はほぼ一通り揃っている。日によって出せないものもあるようだ。何にしようかと迷いはじめると日が暮れそうなので、あまり考えずソバ定食にしておく。

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 あやぐ食堂のソバ定食(570円)

定食にはご飯とマグロの刺身、それにチキンカツがついてこれで570円。味の方は・・・質より量という感じがしたが。まずいわけではない。おいしかった。

店内は地元の人がほとんどで、日曜なので家族連れが多い。首里城見物の観光客らしい人も見られた。

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 首里駅の改札口と売店。

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 首里駅にあった歓迎ポスター。めんそ〜れ。

首里からモノレールに乗り県庁前駅で降りる。
時刻は12時20分、だんだん滞在残り時間も少なくなってきた。 

帰りの飛行機は那覇空港15:20発なので、14時過ぎにモノレールに乗っても十分間に合う。
それまで国際通りあたりをブラブラとして過ごすことにした。

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 国際通り入口にあるシーサー。口を閉じているのがメス。

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 同じく口を開いているのがオス。

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 国際通りのにぎわい。

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 国際通りはどこか異国情緒のある一角もある。

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 むつみ橋のスクランブル交差点。

国際通りも3年前とはかわっているようだ。歩道も整備されてすっかりきれいになった。前はもっと雑然としていたと思ったのだが、モノレールができて人の流れが変わったのか。 

牧志駅から三越のあたりまでが一番にぎやかになっている。国際通りは、ほとんどがみやげ物屋で、道行く人は観光客ばかり。3年前はもっと地元の若い人や買い物客で賑わっていて、地方都市の都心にしてはめずらしく活気があったが、だんだん空洞化、観光地化が進んでいるように感じられる。

県庁側の方は日曜日のせいもあるだろうが、みやげ物屋と観光客ばかりだった。
ダイエーの無くなった沖映通りは人通りもなくなってしまって人通りが少なくなったようだ。

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 往時の名残を留める竜宮通社交街。

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 アーケードの市場本通り。

市場通りのアーケード商店街にジュース屋さんがあって、さとうきびジュースというのを売っている。アルカリ性飲料で健康に良いと書いてある。

めずらしいので1つ買って飲んでみることに。1杯250円。
店の人に頼むとその場でサトウキビを機械で搾り、ジュースにしてくれる。
ひと口飲むと、ああグラニュー糖だなあという味。青臭い砂糖水というところで、とても全部は飲めず、残りは排水溝に流してしまった。(店の人スンマセン)

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 さとうきびジュースはその場でさとうきびを搾ってくれる。

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 アジアンムードな第一牧志公設市場入口。

14時近く、もうそろそろ沖縄とお別をしなくてはならない。もう少し居たかったがモノレールで那覇空港に向かうことにする。

見栄橋からモノレールに乗るが、ちょっと寄りたいところがあるので赤嶺駅で降りる。
ここは名実共に日本最南端の駅。改札口のところに『日本最南端の駅』『最北端稚内駅より二五〇〇キロメートル』と書いた手書きの建て看板がある。駅前広場には『日本最南端の駅 ゆいレール赤嶺駅』と書いた記念碑があった。

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 日本最南端の駅となった赤峰駅。

那覇市内ではめずらしく駅前広場が整備された駅で、駅前には団地とドラッグストア。最南端を感じさせるものは何もなかった。 
一方それまで最南端だった九州の西大山駅の標柱は『本土最南端の駅』と書き換えられたが、「沖縄は本土ではないのか」との意見が出たそうで、現在は『JR日本最南端の駅』と改められている。
ところでこの稚内駅より2500kmとは、あとで調べたらどうやら直線距離のようであった。

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 手書きの看板には最北端稚内駅より2500キロメートルの表示が。

赤嶺駅から1駅で那覇空港駅へ。
コインロッカーから荷物を出してカウンターで搭乗手続きを済ませ、手荷物預かりカウンターへ。酒瓶は係員に「機内持ちをおすすめします」と言われたので機内持ち込み荷物となった。
重い酒ビンを引っさげて空港内のみやげ物屋を覗いて回る。別に買う物は無いが、みやげ物屋を見るのは好きなので、ブラブラと見てまわる。

ほしい物は街中で買ったので、空港で買うものは何もない。15時近くになり、もうそろそろ搭乗ゲートに向かう。

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 日曜日の那覇空港は混んでいた。

出発口のセキュリティゲートは混んでいて、みやげ物をたくさん抱えた人が多く、列はさっぱり進まない。10分くらい並んでようやく自分の番が来る。金属製の物はあらかじめカゴに入れて出す。メンドクサイ、これだから飛行機の旅はいやだ。

出航まであと10分、札幌行の26番ゲートの前は搭乗待ちの人が、まだかまだかと長蛇の列をつくっている。座席はすべて決まっているので並ぶ必要はなく、あわてることはない。
売店で沖縄文庫の『ケービン跡を歩く』という本を見つけ1冊買い、トイレに行って戻ると搭乗が始まっていた。

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 札幌行搭乗ゲート。

帰りの札幌行き飛行機は、ほぼ満席状態だった。
土産袋を持った人が多く、ほとんどが沖縄観光帰りの客のようだ。
行きの飛行機は空席が多く快適だったが、今度は窮屈な3時間となる。

通路側の席でさっき買った本『ケービン跡を歩く』を読む。戦前に沖縄各地に走っていた軽便鉄道の廃線跡を綴った本で、読みながら沖縄に鉄道があればどんなだったか想像する。
機内は旅疲れて眠っている人がほとんどで静か。前方のビデオも消えたままだ。薄暗い機内はけだるい空気が漂っている。

18時25分、飛行機は新千歳空港に定刻に着陸した。18時43分発の円山公園行バスに乗り継ぐ予定でいたのだが、到着口でなかなか自分の荷物が出てこない。結局予定のバスには間に合わず、次の30分後に出るバスの時刻まで時間をつぶすはめになった。

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 沖縄土産に買ったもの。飲み物ばかり、鞄が重たいわけだ。



 ◆ 2020年リメイク版あとがき

こうして記事を作成していますと、画像や文章をいじっているうちに当時の記憶が鮮明に蘇ってくるものですね。
暑かったけど景色が美しかった渡名喜島、あちこち歩き回った那覇市内、牧志公設市場のおばちゃん、暑い中歩き回って喉がカラカラで飲んださんぴん茶。
昨日今日は自宅にいながら、心は沖縄の気分で過ごしておりました。

グーグル・ストリートビューで当時の行動を追いながら作成していましたが、16年も経つと本当にあちこち変わっているものです。
宿泊した旅館は別の経営のドミトリーに、渡名喜島にはレンタカー屋ができてましたね。牧志公設市場は建て替えのため現在移転しているようです。あのごちゃごちゃしたところが沖縄という感じでしたが、これも時代の流れなのでしょうね。

2006年当時は札幌〜那覇間にJALの直行便がありましたが、この翌年には休止となってしまったようです。以来沖縄は金額的にかなり遠い所になってしまいました。

現在はLCCを乗り継いで行けば当時と同じような値段で往復できそうですが、長時間LCCの機内で過ごすことや移動に丸1日かかることを思うと難しいところです。
国際通り界隈も昨今は中国人観光客だらけとも聞きますし・・・
いずれにしても、いつか緊急事態宣言が解け、旅行が解禁になったらまた沖縄を訪れたいところです。

最後に、新型コロナウイルスによる旅行自粛要請が続く中、旅行せずに沖縄旅行気分になっていただければ幸いです。

最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 20/05/10 | Comment(0) | 2006年の旅行記(リメイク版)

2006年沖縄旅行記3

前回の続き、渡名喜島の後編になります。

再びさっきの道に戻り、今度は東浜の方に下って行く。
山の斜面は草や背の低い木が地肌をおおっているだけで、所々に枯れた木立が目立つ。視界をさえぎるものは少ないので、道を歩きながら東浜の海が一望できる。
島の上空はジェット機の航空路となっているのか、飛行機雲が次々と現れては消えてゆく。

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 下りの山道から浜を見下ろす。

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 枯れた木立がよく目に付く。

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 現れては消える飛行機雲。

下まで降りてきたが、村の集落以外には人家はまったく無く、荒地ばかりで最果て感も漂っている。
このあたりの風景だけは、真夏の北海道の原野を歩いているのと同じような感覚になる。

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 どこか北方的な風景。

島の南側を一周して再び集落まで戻ってきた。相変わらず誰もいない。
潮がさらに引いて、東浜の海岸は干潟のようになっていた。ここは海水浴場になっているらしいが、泳いでいる人はいない。

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 東(あがり)浜の風景。人もいなくて静かであった。

日向は暑いが木陰に入ると涼しい。干上がった浜を見ながら少し休憩する。
それにしてもフェリーで着いてから今まで人の姿をまったく見ていない。誰ともすれ違ってすらいないのだ。
島人は暑い日は外に出てこないのだろうか。

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 木陰の椅子は島人の“指定席”なのだろうか。

東浜から美しい集落の道を歩き回って、15時少し前頃、再びフェリーターミナルに戻ってくる。
だいぶ雲が出てきて日が陰ってきた。

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 フクギの木陰になった道は涼しい。

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 汲み上げ井戸。島では水は貴重品だろう。

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 軽トラックの消防車。

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 渡名喜村役場。小さいが一応『村』だ。

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 港の荷揚げ場。

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 島に1箇所だけの信号機と横断歩道。車などほとんど通らないが。

フェリーターミナルは船を待っているらしい数人が所在無さげにしている。待合室の椅子に座っていると海からの風が吹き抜けて涼しい。
船に乗る人が1人また1人と集まってくる。
島に着いて以来、ここに戻って来て初めて人の姿を見たのだった。

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 渡名喜島フェリーターミナル。

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 待合所はクーラーなど無いが、海風が通り抜けて涼しい。

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 乗船券うりば。

さっきまでの青空は姿を消し小雨が降り出してきたころ、那覇行のフェリーが水平線の向こうから姿を現し、ゆっくりとこちらに近づいて来る。たった1人で詰めているらしい職員が着岸作業のため出て行った。

フェリーが岸壁に接近すると、港の職員は走り回って船から投げられた係船索を拾って岸壁のフックに掛ける。
最後にこれも手作業でタラップを取り付けて乗船開始となった。

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 久米島から来たフェリーがだんだん近づいてくる。

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 岸壁の手前で方向を変える。

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 岸壁側はただ1人らしい職員が着岸させる。

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 タラップを据え付けて乗船開始。

ぐらぐらと揺れるタラップを渡って乗船。渡名喜からの客は十数人。船内には久米島からの先客がいるが、それでも船内は空いている。
客室内は冷房が効き過ぎて肌寒いくらいだった。

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 見送り人もなく渡名喜島を出港する。

15時45分、船は定刻に渡名喜港を出港する。小雨の中、見送る人もなく淋しい出港風景だった。

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 船内にあるオリオンビールの自販機。

那覇までは再び2時間15分の船旅なので、自販機でオリオンビールの発泡酒を買って飲む。
キンキンにまでよく冷やされた発泡酒が身体に染み渡るようだ。飲むと体が冷え切ってしまった。歩き疲れてそのまま眠ってしまった。

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 オリオンビールの発泡酒はキンキンに冷えていた。

渡名喜島は那覇からフェリーでわずか2時間。週末ならば日帰りで行ける島なのだが、あまり存在は知られていない。
沖縄旅行ブームにあっても、観光でこの島を訪れるひとも少ないようで、沖縄のガイドブックからも完全に無視されている(注、2006年現在)。

島には民宿と商店があるだけでコンビニもレンタカーもレンタサイクルすらも無く、積極的に観光客を受け入れているようでもないので、沖縄に観光しにきた人がこの島に行っても、多分つまらない所だろう。でも、観光地嫌いな人や、昔ながらの沖縄を満喫したい人は渡名喜島に行けばよい。ここには沖縄伝統の家々や、美しい島の風景がある。

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 那覇港に着く。タクシーの列が出迎える。

フェリーが那覇泊港に入るころ、雨は上がっていた。17時50分、定刻より若干早めに着岸。
久米商船の岸壁には出迎えの車や客待ちのタクシーが列をなしている。
1日島にいて那覇に戻ってきたら、外国から日本に帰ってきたような気分であった。

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 再び国際通り。大都会にやってきたような気分だ。

とまりんから歩いて国際通りへ出る。
少し前まで渡名喜島にいたのが夢でも見ていたかのような気分だ。人も車も多いし騒がしいこと・・・

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 牧志第一公設市場。

夕食はどうしたものかとまた昨日と同じ牧志公設市場に行ってみる。市場の2階は食堂になっているのだが、やたらと客の呼び込みをしているのと、前にも来たことはあるのでやめる。
牧志公設市場も最近は札幌の二条市場のように観光地化してきたように感じる。

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 牧志第一公設市場の様子。

1人旅をしていて困ることのひとつに食事があって、1人ではどうも店に入りづらい。居酒屋も1人は苦手だ。 

市場の惣菜屋の前で、なにか買って旅館で食べようかと考えていると、店のおばちゃんがおでんの丼をすすめてくれるので1つ買うことにした。それと、沖縄らしさに惹かれてパパイヤのチャンブル、グルグンという魚の唐揚げも買う。850円だがおまけで800円でいいという。
おまけで店の人が『キンチャク』と呼ぶ揚げパンのようなものをくれた。こんなに食べられるだろうか。

次は酒を買ってから旅館に戻ろうとすると、おばちゃんたちが後ろから「ニイニイ」と呼ぶ。さっきの惣菜屋の前でショルダーバックに提げていた帽子を落としていたのだった。

途中で泡盛を買って、旅館に戻る。市場で買った惣菜を並べて部屋で1人酒盛りとなる。

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 市場の総菜屋で買ってきたおかず。

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 ゴロンと塊が入るおでん。

◆市場で買った惣菜あれこれ◆

“パパイヤチャンブルー”
パパイヤを細切りにして厚揚げやニンジンと炒めたもの。塩味でパパイヤの甘みはうっすらと。

“おでん”
テビチが3つごろんと入る。他は厚揚げ、キャベツ、ニンジン、結び昆布、コンニャク、大根といった陣容。昆布だしの汁はテビチからコクとコラーゲンが溶け出してトロッとしている。

“グルグンの唐揚げ”
沖縄の県魚を唐揚げにした物。塩味、身は淡白。小骨がカタい。

“キンチャク”
店の人の説明によると、財布をかたどったもので、結婚式の引き出物にもなるという。具は入っていない塩味の揚げパンといったところ。

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 沖縄料理には泡盛が合う。

明日は早起きの必要がないので、沖縄料理と泡盛をじっくりと堪能する。泡盛は30度だが、淡泊な味付けの総菜に泡盛のきつい匂いが妙に合う。
すっかり泡盛が好きになってしまった。


タグ:沖縄
posted by pupupukaya at 20/05/09 | Comment(0) | 2006年の旅行記(リメイク版)
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