2006年ロシア極東旅行記10 ハバロフスクのトラム

 ◆ トラム(市電)に乗車

ハバロフスク駅前からトラムに乗って、車内から町見物をしてこよう。

駅前はトラムの線路がループ状に敷かれていて、このループ線をぐるっとまわって電車は折り返して行く。電車の運転台はバスと同じく片側にしかついていない。

停留所の所はキオスクが並んでいて、電車を待つ人たちの人だかりが常にできている。

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 ループ線になっているトラムの線路。奥が停留所。

トラムの路線番号は、駅を中心に1〜6番まである。終点まで乗っても10Р均一。
乗って、車掌らしい人がまわってくれば10Р札をかざしていると引き換えに切符をくれる。
たまに検札があるので、切符は降りるまで持っていること。

系統をおぼえてしまえば、言葉の分からない観光者でも便利な足となる。
もっともトラム沿線に観光するようなところはあまり無いが・・・

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 駅前のトラム乗り場。キオスクが並ぶ。

まず、一番路線の長い1番の電車に乗る。車内は立ち客大勢で混雑している。
乗ると、人をかき分けて女性の車掌が切符を売りにくる。10Рを渡して切符を受け取る。

駅前からしばらくはアムールスキー並木通りの専用軌道を走る。軌道の状態が悪いのか電車はノロノロと進む。下から伝わってくる振動がすごい。
シェロノヴァ通りに入ると路面電車らしく道路の真ん中を走る。渋滞している車の列の横を電車は進んで、繁華街のムラヴィヨフ・アムールスキー通りの停留所で大勢の乗降がある。

道路は電車優先が徹底されていて、電車が信号のない交差点に差しかかると、どの車もぴたりと停まるのはさすが。

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 あちこちに露店がある。トラム車内から。

しばらく行くとまた専用軌道になる。
線路は芝生の中に敷かれているように見えるが、よく見ると線路の中に雑草が生え放題になっているだけだった。

線路の幅(軌間)は、ロシア鉄道と同じ広軌となっているが、周りの風景もワイルドなのでごく普通に見える。
揺れながらガタン・ゴトンと走る乗り心地は、東京都電に似ている気がした。

ハバロフスク駅から終点のヒムファルムザヴォド停留所までは1時間近くかかった。

終点はバスターミナルになっていて、キオスクが並んでいる。アイス売りのおばちゃんからアイスを買って食べる。

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 1番の終点。ヒムファルムザヴォド停留所。


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 ボロボロの車体。

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 ハバロフスク南部のターミナルになっている。

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 アイス売りから買ったアイス。脂肪分が少ないシャーベットという感じ。

終点の少し手前に複線の線路がひとつにまとまったガントレットがあって、これが見たいがために隣の停留所まで歩く。
川を渡る橋の部分を単線にしたが、ポイントによる切り替えの面倒がないのでこうなったのだろう。

じつはこれを見るがために1番の終点まで乗って来たのだった。

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 ガントレットになった単線区間。

終点の1つ手前がクラスナヤ・リェーチカ停留所。
ここの線路が水はけが悪いのか水浸し。レールだけ顔をのぞかせている状態だった。

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 一面水たまりになった線路。クラスナヤ・リェーチカ停留所。

今度は3番の電車に乗る。
この電車は中心部方向へは行かないのでがら空き。途中で分岐して電車はアパートの建ち並ぶ住宅地を縫うように進み、終点に着く。

その先には跨線橋があって、シベリア鉄道の通勤駅がある。この終点はあれた感じでゴミだらけだった。

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 トラムの車内。

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 終点ではぐるりループ線をまわって引き返す。

次の電車を待つが、臭いし小バエがやたらと多い。電車が来るまで線路に沿って歩くことにする。

停留所2つ分歩いたところで、2番の電車が向こうからやって来たので、団地の中の停留所で待つとやがて駅まで行く2番の電車が来た。

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 団地の停留所。ネコが・・・

再び都心までもどってくる。トロリーバスの路線と交差するムラヴィヨフ・アムールスキー通りで電車を降りる。

もうそろそろホテルに戻ろう。

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 繁華街に近いムラヴィヨフ・アムールスキー停留所。

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 帰宅ラッシュの電車


 ◆ 夕食の買い物

夕食はどうしたものかと考えるが、一人でレストランに入ってもつまらないし、ロシアではまだまだ一般の人が外食する習慣があまりないので、気軽に入れるような店は少ない。

レストランを探すのはやめて、「地球の歩き方」に載っていたショッピングセンター「エヌ・ケイ・シティ」で夕食の買い物をすることにした。

レーニン広場を通ってスーパーまで歩く。

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 広いレーニン広場。

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 レーニン広場前を行くトロリーバスその1。

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 レーニン広場前を行くトロリーバスその2。

エヌ・ケイ・シティは最近できたようで新しい。1階にスーパーを見つける。ここもセルフ方式になっていた。
広くて充実している。ここのスーパーは市内最大ということだった。

サバの燻製やチーズ、それにパンとウオッカを買って買い物袋を下げる。

近くにあるバス停からホテルまではトロリーバスにした。
帰宅ラッシュらしく、バス停には大勢の乗客がいたが、やってきたトロリーバスに乗る人は少なかった。

行先のコムソモリスカヤ広場は、都心近くである。
バス停の人たちはきっと郊外に帰る人たちなのだろう。

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 エヌケーシティ近くのレニングラードスカヤ通り停留所。

トロリーバスの車内で、運転台を覗いてみると、ハンドルの横に運行ダイヤが置いてある。
停留所には○分毎と表示されているだけなので、結構アバウトな感じがしたが、発車時刻はちゃんと決まっているようだ。
見ると、この1番のバスは、コムソモリスカヤ通り・空港間を1時間20分で往復していると分かる。

市電やトロリーバスに乗って市内の様子を眺めるのは思いのほか楽しく、明日もまた乗り物で市内あちこちを回ろう。
あと、市内の観光地も少しは見てこようと思う。

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 仕切られたトロリーバスの運転台。

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 買ってきたパンや食料それに酒。

ハバロフスク2日目も無事に終わってやれやれだ。
ホテルの自室で1杯やるとホッとする。外にいるときはずっと緊張しっぱなしだった。

ロシアらしい食材をいろいろ買ってみた。
キャビア、サバの燻製の酢漬け、チーズ、黒パンなど。

まずはビール、バルチカ3。これは部屋に戻ってシャワーを浴びている間に冷蔵庫で冷やしておいた。

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 切って並べる。紙皿は日本から持ってきたもの。

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 「トムとジェリー」に出てくるような穴の開いたチーズ。

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 キャビア(もどき)はパンに乗せて。

ビールの次はウオッカ。
チーズにしてもキャビアにしてもサバの酢漬けにしても、みんなウオッカ向けだなあ、とあらためて思うのであった。
あと黒パン。これもウオッカのつまみに最高。

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 深夜0時の夜景。部屋の窓から。

〜11へつづく

2006年ロシア極東旅行記9 インツーリストホテルとハバロフスク

 6日目 2006年7月14日

 ◆ パスポートが返ってこない

8時過ぎ、朝食券を持ってエレベーターで1階に降りる。

1階は、エントランスやフロントのある階だが、日本式の言い方で、ここでは0(ゼロ)階になる。
エレベーターで1階のボタンを押すと変なところに着いてしまうことになる。

0階と1階の間にはA(アー)階とП(ペー)階とがあり、A階はホテルの従業員用の階らしい。П階は結局分からなかった。

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 最初は戸惑うエレベーターのボタン。日本語の案内も見られる。

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 朝食の世話になる1Fのレストラン。

0階のレストランに入ってウエイトレスに朝食券を見せると、メニューを持ってきた。分かるかな、と思いつつメニューを見ると、なんと日本語も併記してある。
メニューは4種類の中から選べ、1番目を指差してウエイトレスに見せる。

メニューに限らず、このインツーリストホテル内のあちこちに日本語の表示がある。日本語の分かる従業員も多い。

出てきたのはマヨネーズたっぷりのサラダと蒸した鶏肉の料理、食べている途中でブリヌイ(ロシア風クレープ)も出てきたので、朝から食べ応えがある。

さすがにパン食の国だけあってパンはおいしい。

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 この日の朝食。

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 後から出たブリヌイ。バターたっぷりでおいしい。

食事を終えてレストランを出ると、ロビーには日本人の団体さんが出発を待っていた。

部屋にもどり、市内見物に出かけようと8階のフロントに鍵を預けて0階のフロントに行く。まずパスポートを返してもらわねばならない。
ところが12時にならないとパスポートは返せないと言う。

仕方ない、12時までこのホテルにいるしかない。パスポートを携帯せずに職質なんか受けた日にはどえらいことになる。
売店が開いていたので、水を買って部屋にもどる。

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 インツーリストホテルのシングル部屋。

部屋の窓からは、ロシア正教会やレンガ積みの美術館なんかが見える。その向こうは広大なアムール川。

お茶でも飲みたいがお湯が無い。さっき買った水を飲みながら、テレビを見たりして時間をつぶす。テレビは日本のNHK衛星放送も放映している。他に韓国や中国の放送も映った。

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 ホテルの部屋からの眺め。

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 ハバロフスクも日本車ばかりだった。

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 広大なアムール川を望む。

11時頃になって、部屋の電話が鳴った。日本語で「クリーニングいいですか」と聞かれる。部屋の掃除をしたいらしい。お願いすることにして部屋を出る。12時までホテルの中を見物しよう。

8Fのカウンターに鍵を預ける。
部屋の鍵はのやり取りは各階にあるカウンターで行うことになる。
これはソ連時代からの方式で、「デジュールナヤ」と呼ばれる係の人が詰めている。

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 重厚な客室の廊下。

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 8Fのロビーとデジュールナヤのカウンター。

エレベーターで下りて、ホテルの中を見て回る。
ホテルの0階にあるのは、レストランとさっき水を買った売店の他、本屋と土産屋、両替所、インツーリストのカウンター。0階からさらに降りる階段もあって、地階には薬局と宝石を売っている店もあった。

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 1Fにある売店。

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 1Fのフロント。

12時になったので、フロントに行くとパスポートを返してもらえた。やっと外に出られる。

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 インツーリストホテル。


 ◆ ハバロフスク駅へ

ホテルを出てトロリーバスのバス停まで歩く。

「コムソモリスカヤ広場」というバス停があって、空港行の1番が8分間隔、3番が16分間隔と表示してある。

まず、ハバロフスク駅(ヴァクザール)が見たい。
3番のトロリーバスが来たので乗ってみる。発車すると車掌がまわってくるので、切符を買う。料金は10Р。

トロリーバスとは電気でモーターを回して走るバスのことで、昔は日本でも走っていた。
車体の屋根から2本のサオのようなポールを伸ばして道路上の架線をなぞりながら走っているので、すぐにトロリーバスとわかる。

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 ホテル近くを走るトロリーバス。2本のポールが特徴。

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 トロリーバスの表示と時刻表。

電気なので静かに走る。結構スピードも出していて、他の車と同じくらいの速さで走る。運転手は女性。この後乗ったトロリーバスの運転手はすべて女性だった。

架線の真下しか走れないのかと思っていたが、片側2車線の道路の、左右両方車線を走れるくらいの自由度はあるようで、車線変更しても2本のポールが架線に器用に追従する。カーブに差しかかると、ポールが外れないようにスピードを落としてゆっくりと進む。

バスはムラヴィヨフアムールスキー通りを駅方向に走る。通りの両側にはヨーロッパ風のビルが建ち並ぶ。歩道にはたくさんの人が歩いていて、このあたりが繁華街になっている。停まる停留所ごとに客が乗ってきて、車内は混んでくる。

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 トロリーバスの車内。女性の車掌も乗っている。

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 トラムの路線を横切る。

レーニン広場の前から、カールマルクス通りをまっすぐ行って、線路を陸橋で越える。
1番が空港行きなので3番は駅に行くものだと思いこんでいたが違うようだ。どんどん駅とは反対の変な方角に向かっている。

このまま終点まで乗って行っても良かったのだが、まず駅に行きたかったので、途中の停留所で降りる。
どこだかさっぱり分からないところだが、来た方と反対方向のバスに乗れば元の場所にはもどれるのであわてることはない。

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 どこだか分からない所にきてしまった。

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 車内に貼ってあるトラムとトロリーバスの路線図

反対側のバス停からまた3番のバスに乗り、カールマルクス通りのバス停からヴァクザール(駅)まで歩く。

昨日着いたときは、駅舎を見る余裕もなかったが、改めて駅舎を眺める。

ハバロフスクのヴァクザールは西欧風の新しい駅舎で、ハバロフスクの名の由来になっている「エロフェイ・ハバロフ」の像が駅舎に向かい合って立っている。

像の周辺はちょっとした植え込みがあって、その向こう側が、市電のりばになっている。駅前広場の両脇は、路線バスのターミナルになっていて、キオスクがたくさん並んでいる。

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 市内の交通の中心となっているハバロフスク駅前。

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 数年前に立て替えられたというハバロフスク駅舎。

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 駅に向かって立つ「エロフェイ・ハバロフ」の像。

正面入口から駅の中に入ると、コンコースになっていて、左右に出札所がある。

電光掲示の時刻表を見ていると、通りかかった警官に目を付けられる。
またパスポートを見せろと職質される。今度はハバロフスクの滞在証明があるのですぐに放免となった。

もう鉄道駅へは近づかないことにする。


2006年ロシア極東旅行記8 351列車ハバロフスクまで

 ◆ シベリアの車窓

寝台車にもどってくると、部屋は家族全員お休みのようなので、通路の折りたたみ椅子に腰かける。

列車はラズイェースト21という駅に停まっている。なかなか動き出さない。どうやら列車交換のためしばらく停車するようだ。

青色の駅舎と駅前には数軒のダーチャ(別荘)があるだけ。
駅名は訳すと「21番目の待避線」となり、日本で言う信号場のような所である。風が入らないので暑い。

車内の温度計を見ると30℃を差していた。

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 ラズイェースト21駅に停車中。暑い!

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 のんびりとした駅。

外からは虫の声が聞こえてくるほかは静か。30分位して通路と反対側の線路に貨物列車が入ってきてこちらも発車する。やっと風が入ってくる。

このあたりから、駅間距離も長くなってきた。すでに平行する道路は無い。ずっと林が続き、林が途切れば果てしなく続く大草原という大陸の風景。

草原といっても、木もまともに育たないような不毛なツンドラ地。
沼地に差しかかると、これも地平線の先まで見渡す広大な沼地が続く。線路に平行する電柱以外は人工物は何一つ見えない。シベリアの大地に線路のみが孤独に存在している。

たまに思い出したように駅に停車する。駅といっても無人の信号場で、まわりにはダーチャが数軒ある。夏休みをダーチャで過ごすらしい人が2〜3人降りて行く。

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 カーブでは機関車や客車編成が姿を現す。

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 広大な沼地が続く。

通路に立っていると時々車内販売がやってくる。カップ麺やパン・菓子・ビールなどを積んだワゴンを押して「ラプシャー(ラーメン)、ピーヴァ(ビール)・・・」などと繰り返しながら、車内販売係のおばさんが車内を往復している。

途中駅から乗ってきたらしい、モグリの車内販売もあって、こちらは、ばあさんが沿線で採った山菜なんかを売っていて、よく売れているみたいだ。

行けども行けども地平線の果てまでツンドラ地が続くシベリアの風景。ずっと通路に立って飽きずに外を眺めていた。

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 ずっと続く湿原地帯。

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 湿原が終わると草原地帯になる。

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 地平線の向こうまで広がる草原。

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 駅に停車中。

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 山越えもある。

立ちっぱなしで疲れてきたので、上の寝台で少し横にならせてもらう。
お母さんはノースリーブにハーフパンツ姿で寝ていた。お父さんは2人の子供相手でいっぱいという感じ。

それにしても部屋の中は暑い。汗が噴き出してくる。ロシア人の乗客はみんな汗もかかず涼しい顔をしている。

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 雨が降って暗い車窓。


 ◆ 小駅のお祭りさわぎ

16時過ぎ外を見ると、どんよりと暗い雲が空をおおっている。しだいに雨が降ってきて、外も車内も薄暗くなる。

18時半ごろ再び起きる。窓の外を見ると、相変わらずの湿地帯だが、遠くの方に送電線の鉄塔が見え、ようやく人里に近づいてきた。
雨もいつしか晴れている。

19時ごろ、アムール川の支流、ツングスカ川の鉄橋を徐行して渡る。石狩川くらいの川幅で、茶色く濁った水が満々と流れている。
鉄橋を渡り終わったところに監視小屋が見え、兵士が立っていた。そのあとも氾濫原の湿地帯が延々と続く。

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 また湿地帯。

19:14、ヴォロチャーエフカ・フタラーヤ(ヴォロチャーエフカ2)駅に到着するのだが、ホームには列車に向かって露店がぎっしりと並んでいた。
ピロシキなど手作りの惣菜を並べて、列車を待ちうけているのだ。この列車のために村中の人が商売しに来たのではないかと思うほどだ。

停車時間は30分もあり、ちょうど夕食時でもあるので、ホームは買物に降りた人でごった返す。惣菜のほか、手作りのピクルス、山菜、ハーブ、野いちご、ビールも氷水で冷やして売っている。


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 ヴォロチャーエフカ駅では30分停車。ホームは大賑わい。

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 ホームに惣菜を並べて列車の客を待っている。

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 大勢の乗客がホームにあふれて、お祭り騒ぎのようだ。

露店の1つでピロシキ2個を買う。
1個7Рだが、こまかい札がなかったので、おばさんに50Р札を出すと「オツリ無い」と30Рしか釣銭をくれなかった。別の店で、空きペットボトルに詰めてクワスを売っているのでそれも買う。1本10Р。

列車にもどって食べる。まだ温かいピロシキの中身はつぶしたジャガイモで、塩味がちょうどよく、おいしい。
クワスは、氷が入れてあるので冷たい。炭酸が入った甘酸っぱい味。
このクワスがこの旅行中に飲んだクワスのなかで一番おいしかったと記憶している。

惣菜にしても、クワスにしても、この列車のためにダーチャで作ってきたのだろう。レストランなんかよりこうした家庭料理こそが本当のロシア料理だと思う。

お祭り騒ぎのような光景がこんな小さな駅で毎日繰り返されているんだね。何だか可笑しくなってきた。

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 ホームの露店で買ってきたピロシキとクワス。

30分の停車時間もあっという間に過ぎ、発車時刻が近づくとホームを歩いていた乗客も次々と列車に乗りこむ。

客がいなくなると、どの店商品を片付けて、車や自転車で駅を去って行く。折畳みテーブルを手押しワゴンに手早く片付けてゆく様は見ていて面白い。
売れ残ったものはどうするのだろうか。


 ◆ ハバロフスク着

ヴォロチャーエフカ2駅を出てしばらくすると、右手に複線電化のシベリア鉄道が現れ、操車場のような所まで貨物列車としばし並走する。

シベリア鉄道に入るとスピードがぐんぐん上がる。小さい駅は通過し、ハバロフスクまでのラストスパートという感じで流れるように走る。乗り心地も良くなった。

シベリア鉄道はウラジオストクからモスクワまでを結ぶロシア鉄道の大幹線で、全線乗り通すと7日間かかる。いずれ乗って見たいと思う。

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 シベリア鉄道の線路と合流。

ハバロフスク近くになると、近郊の通勤駅のような駅を通過する。どの駅も高床式のホームがあり、ホームには上屋もあって駅舎と跨線橋で結ばれている。まるでJRの都市近郊駅と変わらない立派な作りになってる。

20:20、いよいよアムール川の鉄橋を渡る。鉄橋の長さは約2600mで上が道路橋、下が鉄道橋になっている。

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 アムール川を渡る。

橋を渡り終えるとすぐにハバロフスクの市内に入る。突然ピカッと光ったので何事かと思うと、何度も稲光が走るのが車内から見える。同時に夕暮れのように暗くなり、猛烈な夕立になった。

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 ハバロフスクの近郊駅を通過する。

主人と子供たちは通路で外を見ている。奥さんと2人で部屋に座り、ハバロフスクに着くのを待っていると、彼女が話しかけてきた。何しにハバロフスクに行くのかと尋ねたようだが、それに答えようとするが言葉が出てこない。知っているはずの簡単な単語さえ出てこなかった。それでも、ワニノから乗ってきた、ビジネスではない、日本に帰る、ということは分かってもらえたようだ。

20:36、列車は定時刻にハバロフスク駅のホームにゆっくりと進入した。同室でもほとんど言葉を交わすことはなかった家族と「ダスビダーニャ(さようなら)」と言って別れる。

ホームに降り立つと、まるで滝のような猛烈な雨が降っている。そんな吹きさらしのホームは列車から降りた人、乗る人、出迎えの人などでごった返している。どっちに進めばいいのかも分からない。

ホームの向こうに屋根が見えたのでそっちの方に大急ぎで歩く。屋根のところには階段があって、列車を降りた人が殺到している。狭い地下道の通路で出口に向かって押し合ってると、いつの間にか駅舎の外に押し出されていた。

滝のような激しい雨。出口のところには客待ちのタクシーがたくさん並んでいる。

適当なタクシーのドアを開け「ガスチーニツッア イントゥーリスト」と言うと、運ちゃんはコクっとうなずいた。値段を聞くと「トゥリースタ(300Р)」だという、随分と高い。
ロシアのタクシーはメーターがなく交渉制で、旅行者と見ると高くふっかけられるとガイドブックには書いてあった。ユジノサハリンスクでタクシーを呼ぶと120Рだと聞いたので随分と高い。ためしに「ドゥベースチ(200)」と値切ってみたが、運ちゃんは「300!」と怒鳴る。
雨は止む気配もないし、早くホテルに着きたい。

いい、もうなんでもいいから早くやってくれ!「300ハラショー!」と言うと車は走り出した。市内の道路は川のように雨水が流れている。市電の線路に沿ってしばらく走ったところで運ちゃんが言った。

「ダローガ、ズナーイェシ(道を知ってるか)」

オイオイ、タクシーのくせにインツーリストまでの道も知らないのか。幸いワニノで買ったハバロフスク市内の詳細な地図があったのでここだと指差すと、分かったのか知らないが、うなずいた。

しばらく走ってキオスクの前で車を停める。店の前に群がっていた一人に道を聞きに行き、また車を出す。あちこち走り回って、また通行人に何度も道を聞いたりしてしばらく行くと、ようやくインツーリストの建物が見えてきた。しかし、この運ちゃんはよっぽどの方向オンチなのか、ホテルの裏に出たり、また変な方向に走り出したりとウロウロする。

ようやくまっすぐ行くとホテルに着くという道を走っていたところで、突然行き止まりの道に入って停まる。運ちゃんも面倒になったのか、
「イントゥーリスト、ズジェーシ(ここがインツーリストだ)」と言い出した。
そんなハズあるかい!
「ニェーット!イントゥーリスト、トゥダー!(違う、インツーリストはあっちだ)」と指を差して怒鳴る。

渋々とまた車を走らせてしばらく行くとインツーリストホテルの正面に出た。300P払ってホテルへと向かう。やさしく話しかけられたときは言葉が詰まって、簡単な単語すら忘れてしまって、さっぱり会話にならなかったが。こういうときは火事場の馬鹿力というか、ロシア語能力全開となる。

ホテルに一歩入ると、きらびやかな、何か別の世界に来たような感じになった。フロントはどこだろう。フロントらしいところで「フロント?」と聞くと、制服を来た女性の係はいきなり日本語で「○○さんですねおまちしてました」と言った。なんか涙が出そうになった。

パスポートとバウチャーを出し、805号室の部屋カードと3日分の朝食券をもらう。エレベーターで8階へ上がり、部屋カードと引き換えにルームキーを受け取る。自分の格好が場違いに思えるほど重厚なつくりの廊下を歩いて、部屋に入る。

21時過ぎ、ようやくホテルの自室に入ってホッとした。
窓のカーテンを開けるとまだ外は明るい。いつの間にか雨も上がって青空も出ていた。

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 9:15、ホテルの窓から。まだ明るい。

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 バスは清潔でお湯もちゃんと出た。

バスタブにお湯を張ってつかると、今までの緊張感も解けて、日本に帰ってきたような気分であった。明日あさってはハバロフスクで2日間フリーだが、とりあえず明日はハバロフスク市内を見物する予定でいる。


2006年ロシア極東旅行記7 各駅停車351列車

 5日目 2006年7月13日

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 351列車 ワニノ〜ハバロフスクのルート。(地理院地図より作成)


 ◆ コムソモリスク・ナ・アムーレ駅

途中で目覚めることなく、ぐっすりと眠った。揺れる車内と窮屈な上段寝台で、体中がイタイ。時計を見ると7時。隣の上段寝台では主人が上半身ハダカで寝ていた。もう少し寝ることにする。

起きて通路に出ると、どこかの駅に停まっている。随分とたくさんの人が降りて行く。女学生も途中で降りていったらしく、すでに居なかった。

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  目覚めると小さい駅に停まっていた。

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 コンパートメントのドアが並ぶ寝台車内の通路。1つおきに窓が開く。

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 コンパートメントに備え付けの大きなテーブル。

アムール川を鉄橋で渡ると、ハバロフスクからの支線と合流する。ここからは複線になる。
9:30、コムソモリスク・ナ・アムーレに到着する。一晩一緒だった夫婦もここで降りてしまい、この部屋は自分一人となった。

コムソモリスクナアムーレは、人口29万人、アムール河とバム鉄道が交わる交通の要所である。
またここから、バム鉄道とシベリア鉄道のハバロフスクとを結ぶ支線が分岐している。
ソ連時代は、外国人は立ち入り禁止の都市だった。

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 コムソモリスク・ナ・アムーレに到着。

列車はここで1時間停車するのでホームに出てみる。

幅広のホームにはキオスクが数店あるだけで、露店もなく寂しい。降りる人は多いが、乗ってくる人はほとんどない。

ホームの端の方には、市電乗り場があって、カラフルな車体広告電車が次々と発着している。
市電乗り場と言っても、草地の中に線路だけ敷いてあるような所なのだが。

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 コムソモリスク・ナ・アムーレの駅舎。

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 351列車、停車中の風景。

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 行先票。ウラジオストク〜ソフガバニと表示してある。

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 編成の途中には『РЕСТОРАН』と表示された食堂車も連結されていた。

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 コムソモリスクの路面電車。駅前のループ線。

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 色とりどりの広告電車。

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 駅前付近は専用軌道になっている。

買物もとくに無く、ホームを歩いていると警官に呼びとめられる。
パスポルト(パスポート)を見せろという。パスポートを見せると「ジャパン」と言う。あとは何を言っているのかさっぱりわからない。

こっちにこいと、駅舎の警察の中まで連れて行かれる。座らされて、あれこれ聞かれるが、ロシア語なので分からん。分かったとしても、こういうときは分からないフリをするに限る。

出入国カードのスタンプを見て、サハリンから来たやつが何でこんな所にいるのか納得いかない様だ。ホルムスクから船でワニノに渡ったと紙に図を書いて説明したが、そんなはずは無いと言いたい様子だ。

ビザを見てどこかへ電話で問い合わせてやっと分かってくれたようだ。無事釈放となる。

まだ発車時刻まで30分近くあるが、駅は警官がやたらとチョロチョロしているので車内に戻る。

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 私を拘束した警官たち。

発車時刻近くなると、乗客が1人2人とホームにきて、後ろのほうの車両に乗ってゆく。旅行者というより、近郊のダーチャ(別荘)へ行くような感じの人ばかりである。

コムソモリスクからハバロフスクまではバスならば6時間半で、列車ならば各駅停車で11時間。
バスの方が早く着くし本数も多いので、ハバロフスク方面へ行く人はバスを利用するのだろう。


 ◆ 再び351列車

10:45になって列車は動き出した。この部屋に乗ってくる人もいなく、一人で貸切になる。しばらくはコムソモリスクの市街地を走り、さっき通ってきたワニノからの線路が左に別れて行くと単線になる。車窓はだんだんと白樺林や湿原が多くなる。

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 コムソモリスク駅を発車。

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 くすんだ町のコムソモリスク。

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 座席下の荷物入れ。

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 通路側のドア。鏡がある。両脇には折りたたみのハシゴ。

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 黒ずんだ木製の窓。下に半分くらい開く。

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 デッキにあるサモワール。お湯は自由に使える。

普通列車なので、駅を発車すると10分くらい走って町が現れたら次の駅に停まるという感じ。

2駅くらいごとに貨物列車とすれ違う。タンク車が多い。どす黒く油で汚れた巨大タンク車が何十両も連なる姿は、大迫力。

ロシアの鉄道のレール幅は1524ミリで、新幹線よりも広い。貨車も機関車も線路幅に合わせて大型なので、線路幅がとくに広いという感じはしない。日本のJRの列車をここに置いたら、間違いなくオモチャのように見えるだろう。

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 汚れた車窓からの風景。湿地帯が多い。

個室側の窓ガラスは汚れがこびり付いて茶色くなっているので、外の風景も茶色く見える。通路側の窓はきれいだし窓も開くので、通路に立って外を眺める。

気持ち良く窓から入ってくる風に吹かれながら流れゆくシベリアの風景を眺めていたら、警官が通りかかって、パスポートを見せろと言う。

また職質だ。パスポートを見せると警官は「サハリーン」と言う。またサハリンへ来たやつが何でこの列車に乗っているのかというようなことになった。

部屋に置いてあるバッグから、ホルムスク・ワニノ間の乗船券を見せると分かったらしく、パスポートを返して立ち去っていった。疲れてまた部屋に引っ込む。

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 小さな駅に停車する。

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 信号場のような駅にも停車する。

コムソモリスクを出てから2時間。ズリバーンという駅から夫婦と小さい子供2人の家族連れが乗って同室となる。
夫婦は車掌からシーツをもらうとベッドメーキングを始めた。この家族はウラジオストクまで行くらしい。

奥さんに「ハバロフスク?」と聞かれ「ダー(はい)」と答える。
寝台の個室に大人3人と子供2人入ると少々窮屈で、部屋も暑くなった。


 ◆ 351列車の食堂車

そういえばこの列車には食堂車がついていたのを思い出し、行ってみることにする。自分の乗っている車両から2両目が食堂車になっている。

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 351列車は普通列車ながら食堂車がつく。

食堂車に入ると、昼過ぎで昼食時を過ぎているためか、客は誰もいない。
席に着くと、係の女性がメニューを持ってきた。
メニューは当然すべてロシア語なのでどれがどんなものなのかは分からない。

メニューの表示を指差して「スープ?」とか言ってみる。ウエイトレスが肉料理やスープなどが載ったところを開いて見せてくれる。
何がなんだか分からないので、それぞれの一番上に書いてあるものを指差して注文した。最後に紅茶をつける。いったい何が出てくるのだろうか。

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 食堂車の様子。中央のおばちゃんが配膳係。

紫色のテーブルクロスが張られ、その上にグラスや皿やナプキンが並べられているので、高級レストランのように見える。窓のカーテンも紫なので、車内は紫一色。ローカル線の普通列車にしては豪華に飾られている。

料理はなかなか出てこないが、別に急ぐわけではないし、日本ではほぼ絶滅となった昼間の食堂車の雰囲気を満喫するのも悪くはない。

制服を着た車掌が2人入ってきてテーブルに着いた。
見ていると、肉料理の皿とスープとパンが載ったトレーが運ばれてきて、それを食べている。列車の乗務員用の賄い料理のようで、このあとも車掌が交代で食事に来るのか、次々と入れ替わりで席に着いて同じ物を食べていた。


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 紫一色でまとめられていい感じ。

一般客より賄い料理優先なのはいかにもロシアらしい。もっともロシアでこんなことで怒っていたらキリがないので、あれもおいしそうだなあなどと思っていると、最初のサラダが出てきた。

サラダ:キュウリとハムを刻んだものにマヨネーズをかけ、その上に刻んだゴーダチーズがのっている。
スープ:壷に入った鶏肉と野菜のスープ。
メイン:鶏肉にチーズをのせて焼いたもの。それにバターライス。
パン:ボロボロとこぼれるロシアの黒パン。塩をふって食べるのがロシア流。

どの料理にもディルの葉がのっている。ロシア人はディルが好きだなあ。

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 キュウリとハムのサラダ。

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 壷に入ったスープ。壷が深くて食べにくかった。

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 メインの鶏肉料理。

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 最後は紅茶(チャーイ)。

どの料理も車内で調理している割りには手がこんでいる。メインの鶏肉のグリルとバターライスは大変コッテリした一皿だった。

最後に紅茶を飲んでいると、ロシア人の2人連れが席に着いて、ビールを飲みはじめた。食堂は売店も兼ねていて、客がポツポツとやってきて何か買ってゆく。

テーブルでお勘定をすると、410Р。日本円ならば1640円だが、ロシア人から見れば目の玉が飛び出るような値段だ。列車に乗る人はほとんどの人が乗る前に食べ物を用意しているか、停車駅で売っているピロシキなんかを買う。

こんなローカル列車になんで食堂車がついているのか不思議に思う。1車両に車掌は2人乗っているから16両編成ならば30人以上になる。彼らの食事のためにあるのだろうか。
船でも船員の食事のためにコックが乗っているし。


2018年流氷を見に弾丸旅行2

流氷を見にやって来たのは網走の北浜の海岸。
釧網本線の踏切を渡った先にある浜は流氷が接岸して一面の白い世界だった。

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 流氷と薄曇りの太陽。

日の光は注ぐが、太陽は雲越しでぼんやりと光る。
曇り空では今一つ冴えない。やっぱり流氷は青空が似合うな。

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 浜辺に打ち上げられた流氷。

波打ち際だったところは、打ち上げられた流氷が折り重なって山のようになっていた。
この流氷が見る角度によって色んな姿に見えて面白い。

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 折り重なった流氷。

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 天に向かって飛び出した板氷。

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 ガオ〜、怪獣流氷星人 (^^;)

ここはイベント会場ではなく、すべて自然の造形。
氷を割って進む観光船から見る流氷も悪くはないが、やっぱり流氷は接岸したものをじかに見る方がいい。

流氷で覆いつくされた海岸は波音が一切消えるが、そのかわり国道を行きかう車の音が聞こえて落ち着かない。
100%白い氷原の世界に浸るには人間の世界に近すぎるようだ。

高みから氷原を見下ろすと、所どころに割れ目があって海水面が見える。
南からの風で、この流氷も沖に流されてしまうかもしれない。

ついでなので北浜駅にも寄ってみる。

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 木造駅舎の北浜駅。

北浜駅は喫茶店が併設されているが、まだ営業時間前。
待合室は相変わらず壁から天井まで紙片がびっしりと貼られている。
もともとは旧広尾線の幸福駅で始まったことだが、なぜかこの北浜駅にも飛び火している。

駅の訪問者が貼り付けていったもので、前は定期券が多かったが、いまは名刺が多くなっている。

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 北浜駅のホーム。ホームの目の前はオホーツク海。

ちょうど7:56発、北見行普通列車が来る頃だった。
駅横の展望台でカメラを構えていると列車が近づいてくる。

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 北見行の2両編成が到着。

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 乗客は全員観光客のようだった。

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 流氷と汽車。

流氷原になったオホーツク海沿いにやって来た。
いいなあ。何だか無性にあの汽車に乗りたくなった。 

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 白い世界に去って行く白い汽車。

さて、北浜を後にして、今度は紋別へと向かう。
また網走市内に戻って、国道238号線を北上する。

途中の常呂では、高台の国道から接岸している流氷が見えた。

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 国道238号線から見えた常呂の町と流氷。

国道は町を迂回して素通りするが、この流氷を見に町の方へ行ってみる。
道道を町の方へ行くと、突き当りが交通ターミナルとなっている。昔の湧網線の常呂駅跡だ。

横が駐車場になっていたので、車を停めて海岸に下りて行く。

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 常呂交通ターミナル裏の海岸。

足跡があるので、流氷まで行ってみる。

北浜と違ってここは物音ひとつない世界だった。
キーンと耳鳴りが聞こえるほど静まり返った流氷原。

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 消波ブロックに打ち上げられた流氷。

足跡をたどって波打ち際まで来たが、その先は黒い水面が見える。

もしかしてここって海の上なのか。
ここまで妙に平らだと思っていたが、海水がただ凍っているだけのようだ。

そう思うと足がすくんできた。
氷が割れないように静かに歩いて戻る。

あとでグーグルマップの衛星画像を見たら、思い切り海の上だった。
ひー ( ̄▽ ̄;)

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 氷が割れて海水面が出ている。

常呂からまた国道238号線を北上。
こんどは凍って真っ白になったサロマ湖が見える。

流氷と違ってこちらはひたすら静の世界。
平らで白い雪原がどこまでも続く。

昼近くに紋別に着いた。
紋別の道の駅に車を停めて海岸に行ってみる。

残念ながら紋別の流氷は去った後だった。
沖の方には白い帯が見えるので、観光船に乗れば流氷は見られるのだろう。

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 流氷が去った紋別。

紋別市内を通って紋別港へ行ってみる。

考えたら、前に紋別に来たのはまだ名寄本線があった頃じゃなかったかな。
1989年の3月のこと。あの時は港に流氷が来ていた。

29年ぶりの紋別来訪となる。
ついでに駅跡がどうなったかも見てこよう。

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 凍り付いた紋別港。

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 船が引き揚げられて冬眠する港。

紋別港は流氷こそ去ったものの、港内は一面氷結していた。
漁船はすべて陸に引き揚げられている。

最後に紋別駅跡に行く。

駅跡はいまはバスターミナルとオホーツク氷紋の駅という施設になっていた。
バスターミナルには客待ちのタクシーが数台停まっているあたりが、今でも町の中心ということがうかがえる。

かつて紋別駅へは、札幌から名寄経由の急行紋別、旭川から遠軽経由の急行大雪があった。

国道273号線の浮島トンネルが開通したのが1984年。旭川〜紋別間を滝上経由でショートカットする国道の開通である。
同時に同区間を結ぶ都市間バスが運行を始める。

このときから名寄本線の役割はほぼ終わっていたことになる。
両急行も国鉄最後のダイヤ改正の1986年で廃止。名寄本線自体も1989年に廃止となっている。

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 紋別駅前だった場所。なんとなく駅前らしい面影も。

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 紋別駅だったことを示す看板。

オホーツク氷紋の駅は中がスーパーになっていた。駐車場は車がびっしり、けっこう人も集まっている。

なんだか、鉄道があった頃よりも栄えている感じだった。
紋別に限らず、鉄道と決別した町の方が総じて元気なような気がする。
これはどうしたことか。

紋別を後にして、札幌に戻ることにする。

国道273号線は滝上を過ぎたあたりから吹雪いてきた。
前が見えないほどではないが、緊張する。

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 吹雪の国道273号線。

浮島トンネルに入ると一安心。ここを抜ければ旭川紋別自動車道の浮島ICまで近い。

と思っていたら、トンネルの中で前の車に急に追いついたのでブレーキ。
メーターを見ると40km/h。

頼むからトンネルの中を40キロで走るのはやめてくれよ〜

たまにいるんだよね、意味なくトロトロと走るやつが。大抵じいさんの運転なんだけど。

トンネル内や山道で追い越す度胸も無く、高速に入っての追い越し車線でようやく抜くことができた。

愛別からはずっと下道。途中休み休みで、札幌に着いたのは夕方の6時だった。

今回の走行距離約760km。いや〜、走った走った。
北海道はひろいねえ。

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました。

〜おわり

posted by pupupukaya at 18/02/18 | Comment(0) | 2018年その他旅行記
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